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第374話 七家領攻防戦
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ライルとグルドが援軍に駆けつけてきてくれた。しかし、一体どうして……いや、今は考えるときではない。七家軍は立て直しを図っているが離脱者が相次ぎ、今にも瓦解しそうな雰囲気だ。アロンは各兵に声を掛けているがどれほど持ちこたえられるか。そんな時に二人が現れてくれたのだ。しかも、第一軍と第二軍を引き連れて。公国軍の主力だ。
とにかく二人にはこの状況を打破してもらわなければならない。
「二人共、よく来てくれた。今の状況は我らに不利だ。ニード軍が後方に回ることに成功したが、それが活かせず各個撃破されそうになっている。両将軍には王国軍の正面と左側面に攻撃を仕掛けて欲しい。僕はなんとか七家軍を取りまとめ、右側面攻撃に挑むつもりだ。これで王国軍は完全に包囲することができる。よろしく頼むぞ」
「了解だぜ」
「分かった」
二人は了承し、すぐに自軍のもとに向かった。二人の行動は早い。戻ったと思ったら、王国軍に対して攻撃を仕掛け始めたのだ。これで状況は好転するはずだ。どうやら公国軍の援軍が来たことによって、七家軍の離脱者も少しずつ減っているようだ。
「アロン!! 集まったか!?」
「はい!! たった五千人ですが……なんとか」
アロンが集めた兵たちをじっと見つめた。どの兵たちも傷つき、疲れの表情が嫌と言うほど現れている。それでも、七家領を守るために志願してきた勇者たちだ。士気だけは天を突く勢いがある。
「今の状況では十分過ぎる。アロンが指揮を取れ。僕も手勢を引き連れ共に戦う。目指すは王国軍右側面だ。行くぞ、アロン。必ずや王国を叩き潰すぞ」
「承知しました。ロッシュ公」
僕の横にはシラーとリード、眷属達が付き添う。その後ろに、フェンリル隊と魔馬隊が五百の陣容である。アロン隊は、それに続きながら移動する。しかし、大丈夫だろうか? 動きが遅すぎる。これで王国軍とぶつかっても戦えるのか? いや、信じるしかない。今は一兵でも多く、王国軍と戦う兵が必要なのだ。アロンを見ると、何度も何度も兵たちを激励している。アロン自身も傷つき、鎧には、誰の分からない血が固まり、へばりついている。声は掠れ、本人は大声を出しているつもりだろうが、あまり声は通っていない。それでも戦場では、声なき声が効果を発揮する時がある。
アロンの姿を見た兵士たちは、心を一つにするように声を合わせ進軍を始めた。それを見届けてから、更に速度を上げ、アロン達の突破口を開けるため王国軍に突撃を開始した。風魔法を使い、とにかく足元を狙う作戦にした。それでも足を引きずりながら、こちらに攻撃を加えようとする兵士には、容赦なくハヤブサの牙とシラーの洗礼が突き刺さる。吸血鬼達も特有の怪力で、王国兵を持ち上げ投げ飛ばしていく。リードは僕から片時も離れずに弓矢を射続ける。矢がなくなると、声を掛けてくる。
「ロッシュ殿!!」
それが合図だ。カバンから矢を取り出しリードに渡す。その繰り返しだ。フェンリル隊は、僕達の正面に潜り強力な突進力で相手を突き飛ばし、そして噛み砕いていく。魔馬隊は、側面に広がり、近寄る相手を次々と潰していく。それが十分ほど続くと、ようやくアロン隊が攻撃に参加してきた。僕達の出現によって、かなり動揺していた時にアロン隊が出現したため、王国軍の一部では混乱が発生していた。
どうやら王国軍には、アロン隊が実数よりも多く見えたようだ。伝令が王国軍の間を走っている。その口々に、公国軍の出現と七家軍が持ち直し、反撃を開始したことを告げるものだった。それによって、王国軍は明らかに戦意が失われようとしていた。王国軍の三面は公国軍が受け持ち、一面は七家軍が担当している。それで、包囲は完成している。
公国軍の活躍は目覚ましいものがあった。七家軍をあれほど苦しめた王国軍を、数では少ない公国軍が圧倒するという光景が目の前に広がっている。もちろん、王国軍には疲労があっただろう。それでもこの状況は凄い。王国軍を包囲する輪は徐々に小さくなっていき、ついには、三つ四つのグループになるほど小さくなっていった。
ついに、王国軍から白旗が上った。降伏の証だ。
……終わったのだ。十五万の王国軍に勝利したのだ。七家軍は呆然とした様子で、立っている者、疲れからか座り込む者様々だった。それでも、アロンだけは毅然とした様子で兵たちに慰労の言葉を掛けていた。もっとも声が掠れて何を言っているか分からないだろうが。
降伏した王国兵たちは、手にした武器を手放し、その場に座り込んでいる。そして戦意がない証に手を上げている。ただ、腕を上げる力がないのか、ほとんど上がっていない者ばかりだ。その者たちを公国軍で包囲し、武器を取り上げ、兵たちを拘束している。本来は七家軍の仕事だと思うが、今の七家軍には戦後処理をするだけの能力はない。
各部隊を回り、労いの言葉をかけた。そして、アロン、ニード、ライル、グルドを集め戦勝を祝うことにした。
「今回の戦は我らの勝利だ。特にライルとグルドには感謝のしようもない。二人が来なければ、我らは王国軍十万の波に翻弄され、七家領を蹂躙される結果となっていただろう」
アロンは声を出そうと口をパクパクとしているが喉が切れてしまっているのか、声が出ない様子だ。回復魔法をかけると、ようやく声が出せるようになった。
「私からも感謝申し上げます。公国軍が七家領防衛のために死力を尽くしてくれたおかげで、なんとか持ちこたえることが出来ました。七家領を代表して、お礼を申し上げます」
これで終わりかと思っていたが、ライルとグルドは苦虫を潰したような渋い表情を浮かべて、こちらを見ていた。なにやら、不安を感じる。
「ロッシュ公。実は……オレ達がこっちに来たのは……」
その言葉が終わる前に、斥候が急ぎやってきて、最悪の報告を耳にすることになった。
「王国軍十五万、レントーク王都に迫っております。旗は王弟!! 王弟が直々に兵を指揮しているものと思われます!!」
くそっ!! こんなときに……いや、王国の判断は正しいな。むしろ王国軍の援軍が遅くなったことを喜ばなくては。きっとライルとグルドはこの兆候を掴んでいたんだろう。そうでなければ、公国を空にして兵を送り込んでくるはずがない。
「戦勝祝いはまた後でだ。すぐに作戦会議をする。皆を集めよ」
アロンとニード、ライル、グルド、そして、戦後処理をしていたイハサを集め、作戦会議をすることになった。全く……嫌になるな。一同の顔が揃ったことを確認してから、斥候からの報告を共有することにした。
「斥候の報告では、王国軍は十五万人。レントーク王都に向かっているということだ。現在の位置はここだ」
僕達の前に広がっている地図を指差しながら、軍を見立てた石を置いていく。王国軍はレントーク王国との国境付近に入るようだ。進軍は遅く、ゆっくりとした歩調のようだ。
「そして、その軍には王弟の旗が上がっていたと言う。ということは、王国軍の主力と考えたほうがいいだろう。先程戦った王国軍よりも厄介な敵となるだろう。とにかく、今は戦力分析だ。我が軍はどうなっている?」
イハサ、ライル、グルドが各々戦力についての報告をした。その数はニード軍二万二千人の内、半数が負傷者もしくは戦死者、ライル軍は一万五千人の内、二千人が負傷者、グルド軍は一万五千人の内、千人が負傷者というものだった。やはりニード軍の損耗が激しいな。治療を優先的に行わなければならないだろう。七家軍についてアロンが報告した。十万人いた七家軍のうち、戦闘に参加したのが七万人。そのうち六万人が負傷者もしくは戦死者、さらに戦意喪失の者がいたのだ。
七家軍は絶望的に数字が悪い。戦争に出ていたのは七家軍でも精鋭のはず。領に残した兵たちのほとんどは新兵や貴族の子弟ばかりだ。彼らを戦線に加えても物の役に立つか分からない。そうなると実数は一万人と考えたほうがいいか。それにしても、戦意喪失者ってなんだ?
「正直に言いまして、七家領これほどの戦争を経験した者がほとんどいません。そのため、戦場の凄惨さから、戦闘を継続することが出来ない状態になっています。一応は治療を施しておりますが、今回の一戦には役に立たないでしょう」
それに対してライルが噛み付く。
「そんなことを言っているバカはどこにいるんだ? この一戦で負ければ、戦意があろうがなかろうが虐殺されてしまうのだぞ。なぜ、それがわからないのだ。そして、公国はそんなバカを守るために命を捨てなければならないのか!!」
その言葉にアロンは顔を伏せてしまう。どんな顔をしていいかわからないのだろう。きっと、ライルの言ったことを最も痛感しているのは、誰でもないアロンなのだろう。
「ライル。もういいだろう。戦意がないものを無理やり戦場に連れだしても邪魔になるだけだ。それよりも、領民の避難に協力してもらったほうがいいだろう。アロン、この一戦ははっきり言って読めない。勝てるとも負けるとも言い難い。が、住民は七家領からサントーク王国に避難させてくれ。ここは防衛に向いていないし、住民を守りながら戦えるほど、この一戦は易しくないのだ」
「分かりました。すぐにサルーン様に相談をして決めたいと思います」
「アロン。済まないがそんな時間はないのだ。君が即決をしてくれ。すぐにでも移動を開始しなければ王国軍がやってきてしまう。当面は、王国軍への対応は公国軍で当たる。住民の避難が完了した後、我らと合流してくれればいい。それまでになんとか七家軍を立て直せればいいが」
「私が判断を!? ……分かりました。すぐに避難を開始させましょう。この場はロッシュ公に全ての判断を委ねます。もちろん責任は私が」
「そう深く考えるな。とにかく住民の命を守ることだけ考えろ。最悪は公国への亡命も許可する。お前たちの未来はそこまで暗くはないぞ。急いでくれ」
アロンは頭を下げ、僕達の前から姿を消した。残ったのは公国軍の将軍達だ。
「公国軍約三万五千人か……対して王国軍は十五万。こちらは戦いで消耗しているが、向こうは無傷だ。しかも王国の最強の部隊だろう。戦況はかなり不利だな。ライルはどう考える?」
「撤退を勧めるぜ。正直、勝てるか怪しい。戦いを避けることも必要なんじゃないのか?」
「その通りだ。しかし、我らがここから退けばこの地に待っているのは地獄だ。亜人達はすべて狩り殺されるか、奴隷落ちだ。そうなれば、王国は公国への進軍を開始するだろう。我らがここで留まらなければ、我らの未来もまた閉ざされてしまう。ただな……この地に来て、この地の者を知ってしまったのだ。もはや見殺しになんか出来ないだろ?」
「へへっ。ロッシュ公らしいな。分かったぜ。王国軍をぶっ潰して、この長く続いた戦争を終わらせてやるぜ」
僕達は王国軍に対抗するための作戦を考えることにした。
とにかく二人にはこの状況を打破してもらわなければならない。
「二人共、よく来てくれた。今の状況は我らに不利だ。ニード軍が後方に回ることに成功したが、それが活かせず各個撃破されそうになっている。両将軍には王国軍の正面と左側面に攻撃を仕掛けて欲しい。僕はなんとか七家軍を取りまとめ、右側面攻撃に挑むつもりだ。これで王国軍は完全に包囲することができる。よろしく頼むぞ」
「了解だぜ」
「分かった」
二人は了承し、すぐに自軍のもとに向かった。二人の行動は早い。戻ったと思ったら、王国軍に対して攻撃を仕掛け始めたのだ。これで状況は好転するはずだ。どうやら公国軍の援軍が来たことによって、七家軍の離脱者も少しずつ減っているようだ。
「アロン!! 集まったか!?」
「はい!! たった五千人ですが……なんとか」
アロンが集めた兵たちをじっと見つめた。どの兵たちも傷つき、疲れの表情が嫌と言うほど現れている。それでも、七家領を守るために志願してきた勇者たちだ。士気だけは天を突く勢いがある。
「今の状況では十分過ぎる。アロンが指揮を取れ。僕も手勢を引き連れ共に戦う。目指すは王国軍右側面だ。行くぞ、アロン。必ずや王国を叩き潰すぞ」
「承知しました。ロッシュ公」
僕の横にはシラーとリード、眷属達が付き添う。その後ろに、フェンリル隊と魔馬隊が五百の陣容である。アロン隊は、それに続きながら移動する。しかし、大丈夫だろうか? 動きが遅すぎる。これで王国軍とぶつかっても戦えるのか? いや、信じるしかない。今は一兵でも多く、王国軍と戦う兵が必要なのだ。アロンを見ると、何度も何度も兵たちを激励している。アロン自身も傷つき、鎧には、誰の分からない血が固まり、へばりついている。声は掠れ、本人は大声を出しているつもりだろうが、あまり声は通っていない。それでも戦場では、声なき声が効果を発揮する時がある。
アロンの姿を見た兵士たちは、心を一つにするように声を合わせ進軍を始めた。それを見届けてから、更に速度を上げ、アロン達の突破口を開けるため王国軍に突撃を開始した。風魔法を使い、とにかく足元を狙う作戦にした。それでも足を引きずりながら、こちらに攻撃を加えようとする兵士には、容赦なくハヤブサの牙とシラーの洗礼が突き刺さる。吸血鬼達も特有の怪力で、王国兵を持ち上げ投げ飛ばしていく。リードは僕から片時も離れずに弓矢を射続ける。矢がなくなると、声を掛けてくる。
「ロッシュ殿!!」
それが合図だ。カバンから矢を取り出しリードに渡す。その繰り返しだ。フェンリル隊は、僕達の正面に潜り強力な突進力で相手を突き飛ばし、そして噛み砕いていく。魔馬隊は、側面に広がり、近寄る相手を次々と潰していく。それが十分ほど続くと、ようやくアロン隊が攻撃に参加してきた。僕達の出現によって、かなり動揺していた時にアロン隊が出現したため、王国軍の一部では混乱が発生していた。
どうやら王国軍には、アロン隊が実数よりも多く見えたようだ。伝令が王国軍の間を走っている。その口々に、公国軍の出現と七家軍が持ち直し、反撃を開始したことを告げるものだった。それによって、王国軍は明らかに戦意が失われようとしていた。王国軍の三面は公国軍が受け持ち、一面は七家軍が担当している。それで、包囲は完成している。
公国軍の活躍は目覚ましいものがあった。七家軍をあれほど苦しめた王国軍を、数では少ない公国軍が圧倒するという光景が目の前に広がっている。もちろん、王国軍には疲労があっただろう。それでもこの状況は凄い。王国軍を包囲する輪は徐々に小さくなっていき、ついには、三つ四つのグループになるほど小さくなっていった。
ついに、王国軍から白旗が上った。降伏の証だ。
……終わったのだ。十五万の王国軍に勝利したのだ。七家軍は呆然とした様子で、立っている者、疲れからか座り込む者様々だった。それでも、アロンだけは毅然とした様子で兵たちに慰労の言葉を掛けていた。もっとも声が掠れて何を言っているか分からないだろうが。
降伏した王国兵たちは、手にした武器を手放し、その場に座り込んでいる。そして戦意がない証に手を上げている。ただ、腕を上げる力がないのか、ほとんど上がっていない者ばかりだ。その者たちを公国軍で包囲し、武器を取り上げ、兵たちを拘束している。本来は七家軍の仕事だと思うが、今の七家軍には戦後処理をするだけの能力はない。
各部隊を回り、労いの言葉をかけた。そして、アロン、ニード、ライル、グルドを集め戦勝を祝うことにした。
「今回の戦は我らの勝利だ。特にライルとグルドには感謝のしようもない。二人が来なければ、我らは王国軍十万の波に翻弄され、七家領を蹂躙される結果となっていただろう」
アロンは声を出そうと口をパクパクとしているが喉が切れてしまっているのか、声が出ない様子だ。回復魔法をかけると、ようやく声が出せるようになった。
「私からも感謝申し上げます。公国軍が七家領防衛のために死力を尽くしてくれたおかげで、なんとか持ちこたえることが出来ました。七家領を代表して、お礼を申し上げます」
これで終わりかと思っていたが、ライルとグルドは苦虫を潰したような渋い表情を浮かべて、こちらを見ていた。なにやら、不安を感じる。
「ロッシュ公。実は……オレ達がこっちに来たのは……」
その言葉が終わる前に、斥候が急ぎやってきて、最悪の報告を耳にすることになった。
「王国軍十五万、レントーク王都に迫っております。旗は王弟!! 王弟が直々に兵を指揮しているものと思われます!!」
くそっ!! こんなときに……いや、王国の判断は正しいな。むしろ王国軍の援軍が遅くなったことを喜ばなくては。きっとライルとグルドはこの兆候を掴んでいたんだろう。そうでなければ、公国を空にして兵を送り込んでくるはずがない。
「戦勝祝いはまた後でだ。すぐに作戦会議をする。皆を集めよ」
アロンとニード、ライル、グルド、そして、戦後処理をしていたイハサを集め、作戦会議をすることになった。全く……嫌になるな。一同の顔が揃ったことを確認してから、斥候からの報告を共有することにした。
「斥候の報告では、王国軍は十五万人。レントーク王都に向かっているということだ。現在の位置はここだ」
僕達の前に広がっている地図を指差しながら、軍を見立てた石を置いていく。王国軍はレントーク王国との国境付近に入るようだ。進軍は遅く、ゆっくりとした歩調のようだ。
「そして、その軍には王弟の旗が上がっていたと言う。ということは、王国軍の主力と考えたほうがいいだろう。先程戦った王国軍よりも厄介な敵となるだろう。とにかく、今は戦力分析だ。我が軍はどうなっている?」
イハサ、ライル、グルドが各々戦力についての報告をした。その数はニード軍二万二千人の内、半数が負傷者もしくは戦死者、ライル軍は一万五千人の内、二千人が負傷者、グルド軍は一万五千人の内、千人が負傷者というものだった。やはりニード軍の損耗が激しいな。治療を優先的に行わなければならないだろう。七家軍についてアロンが報告した。十万人いた七家軍のうち、戦闘に参加したのが七万人。そのうち六万人が負傷者もしくは戦死者、さらに戦意喪失の者がいたのだ。
七家軍は絶望的に数字が悪い。戦争に出ていたのは七家軍でも精鋭のはず。領に残した兵たちのほとんどは新兵や貴族の子弟ばかりだ。彼らを戦線に加えても物の役に立つか分からない。そうなると実数は一万人と考えたほうがいいか。それにしても、戦意喪失者ってなんだ?
「正直に言いまして、七家領これほどの戦争を経験した者がほとんどいません。そのため、戦場の凄惨さから、戦闘を継続することが出来ない状態になっています。一応は治療を施しておりますが、今回の一戦には役に立たないでしょう」
それに対してライルが噛み付く。
「そんなことを言っているバカはどこにいるんだ? この一戦で負ければ、戦意があろうがなかろうが虐殺されてしまうのだぞ。なぜ、それがわからないのだ。そして、公国はそんなバカを守るために命を捨てなければならないのか!!」
その言葉にアロンは顔を伏せてしまう。どんな顔をしていいかわからないのだろう。きっと、ライルの言ったことを最も痛感しているのは、誰でもないアロンなのだろう。
「ライル。もういいだろう。戦意がないものを無理やり戦場に連れだしても邪魔になるだけだ。それよりも、領民の避難に協力してもらったほうがいいだろう。アロン、この一戦ははっきり言って読めない。勝てるとも負けるとも言い難い。が、住民は七家領からサントーク王国に避難させてくれ。ここは防衛に向いていないし、住民を守りながら戦えるほど、この一戦は易しくないのだ」
「分かりました。すぐにサルーン様に相談をして決めたいと思います」
「アロン。済まないがそんな時間はないのだ。君が即決をしてくれ。すぐにでも移動を開始しなければ王国軍がやってきてしまう。当面は、王国軍への対応は公国軍で当たる。住民の避難が完了した後、我らと合流してくれればいい。それまでになんとか七家軍を立て直せればいいが」
「私が判断を!? ……分かりました。すぐに避難を開始させましょう。この場はロッシュ公に全ての判断を委ねます。もちろん責任は私が」
「そう深く考えるな。とにかく住民の命を守ることだけ考えろ。最悪は公国への亡命も許可する。お前たちの未来はそこまで暗くはないぞ。急いでくれ」
アロンは頭を下げ、僕達の前から姿を消した。残ったのは公国軍の将軍達だ。
「公国軍約三万五千人か……対して王国軍は十五万。こちらは戦いで消耗しているが、向こうは無傷だ。しかも王国の最強の部隊だろう。戦況はかなり不利だな。ライルはどう考える?」
「撤退を勧めるぜ。正直、勝てるか怪しい。戦いを避けることも必要なんじゃないのか?」
「その通りだ。しかし、我らがここから退けばこの地に待っているのは地獄だ。亜人達はすべて狩り殺されるか、奴隷落ちだ。そうなれば、王国は公国への進軍を開始するだろう。我らがここで留まらなければ、我らの未来もまた閉ざされてしまう。ただな……この地に来て、この地の者を知ってしまったのだ。もはや見殺しになんか出来ないだろ?」
「へへっ。ロッシュ公らしいな。分かったぜ。王国軍をぶっ潰して、この長く続いた戦争を終わらせてやるぜ」
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