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第393話 学校

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 エルフの里から戻ってきた僕達は、新たにリーシャを迎えた。リーシャと子供ダークエルフには城下の屋敷を割り当て、そこで暮らしてもらうことになった。リードとルードは数日に一日はその屋敷に泊まりに行っているらしい。城下と言っても一の丸内に作られた屋敷のため、ほとんど城内と言っても差し支えはないのだが。

 僕としては子供ダークエルフ達も城内で住んでもいいと思っていたが、周りからの反対で城近くの屋敷ということに落ち着いた。一応、城には公国民といえども気軽に入れない場所である必要性があるからのようだが……村の屋敷のように気軽さがもうなくなってしまったことに少なからずショックを受けた。だったら、こんなに部屋だらけの城を作るものではなかったな。

 凱旋を祝う祭りにはサルーンを招くことにした。サルーンはボートレと共に祭りを楽しんだようで帰り際まで興奮した様子だった。実はそのときに出会いがあったようで、数年後にその者をレントーク王家に送り出すことになるのだが、それは別の話。

 僕達も仮装をしながら祭りのメインストリートを練り歩いたのだが、すぐに正体がバレてしまったらしい。らしいというのは、その時は住民が気付いていないふりをしてくれていたようだ。住民に気付かれていないことに喜んでいたのが恥ずかしい。あとで聞かされた時は仮装はもうやめようかと思った。しかし、意外にも仮装は住民に受け入れられ、それから都での祭りでは仮装をするというのは一部で流行することになった。中でも魔族の格好をするのが流行っているらしい。

 凱旋の祭りが終わり、公国には日常というものが戻り始めていた。王国に勝利をしたという熱気もすぐに冷めた。おそらく、住民とは関係のない場所で行われ、気付いたときには終わっていたからだろう。それに勝利によってもたらされる物が何かあるわけでもないのだ。

 そんな日常の中で、ガムドの娘ティアが城にやってきた。スータンも一緒だ。二人には公国で初めての学校を建設してもらうために動いてもらっているのだ。その二人が揃ってやってきたということは、おそらく学校建設の目途が立ったということだろう。

 こういう時は気軽に話せる応接間に通すのが通例になりつつある。ティアには母親のトニアも付き添っているが、久しぶりにあったティアは大人の雰囲気をまとわせるほど成長をしていた。トニアもそれを感じているのか、前に出ることはなくティアの思うようにさせている。スータンも久しぶりだ。移住を決めてから、会っていないだろうか? なにやら若返ったような感じがするな。

「ティアとスータン。久しぶりだな。最近は軍の話ばかりだったからな。お前たちのような者が来てくれるのは正直嬉しいものだ。ティアは元気だったか?」

「お久しぶりです。ロッシュ様。おかげさまでこの通り元気ですよ。まずは戦争に勝利したこと、おめでとうございます。これで公国の地位はより盤石となりますね。さすがはロッシュ様です」

「勝ったのは嬉しいが、僕としてはあの戦が最期であってほしかったものだな。まだ王国は健在だ。それが頭が痛いところだな。スータンは……元気そうだな。なにやら若返ったようにも感じるが?」

「ロッシュ公もご健勝で何よりです。最近はティアさんに急き立てられるように仕事をしておりましてな。日々が充実しているおかげでしょう。私は将来に絶望した時期もありましたが、今は大変希望に満ち溢れております。私のような爺がいうことではないでしょうが」

「そんなことはない!! 死ぬまで我らは希望を持ち続けなければならない。スータンのような生き方こそが公国民が達成するべきものなのだ。是非とも、これからもその希望を持ち続けてくれ」

「ありがとうございます。若いロッシュ公に言われるのは面映ゆいですが、これからも公国のために貢献してまいります」

「そうしてくれ。それで? 今日の用向きは?」

 そういうとティアはぐっと拳を握って、言葉を出しづらそうにしていた。

「ついに……私達が念願としておりました、学校建設の目途が立ちました。その報告をさせていただきたく、参上いたしました」

 ティアの学校建設の想いが直に伝わるような雰囲気を感じる。ティアがどれほど、この事業に心血を注いできたか分からないが、それでも生半可なものではなかったであろうことは誰も目から見ても明らかだろう。スータンもティアの見つめる目に熱がこもっている。スータンとティアは年齢だけ見れば爺と孫くらい離れている。しかもスターンの学歴は王国内でも確かなものだ。一方、ティアは学校も出ておらず、理念だけで学校を作ろうとしている。

 僕の命令として動いているとしても、スータンからしたらティアが学校建設の主役であることに違和感を覚えたことだろう。しかし、今となってはティアに心酔しているような面持ちをしている。僕にはそれだけでも偉業のような気がしてならない。

「そうか。完成したか。ご苦労だったな」

 その一言でティアは一気に笑みを浮かべ、頭を下げてお礼を言ってきた。

「ありがとうございます。でも、まずは説明をさせてもらっても宜しいでしょうか?」

 頷くと、ティアから長々とした説明が始まった。僕からすれば学校には建物と教師、それに教材があれば事足りると思っていた。そのため、スータンには教材作りを依頼していたのだ。学校設立の準備が終わったというのはその教材が完成したのだと思っていた。

 しかしティアの説明は、それが瑣末に聞こえるほどのものだった。ティアの考える学校は極めて実務的な学校のようだ。特に研究に重きを置いており、学生も教えられる立場でありながら、常に実践的に物事考える習慣を身に着けさせられるように訓練させられる。その一環が、学生が学生を教えるというものだ。人に教えると言うだけで日頃の勉強以上のものが要求される。

 そのように幼少期から育てられた子供は成人する頃には自分で考えることが出来る者になるというのだ。そのため、教材は極めて多岐にわたっており図書館並の書籍数が必要となってしまった。それらはスータンやそれ以外の高学歴者達によって作成され、現在でも増え続けているというのだ。

「それは凄いな。学校という枠を超えているような気もするが、目指す先は高いほうがいいだろう。そのような者たちが学校を卒業することで公国に貢献してくれるとなれば僕としては満足だな。しかし、僕としてはもう少し簡単なものを作ってもらいたいのだ。読み書きや計算が出来ればいいと思っている」

「私もその考えに同意します。私達が考えている学校というものは、まさに研究を極めるよな者たちを輩出する組織と考えています。その前段階としての組織として、読み書きや計算を教える場所も作るつもりです」

 ふむ。そうなると王国のような初等・中等・高等という考え方といった感じになるのだろうか?

「はい。基本的には同じですが、王国では九年間となっておりましたが六年間に減らすつもりです。それでロッシュ様にお願いがあるのです。仕事をしながら学校に通うという子供をなくしたいのです。勉学に専念する環境を作り、公国では最低六年間は学校に通うという習慣を作りたいのです。いかがですか?」

 ちなみに王国ではどうなっているんだ? 王国でも初等は全員が参加するものだったか? スータンが答えた。

「違いますな。王国でも貴族の子弟か、選ばれた国民だけとなります。その代わり通うものはそれなりの居住と給金が与えられます」

 ふむ。そうなるとティアが考えている学校とは大きく違うようだな。公国の学校は一定の年齢に達すれば全員が通学するというものだ。現状では子供の労働力というものに少なからず依存している面がある。それを解決しなければティアの願いを叶えることは難しいだろう。しかし……

「ティアの考えは尤もだと思うぞ。これにより公国民から反発は出てくるだろうし、現場では大いに混乱もする。生産量も低下することも覚悟しなければならない。しかし、だからといって今の子供たちがその犠牲になっていい理由にはならない。今の我々ならば、それを乗り越えられるだけの力を得ていると信じたいのだ。しかし、矢面に立つティアやスータンには誹謗中傷がなされるかもしれないが……その覚悟はあるのか?」

「もちろんです……というのは簡単ですが。公国の未来のためにも、誰かが頑張らなければならないことだと思っています。その一助になるのであれば、私はどんなことにも耐えます」

「私もです。ロッシュ公。老い先短い私ですが、公国に何かを残さなければ恩に報いたとはいい難いでしょう。我らが耐え忍べば、公国はより良い国に生まれ変わるでしょう。その礎に私はなりましょう」

「二人の気持ちはよく分かった。公国のためというのならば、僕がまずは陣頭に立たねばならないな。この学校建設における全ての責任は僕が取ろう。あらゆる手段を使って学校建設を実現しよう。それで? まずはどこに作る予定なのだ?」

「ありがとうございます!! ロッシュ様がこの国の主で良かったです。初等部は全ての街や村に作るつもりです。中等部、高等部については村に作ろうと考えています」

 ほお。普通は都に作るものだが。

「都はたしかに公国の中心地です。そこに作るのが正しいと言えるます。しかし、村はこの世界でももっとも種族が入り交じる土地なのです。私は学校の理念として種族間の差別を無くすことを掲げています。その適した土地が村なのです。それに村は公国の発祥の地。誰もが納得していただけると思っております」

 なるほど。ティアは亜人だけではない。魔族までもが一つの公国に住む民族として扱おうとしているのか。これほど胸が熱くなることはない。僕だけが切望し、なかなか受け入れられなかった考えが、こうやってティアの方から言ってくれるのだから。ようやく僕の願いが実ったのだ。

「どうしたんですか? ロッシュ様」

「僕もその理念に賛成だ。我々は共に一つになるべきなのだ。その先にこそ公国の未来があると思っている。ティアの考えるように進めるがいい」

「はい!! それではこれまで話した内容を記した書類を渡しておきますね」

 準備がいいな。ありがたい。僕はこの書類をすぐに公国を運営する者たちの集まりに手渡し、学校建設の承認を得ることにした。もちろん、賛否両論だったが僕の切実な思いを皆に伝えると、全員一致で賛成となった。今は黎明期であるため、入学する者は年齢を問わないこととなった。志願するものは全てを入学することにし、国を上げて、その者たちが作った穴を埋めることにした。そうやって、公国の津々浦々まで学校の全員入学というものが浸透していったのだった。

 僕は村の初等部の初代校長として名誉的に就任し、一年で他のものに変わった。中等部、高等部も同じように一年だけ校長を務めたのだった。

 公国にまた一つ、重要な組織が出来ることになったのだ。

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