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第380話 陣を引き払う

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 砦に到着すると、ガムドとサルーンがやってきた。

「ロッシュ公。勝利おめでとうございます」

「義兄上。ようやく終わりましたね」

「二人共、よくやってくれた。お前たちの働きがあったからこその勝利だ。ただ、我らが受けた損害は尋常なものではない。回復させるにも時間がかかるだろう。僕はすぐに公国に戻り、軍の再編を急がねばならない。ガムド、これから忙しくなるぞ」

「そうですな。今回の戦で問題点も多く見つけることが出来ましたからな」

「まぁまぁ。義兄上もガムド殿も。せめて数日は七家領で過ごしてください。大したもてなしは出来ませんが、精一杯の祝勝会をさせていただきたいのです」

「サルーン様。私はすみませんが辞退させてもらいます。現在、公国領は無防備も同然。すぐに引き返し、防備を固めたいと思います。ただ、ロッシュ公のことはよろしくお願いします」

「分かりました。それでは義兄上だけでも」

 なんだか勝手に話が進められているが……まぁいいか。とにかく砦の瓦礫を片付けなければ。この下にはまだ生存者が多数いるはずだ。シラーと協力して土魔法で瓦礫を取り除き、負傷者の救出作業を行った。その作業はすぐに終わらせることが出来、幸いにも、負傷者は多数いたが、死者は一人もいなかった。骨折などの重傷者を優先して回復魔法を掛けることにした。七家領にたどり着けたら、シェラにも協力してもらい、負傷者の治療を行う予定だ。

 そういえば、王国に国を売り渡したレントーク王家の連中はどうなったんだ?

「サルーン。王家はどうなったのだ?」

「それでしたら、さきほど王家から使者がやってきて、降伏を申し込んできました。私の方からその返事として五千人の兵を行かせましたから、すぐにやって来るでしょう」

 サルーンも随分とやるようになったではないか。サルーンの肩に手を置き、じっとサルーンを見つめた。

「戦場は初めてであっただろう? 恐怖はなかったか?」

「はい。恐ろしくて恐ろしくて……今でも震えて。勝てたのが本当に信じられない。義兄上はいつもこんな戦場の前線に出ているんですか?」

 どうだろう? 前線に出ている気はするが、敵と直接戦うのはあまりない気がする。

「そうだな。よく考えると前線にいる方が多い気がする。僕の場合は魔法が使えるから、負傷兵の回復や陣の補強とか敵と対峙するより、後方支援がほとんどだけど。ただ、僕の側には、ミヤ達やフェンリルのハヤブサとか、信頼できる者が常にいるからな。サルーンだって今回は、アロンが側にいたからこそ安心できたのではないか?」

「それはあるかも知れませんが……あの時は夢中で考える暇もありませんでしたよ」

 たしかにその通りだな。そんな話をしている間にガムドとグルド、ライルは公国軍の兵をまとめ始めていた。七家軍もアロンが集結を呼びかけている。この砦を離れる頃合いのようだ。

「サルーン。しばしの別れだ。七家領でまた会おう」

「はい。義兄上」

 ライルとグルド、ガムド、ニードが集まる場所に向かった。

「四人共、無事で何よりだ。これより七家領に凱旋する。負傷している兵達がいるゆえ、進軍はゆっくりと行く。進軍に付いてこれないような重傷者がいるならすぐに連れてきてくれ。回復魔法を掛ける。全体の遅れになるので遠慮は不要だ。また、王国の捕虜については七家領に着いてから処分を決める」

 将軍たちに、現時点で把握している損害状況を報告してもらい、ガムド、ライル、グルドには先に公国への帰還するよう命令した。ニード将軍にはまだ付き合ってもらう。ニード軍の兵力は大きく減少し、元気な兵はたった五千人となってしまった。それ以外の兵は、公国への帰還命令が出された。ガモン将軍の配下については、怪我の有無に拘わらず全員、七家領に来てもらうことになった。

 ガムドには、七家領にいる負傷兵の回収もしてもらうため、七家領の南にある港に寄ってもらうことにした。

 将軍たちの報告内容は愕然とするものだった。今回の戦で公国軍、七家軍、王国軍共に、甚大な被害があったことを改めて認識することができた。公国軍は、六万人以上の兵を動員し、その八割近くが負傷した。戦死者はほとんど出なかったが、零ではなかったため遺族に対する補償も考えなければならない。兵士への被害が少なかった半面、兵器の被害が大きかった。艦載の大砲、移動式大砲、バリスタも殆どが大破してしまった。開戦前の兵力に比べ、今の公国の戦力は大幅に下がってしまっている。

 七家はもっと酷い。十万人という動員をしたが六万人以上が負傷または戦死しており、戦力の大半をこの戦で失ったことになる。住民にも大きな被害が出ており、当面レントーク王国には戦争をする体力はないだろう。王国軍は……正確な数字はわからないがこの戦争には三十五万人が動員されている。おそらく王国軍の大半の兵力に相当するだろう。そのうち、王国に退却できたのは五万人程度だ。三十万が負傷、戦死、捕虜のいずれかの道を辿っている。

 王国は、この戦によってほぼ全ての将兵を失ったと言っていい。特に訓練を重ねた兵士のほとんどが中軍にいたため大砲とバリスタの餌食になっていた。弱体化したといっても、近い将来王国内で大きな動きがあるはずだ。公国もそれに巻き込まれる可能性は高い。ライルたちを帰国させたのは、それに対処するためだ。といっても、公国軍も兵の状態を見る限り、すぐに立て直すのは難しいだろう。

 悩んでいると、ガモン将軍が横に並んできた。

「ロッシュ公。此度の戦、感服いたしました。サントーク王国の将としてこの戦に参加できたことに感謝しております。我らは七家領に着き次第、負傷した部下を回収し、サントークへの帰還をしたいのですが、お許し戴けないでしょうか? この戦果をすぐに王に伝えたいのです」

 ふむ。ガモンとも勝利を祝いたかったが、仕方がないか。

「此度の戦の立役者が不在というのはいささか興醒めするが、仕方あるまい。王には僕からも手紙を出そう。エリスのことも心配しているだろうからな。そういえば、ガモンは酒を気に入っていたな。今すぐというわけにはいかないが、公国からサントーク王国に送らせよう。それをサントーク王国との交易の第一弾とするのもいいかも知れないな」

「おお、その言葉を王に伝えれば、どれほど喜ばれるか。それでは、国内にある最高品質の木材を用意して待っております」

「ああ、楽しみにしている」

 ガモン達はそれから間もなくしてサントーク王国に帰還していった。ニード将軍もやってきたが、勝利を収めても、寡黙さは変わりがないようだ。イハサが変わって戦勝の祝いの言葉を掛けて来た。

「イルス公。この戦で王国との戦いに一つの区切りが打たれたことでしょう。我らもかなり損耗してしまいましたが、それだけの価値はあったと思います。私としてはすぐにでも軍備の強化と兵力の再編成をして、王国討伐の準備を始めたほうが宜しいかと思いますが」

 イハサも仕事熱心な男だな。

「今は王国のことは考えたくないものだな。ただ、イハサの言うことも尤もだ。すぐに王国討伐に関する計画を立ててくれ。ただ、兵士たちの損耗がひどい。各兵力の回復を念頭において計画してくれ。それと、今回の戦における賠償を王国に求めるつもりだ。その条件を煮詰めておいてくれ。基本方針は、王国の戦力縮小と領土の割譲だ。特に王都周辺の虐げられていた諸侯たちの領土を狙うつもりだ」

「良き考えかと。王都を丸裸にすれば、王都で奴隷化している亜人もすぐに逃げ出せるでしょうし、ますます王国の弱体化を図ることが出来るでしょう。七家にも要求はあるでしょうから、彼らにも相談しようと思います」

「そうしてくれ。せめて今回の戦で負傷した兵士や戦死した者の遺族には、きちんと補償がされるくらいに王国から搾り取りたいものだな。そのためにも王弟の嫡男には頑張ってもらわなければならない。その前に王国の内情を聞けるだけ聞いてだがな」

「イルス公は恐ろしいお方だ。それでは七家領に到着しましたら、すぐに着手したいと思っております」

「本当に仕事熱心だな。しかし今日だけは勘弁してやれ。彼らとて今日くらい安堵して騒ぎたいだろうからな。イハサもルードと騒いでいいんだぞ」

「分かりました。今日だけは軍務を自粛しましょう。私も部下たちと静かに祝うことにします」

 まぁ、人それぞれか。僕達の進軍は負傷兵と捕虜を抱えているせいで、動き自体は遅かったが、それでも半日をかけて七家領に到着することができた。到着した我々を、住民達が出迎えてくれた。どうやら避難していた住民が少しずつだが戻ってきているようだ。

 その中にエリスとシェラ、クレイの姿が見えた。三人のもとに駆け寄り、抱きしめた。三人も僕を強く抱きしめ返してくれた。

「エリス、シェラ、クレイ。よく無事でいてくれた」

 エリスが僕から離れるとニコッと笑った。

「ロッシュ様。おかえりなさい」

「ああ。今帰ったぞ」

 そして、再び二人で抱き合った。シェラとクレイも勝利を祝ってくれた。

「それにしても三人共凄い姿だな」

 本当に酷い姿だ。兵士の治療に当たっていたせいか、服には血がべっとりと付き、疲れが顔に現れていた。シェラも随分と頑張ったのか、目の下にくまが出来ていたのだ。場所は違えども、彼女達も一緒に戦っていたのだろう。できる限りの笑顔で彼女たちを労った。ミヤ達とともに、七家筆頭家の屋敷に向かった。祝勝会は夜からの開催と決まり、それまでは自由行動となった。といっても出来るのは休むことだけだ。安心したことで急激に眠気が襲って来て、部屋に入るなりすぐに寝入ってしまった。

 気づいた時は夕方になっていた。目の前にはエリスがすやすやと寝ていた。頭を撫でてから身を起こすと、妻達は眠りについていた。ベッドの上で寝る者、ソファーで寝る者、床に転がっている者、様々だった。皆、今回の戦で疲れが溜まっていたようだ。

 こっそりと起きると、クレイだけが起きていた。

「クレイ。寝ていなくて大丈夫か?」

「いいえ。私もさっき起きたばかりなんですよ。ロッシュ様。この度は、本当にありがとうございました。私自身はレントークとは関係のない身となりましたが、それでも故郷を守ってくれたことにお礼を申し上げます」

「ふむ。礼をしたいというのなら……」

 クレイの体を強く抱きしめた。

「ロッシュ様。そんなことをされては……」

「大丈夫だ。皆はまだ眠り続けている」

 クレイはコクっと頷いて、肌を合わせた。レントークに来てから緊張の連続で、とても落ち着けるときはなかった。それゆえ、勝利の喜びと安ど感、目の前のクレイに対する愛おしさで感情を抑えることが出来なかった。クレイを相手に夢中になって愛していた。周りの状況に気づくことも出来ずに。

「ロッシュ様。あとは……頑張ってくださいね」

 そういうとクレイは早々に戦線離脱していった。そうか。火をつけてしまったのか。そう、ご無沙汰だったのは僕だけではないのだ。後ろから襲いかかって来る妻たちを相手に思いっきり感情をぶつけた。そのおかげで、祝勝会に少し遅れるという失態をしてしまった。ただ、そのおかげで妻達の機嫌は良かった。

 まぁいいか。周りを見渡すとサルーンやアロンも正装を身にまとい、いかにも貴族然とした面持ちをした二人がいた。戦闘服を脱いだ彼らを見て、懐かしさを感じてしまった。とにかく、これから祝勝会が始まるのだった。

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