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第392話 始祖エルフの旅

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 目の前には、僕の背格好が同じくらいの美青年が立っていた。彼は僕のことを父上と呼び、そして力強く抱きついてきた。どうすれば良いのか分からず混乱していると、後ろの方にいる変わった格好をしたエルフが彼のことを始祖様と呼ぶのだ。

 やはり……リリが跪くような人物は始祖エルフしかいない。そして、リリとの間の子供だ。しかし、生まれたのはほんの数ヶ月前だ。同じ時期に生まれたリードとの間の子供リースは歩くことはおろか、やっと首が座ってきた程度だ。これは一体?

「まずは離れてくれ。これでは話が出来ないではないか」

「すみません、父上。つい興奮してしまって」

「それで改めて聞くが……始祖エルフなのか?」

「始祖エルフだなんて……私のことはリーゴッドと呼んでください」

 そんなことを言うと、後ろにいるエルフとリリが驚いた声を上げ、リリがそっと近づいてきた。

「名前が決まったんじゃな?」

「ええ。父上を見たら、急に名前が浮かんできました」

「そうか、そうか。これでそなたもこの里を出るのだな。寂しくなるの」

 なにやら急に湿っぽい雰囲気になっているが、何のことかさっぱりわからない。誰か説明してくれないか? 困惑した視線にようやくリリが気付いた。しかし、リーゴットと名乗る美青年は僕とリリに顔を向けた。

「私はこれから里を出ます。私に与えられた役割を果たし、必ずやエルフ族の繁栄を約束しましょう。父上とは別れのときに出会えて良かった。これが今生の別れとなるやも知れませんがお二人ともお健やかに」

 そういってリーゴットは何の説明もないまま、どこぞに去っていった。終始分からないことだらけだった。目の前にいる変な格好をしているエルフは泣き崩れるし、リリもずっとリーゴットの後ろ姿を追っている。ルードは放心したようにその場で泣いている。ここでリーゴットの去る姿に何の感情も持っていない人物は僕だけだろう。

 その状態はしばらく続いた。するとリードが一人のエルフを連れて戻ってきた。見た目は少し幼く見える。人間であれば成人して間もないくらいか? 二人がこの部屋の状況を見て、何事があったのかと驚いていたが、誰も説明する気もないらしく、何もわからない僕が説明することになった。

 ただ悔しいのは、知らない僕が説明した内容で二人が理解していることだ。そして、目の前で盛大に悔しがっていた。僕も早くそっちの仲間に入りたいんだけど……。ただ、リリ達はまだ正常には戻れないようだ。リードともう一人のエルフと話すことにした。

「僕はロッシュだ。君が……リーシュか?」

「はい。はじめまして。私はリーシュと申します。ロッシュ殿の寵愛を受けるべく、どんなことにも耐えてみせますからどうかよろしくお願いします」

 ん? リード、なぜ目を逸らすんだ? 話が微妙に違うではないか。目的と手段が変わっている?

「違うぞ。リーシュに頼みたいのは子供ダークエルフの世話だ。寵愛はともかく、関係をもつことについては君を受け入れる条件となった。そもそも君はそれでいいのか?」

「今やエルフの里ではロッシュ殿を知らない者はいません。始祖エルフ様の父君であり、またリード姉さんの間にハイエルフを。はっきり言って、我々にとってロッシュ殿以上のお相手はいないと思いますよ。私がこのような機会に恵まれて、幸運すぎて怖いくらいですから」

 そう、なの? リードはこくこくと頷いているが、間違えた説明をしたのはやっぱり間違えているからね。

「分かった。しかし、公国では仕事をしない者には何も与えられない。それでも良ければ来るが良い。歓迎しよう」

 するとリードが困ったような顔をしていた。理由を聞くと、子供ダークエルフは村にいてリーシュもそこにいるとなると、都にいるリードがあまり会えないというのだ。リードとしてはリーシュと共に暮らしたいと考えているみたいだが僕とも離れたくないなど嬉しいことを言ってくれる。

「そうはいってもルードが子供たちのために村が良いと言っている以上はな……」

「それではルードを説得できれば、子供たちを都に移しても?」

 最初はそのつもりだったんだぞ。そう言うと、リードは放心しているルードに詰め寄り、何かを説得してルードが何度も頷いている。そしてリードが戻ってきて嬉しそうな顔をしていた。

「ルードが子供たちを都に移すことを了承してくれましたよ。素直で本当にいい子ですね」

 大丈夫か? 未だにルードは放心状態だが。しかし、目の前でリードとリーシュが二人が喜んでいる姿を見ていると何も言えなくなってしまう。リードはリーシュに小声で何かを言っていた。

「これであなたもハイエルフの母となれるんですよ」

 リードの狙いはこれか。リーシュを村に置けば、僕との関係が希薄になることを恐れたのだろう。それ故、子供たちを都に移すことを強行した……かもしれない。分からないが、リードの言葉にはそんな事を考えさせられてしまうのだ。

 それはさておき、ようやく戻ってきたリリに話を聞くことができそうだ。

「済まなかったの。我が君よ。始祖エルフ様……いや、リーゴット様が旅立たれる姿を一秒でも長く見ていたかったのでな。まずはそうじゃな、祝杯をあげようかの?」

 その前に説明を!!

 リリはちょっとつまらなそうにしたが、説明をしてくれた。始祖エルフは長い寿命を持つエルフ族としては凄まじいほどの短命のようだ。それゆえ、成長速度も早く、まるでエルフの長い人生を短い間に凝縮したような感じになるらしい。リーゴットはすでにエルフでいう青年期を迎え、エルフ族を増やすための旅に出ることを宿命付けられているらしい。

 へぇ。なんとも面白いものだな。それで? リーゴットはどこに行ったんだ?

「分からぬが、人間のいる場所であろう。この近くだと村か? もしくはもっと大きな都市か? なんにしても我が君の治める国じゃろうな」

 公国に!? 歩く性器と化した我が息子が公国を練り歩くだと!? 大丈夫なのか? 何やら不安がこみ上げてくるが……。

「我が君よ。何をそんなに不安がるのじゃ? リーゴット様はエルフの神に等しき存在。その間に子供が生まれるのじゃ。人間としても本望であろう」

 いや、お互いに納得しているのであれば問題はないのだが……困ったな。

「リーゴットは僕にとっては息子だ。つまり、王子に当たるんだ。その間の子供となると……分かるだろ? 困ったな。戻ったらゴードンに相談しなければ」

「妾は人間社会には疎い。よく分からぬがリーゴット様との間の子供は我が君が養うということかえ? それは重畳。我が同胞が餓死するようなことがないということか」

「しかし、どうすればいいんだ? 生まれてくるエルフはどうなるんだ?」

「我らハイエルフは生まれてから五年ほどで旅に出ることになっている。それは同胞を求める旅じゃ。それゆえ途中で命を落とすハイエルフも多い。集まったハイエルフは里を作り、そこで長き時間を過ごすことになる。その間に生まれたエルフ達を連れ、それぞれが里を作るために再び旅に出るのじゃ」

 なるほどな。ということはリースも五歳になれば旅に出てしまうというのか!? リードに確認すると覚悟を決めたような顔をしていた。

「それがハイエルフとしての宿命でしょう。親としては辛いところですが……」

 そんなことはダメだ!! 

「リーゴットの間に出来た子供は全て公国が預かる。然るべき場所に里を作り、そこで子供たちを共同生活させる。それでエルフの宿命とやらの問題は解決するだろ?」

「まぁそうじゃな。といってもそんな事をしたこともないし、すごい人数になるじゃろ。大丈夫かえ?」

 本来はエルフは魔界の住人だ。魔界にも人間は住んでいる。始祖エルフはその間に子供を生んでハイエルフを増やすのだが、人間の数自体が少ないためハイエルフの数も大した数にはならないらしい。それに旅の間にたくさんの命が失われてしまうので、ますます数は減るようだ。しかし、ここは人間が暮らす世界。大量の人間が住むこの世界にリーゴットは解き放たれてしまったのだ。これが何を意味するのか。

 国家的危機だ!! しかもリーゴットは僕の血を継いでいる。なんとか早期に解決しなければ、大変なことになるかも知れない。とにかく、リーゴットを探すことだ。歩く性器をなんとか管理しておかなければ、公国はエルフだらけになってしまう。

 ……ん? 別に良いか? 考えてみればエルフが増えてはいけない理由がないな。

「我が君は心配症じゃな。一応、始祖エルフは純血の人間にしか興味を示さぬ。然程に混乱はなかろう」

 そうかな? そうなのか? 駄目だ。僕には分からない。答えの見えない問答を頭の中で何度も反芻しているとリードがリリに深刻な顔で話しかけた。

「そういえば、リーゴット様で思い出しましたがロッシュ殿の血についてリリ様に聞きたいことがあったのです」

 リードは以前、僕の血を魔族の判定に使う試薬に使ったところ、黄色の判定が出たことをリリに聞くことを思い出したのだ。

「黄色? 赤ではなく? そんな話は聞いたことがないの」

 リリも首を傾げている。リリは手を叩くとエルフを呼び出し試薬を取りに行かせた。戻ってきたエルフは僕に早速その試薬を使って試すことになった。僕の手から一滴の血を絞り試薬に垂らすと……やはり黄色に変わっていく。

「本当じゃな。黄色くなったの……実はの。我が君には妾なりに考えていたことがあったのじゃ。我が君とエルフが交わると上位の種になることが不思議での。もしかしたら、妾達魔族の更に上位の存在ではないかと思ったのじゃ」

 何の話をしている? 僕は魔族の上位の存在? そんなことってあるはずがないだろうに。そもそも上位の存在ってなんだ?

「魔神様じゃ。我が君には魔神の血が流れておるやもしれぬ。それならば始祖エルフやハイエルフの誕生の理由もなんとなく説明がつくのじゃ。それにの、我が君には不思議な存在の力が前々から感じていたんじゃ。生命の流れというものが人間のものではない。力強く、尽きることのない泉のような感じじゃ。それゆえ、我が君がこの先幾千年と命を続けられるという確信があったのじゃ」

「どういうことだ?」

「さあ、妾にも分からぬ。はっきりとした部分はの。なんにしても我が君が純粋な人間ではないことは確かじゃな。それが分かったとて、我が君には関わりのないことであろう? 人はいずれ死ぬ。それが長いか短いかだけの話し」

 リリの言っていることはイマイチよく分からないが、僕はどうやら様々な血が混じっているようだ。これが良いことなのか悪いことなのか、分からないことだらけだ。そのうち、何かの答えが見えてくることがあるのだろうか?

 そんなことを考えながら、僕達はエルフの里を出ることにした。未だに放心するルードを抱え、僕はフェンリルのハヤブサにまたがり村に向かった。村にいる子供ダークエルフにリーシャを紹介し、これからは都に暮らすことになることを告げた。

 子供たちは意外に寂しがるかと思ったが、ルードの側にいられることが嬉しかったらしく喜んで、引っ越しをする日を楽しみに待っていた。その後、ルードが気付いたときに後の祭り状態だ。放心している間に、全てが決まっておりルードは村で子供たちを世話してくれた人たちにお礼を言う日々を送ることになった。

 都に帰り、早速リーゴットを探す部隊を作ることにした。もちろん男だけの部隊だ。それらを各地に派遣した。もしかしたら、すでに手を付けている女性がいるかも知れない。その場合は、都に連れてくるように指示を出した。降って湧いたように、僕に新たなエルフの里建設の責任が発生してしまったので都の少し北の山間にその里を作ることにしたのだった。
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