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第344話 吸血鬼の秘宝?

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 目の前に天辺山がそびえ立っている。こんな山は見たことがない。ほぼ垂直に切り立っていながら、高さが首を限界まで曲げて上を見上げても見えそうにない。本当にこんなところにドラゴンがいるのだろうか? まさか、先程から気味が悪く、迫力のある声の主がドラゴンなのか? シェラに聞いたが首を横に振るだけだった。

 「魔の森に住むドラゴンは強大な力を持っていますが、気性は穏やかで決して争いをするような種族ではないですよ。ですから、魔の森にはドラゴンを襲うような不届き者はいないはず……」

 シェラはトラン達を見て、小さく溜息をついた。

 「魔の森にはいないでしょう。だとすれば、この頂上から聞こえてくる声はもしかしたら……魔の森のものではないのかも知れません」

 魔の森ではない? つまり……どういうことだ? 

 「きっと魔界から紛れ込んだものの仕業ではないか、ということだよ。ロッシュ君。我々のようにこちらに何かの意図があって来ているのかも知れないな。しかし少なくとも、こっちの世界に来るような物好きな魔族は我々だけだろうな。これは自信を持っていえるぞ」

 そんなことに自信を持たれても困るのだが。しかし、魔界の何か、我々が想像も出来ないような生物がこの上に潜んでいることになる。まずは登ってみなければわからないだろう。といってもこの崖では……。僕はオリバとシェラを見た。この二人にはこの山は酷だ。シェラはなんとかここまで付いてこれたが、オリバには限界だろう。

 「オリバ、済まないが……」

 「分かっています。流石にこの山は私には無理です。ここまで来れただけでも私にとっては快挙みたいなものです。見れないのは残念ですが、シェラさんと留守番をしています」

 「えっ!? 私、行かなくてもいいの? そうよね。こんな山、私のようなか弱い女性が行けるわけ無いわ。うん。オリバと留守番しているね。じゃあ、気をつけてね。旦那様」

 んんん。なんだろう。オリバはともかく、シェラが行かないことに喜ぶ姿を見るとちょっと腹が立つのはなぜだろう? 一層、連れて行ってみるか? いやいやいや、現実的には無理か。でも……。僕が悩んでいる側から、シェラは眷属にテントの設置を偉そうに命令して、すでに休みを取る態勢をとり始めているのだ。全く……。すると、シュリーが僕の側に寄ってきた。

 「ロッシュ様。私がシェラさんとオリバさんを護衛いたします。トラン様にも了承を得ておりますから、安心して行ってきてください。お二人の安全は私が命に代えましても保証いたします」

 「ありがとう。シュリー。でも、危険なことがあってもシェラとオリバ、そして君も生き残る道を常に探してくれ。君の命は決して失っても良いものではないのだ。それとルードを護衛として加えることにする」

 「分かりました。必ずやお二方と……私も。ロッシュ様とトラン様がご無事に戻られることをお待ちしております」

 僕はシェラとオリバ、ルードに別れを告げ、シラーとトラン、その眷属で切り立った山を登ることになった。まずは眷属が登り、ロープを固定してもらってから僕達がロープを辿って進んでいくという方法を取った。これならば体力を温存しやすいとのことだ。

 「ロッシュ君は、ドラゴンを見るのは初めてなんだろ?」

 なんでこんな山登りをしている時に話しかけてくるんだ? ここは黙々と登るどころだろうに。まぁ、トランにしたらこんな山登り、何の苦労もないから平地を歩いているのと同じ感覚なんだろうけどさ。

 「ああ、見たことがない。だから、どんな形をしているかとか、声や性格とか何もわからないんだ」

 「そうだろうね。私は魔界で何匹か見たことがあるよ。空を飛ぶドラゴンだったよ。我が城の上空を悠然と飛んでいたのを見てね。つい、狩りたくなって戦いを挑んだんだけど、未だに勝てたことがないんだ。もちろん、ただ負けたわけじゃない。相手に深手を負わせることはしたよ」

 別に意地を張らなくてもいいのではないか? そもそもドラゴンからしたらトランの存在は迷惑以外何者でもなかっただろうに、よく命を奪われなかったものだな。

 「他のドラゴンも同じように空を飛ぶのか?」

 「おお、ロッシュ君はいい着眼点をしているね。実はね、私が見たのは空を飛ぶドラゴンの他に地を這うように動くドラゴンだったんだよ」

 ほお。ドラゴンにいくつか種類がいるようなんだ。そうなると所見ではドラゴンか否かを判断する材料がないな。何か共通点のようなものがないのだろうか。

 「私もそれについては考えたことがあるが、二匹に共通していることと言えば、堅い鱗だな。もちろん、堅い鱗を持つ魔獣なんて腐るほどいるが、ドラゴンの鱗はあらゆる攻撃を受け付けないのだよ。凄いだろ? それとブレス攻撃かな。どんなブレスかは二匹とも違っていたよ。空を飛ぶ方は風のブレスだ。地を這う方は土のブレスだ。その一撃の強さは尋常ではないぞ」

 ドラゴンとは最強の鉾と盾をもつ最強の生物のように聞こえるな。しかし、そんなドラゴン相手によくトランは手傷を負わせることが出来たものだな。

 「それはね。鱗の隙間を狙うんだよ。ただ大きな体のくせに鱗はびっしりと生えているから隙間なんてほとんだない。だから、戦いの間に少しずつ鱗を剥がしていくんだ。ドラゴンは脱皮をする生き物だからね。かなりの力で鱗を引っ張ると剥がれるんだよ。あとはそこに集中攻撃をするんだ」

 なんともすごそうな戦いだな。僕だったらすぐにやられてしまいそうだ。とにかく、ドラゴンに近づくときはトランから離れないようにしよう。僕達は他愛もない会話を続け、ひたすら頂上を目指し突き進んでいった。なんとか中間地点まで来ただろうか。少し平らな場所を見つけることが出来たので休息を取ることにした。

 ずっとトランはしゃべりっぱなしだ。シュリーがいないことをいいことに、出会いから細かく話してくる。僕は流石にうんざりしていたが、シラーは意外と食いつき気味だ。シュリーさんがまさか、とかシュリーさんがそんな、とか一喜一憂しながらトラン劇場を聞いていた。

 トランがひと呼吸を置いて急に話題を変えた。

 「シラーはミヤの眷属になってから長いのかな?」

 「はい。もう八十年位になるでしょうか。ミヤ様が幼少の頃よりお供をさせてもらいます」

 「そうかぁ。そうなるとシラーはまだまだ若いよね?」

 「そうですねぇ。吸血鬼としてはまだまだ若輩者ですね」

 「どこで、その強さを得たんだい? はっきりいうと、シラーの強さは僕の眷属の中でも強い方になるだろうね。シラーが眷属だったら、それほど強かったら私の耳に入ってきてもおかしくないんだけどね。シラーのことを全く知らないんだよね」

 「そう、なんですか? 私は何もしていませんよ。ご主人様と一緒に土木工事をしたり、採掘したり、土ばかり掘ってましたよ。それくらいですかね?」

 トランはシラーの言ったことに首を傾げていた。

 「それはおかしいな。一応、私の眷属達も日々研鑽を積んでいる。それこそ血反吐を吐くほどな。しかし、シラーの伸びはそれを大きく上回るということだろう。それだけではないような気もするが……」

 シラーも思いつかない様子で沈黙が流れた。僕は思いついたことを話してみた。

 「そういえば、トマトジュースなんてどうだ? 吸血鬼達が目の色を変えていただろ? あれが原因なんじゃないかぁ?」

 ちょっと冗談っぽく言ってみたが、トランには通じなかったようだ。

 「トマトジュース? 一体何のことだ」

 そんなに鼻息を荒くして、僕に迫らなくてもいいだろうに。シラーはトマトジュースの説明をするとようやくトランは落ち着いてくれた。

 「ロッシュ君。君の冗談だったのか。てっきり、潜在能力を引き出すとか、そんな話かと思ったじゃないか。しかし、気になるな。そのトマトジュースとやらが」

 僕はシラーが個人的に飲むようにと、持ち込んであるトマトジュースをカバンから取り出した。少しくらいなら大丈夫だろう。僕はグラスに移し、それをトランに手渡した。

 「ほお。これは良い香りだ。それでいて、この色。なんとも見ているだけで体中にしびれが走るようではないか。なるほど。ミヤ達が興味を示すわけだ。どれ、味を……ぐ、ぐぐ!! な、なんだこれは。力だ。力が溢れるような感覚に襲われるぞ。これは良くない!! 良くないぞ!!」

 どっちなんだ? それにしてもトランもトマトジュースは気に入ってくれたようだな。僕はトマトジュースをカバンにしまおうとすると腕を強い力で掴まれた。

 「ロッシュ君。もう一杯だけ。もう一杯だけもらえないだろうか? 何かが分かる気がするんだ。このトマトジュースにはなにか秘密がある」

 いや、何もないと思うぞ。ただのトマトをジュースにしただけだ。変わったところと言えば、魔の森で作られているくらいだ。それでも、村で作ったトマトジュースもミヤは喜んでいたから、あまり関係ないだろうけど。シラーに承諾だけもらって、もう一杯だけ注いでやった。

 トランはそれを大事そうにゆっくりと飲み、静かに飲み干した。

 「やはり、そうだ。これは……吸血鬼にとってはある意味危険な飲み物だ。とにかくシラーが強くなった原因はこのトマトジュースだ。理由は分からんがな。ところでロッシュ君。ミヤに何か変化があったことはなかったか?」

 ミヤに変化? 子供が産まれて母親になったな。そんなことはどうでもいい? そんな言い方はないと思うが。そういえば、かなり前だが僕が危機的状況になった時にミヤが変身していたな。目が赤く染まり、羽が生えていたな。まさに魔族という感じだったな。

 「ミヤが変身? それは本当か!? 信じられないな」

 どういうことだ? 吸血鬼は変身するものじゃないのか? シラーの顔を見たが、首を振るだけだった。

 「私もあの時、一緒にいましたけどビックリしましたよ。初めてみましたから。しかし、すごかったんですよ。ご主人様は気絶してしまっていましたが、ものすごい力が溢れていましたから」

 「おそらくミヤは先祖返りの力を得てしまったのだろう。太古の吸血鬼は変身をしていたと聞いたことがあるな。その力は私をも上回るだろうな」

 なんか凄い話になっているけど……それがトマトジュースの隠れた力みたいな話になってるの? そんな馬鹿な。

 「ロッシュ君。どうだろう。我々にトマトジュースを分けてもらえないだろうか? もちろん、如何様な対価も支払おう。部下になれというのならば、なっても構わない。それで最強の力が手に入るというのならば」

 「トラン。馬鹿なことをいうんじゃない!! トマトジュースなんて、いくらでも作って飲めばいいだろう!! 城の裏にある畑に種を撒けば、すぐに収穫できるんだぞ」

 「いや、しかし。その種は秘伝の何かなんだろ? そんなものを対価もなしに手に入れることなど、私には出来ない!!」

 僕とトランが押し問答をしていると、シラーが助け舟を出してきた。

 「トラン様。それでは、魔牛牧場の畑にトラン様の眷属を派遣しては如何ですか? そうすればトマトも手に入りますし、一応は公国に貢献しますから。それでいいですか? ご主人様」

 魔牛牧場産のトマトは公国内でも流通している立派な作物だ。その手伝いをしてくれるというのなら、僕から何も文句はない。僕は頷いた。

 「信じられん。トマトジュースは吸血鬼からすれば、あらゆる犠牲をしてでも手に入れるようなものだ。それが農作業を手伝うだけで手に入るだと……ロッシュ君の国は恐ろしい場所だな。やはり、まだまだ我々が残る価値はありそうだな」

 さて、そろそろ頂上を目指して出発しよう。トランにとっては有意義な会話だったかも知れないが、僕からすればトラン達が農作業の手伝いをしてくれるということが分かって良かったと思ったくらいだ。

 「ロッシュ君。これで私は最強の力を手に入れたぞ」

 そうですか……僕は熱くなっているトランを冷めた目で眺めるのであった。
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