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第375話 新手への対処

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 王国軍が十五万人。王弟直下の精鋭が相手だ。一方、公国軍は三万五千人。戦いを終えたばかりの疲れた軍だ。新兵器の大砲も砲身が焼けてしまい、使える大砲もいくらもない。しかも、公国軍に地理に明るいものがいないときている。これ以上ないほど不利な状況だ。普通であれば、七家領を見捨てて公国に戻り、態勢を整えるという選択肢が妥当なところだろうな。

 作戦を考えている時にふとライルが笑っているのが視界に入った。

「ライル、何を笑っているんだ? いい作戦でも思いついたか?」

「いや、そうじゃないが。なんか懐かしいと思ってな。オレ達がまだ公国と名乗っていなかった頃、王国が攻めてきた時のことを覚えているか?」

「忘れもしないさ。あの時は村とラエルの街でなんとか食料が自給出来そうだった頃だ。そんなときに、確か二万人の王国軍が攻めてきたんだよな。人口が一万二千人しかいないところに大軍で攻めていたことを恨んだものだ」

「そうだ。あの時のオレ達は、千人が限界だった。しかも訓練された兵は少なく、ほとんどが狩猟や畑仕事しかしたこともない者だったな。あの時は、戦力差が二十倍もあったが、よく勝てたものだ。最初は誰も勝利を信じなかったけどな。それが今になって懐かしく思えたんだ」

「なるほど。今は、三万五千人の正規兵で構成され、兵器も充実している。それに、海上には多数の軍艦が待機している。あの頃は、一人が二十人を相手にしなければならなかったが、今回は、たった五人しかいない。比べてみれば、随分と簡単に感じてしまうな」

「ああ。その通りだ。それにあの時は援軍は期待できなかったが、今回は七家軍が後ろに控えていると思えば安心感が違う。一層のこと、こちらから出向くのはどうだ? どうせ王国軍はオレ達が守りに入ると踏んでいるはずだ。それの裏をかくんだ」

 それは面白そうだな。十五万人という数字に恐れを感じたが、その数を動かすことは容易なことではない。優秀な将軍が何人も居て、それを統率する者、各将軍の下にも部隊長が必要だ。果たして王国軍にそれだけの将軍がいるか? グルドに聞いてみると、じっと腕を組んで考えていた。

「オレが王国を離れて久しいが、優秀な将は自然と名前が表に出てくるものだ。オレが思いつくだけでも数人。ただ、そいつらがこの戦いに出ているかは分からないな。なんにしても、王弟が指揮官なら大したことはないな。王国軍十五万人相手に、こちらから出向くのはいい作戦かも知れないな」

 一応、基本方針が決まった。 公国軍が王国軍の態勢が整う前に攻勢を仕掛けることで、相手を混乱させ、こちらに有利な状況を作り出すということになった。そうなると、急がなければならないな。王国軍は、刻一刻とレントーク王国に近づいている。出来るならば、途中で攻撃を仕掛けたいところだ。

 そうなると、問題の焦点はどこで攻撃を仕掛けるか、ということになる。これについてはすぐに決まった。それは、レントーク王国と王国の国境にある砦だ。ここは、地形的には陸地がくびれている場所にあり、砦はもっとも細くなった場所に作られている。ここならば、海もすぐに望むことが出来るのだ。つまり、海上攻撃も可能な場所なのだ。

 すると見計らうようにガムドがやってきたのだ。

「皆さん、お揃いで。さて、海軍に出来ることはありますでしょうか?」

 ここまで決まったことをガムドに説明した。

「なるほど。それならば、全艦隊を砦付近の海域に布陣させましょう。艦上から一斉射撃をすれば、大きな被害を与えることが出来るでしょう。初手で全ての弾を使い切るつもりです。その後、海兵を引き連れ上陸し、皆さんと合流をするということでどうでしょうか?」

 艦上大砲の威力は折り紙付きだ。密集した十五万の軍に着弾すれば、被害は甚大だろう。飽和攻撃を仕掛ければ、初手から公国軍がかなり有利に攻撃を進めることが出来るだろう。

「いいじゃねえか。そういえば、移動式大砲は少ないがバリスタならたくさんあったよな? それを砦に設置しよう。ロッシュ公、砦の増強はできそうか?」

「どうだろうな? 土を盛り上げるだけなら簡単だな」

「十分だ。どうせ残された時間は少ないんだ。南の砦みたいな強固なものは無理だろう。王国兵が砦に張り付くまでの時間稼ぎさえできればいい。その間にバリスタで超長距離攻撃をしてやるぜ。それからは相手の出方次第だな。それだけで撤収してくれるといいんだが。まだ王弟がレントークに攻め込んでくる理由が分からないからな」

 そうなのだ。王弟が自ら動く理由が分からない。それほど王国内の状況が王弟にとって危機感を募らせるものなのだろうか。僕からすれば、王国は比較的安定した状態だと思っている。亜人の扱いについては見るに堪えないものだが、政治的には王弟に権限が集まり、意見を言うことが出来る者も限られている。それゆえ、王弟がわざわざ外征に赴き、失策の可能性を負う必要性はない。まさか、ライロイド王が。

 それとも、今回の戦いに必勝する方法でもあるということなのか? それならば納得はいくが……王国軍の軍様は従来と変わるところはない。新兵器の噂もないし、考え過ぎなのだろうか?

「ライル。今回の戦ではお前が総大将だ。全軍の指揮を頼むぞ」

 それに伴い、ニード将軍麾下の第三軍を解体し、第一軍と第二軍に振り分けた。第一軍にはグルド将軍を、第二軍をニード将軍を充て、ガムドには直轄の兵として五千人を割り当て、第一軍と第二軍にはそれぞれ一万四千を振り分けた。バリスタを含む大砲隊はライル直下とした。そして、ガムトと大砲の合図の確認をしてから、各軍出発するための準備に向かった。ライルは、基本的には僕の側で仕える状態だ。

「ライル。正直なところ、今回の戦をどう見る?」

「かなり苦戦はするだろう。今回は公国もほぼ全軍を投入している。この勝敗が公国と王国の優劣を決定づけることになるだろうな。だからこそ、王国はギリギリまで撤退という選択肢は採らないな。とにかく初手だ。それでこの戦いの結果がほぼ分かると言ってもいいだろう。ガムド将軍に期待だな」

 なるほど。やはりこの戦いは総力戦になる可能性が高いな。そうなるとミヤたちにも出てもらうしかなくなる。今のうちに話をしておいたほうがいいだろう。ライルに断ってから、ミヤ達がいる場所に向かった。なんだかんだでミヤ達と会ってない。新たに王国軍が来ていないければ。今頃戦勝に沸いていたと言うのに。

 ミヤ達は領外の近くで待機した状態だった。どうやら僕を待っていたようだ。

「ロッシュ。随分と待たせてくれたわね。勝ったんでしょ? さあ、帰りましょう。早くお風呂に入りたいわ」

「ミヤ、済まないが帰るのはもう少し後だ。実は……」

「はあ? まだ戦うわけ? まったく王国って国は、本当に往生際が悪いわね。いいわ。今度こそ、王弟ってやつを潰してくれるわ。それでこの戦争は終わりよ」

「ミヤ達はあくまでも僕の護衛に徹してもらうつもりだ。それにミヤは僕の妻だ。愛する者を簡単に敵地に送り込むなんてこと出来るわけ無いだろ? 眷属達も僕にとって大切な者たちだ。ミヤには、いつまでも僕の側にいてもらいたいと思っている。これからも、僕の側にいてくれるかい?」

「うん」

 言葉少なめに、ミヤは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「エリスたちとも話したいが、時間がない。我々はすぐに出発することになる。ミヤと眷属、リード、ルード、ドラドは僕に付いてきてくれ。ミヤの眷属十人は引き続きエリス達の護衛を頼む」

 シラーにエリスたちへの伝言を頼んだ。エリスとシェラとクレイはこれから七家領の住民とともにサントーク王国に避難する。しばらく離れることになるが、とにかく自分たちの安全と住民達の安全だけ考えてほしいと伝えてもらった。シラーにはエリス達への伝言が終わったら、すぐに僕達を追ってきてもらうように頼むと、エリスたちの下に向かった。

「ミヤ。僕達も行こうか。今回の戦いが終われば、王国との戦いはある程度終わるだろう。そうしたら、皆とゆっくりとしたいものだな」

「そうね。私もゆっくりしたいわね。またみんなで温泉なんかもいいかもね。なんだかんだで楽しかったもの。そろそろ、オコトとミコトを受け入れてあげれば?」

 オコトとミコトは別に拒んでいるつもりはないんだが。どちらかというと向こうが遠慮していると言うか、やはり忍びの里を抜けたことに何かしらの負い目を感じているのかも知れない。まぁ、この戦いが終わったら、考えてみてもいいかも知れないな。一生、屋敷……ではなかった。城で家政婦というのもな。

「分かったよ。温泉も含めて、皆が楽しめるように考えよう。さて、急ごうか」

 一足先に砦を補強するため、ミヤ、リード、ルード、ドラド、眷属達とフェンリル、魔馬隊で向かうことにする。ライルとその直下の部下は、船からバリスタと大砲持って向かうことにした。七家領からは東の道を使うと辿り着くことができる。今から出発すれば、僅差で王国軍よりも早く砦に到着することが出来るだろう。砦に向かう道中は、明るい表情をするものはほとんどいなかった。やはり、これからの戦争が公国にとって悲壮なものになることを誰もが予想しているのだろう。外国という土地で、戦うのはやはり厳しいな。特に、ライルとグルドに付いてきた者たちはこの地への思い入れは薄い。

 一応はレントーク王国出身者が公国軍には多いが、そのうちのどれだけがレントーク王国に思い入れを持っているだろうか。僕だって、この地がクレイの出身地でなければ、ここまで積極的に戦いに赴くか分からない。ただ、今はこの戦争が王国との最終戦という気持ちでだけで、砦に向かっている。

 砦が見えてくると、その粗末な砦を見て愕然としてしまった。国境にある砦と聞いていたので、それなりに立派なものがあると思っていたが、ほぼ廃墟と言った様子だ。一応はレンガ造りで外壁があるが、かろうじて外壁と見える程度だ。中はただ更地が広がっており、敵が来たら頼りない外壁一枚で対抗しなければならない。これほど心もとない砦も珍しい。

 それでも場所は良かった。やや高台にあり、遠くを一望することができる。比較的勾配のきつい坂があるため王国軍の体力を奪い取ってくれることだろう。それに海が思ったよりも近かったことだ。海と陸には遮蔽物はなく、海からもこちらを簡単に眺めることが出来る。これならば初手からこちらが有利に運べることができそうだ。

 とにかく短時間で強固な砦を構築するためにシラーとルードに協力をしてもらうことになったのだ。
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