爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介

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第320話 水と魔力

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 そういえば、三村での朝というのは始めてだな。朝からマリーヌの手料理で皆は満足げな表情をしていた。ルドはすでに出発をしてしまったというのだ。一緒に行けばいいのにと思ったが、測量が思ったよりも遅れているらしく、その遅れを取り戻すためらしい。マリーヌも溜息を付いている。

 「主人ももう少し肩の力を抜ければいいんですけど……性分なんですかね? この三村を預けられてから働きっぱなしで、少し体が心配です」

 「それは僕に問題があるのだろう。ルドに仕事を多く押し付けてしまっているせいだな。都建設が一段落付けば、三村に専念できるだろう。そのときにまとまった休みが取れるように手配しよう。マリーヌは知っているか? 温泉街のことを」

 「それはありがたいです。温泉街のことは風のうわさでしか知りませんが、是非行ってみたいです。ふふっ。楽しみですね。あっ!! でも、ロッシュ様がお気になさる必要はないですよ。主人は仕事を任せられないと自信を無くしてしまいますから。どんどん仕事を与えてください。ちょっとお休みをいただければ、文句はありませんから」

 しっかりした奥さんになってしまったな。ルドがすっかり尻に敷かれているのがよく分かるな。クレイがなにやら羨ましそうにマリーヌを眺めているのは気にしないでおこう。しかし、余計なことを言う者がいた。シラーだ。

 「クレイさん。そんなに羨ましがる必要はありませんよ。クレイさんもご主人様に申し上げればいいんですよ。休みに温泉街に連れて行ってください、と。ご主人様はその辺りは寛容ですから、すぐにでも連れて行ってくれますよ」

 「なっ!! シラーさん、こんな場所でそんな恥ずかしいこと言えるわけ無いではないですか。それに私はまだ正式な妻ではないのです。そんなことはもう少し後になったら……」

 クレイはすでに僕の妻だと思っていたが。意外とクレイはつまらないことに拘るのだな。でも、クレイが温泉街に行きたいと思っていたとは知らなかった。

 「クレイ。そんなに遠慮なんかしなくていいぞ。今すぐというのは難しいが、温泉街に一緒に行こうではないか。その時は皆と一緒になってしまうが構わないか?」

 「勿論です!! エリスさん達と温泉街に行けるなんて嬉しいです。シラーさん、言ってみるものですね!!」

 クレイは上機嫌となり、シラーはそんなクレイを優しそうな顔で眺めていた。シラーがいつの間にか、お姉さん的な位置になっているな。マリーヌは僕とクレイのやり取りを見て、笑っていた。

 「とても王の家族の会話ではないですね」

 都建設は僕とシラーで堀を作るところから始まった。先行して行われている測量も順調に進んでいるようだ。どうやら、シラーが思ったより早く坑を掘ってしまったため、測量が追いつかないという事態になってしまったようだ。そのため、ルドは急遽、人数を増員して測量結果を示す杭を打つ速度を早めたようだ。僕も様子を見ながら、速度を調整しないといけないな。

 しかし、それが出来れば苦労はない。夢中になってしまうのが僕の欠点だろう。終いにはシラーと競争するかのように速度を上げていく。そのおかげで、四本の環状水路のうち外側二本を終わらせることが出来た。水路はほぼ正方形の形をしていて、一番外側は一辺が約十二キロメートルで一周が約五十キロメートルになる。その内側は一辺が八キロメートルで一周が約三十キロメートル。僕とシラーで二日かけて約八十キロメートルの水路を作ってしまったことになる。シラーが作業を終えてから溜息を吐いた。

 「ご主人様は一体何者なのですか? 魔族と対等に魔法を使える人間なんて聞いたことがないですよ。それとも実は人間ではなかったりして? まぁ、ご主人様が素敵であることには変わりはないからいいんですけどね」

 僕はいつの間にか人間を卒業して、新たな生物になってしまったのか? 外見は特に変化は無いな。たしかにルードも言っていたが僕の魔力量は異常らしいな。一度シェラに聞いてみるか。元女神なら何か知っているかもしれないな。

 これで二日目も終了。ルドは残業をすると言って、測量隊を率いて堀の方に向かっていった。一日でげっそりとしてしまって……済まない、ルド。明日はなんとか調整をするからな。

 そして三日目。ルドの残業のおかげで、堀になる場所の測量が全て完了していたようだ。都建設計画では堀と堀の間には一からニキローメートルの土地が広がっている。この真ん中に大通りを開通させていく。さらにそれらの大通りを結ぶための大通りも必要だ。

 ルドは疲れた体を引きずるように測量隊を大通り予定地に向かおうとしていた。僕はなんとかルドを止め、今日だけは休ませることにした。まだ三日目だと言うのに、この疲労度。ちょっと頑張り過ぎでなはいか? 

 「ルド。君の頑張りには感謝している。おかげで堀も今日明日で全てが終わるだろう。その間は休んだらどうだ? これからも長い工事になるのだ」

 「ロッシュ。これは私に与えられた仕事だ。こればかりは完遂するまでは休むわけにはいかないな」

 意外と頑固だな。しかし……

 「後ろの者たちを見てみろ。疲労がひどい様子だ。今は十分に体を休めさせる場所を提供していない。今のような状態で仕事を続ければ必ず大怪我を負うことになる。無理をするにしても、長屋が完成して十分に休養できる環境が出来てからにしてくれ」

 ルドは後ろを振り向いた。調査隊ではルドが隊長だ。そのルドが僕と言い争いをしている。休めと言っている僕と休まないと言っているルド。当然、調査隊は休みたいと思っているからルドに熱い視線を送り続けている。ルドはようやくその視線に気づき、気まずそうな顔をして僕の方をちらっと見てから隊員達に向き直した。そして、一度咳払いをした。

 「これは公国の主たるロッシュ公の命令だ。私にそれを覆す権限はない。よって、本日は休みとする。各々、明日に備えて十分に休養を取ること!! 以上、解散」

 隊員たちは歓喜の声を精一杯出した。この異様な光景に周りから変な視線を送られていた。僕もなんとなく数歩後ずさりをしてしまった。隊員たちは宿舎の方に向かって歩き始め、ルドはその後ろ姿をしばらく眺めていた。そして、僕の方に振り向き近寄ってきた。

 「ロッシュ。済まなかった。私が隊員たちの健康に気を配るべきだった。どうも仕事となると夢中になってしまうのだ。それにしても私は嬉しいぞ。ロッシュがしっかりと周りに意識を向け、それを改善する決断をすぐに行えることを直に見れた。本当に立派な国王となったのだな」

 すると後ろに控えていたルードが間に入ってきた。

 「夢中になるところはロッシュ殿と同じですね」

 「違いないな!!」
 
 僕を置いて、皆が笑いだした。僕は……何も言えなかった。しばらく、立ち話をしてからルドも三村に戻ることになった。休むと思うと、疲れていることに気づいたのだろう。一気に老けた表情を浮かべ、僕に別れを告げてきた。トボトボと歩く後ろ姿をつい見つめてしまった。大丈夫か?

 それから僕達の作業は残り二本の堀を掘ることにした。ただその前にやらなければならないことがある。都予定地の真ん中に大きな川が走っている。この川から水路への水を引っ張るつもりなのだが、堀を掘る際に水をせき止める必要がある。そうしなければ、掘っている最中に溺れてしまうからだ。

 そこで、すでに二本の水路が出来上がっているので川の水をその水路に迂回させて、下流につなげることにした。そのための接続工事を急遽行うことにした。まずは下流への接続だ。その作業はすぐに終わり、上流部分の接続を行なった。すると川の水はうまく水路の方に誘導され、怒涛の勢いで流れ込んでいく。その勢いを全く想像できていなかったのだ。

 水の勢いで堀の内壁に当たる部分がみるみる抉られ、泥と共に流されていくのが見えた。崩落と言うほどの勢いはなかったにしろ、もう少し補強をした上で川を接続するべきだったと後悔した。下流を見に行っていてくれたシラーが戻ってきて、報告をしてくれた。

 「ご主人様。下流の方に水が流れていくのが確認できましたよ。かなり削られてしまったので補修が必要になると思います。……どうしたのですか? 浮かない顔をして」

 「いや。僕は反省していたんだよ」

 「何を反省することがあるんですか? この程度は予想の範疇だったではないですか」

 「その通りだがもう少し補強をしてから行えば良かった。場合によってはそれ以上の被害になっていたかもしれなかったかもしれないと思ったんだ」

 シラーは何も言わなかった。僕に考える時間をくれたのだろう。そして、僕は気持ちを切り替えて水量の減った川の本線を完全に遮断をして干上がらせることにした。本来であれば時間がかかることだが、水魔法で水だけを移動していく。そこには抉れた台地が出現した。

 それだけを見るとなんとも不気味な光景だった。もしかしたら、荒廃した世界の末路はこんな景色が広がっていたのかもしれない。そして、その水がない川を掘っている少しの水を求める人たちの姿をなんとなしに想像してしまった。ふと、我に返ってから周りを見渡すと草が生い茂る豊かな台地がそこには広がっていた。僕はホッと胸をなでおろした。

 「ご主人様。お疲れになっていませんか? 昨日は魔力の使いすぎで体力が無くなっているかもしれません。本日は休憩なさったほうがよろしいのでありませんか?」

 ふむ。その方がいいかもしれないな。体の調子はなんともないがなんとなく気分が優れない。その日、僕はこの世界に来て初めて風邪をひいた。自分でも気づいていなかったが、マリーヌの夕食を食べた後に意識を失ってしまったのだ。僕が気づくと目の前にはシェラの姿があった。

 「やあ、シェラ。来てくれたのかい?」

 「いいえ。ここは村ですよ。旦那様が倒れたのでシラーさんが屋敷まで運んできたんですよ」

 僕は周りの見渡すと、見慣れたものばかりだった。僕の部屋だ。

 「そうだったのか。それにしても意識を失うほど体調を崩していたとは思わなかった。それまでは調子が良かったんだが。僕でも風邪を引くようだな」

 「旦那様。それは風邪ではありませんよ。おそらく魔力が体の中で消化できずに暴走したのでしょう」

 一体どういうことだ? 魔力が暴走と言われてもよく分からないが。シェラは優しく説明をしてくれた。僕の魔力量はこの世界に来てから極端な伸び方で増え続けているらしい。それ自体は魔法を酷使すればするほど伸びていくものだから不思議ではない。ただ、僕の体は人間であるため魔力が体に馴染みにくいという。

 たしかに人間で魔法が使えるのはかなり稀有な存在だ。それだけ魔力との親和性に乏しいのだろう。それで今回のと関係があるのか?

 魔力を使うと次の日には完全回復する。僕の場合は昔は六時間ほどで回復していたが、最近は空になることがないからどれくらい掛かるか分からないな。使いながら回復しているからか? シェラが言うには、僕が急激に魔法を使って空になってしまったのではないかと言う。

 思い出してみると、倒れる前日にシラーと競争みたいなことをしたな。それが原因か? しかし、空になれば気絶することはあっても、今回は空になってないぞ。どうやら、回復量が尋常じゃない量になった結果、それを体が拒絶してしまったようだ。

 まさに水路に川を接続したとき、周りの土壁を抉るように回復した魔力が僕の体を傷つけていたのか。つまり、これからは僕は急激な魔法の使用は危険というわけか?

 「その通りです。膨大な魔力量をもっている旦那様は回復する量も比例して増えていきます。それに体が耐えられないということは今後も増えるでしょう」

 「それを解消する方法はないのか? たとえば……肉体改造、とか?」

 「申しわけありませんが、それが人間の限界だと思ってください。旦那様が魔族のような体でしたらやり様はあったかもしれませんが……」

 それならば仕方がないな。これからは無理をせずに魔法を使えば問題はないのだ。僕が一人で納得しようと思っていると、シェラが不吉なことを言ってきた。

 「一応、忠告だけしておきますね。今以上に魔力が増大して、今回みたいなことが起きれば死に至ります。それだけは注意してくださいね」

 「どうやって注意すればいいんだ!!」

 僕の声が虚しく部屋に響いた。
 
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