上 下
38 / 60

第38話 奴隷商、魔獣を使役する

しおりを挟む
猛獣の森と言うべき、子爵領都ヨークの東方に広がる森がある。

ここでフェンリルという魔獣に遭遇した。

絶体絶命……その言葉が相応しい相手……。

のはずだった。

「どうしてこうなったんだ?」
「これが神孤族です!」

フェンリルが従順にサヤサに従っている様は何を言われても信じられる気分になれない。

一番大きなフェンリルなんて、山ではないかと思うほど大きい。

僕なんか、一口で食べられてしまうだろう大きな口がこちらを向いている。

だが……

「お座り」

何度やっても、言うことを聞いてくれる。

ちょっと、可愛くなってきたな……。

こいつらを子爵に差し出せば、謝礼は相当なものだ。

おそらく、ドーク子爵と言えども、こんなに大きな群れを作っているとは夢にも思っていないだろうな。

……どうしたものか。

「サヤサ。こいつらはどうするつもりだ?」
「どうって……この子らはここを住処にしていますから、そのままですよ」

そうだよな……

住み慣れた土地が一番だよな。

だが、放っておけば、ヨークの街に被害が出るかもしれない。

まぁ、あんな変態な街……潰れてしまえばいいのに……

と一瞬は思ってしまうが、ヨークの街は隣国の抑止のためにもどうしても必要だ。

一層のこと……

「こいつらって……連れていけないかな?」
「イルス領ってことですか?」

サヤサがフェンリルを見つめながら、思案の顔を崩さない。

そうだよなぁ……僕の身勝手でフェンリルの住処を奪うわけには……

「まぁ、この子らなら大丈夫でしょう」

ん?

ああ、なるほど。

たしかに慣れぬ土地では生きていけない。

そんな心配をしているのだろう。

「半分は死ぬかもしれませんけど」

……どういうことだ?

こんな凶暴を絵に書いたような生物が半分死ぬ?

随分と物騒な言葉が出てくるんだな。

「意味が分からないんだけど。もしかして、半分はもう寿命が短いとか?」
「いえ。フェンリルはイルス地方の魔獣の中では……中の下? くらいの強さですから。狩られるという意味で半分は……」

僕はどう返事をしたらいいのだろうか。

この危険生物が弱い部類、だと?

そんなまさか……。

イルス地方って滅茶苦茶、危険地帯なんじゃないか?

帝国相手に戦っている場合じゃない。

身近に世界を揺るがしかねない戦力が眠っているんじゃないか?

「サヤサ、聞いてもいいか?」
「なんですか?」

「イルス地方って魔獣がたくさんいるのか?」

シェラからはいっぱいいると聞いていたけど、正直、鼻で笑っていた。

そんなバカな話があるか、と。

僕は王族だ。

王国領内の話は大抵耳にしている。

イルス地方がそんな危険地帯だったら、王国が混乱に陥っているはずだ。

だが、サヤサは僕の細やかな疑問に答えてくれた。

「えっと、我々獣人とご主人様が認識しているイルス地方って違いますよね?」

ん?

イルス地方はイルス地方だろ?

「じゃあ、魔の森ってご存知ですか?」

……知らない、かな?

まぁ、森なんて王国中にあるし、名前がついている森で考えても…・・

たくさんあるからなぁ……。

そういう名前の森があるんだぁ、くらいだな。

「知らないな。その森がどうしたんだ?」
「我々の考えているイルス地方は魔の森を含む地域を指します」

ふむ……。

まぁ、広大なイルス領だ。

多少の森が加わった所で何も変わらないと思うが…・・。

「ちなみに魔の森というのはどれくらいの大きさなんだ? 今、いる森も相当な大きさだと思うが」

この猛獣の森は王国の何分の一と言えるほどの大きさだ。

今は手前の方だが、奥には何がいるのか……。

「そうですね……我々でもその大きさは分かっていませんが……少なくとも王国くらいはあるんじゃないですか?」

……そんな訳がない。

それじゃあ、森ではない。

大陸……とも言えるではないか。

「そんな話、聞いたことがない! さすがに嘘だよな?」
「いいえ。でも知らなくても無理はありません。魔の森に踏み入れたら、人間は一瞬で……ガブッ! ですから」

そんなに可愛く言われても、笑えないぞ。

食べられちゃうの!!?

そうか……。

確かにフェンリルほどの魔獣が当たり前にいるような森ならば、それも道理。

そして、僕はそこを統治しようとしているんだ……

なんだか、無理筋のような気がしてきたんだが……

「サヤサ。僕はイルス領に向かうことが怖いんだけど」
「えっと、私はご主人様に従いますが、あの薬草臭いエルフは怒ると思いますよ」

そうだよなぁ……。

薬草だもんなぁ。

待てよ。

連れて行くだけ行って、すぐに戻ってくる。

それが最良なのでは?

いや、ダメだ。

シェラは我が家の大黒柱。

収入の実に9割以上は彼女に頼っている。

それを失えば、毎日銀貨数枚程度の稼ぎに戻ってしまう。

カーゾ達に盗みをやらせるか?

いや、それもダメだ。

一層、ドークに……論外だな。

「本当にどうしよう」
「そんなに悩む必要はないですよ。魔獣は魔の森を出ませんから」

ん?

「そうなの?」
「ええ。この子たちがどうして、ここにいるのかは謎ですが……」

それなら話は別だな。

魔の森を境界とし、絶対不可侵領域にすれば、領地経営は可能だ。

「それは良いことを聞いたよ。じゃあ、フェンリルも魔の森にいれなければ、死なないんだな?」
「そうだと思います。先程も言いましたが、この子たちがここにいる理由が本当に謎で。本来なら……」

魔獣は魔の森以外では生息できない……。

そうだとすると……このフェンリルは何かしらの突然変異なのだろうか?

それは分からない。

今、決めねばならないことは……

「フェンリルを連れていこう」

フェンリルはここにいてはいけない存在だ。

これはもちろん、僕達人間本意の考えだ。

フェンリルにもここで生きる資格はある……。

しかし……。

「それがいいと思います。この森では十分な餌が確保できていないようですし」

ふむ。

サヤサの同意はとても力強いな。

「フェンリルの管理はサヤサに一任する。大切にかわいがってくれ」
「はい! 神孤族の名にかけて、この駄犬どもの一から調教してやります!」

もう、なんて言ったらいいか。

フェンリルを駄犬呼ばわりして、僕を食い殺すような真似だけはさせないでくれよ。

「ほどほどにな。フェンリルを十分に可愛がるんだぞ!」

これだけ念を押しておけば大丈夫だろう。

「任せて下さい。こいつらの潜在能力はまだまだ引き出せます!!」

分かっているのかな?

サヤサに一抹の不安を抱えながら、フェンリルと共に森を出ることにした。

ヨークの街が混乱に陥ったのは言うまでもない……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?

灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...