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第342話 ドラゴンに会いに行こう 初日

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 僕は家族に魔の森探索に行くことを告げた。エリスは心配してくれたが、大量の弁当を用意していてくれたので、ありがたく受け取った。今回、魔の森に向かうのはシラー、シェラ、ルードということになった。戦力的には順当だな。ルードは魔の森は初めてで、魔獣と退治したことはないようだが風魔法の精度は上がっているし、ミヤも問題ないと判断したのだ。

 ただ、もう一人加わることになった。それはオリバだ。オリバには戦力はないがどうしても魔の森に同行したいと申し出てきたのだ。もちろん、最初は断った。それくらい魔の森は危険だからだ。僕だって、自分の身を守れるかどうかわからないという場所なのだ。

 「ロッシュ様。どうか、お願いします。今回はドラゴンと対峙するかも知れないという話ではないですか。吟遊詩人として何としても、この目に収めておきたいのです」

 そう言って何度も何度も頭を下げてきた。こんなに熱心な姿は初めてだな。僕が悩んでいると、いつの間にかやってきたトランが勝手に了承してしまったのだ。

 「ロッシュ君。そちらの女性は君の妻かな? こんなに頼んでいるんだ認めてやりなよ。私達はロッシュ君の専属の護衛だ。そちらの女性の優先順位は低くなってしまう。しかし、シラー達にその女性の護衛を頼んだらいいんじゃないか?」

 僕の一存では決められないぞ。僕はシラーに目を向けると、かなり悩んだ様子でいたがミヤが間に入ってきた。

 「お父様の提案に乗るのは本意ではないけど、オリバの護衛はシラーに任せるといいわ。ただし、お父様達に問題があれば、シラー達もロッシュを優先しなさいよ。いい? オリバ。貴方にとってかなり危険な場所ってことは理解しているんでしょ? それにロッシュが優先されることも」

 ミヤはじっとオリバを見つめて、その反応を見ている。オリバは一度小さく頷いた。

 「分かっているつもりです。ロッシュ様の身が一番であることも。ですが、今回の旅は私の吟遊詩人としての見納めのつもりでもあるんです。これからはロッシュ様を支えることに専念したい。ミヤさんのように子供を生みたい。そのために魔の森という人類が不踏の地を見てみたいのです。それで命を落としても……それが私の人生だと思って諦めます」

 「だそうよ。ロッシュ。認めてあげたら。かなり危ないことにならない限り、オリバの身に危険が及ぶことはないでしょう。だって、お父様の部下を全員連れ出しているんですもの。これだけの人数がいれば、魔界でも小国程度なら簡単に取れる程の戦力よ。一応、オリバには覚悟を聞いておきたかったのよ。物見遊山感覚では困るでしょ?」

 ミヤの方がまともだ……僕は真っ先にその部分に驚いた。ただ、有難かった。僕ならばオリバの懇願にただなし崩し的に応じていただろう。そこをしっかりと自覚をさせ、覚悟させてくれたことは良かった。僕はミヤにお礼を言って、出発することになった。

 マグ姉からは薬を、オコトとミコトからは里秘伝の薬をもらった。里秘伝の薬? どうやら疲労を一瞬だけ感じさせないようになるようだ。一体、どのタイミングに使うかわからないが有難くもらっておこう。僕は、皆に別れを告げ、子供たちの寝顔だけを見て、移動ドアの部屋に向かった。トランが皆を押しのけて、前に出てきた。

 「これが移動ドアというものか。何の変哲もないただドアだな。強いて言えば大きさくらいか。どれ、開けてみるか」

 トランが勝手にドアを開けてしまった。僕より先に開けたことに若干のいらだちは感じたが、過ぎたことだ。ドアの向こうにはただの原っぱが広がっていた。とにかく、先に進んでみよう。トランが僕の方に顔を向けてきたので、僕が頷いた。すると何の躊躇もなくトランが足をドアに踏み入れた。

 僕もそれに続くと、見慣れない景色がそこにあった。ここはどこだ? たしかドワーフの里に来ているはずだ。周りを散策すると、ようやくドワーフの里であることが分かったのだ。それは大量の酒樽が草に紛れて放置されていたのだ。それを中心に探ると、壊れた塀があちこちにあった。どうやら魔獣か何かに踏み荒らされてしまったのだろう。

 僕は皆のところに戻った。どうやら、全員がこちらにやってこれたようだ。さて、出発する前に僕はやってきたドアのドアノブを取り外した。するとドアはそこにはなかったかのように崩れ去ってしまった。トランがその様子を見て驚いていたが、僕が説明すると納得していた

 「さあ、皆のもの。ドラゴンがいる天辺山に向かうとするぞ。ギガンスは周りの山に登れば、天辺山を望むことが出来るといっていた。とりあえず、あっちの山に登ってみるか」

 僕は適当な方角のそれなりに高い山を指差した。僕はシェラとオリバを側におき、後ろにシラーとルードを、そして周りを囲むようにトランの眷属達が護衛をしている。といっても、この辺りの魔獣に手間取るような護衛は一人もいないのだ。比較的、緊張感のない状態で進んでいく。

 この辺りの樹木はドワーフ達に切られて、管理されていたはずだ。しかし、目の前に広がっている風景は、何年も何十年も人が立ち入ったことがないようだった。これが魔の森の特性なのだろうか。たしかに、僕が魔の森の木を伐採したときも次の日にはかなり回復していたことがあった。この魔の森と言う場所は本当に不思議な場所だ。

 僕達はようやく目標とした山頂に到達した。そこから眼下に広がる景色を眺めようとしたが、残念ながら霧がかかっているのか、どうなっているのか分からない。ただ、目的とする場所の方角だけははっきりと分かった。霧の中、自己主張をするかのように一際高い山を望むことができた。トランにも確認すると、小さく頷いた。

 「ロッシュ君。どうやらあの山がドラゴンのいる山のようだな。しかし、ちょっと遠いな。ここからだと我らの足で一週間は掛かりそうだ。まぁ、ゆっくりと行こう。とりあえず私はこの辺りの地形には明るくない。ロッシュ君もだろ? だったら、今日はここに泊まろう。霧が晴れ、しっかりと地形を見定めてからのほうが行動するにもいいだろう」

 「それが良さそうだ。しかし、意外に慎重なんだな。僕がトランだったら、一心不乱に駆け出していくと思ったぞ」

 「私をどう想像しているか、なんとなく分かるけど……私は一応はロッシュくんの護衛だ。君のペースに合わせているつもりだぞ。それに君の妻もこの山だけで随分と息が切れているではないか。それにここは魔界に似ている。ゆっくり行くのも悪くはないだろう」

 僕は皆にここで野営をすることを告げ、準備をさせることにした。オリバには先に休憩に入ってもらい、僕達は夕飯の支度を始めた。シラーとシェラと用意された食事を食べていると、シラーが聞いてきたのだ。

 「そういえば、こんなところで野営しないで移動ドアを設置しながら移動すればいいんじゃないでしょうか? そうすれば少しずつ進めるし、無理ないのでは?」

 僕はあやうく持っていたスプーンを離してしまうところだった。盲点だと思った。しかし、考えてみればそれは難しいことが分かった。とりあえず、ドアがない。まぁ作ればいいんだけど。むしろ問題点は魔石だ。今回使った魔石はギガンスが言うにはかなりの大きさで、長持ちするという話だが、これだけの大人数に何度耐えられるか分からない。魔石が豊富にあればともかく、貴重な魔石を無駄遣いする余裕などないのだ。だから、僕の考えは正しいのだ。

 僕は誇らしげに説明するとシラーには僕の力説は空振りだったようだ。

 「そうですか。まぁ、私は野宿が好きですしご主人様と一緒なら何も不満はありませんけど。シェラさんは野宿大丈夫なんですか?」

 「えっ!? 嫌いよ。もうすでにこの旅に同行したことを後悔しだしているわ。なんで、あの魔族に目くじらを立てていたのか分からなくなってきたわ。時間って本当に無情よね。私専用の寝床と馬車が用意されていないかしら」

 シェラも一応はシュリーの事を許し始めているようだ。あれからはシュリーは僕のことを立てるようにしてくれるし、トランになにか陰口を言っている様子もない。今回の旅だって率先して僕を警護している。トランはそれを見ているだけだ。まぁ、僕に危害を加えそうな雰囲気は一切感じられないのだ。シェラはシュリーの監視のために来たのだが、すぐに無用であることを悟ったのだろう。

 野宿はテントを張って各人が泊まることになる。眷属達は交代で見張りをしている。僕達も見張りの手伝いを申し出たが、トランから止められてしまった。

 「何度もいうがロッシュ君の護衛のために私達がいるのだ。その対象が見張りをするなど聞いたこともない」

 「しかし、トランも見張りをするんだろ?」

 「私は……シュリーと二人の時間を作るための見張りだ。分かるだろ? まぁ、ロッシュ君もそう言う時間を作りたいというのなら見張りをいくらでも調整して、テントに近寄らないようにしよう。この中で男は少ない。助け合っていこうではないか」

 なんとも新鮮な言葉だな。なるほど。旅に男がいるだけでこれほど心強いものなのか。僕は早速今夜からテント周りの護衛を遠ざけてもらった。

 「はっはっはっ。ロッシュ君も盛んだな。悪いことではない。ミヤにも早く二人目をよろしく頼むぞ。私もシュリーとの間に二人目を作るぞ」

 ん? あれ? 一人目を見たことがないぞ。

 「一人目はすでに自立して、二の魔王のところにいるぞ」

 二の魔王……どこかで聞いたことがあるな。たしか、トランを魔王の座から追い落としたのが二の魔王ではなかったか。

 「おお、よく覚えていたな。その二の魔王だ。実は一人目の子が私の地位を奪ったのだ。今は我が居城でふんぞり返っていることだろう。まぁ、今となってはどうでもいいことだが。しかし、立派に育ってくれて私は嬉しい」

 子供に地位を奪われて、嬉しい? 僕にはわからない感覚だ。魔族の独特なものなのだろうか。ちなみに一人目って何歳なんだ? ミヤが確か……いや、思い出すのをやめよう。きっとミヤに気付かれてしまう。

 「一人目はたしか五十歳くらいじゃないか。まだまだ若輩者だが、なかなか将来を期待できそうだ。そうは思わないか? ロッシュ君。私はね、我が子がいつか魔界の頂点になってくれることを願っているのだ。その日が待ち遠しいよ。ロッシュ君とミヤの子供……シェードも魔界に行ってみるか?」

 それは結構です。そんな物騒な世界に子供を送るなんて、気でも狂っていないと出来ることではないだろう。シェードにはこの世界で、幸せな暮らしをして欲しい。僕の望みはそれだけだ。出来れば、その中で公国に何らかの形で貢献してくれれば満足だ。

 「ロッシュ君は無欲だね……」

 話は終わり、僕は次の日に備えてテントに潜ることにした。もちろん、眷属達はテントから離れていてくれている。これならば、テンナの中の声が漏れても周りに聞こえることはないだろう。そんな好意を無碍には出来ない。僕はシラーとシェラと仲良く夜を過ごした。オリバは残念ながら、休息優先だ。

 そうやって、ドラゴンの巣に向かう初日が終わっていく。
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