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第362話 サントーク王国にて

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 公国はサントーク王国を傘下に収めたことで、領内を行動する自由を手にすることが出来た。サントーク王国の領土は、レントーク王国と重なるところが多い。王は、サントーク王国の地図を取り出してきた。初めて見る地図だ。地図にはサントーク王国とレントーク王国が描かれており、端の方にアウーディア王国の国境があった。国境は細くくびれたような場所に一本の道が描かれており、それが唯一の王国へ向かう陸路となるのだ。

 これを見ると余計にレントーク王国が降伏した理由が分からない。地形的にこれほど防衛に適した土地はないだろう。この細くくびれた場所に強大な砦を築けば、何十万の兵でも容易に破ることは難しくなるだろう。尤も食料という国家を維持していくのに重要なものを握られているが。それでも降伏という選択が理解できない。それゆえにレントーク王国の七家が反乱しているのだろうが。

 王は地図を指差しながら、サントーク王国の国境線を教えてくれた。なんというか今まで国境線が有耶無耶になっていた理由がわかった。大陸の南端にサントークの王都があり、北端にレントークの王都がある。その中間は深い森に覆われており、優良な猟場となっている。両国とも狩猟が大きな産業の柱としてあるが猟師に国境という概念は薄いようで、両国の猟師が入り乱れて狩りを競い合っていたようだ。

 そんな経緯で大陸中部は両国とも領有権を主張しているが、だからといって相手方に武力や外交で確定するようなことはやってこなかった。この緩い雰囲気が今回、公国にとって利益があったのだ。何がどうなるかわからないものだな。

「王よ。本当に助かった。僕達はこれから北東に向かい、この小さな漁村へ行こうと思っている。そこでおそらく友軍との合流をすることが出来るはずだ。その上で僕達は王国との決戦に望むつもりだ」

「そう焦るな。王国とて北部のレントーク王都は簡単に占領できたとしても中部の深い森林を攻略することは難しい。それにレントーク七家がもし王国と対抗するとすれば、主戦場は大森林となるはず。七家は王家の軍隊として機能している。つまり七家がレントーク王国の主力をになっているのだ」

 なるほど。そうなるとむしろ北上をするよりは王国を中部の大森林で待ち構えたほうが、こちらにとっては有利か。それはいいことを聞いた。王に拠点を構えるとしたどこがいいか指南を仰ぐことにした。

「ロッシュよ。私はただの田舎の爺さんだ。そんなことは分からんよ。むしろ将軍に聞いたほうがいいだろう。ガモン、教えてやれ」

「承知しました。王」

 ん? ガモンが将軍だと!? 木こりか何かだと思っていたが。

「ロッシュさん……いや、ロッシュ公は私を将軍だとは信じてなさそうですな。お恥ずかしいことですが、軍と言ってもやることがなく、木の伐採を訓練の一環として導入しているほどなのです。本業とは違うので、木を持ち帰ってくることはないのですが、偶々素晴らしい木が手に入りましてな。王に見ていただこうと思い、運んでいた次第なのです」

 となると、今回のガモンとの出会いも運命だったのかも知れないな。そういえば、ガモンは木こり仲間を部下と呼び、食事場を設営する際も動きが木こりとは一線を画するものであったな。よくよく観察していれば分かったことなのかも知れない。僕の目も節穴だな。

「それでは、私の方から提案を。今回のアウーディア王国の目的が七家の討伐ということであれば、王のおっしゃった通り、大森林が主戦場となることは間違いないでしょう。ロッシュ公がおっしゃる王国軍二十万人と言う数字は驚くべきものですが、地理に暗い大森林の中では十分に能力を発揮することは難しいと思われます」

 なるほど。どうも話を聞いていると七家だけでも十分に対応できるように聞こえてしまうな。

「長期戦ということになれば七家が不利になることは間違いないでしょう」

 ん? 逆ではないのか? 地理に明るい七家が王国軍を大森林で翻弄する姿が思い描かれるだが。

「実はレントーク王国は食料を備蓄している場所が一か所しかないのです。しかも七家の領土からは王都に対して反対側にあるのです。この食料庫が王国に奪われれば、たちまち七家は立ち行かなくなるでしょう。そのため、七家はまず食料庫を確保するために動くはずです。それがこの場所です」

 ガモンが指差した場所は、大陸の北部の真ん中に王都があり、その西にある都市である。ちなみに、七家の領地は王都から南東に位置する。地図を信じるならば、七家が食料庫を確保するための最短は王都を経由するルートだが、王国に占拠されている場所を通る愚行を起こすとは考えにくい。だとすれば、大きく南に迂回をして、大森林を突き抜けてから北上するルートしか取り得ない。

「ですから、まずは食料庫を確保するために、西の大森林を拠点とすることが望ましいでしょう。ここならば食料庫に近いですし、敵の襲撃があったとしても防衛に適していますから天然の要塞として使うことが出来ます」

 なるほど。話を聞くと納得できる部分が多いな。当初、東部の七家の領地付近で徹底抗戦をするつもりだった。しかし、逆の西部に拠点を構えたほうが王国の侵攻を緩やかにすることが出来るとはな。まさに序盤は食料を制する戦いになりそうだな。

「食料庫を抑えることに成功すれば、ようやく王国軍と対等にわたりあうことが可能となります。食料庫を得た七家は長期戦にも耐えることが出来るようになりますので、王国としては序盤から全力で攻撃を仕掛けてくることでしょう。その主戦場はおそらく東部と西部に別れると思われます。食料庫付近の大森林と七家領土の南部の大森林です。公国軍は援軍という位置づけならば、どちらにも派遣が出来るようにその中間に拠点を置くことが重要かと思います」

 そうなると、サントーク王国からやや北に行った場所が最適ということになるか。しかし両方共距離が離れすぎていて、対応が後手になる恐れがある。それならば、僕は地図上の一点を指差した。中部の大森林のど真ん中だ。ここならば東部と西部戦地からも離れていない。

「ロッシュ公。場所としては素晴らしいですが……」

 なにやら残念な子供でも見るような顔でガモンが僕を見つめてくる。

「道がないといいたいのだろ? だったら作ればいい。一応言っておくが、ガモンと初めてあった場所まで僕達は道を作りながら進んできたんだ。道作りは僕達の得意技の一つなんだ」

「そう……ですか。それならば、私から言うことは何もありません。これで以上となります」

 頭の中で今回の作戦について、鮮明な青写真を作ることが出来たな。といってもまずは友軍との合流だ。僕達の軍は未だ旗色を明確にしていない浮浪の軍隊に等しい。王国軍にも七家の軍にも遭遇すれば、攻撃の対象になってしまうだろう。

「ロッシュよ。そんなに焦るなと言っている。旗ならば持っていけ。サントーク王家の旗があれば、七家が攻撃を仕掛けてくることはないだろう。それと私からの手紙も添えよう。そうすれば、七家と言えどもロッシュの軍を悪く扱うことはなかろう」

 王は終始、僕達に協力的だ。七家への橋渡しがクレイのみに頼っていたことが、今更ながらに大きな危険を含んでいたことを思い知らされる。今回、偶々遭難したことで強力な友軍を味方にすることが出来、七家ともなんとか繋ぎをつけられることができそうだ。王に感謝を告げ、すぐにでも出発をしようとした。

「これこれ、まだ話は終わっていないわ。私はお前たちの全てに協力するつもりだ。それはこの国をお前たちに託すからこそだ。しかし、この戦いが終わったらお前たちは公国に戻ってしまうだろう。そうなれば、我が国はたちまち滅びてしまうかも知れない。決して、ロッシュを信じていないわけではないがサントーク王国を公国の庇護下に置く確証が欲しいのだ。具体的にはロッシュとマリアナの子供をサントーク王家に迎え、後継ぎとしたい」

「しかし、そんな口約束は反故にされてしまうかも知れないぞ」

「言ったであろう。お前たちを信じていると。だが、爺にとってはその口約束が必要なんだ」

「そうか、分かった。だが、子供たちの意志を尊重してもらいたい」

「何? 子供たちとはどういうことだ? まさか、もう子供が?」

 王はエリスの方に顔を向けると、二人の子供がいることを告げると王は大はしゃぎした。

「ガモン、聞いたか!! 我が国の跡継ぎがすでに生まれているそうだ。これはめでたい!!」

「王。おめでとうございます!!」

 なにやら王とガモンで盛り上がり始めたぞ。子供たちが本当にこの王家を継ぐかわからないんだぞ? まぁ、でも子供たちを祝福してくれるのは悪い気分ではないな。むしろ嬉しい。僕もつい王のテンションにつられて楽しい気分になってしまった。だが、それもこの戦争が無事に勝つことが出来ればの話だ。

「王よ。それでは世話になったな」

「おっと、それならばガモンを連れて行け。サントーク王国軍五千人もだ。地理にも明るいし、有能だぞ」

 この言葉に驚いたのは僕だけではない。ガモン本人もだ。

「王!! それでは軍のほとんどではないですか」

「ガモン。どうせ王国に負ければ我が国もなくなる。それならば一兵でも多く援軍として送り、公国軍が勝つようにしなければならない。それにガモンが守るのは未来だ。ロッシュ公とマリアナが我が国の未来そのものなのだ。どうか、守ってくれ」

 王はガモンに頭を下げ、請うようにお願いをしていた。そこには王と言うより、孫を心配する爺さんの姿そのものだった。ガモンはじっと王の姿を見て、決心を固めたようだ。

「ロッシュ公。出発をしばしお待ちください。すぐに軍の準備をいたします」

 頷き、跪く王の肩に手を遣り、勝利を誓った。ハトリを呼び、船員たちに向けた手紙とルドに渡す手紙を託した。船員にはエリスが見つかったことと、サントーク王国軍と一緒に合流地点まで行くので、船を北上させることを書いた。ルドには、サントーク王国が公国の傘下になったことで、王国との停戦協定違反にならなくなったと書いた。

 そして、持ってきた食糧のほとんどをサントーク王に渡し、僕達は自軍と合流するために北東に向け出発をすることになった。エリスの手をぎゅっと握り、再び離れないようにと願った。まあ、すぐにミヤが間に入ってきて手を離してしまったが……。
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