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第323話 下水道工事

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 石材調達は三週間ほど掛かる大事業となっていた。その間に貯水池の工事を任せていたシラーもこちらに合流して石材の加工の手伝いをしてくれた。シラーにはもっぱら石材の発掘をしてもらうことにし、僕とルードで加工をしていくというものだった。

 しかし、当然貯水池の工事を確認をしに行くことになった。計画で予定していた大きさであれば、シラーの魔法があれば四、五日程度で終わると思っていたが、シラーが言うにはもうしばらく掛かるというのだ。僕は不思議に思って、確認すると予定通り……ん? 思ったより大きくないか?

 僕はルドを呼び出し、測量をしてもらうと想定していた大きさよりもやはり大きかったのだ。どうやらルドの調査隊が測量を間違ってしまったようだ。

 「ロッシュ公。本当に申しわけない。こんな間違いをしてしまうとは。今から修正は……」

 出来そうもないな。シラーは貯水池の外側を全て堀り終わっており、後は内側の土を取り除くだけの作業となっていたからだ。こうなれば、仕方がないだろう。このままシラーには貯水池の工事を続けてもらおう。しかし、杭が間違っていたとは意外だったな。

 最後までルドは謝っていたが、別に貯水池が大きいからと言って、何か支障があるわけではない。むしろ大きい方が景観面で優れているし、大きな公園が出来たと思えばいいだろう。しかし、僕は大きな勘違いをしていた。貯水池の縁に設置する石材の量が大きく変わるのだ。

 再び、ゴードンに試算してもらうと一万個必要だということが分かった。想定してた数より倍だ。僕達は来る日も来る日も石材の採取を続けていた。最初の10日間は貯水池用の石材だったため、重量と強度を重視し一メートル四方という巨大なものを用意する必要があった。

 しかし、後半戦は街の景観用のものだ。僕がどうしてもやってほしいとねじ込んだ水路の内壁に用いるためだ。ただこれでも内側の二本の水路分しかないのだから、僕の提案は途方もない土木工事になるのだと後悔した。まぁ、やめるつもりはないが。

 やはりシラーの石材を発掘する速度は異常に早い。おかげで仕事が捗る。

 「これは私の得意なことですから。しかし、意外です。子供の頃からやってきたことがここで活かされるとは思ってもいませんでしたよ。ご主人様と巡り会えて本当に良かったです」

 シラーは本当に素直な妻だ。僕の得意なこととは何だろうか? 鍬さばきならば誰にも負けない自信があるが……。三週間の石材調達が終わり、都には大量の石材が積まれ、石材を発掘していた場所には余剰の石材が大量に積まれていた。これらを再び都に運び込めば、水路の内壁を全て覆うほどの石材にはなるだろう。

 最終日に近づくと、石材調達の崖には多くの住民が集まり、僕達と並行して石材の調達をするようになっていたのだ。というのも、石材を崖から切り分け加工する作業を住民の手で行わせるために村に特注で道具を頼んでいたのだ。それが最終日近くになってから運び込まれたので、その道具を利用して作業が始められた。

 これで僕達がいなくなっても、都の住民だけで石材の調達をすることが出来るだろう。もっとも、崖から石材を下ろす方法をもう少し工夫をする必要がある。なにせ、加工した石材をスロープに載せるだけでも重労働だ。それを解決する方法を模索する必要がある。現実には大きな滑車を用いるものだろうな。

 しかし、なんとか石材集めから開放された僕達は、喜びながら都へと戻っていった。ゴードンも僕達の石材集めの苦労を労ってくれ、容赦なく次の仕事の話を始めた。流石だ……。

 「ロッシュ公。石材調達、お疲れ様でした。当面の量は確保できたので石材を水路に並べる作業はこちらにお任せください。しかし、貯水池周りについては石材が大きすぎるので、ロッシュ公にお願いをしたいのです。それが終わり次第、下水道の整備を始めましょう」

 次々とやってくる仕事。それらは全て大事なことだと分かっているが……休みたい。

 「実はロッシュ公。耳寄りな情報が入りましたぞ。崖を採掘していた場所より二十キロメートルほど北に進んだところに湯気が立ち上る川を発見したそうです。もしや、温泉ではないかと。調査した本人は噂でしか温泉を知らなかったので確信はなかったようですが」

 何!! 温泉が? しかも、そんな近くに……これは是非とも調査に行かなければ。

 「では、ロッシュ公。下水道の工事が終われば、居住区への住宅建設が始まります。その間に調査に赴いては如何でしょう。その間についてはロッシュ公の手を煩わせるものはないでしょうから」

 なるほど。下水道工事が終われば僕の手が空くということか。そういうことであれば、さっさと工事を終わらせよう。僕はシラーに貯水池の縁に石材を埋設する工事を頼み、僕とルードは下水道の工事をすることになった。

 まずは居住区に向かうか。その移動の間にルードが僕に質問をしてきた。

 「ロッシュ殿。下水道というのがいまいち分からないですが。今歩いている道の端には溝が切られていますよね? そこに汚水を流すということではないのですか?」

 下水道の目的は、汚水を管理することだ。かつては汚水はその辺りに撒き散らされていた。その行為自体は人口が密集しないところでは大して問題は起こらないものだ。しかし、人口が密集することで汚水の溜まり場が汚染源となって感染症を引き起こすことがある。それらを管理することで汚染源を絶つことが重要だ。更には……といろいろと言いたいところだが話が長くなる。

 「この道の溝は雨水を排水するためのもので汚水を流すためのものではない。下水道は、汚水用の管を地下に通し、一か所に集め、浄化した上で河川に流すことだ。ちなみに雨水と一緒にしないのは、雨水は浄化する必要がないからだな」

 「なんだか凄そうですね。島にいた頃は……やっぱりやめましょう」

 何やら恥ずかしそうにしているから、何を言おうとしていたかはよく分かる。しかし、下水道を作ると言ってもどうやって作るか。重要なのは勾配だろう。下水道を山谷の形にすれば谷の部分に滞水してしまい下水道が破損してしまうかもしれないのだ。

 下水処理施設は汚水の量が多い居住区の近くに設置することにした。下水道の本道、つまり大きな管を大通りに埋設をしていく。大通りに二メートルほど深さ四メートルほどの坑を掘っていく。これだけでも相当の距離となる。その穴の底にコの字型になるように石材を埋設していく。一応はコの字型の石材に汚水が流れるようになっている。もちろん量が多くなってもいいように、周りも石材で囲み水圧による侵食を最小限にする。

 これで下水道の本道の工事は完了だ。この本道に各家庭に下水を引っ張っていく。そのために使われるのは鋼だ。建築材のために用意されていたが、それを下水道の材料として利用する。鋼を管状に加工し、それを各家の地下に埋設していく。

 その距離たるや尋常じゃないほど長くなってしまった。なにせ二十五万人が住むための居住区だ。しかもこれからの移住者のことも考慮しなければならない。そのため、用意された鋼だけでは足りずに各地から鋼を掻き集める騒ぎとなった。それらの工事が終わったのは一月ほどだった。すでに季節は夏になろうとしていた。

 ルードは風を使って坑を塞ぐという器用な事ができるようになるほど長い時間がかかった。そのおかげで、都の人が住む場所近くの大通りには下水道が埋設されており、いつでも下水道を各家庭や店舗にひくことができるようになった。後は下水道を浄化するための施設を作らなければならない。

 僕達は今何もない場所に立っている。ルードはここでも質問してくる。

 「ロッシュ殿。下水道は作業の風景を見ていてよく分かりましたが、それを直接川に流してはいけないのですか? 川は流れているのですから、汚水の溜まり場というものが出来ないと思うのですが」

 「下水処理施設を作れないならば、それでもいいだろう。しかし、考えてみてくれ。汚水が大量に川に流れている様を。その周囲は汚臭が漂っているのだぞ。そのような場所に住みたいと思うか? そのような場所は、必ずスラムが形成され、犯罪の温床になりやすい。誰も近寄りたくない場所を作るべきではないのだ。それに……」

 話が長くなりそうだ。汚物を直接河川に流せば、心配されるのは下流域の生態系への影響だ。汚水ははっきりいえば栄養の宝庫といえなくはない。そのようなものを永続的に垂れ流すと河川の栄養のバランスが崩れて、生態系が変わってしまう。細かく言うと……止めておこう。

 「とにかく必要なんですね!!」

 と言っていたが、ルードが分かっているの分かっていないのか。都に設置する汚物処理施設は、簡単なものにするつもりだ。大きな石、小さな石、砂利といった層を作り、比較的大きなゴミや汚物を取り除いていくだけのものだ。とにかく汚物を取り除くことに特化した処理施設とする。本来は、病原菌などを考慮する造りを導入したいが、現在の技術では難しいだろう。

 ちなみに集められた汚物は肥料として利用されることになっている。これも土地を肥沃にするための措置だ。使えるものは何でも使わなくてはならない。その施設を予備も含めて十基ほど作っていく。こればかりはどれほど作ればいいかわからないので、目の前にある土地に入るだけ作ってみた。それらの浄水施設に排水用の管を取り付け、河川と接続すればいいだろう。

 これで下水道設置は概ね終わりとなった。その間にもシラーの貯水池の縁に石材を埋設する作業も終わり、河川から貯水池に水を引き込むことにした。今回は前回の反省を活かして、水の勢いによって崩れそうな場所に補強工事を施した上で接続をした。

 しかし、川からの水の勢いは大したことがなかったのだ。それはそのはずだ。四本の水路が接続され、その上で貯水池となっているのだ。一本一本に流れ込む量は少ないのだ。それでも一時間、二時間と経ってくると水位は少しずつ上がっていく。それでも貯水池が予定水位となるためには一週間以上は掛かるだろう。それまでは水路の利用は出来そうもないな。

 僕達は司令本部に向かい、ゴードンに完了を告げた。

 「ロッシュ公。これで都建設の基礎部分はだいたい終了しましたな。これから居住区での住居の建築が始まりますな。水路が使えないのは大変ですが、なんとかなるでしょう。上水道については、当面は井戸で対応しましょう」

 これでようやく開放されるな。さて、待ちに待った温泉の調査だな。僕達が司令本部から離れようとすると、ゴードンが何かを言いかけるのと同時に、目の前に建築家キュスリーが現れた。

 「おお、ロッシュ公。ついに城建設の目途が経ったという報告が参りましたので、馳せ参じました。私はこれより城建設を始めたいと思います。ロッシュ公にもお手伝いを願いたいと思っております。これからよろしくお願いします」

 何!? これから?

 「ゴードン!! 話が違うではないか」

 「はて? どうしたことでしょう」

 「下水道工事が終われば、温泉調査に行けると言ったではないか」

 「ロッシュ公。温泉調査は我々にお任せください。どうか城建設に専念してください」

 くっ……ゴードンめ。僕だけ楽しい思いをすることを嫌がってのことだな。しかし、何も言い返せない……僕は肩をがっくしと落とし、とぼとぼと三村に戻ることにした。

 オリバとシラーが寝室で慰めてくれたが……温泉に浸かりたいな。 
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