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第386話 公国の公館

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 レントーク滞在中はずっと七家筆頭当主の屋敷で寝泊まりしている。当主だったサルーンの戴冠式が行われるまでは王という身分ではなく当主となっているが、レントーク王ボートレが周囲に根回しを始めており、サルーンを王と見る風潮が次第に強くなっていった。

 滞在も一週間ともなると、飽きてくる。レントークはいい意味で平和な土地だが、刺激が乏しいような気がする。楽しみと言えば料理となるが、その料理も三回に二回はサツマイモ料理が出てきてうんざりだ。美味しいのは美味しいのだが……どうして飽きやすいのだろうか。干し芋でも挑戦してみるか? そんなことを考えていると、やはりエリス達も暇を持て余し始めていたのが見えた。それにドラドが意外にも公国に帰りたい素振りを見せ始めていた。

「我はこの姿で寝るのは少々疲れてきた。本来の姿で悠々と寝たいものだ」

 ドラドには窮屈な思いをさせて申し訳ないが、王国からの使者がやってくれば戦後処理の殆どが終わらせることができる。そうすれば帰れるということをここ数日、毎日のように言っている気がする。するとミヤがしびれを切らしたのか詰め寄ってきた。

「ねえ、ロッシュ。移動ドアを出してよ。まだドアノブは残っているんでしょ? というか、なんで今まで出さなかったの? 移動ドアがあれば、公国から簡単に物を運べたじゃない?」

 そのうち言われるのではないかと思っていたが、最後の最後で言われてしまったか。それを思いついたのは、王国と砦で戦っている最中だった。その時は、なぜ気付かなかったのだと一瞬自分を責めたが、考えてみればここには設置出来ない。ということに気付いたのだ。

「ミヤは考えが甘いな。移動ドアは一見便利だけど、実は制約が多いのだ。まず、使うだけで魔石を使用してしまう。距離や運ぶもので魔石の大きさが変わる。それからこの扉は片道切符だ。次の日にならなければ帰ることが出来ない。公国とレントークの距離なら、大き目の魔石1個で、人くらいしか移動できないのだ。だからこそ、僕は移動ドアを設置しなかったのだ」

「そう。でも、食料が足りなくなったときに食料くらいは公国から運び込むことが出来たんじゃないの?」

 む。やけに食いついてくるじゃないか。しょうがない。今も出さない理由を教えておこう。

「この扉は知っての通り、魔石を使えば誰でも移動ができる。それが敵でもだ。つまり、ドアを不用意に設置するということは、誰でも城に入れてしまうということだ。安心できる場所、敵が侵入しづらい場所など設置場所にも細心の注意を……」

「もういいわ。なんでそこまで熱くなっているのかわからないわ。でも今ならここは安心なんじゃないの?」

「ダメだ!! この地下にはバカ……王弟の嫡男がいる。万が一にも危険を冒す必要はない」

「そう……ここがダメなら……ちょっと、サルーン、来なさい」

 一国の次期王に対して、なんという態度だ。ミヤを叱ろうとしたが、サルーンは何も気にする様子もなく、こちらにやってきた。一体どういうことだ? 

「実は、ミヤ様が義兄上の奥方と知って、ちょっと聞いてみると魔王のご息女というではないですか。それでミヤ様には、王としての振る舞いについてご教授してもらっていたんです。私からすれば、先生のような方ですから」

 まったく何をやっているんだ。サルーン、ミヤは魔界の者だぞ。それでいいのか? 

「先生とはいい響きね。それはともかく。レントークはこれから公国と交易を通じて、人や物、様々な交流をとおして関係を深めていくことになるでしょう。今回、ボートレが公国に来ることになったけど、公国からも公使の派遣があると思うの。しかし、レントークには公国の公館がありませんね。これは外交上大きな問題になるものです。すぐに用意しなさい」

「それは気づきませんでした。すぐに用意しましょう。といっても公国ほどの大恩ある国に対して、すぐに用意できる屋敷がありません」

「だったら、この屋敷でいいわ。すぐに明け渡しなさい」

 それはいくらなんでも無茶だろ。ここは七家筆頭の屋敷。次期王が住む屋敷だ。それをおいそれと明け渡すわけが……。

「それはいい考えですね。どうせ、私が王都に移動すればこの屋敷は不要になりますから」

「サルーン。血迷ったか? ここは次期王の屋敷として使われるだけでは無く、由緒ある建物ではないか? それを不要だからと切り捨てるのはどうかと思うぞ」

「いいえ。義兄上。私は七家という仕組みをなくそうと考えているのです。この制度も建国以来普遍のことでしたが、七家という物を考え直す必要があると思うんです。もちろん、すぐに解体というわけではないですが七家筆頭が次期王である必要性はないと思うんですよ。国を思い、それを支えるものがいれば十分なんです。それにこの屋敷は王都の城を除けば、レントークでは一番の屋敷。公国の公館として、これほどふさわしい場所はないと思うんですよ」

 サルーンの考えは分かる気がするが……しかし、この屋敷をか。いささか大きすぎるような気もするが。何度も言うが、この屋敷は城だ。見たことはないが、王都にある城と同じものだという。そんな屋敷を公国が使ってもいいものだろうか?

 しかし、サルーンはあっさりとしたものだった。

「いいんじゃないですか? レントークと公国は姻戚関係ですし、公国は王国打倒の旗頭でレントークの上位に位置する国なのですから。私は何も気にしませんし、他の貴族も文句を言うものはいないと思うのですが」

「ほら。いいって言ってるんだから、もらっちゃいましょうよ。私は結構古臭いこの城が好きなのよね」

 なんだか僕だけが意固地になっているような気がするが……サルーンに再度確認してから、筆頭当主の屋敷を公国の公館とすることにした。これは後日、発表されることになったがサルーンが言うように大した騒ぎにはならなかった。それよりも七家の中には自分の屋敷を譲りたかったという者もいるくらいだ。その理由をアロンに聞くと、ニヤッと笑った。

「それほど公国との間に関係を持ちたいといことでしょう。私もその一人ですが、個人的にはロッシュ公との関係をもっと深めたいと思います」

 結局、押し切られる形になったが、レントークで屋敷を手に入れてしまった。サルーンの行動は早かった。自分の荷物だけさっさとまとめて、アロンの屋敷に行ってしまった。アロンの異常な喜び様は想像に難くないだろう。ミータスも王国に帰るまでの間、アロンの屋敷の地下牢で生活することになった。使用人もいなくなってしまい、無人となった元筆頭当主の屋敷には、僕と妻達が残されてしまった。それとボートレ王だ。ボートレ王はレントークの民に顔を見せられないと頑なになっているせいで、公国に向かうまではこの屋敷から離れないというのだ。

「私はどこでも構わないぞ。といっても、野外では風邪を引いてしまうかも知れないからな。使用人の部屋を貸してもらえるか?」

 レントーク王にそんなマネが出来るわけ無いだろうに。この人、分かっててやっていないか? レントーク王には、この屋敷の一番格式のある客室を提供することにした。僕はサルーンが使っていた部屋を使うことにした。歴史ある国だけに各部屋のベッドや調度品も立派なものだ。無駄に大きいというわけではなく、細工も施されており芸術品のようだ。

 さて、そんなことに目を配っていると怒られてしまうな。適当な部屋からドアを取り外し、自分の部屋に持ってきた。一応、僕の部屋なのでこの屋敷の中では一番厳重な部屋となる。ドアノブを付け替え、ドアを開けた。

 当たり前だが、城の一室に出ることが出来た。まだ城の部屋にそこまで愛着があるわけではないが、新築の木の匂いが広がり、なんとも幸せな気分になる。一歩踏み出そうとしたが、公国に帰ることをサルーンだけには伝えておかねばなるまい。次の日には戻るつもりだが、急に消えたと思ったら心配するかも知れないからな。

 一歩出した足を引っ込めドアを閉めた。サルーンに言伝を頼むと、サルーンがすぐに駆け込んできた。

「義兄上。一体どういうことですか? 公国に帰るとは。もう少し居てもらわなければ困りますよ。それとも私達が何か粗相でも?」

 一体、どんな伝え方をしたんだ? 移動ドアという存在を説明し、この扉の先には公国があることを告げたが、理解することが出来なかったようだ。仕方がない。ドアを開け、サルーンに覗き込んでもらった。

「どうだ? この先にあるのは僕の屋敷だぞ」

「どうやら本当のようですね。あのような建築物は見たことがありません。むむむ。しかし、このような物が公国にあるとは……。あの……私も連れて行ってもらえないでしょうか?」

 それはダメだろ。サルーンが一日いなくなるのと、僕達が消えるのとは訳が違う。なんとか説得するとサルーンは寂しそうな顔をしていた。

「義兄上。絶対ですよ。次こそ連れて行ってくださいね。公国か……どんな国なんだろうか」

 サルーンに別れを告げて、扉に入った。久しぶりの城だ。帰還を知ったオコトとミコトがすぐにやってきた。

「気配を感じましたが、やはりロッシュ殿でしたか。長旅お疲れ様でした。さっそく湯殿にお入りください」

 気配だけで分かるとは。流石だな。それから留守番を頼んでいたマグ姉とオリバがやってきた。二人には変化がなくて少しホッとしたが考えてみれば、まだ出発してからひと月程度だ。変わっているわけがないか。二人は涙ぐみながら、抱きついてきた。マグ姉はライルとグルドが出発するときに話を聞いていたみたいだ。王国軍の大軍がレントークに向け動いたことを。

「ロッシュ。どれほど心配したか!! でも無事でよかった」

「ああ。マグ姉の薬は本当に助かった。皆が感謝していたぞ。オリバも元気そうだな」

「ロッシュ様。是非とも武勇伝を聞かせてくださいね。それをすぐに唄にして公国に広めたいと思いますから」

「それもいいが、今は風呂に入ろう」

 久々に妻達と露天風呂に浸かった。レントークでのひと月。入浴が出来ずに川で体を洗うことが多かった。七家領でも風呂はなく、タオルで体を拭くだけの日々。それらの日々で溜めた汚れが一気に吐き出されていく。なんと気持ちのいいものなのだ。エリス達も湯船に浸かってご満悦の様子だ。

 そんな気持ちのいい風呂を満喫していると、外が騒々しくなった。オコトが足早に風呂場に駆け込んできて、不審者を告げてきたのだ。この城に不審者とは珍しいな。あまりの気持ちよさに一瞬他人事のように感じてしまった……何!? 不審者だと!?

 急いで風呂から上がると、不審者を捕らえたミコトが入ってきた。ミコトと一緒にいたのは……サルーンだった。

「すみません。義兄上。どうしても我慢できなくて来てしまいました。でも大丈夫ですよ。このことはちゃんとアロンに伝えてありますから。きっと上手くやってくれますよ」

 そうか? そうだといいな。じゃあ、サルーンの後ろにいるのは誰だ? ため息をつき、その日はボートレを公使として紹介したり、サルーンとアロンが満喫できるほどの接待をしてやった。次の日、二人がレントークに戻ると大騒ぎになっていた。サルーンとアロンが駆け落ちしたなどとふざけた噂が出るほどだ。

 二人が出てきたことですぐに騒ぎは沈静化したが、二人が駆け落ちしたという噂だけは、なぜか消えることはなかった。ちなみにマグ姉とオリバ、オコトとミコトもレントーク観光がしたいと言うので、付いてきた。その代わり、シェラとドラド、リードとルード、眷属達が公国に残ることになった。

 そんな騒動が終わり、レントークでの生活に落ち着きが訪れたと思ったら、王国から使者が来たと告げられた。使者はどうやらフォレイン侯爵のようだ。さて、どんな面会になることやら。
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