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第318話 城設計

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 自称天才建築家のキュスリーを再び招き、都の中心に建設する城の相談をすることになった。キュスリーは屋敷に来る時はいつもビクビクした様子でやってくる。マグ姉に会うのが怖いようだ。当時の処刑のことを思い出すのだろう。マグ姉はほとんど覚えていないようだが、恐怖を刻み込まれた者が忘れることはないようだ。

 しかも、基本的には僕のことをロッシュ公と呼ぶようになったのだが、マグ姉にあった時はマーガレット様の旦那様と呼ぶのだ。キュスリーにとってはこの世で最も偉い存在はマグ姉なのかもしれないな。さて、話が逸れてしまったな。僕はキュスリーを執務室に招き、地図を広げた。この地図は都建設のためにルドに頼み、測量してもらった結果が記載されている。

 といっても詳細な標高が乗っているわけではない。大雑把な地形のみだ。海岸線が描かれ、山や川の位置が分かる程度だ。ただ、これだけでも十分すぎる地図と言える。ルドに頼んでから一月もしないで作成されたのだから。僕は広げた地図を指差しながら、キュスリーに僕の構想をある程度伝える。

 「なるほど。城を中心に街並みを作っていくのですな。そしてどの場所からも城が見えるようにすると……」

 キュスリーに大雑把に説明すると、ふむふむと頷きながら地図に勝手に色を加えていく。キュスリーが考えた詳細な町割りの絵が地図に描かれていく。大きな城壁が周囲を囲み、その中に環状の物資運搬用水路が四本走っている。そしてそれぞれの水路を結ぶための水路が描かれる。

 城壁内は中心部と外縁部に別れる。中心部は城を中心に、行政区、居住区、商業区、職人区と住み分けがなさる。一方、外縁部は農地が広がっている。ちなみに、元北部諸侯連合の移住者が住んでいるのは都建設地の更に西側に位置するため、都への移住を更にしてもらわなければない。

 水路は一キロメートルから二キロメートル毎に設置され、城壁で囲まれた場所は十五キロメートル四方となる。公国内では最大の面積だ。城郭都市が八キローメートル四方であるから、約四倍近いことになる。将来的には都だけで50万人から60万人程度の人口となるだろう。

 僕がキュスリーの描いている地図を眺めながら考え事をしている間に、地図は完成したようだ。キュスリーは満足げになっていたが、本当に出来るのか疑心暗鬼な様子だった。

 「一応、水路を張り巡らして物流を円滑に行うという方向で考え都市設計をしましたが、これを実現するためには十万人規模の人を動員して十年位は掛かるのではないでしょうか。もう少し早く終わらせるように水路を諦めることを提案いたしますが」

 もっともだ。しかも僕が想定しているのは、ただ土を掘っただけの水路ではない。土が崩れないように土壁に石材を入れ、堤防のような機能を取り入れるつもりだ。それだけでも莫大な労働力を必要とするだろう。ただ、それだけの価値はあると思っている。景観が綺麗になるからな。

 「キュスリーは城郭都市は見てきたか?」

 キュスリーは頷き、水路の素晴らしさを感じたようだ。僕は頷き、あの都市を作るのにかかった日数は約一ヶ月というとビックリすると言うより信じられないという顔だった。まぁ、グルドあたりに聞いてくれれば分かると思うから殊更に信じてもらおうとは思わないけど。

 「だから、これくらいの水路でも一月程度あれば終わらせることが出来るだろう。問題は城ということになるが、その前にこの中心地に貯水池を作ろうと思う。街建設では常に火災を意識しなければならない。その火を消すための水が大量に必要となることがある。その水を貯水池に貯めたおくのだ」

 「それは良い考えですね。城近くにその貯水池を作れば……水面に映る城……美しいな。是非、作りましょう!! そうなると……」

 再び貯水池を作ることを前提に地図が書き改められていく。なんとか完成を見ることが出来た。そして、僕はその間に城の想像図を簡単に紙に描いてキュスリーに渡した。これは? と言った顔でじっとその絵を眺めている。あまり上手とは言えないから、そんなに凝視されると恥ずかしいな。

 「この城の絵は何か参考にされたのですか? このような形は見たことがない。しかしながら、面白そうです。この絵から設計を起こさねばならないので時間は必要ですが、なんとか作ってみます。ちなみに高さがわからないのですが。どの程度の高さを想定していますか?」

 ん? そんなことを言われてもな。ちなみに王国の城はどれくらいの高さなのだ? キュスリーは即座に三十八メートルですと答えた。さすがは城の修繕を任せられるだけはあるな。そうなると、それと同じくらいでいいのかな? ちょっと高くするか?

 僕は指を四本立てて、これでどうだ? と聞いた。王国の城と同じくらいの大きさならばキュスリーにとっては簡単だと言ってくれるだろう。しかし、キュスリーは僕の指を凝視するだけだった。

 「ロッシュ公、流石です。私が想像した以上です。しかし、そのように私を評価していただいた事を感謝します。必ずやロッシュ公の意に添えるように全ての力をそそぎたいと思います」

 かなりやる気に満ち溢れているな。これならば良い城が完成しそうだ。キュスリーはすぐに屋敷を後にした。すぐに設計に当たりたいらしい。ちなみにキュスリーには屋敷近くの建物を貸し与え、そこで設計などの仕事をしてもらうことになっている。キュスリーはとにかく仕事には熱心な男だが、自分の身の回りのことは一切出来ない男なのだ。しばらくは屋敷で食事を取ることが多かったが、マグ姉と顔を合わせることが辛いのか、屋敷での食事を辞退してきたのだ。

 仕方がないので、村で独身で家事が出来る人を募集することに。すると一人の若い亜人の娘が手を上げてきた。僕は少し不安だった。王国貴族だった者は亜人差別の傾向が強い。キュスリーもその一人ではないかと思ったのだが、それは杞憂だった。亜人に対しても、人間と区別することなく接する。いや、むしろ仕事以外に興味がないから人間も亜人もどうでもいいと言った感じか。なんにしても、良かった。亜人の娘は通いでキュスリーの世話を始めた。

 余談だが、しばらくしてからその娘は同居することになり、キュスリーと二人の子を授かることになる。

 しばらくするとキュスリーが大きな紙筒をもって屋敷にやってきた。どうやら城の設計図が完成したようだ。家政婦が来る前は日に日に汚れていた顔や体も今は清潔然としていて、貴族の面影が見えるほどだ。執務室に行くと、キュスリーは足早に机に近づき地図を広げた。

 僕も遅れながらも地図を覗き込む。びっしりと木材が組まれており、一見すると訳がわからないがよく見てみるとどれもが互いに支え合っているようになっており、それが高く積まれているのだ。これはすごいな。四十メートルの城か。早く見てみたいものだな。それからキュスリーからの説明を聞いていると、コーヒーを持ってきたミコトがやってきた。

 ミコトが何気なく地図を見ると、それが城の図面であることが分かると感嘆した声を上げた。

 「これはお城の絵ですよね。もしかして、都に作ると言われているお城のですか? 凄いですね。見たことがないような城ですが、どれくらいの大きさなのですか?」

 僕が答えようとしたが、キュスリーに先に言われてしまった。

 「この城はロッシュ公の意に添って作られたものです。幅は五十メートルほどで……」

 それほどの大きな建築物になるのか。ちょっと大きすぎて想像がつかないな。

 「高さは六十メートルです」

 ちょ、ちょっと待て。六十メートルというのはどういうことだ。僕は指四本を出して、四十メートルと言う意味だぞ。僕がそういうと、キュスリーも四本の指を出した。

 「これは六十メートルという意味ですよ」

 ん? 僕はミコトの様を向くと頷いている。ミコトも六十メートルと言う意味に納得している様子だ。どうやら王国では、指数えには両手を使うらしい。一ならば両手を出して指一本を折る。六ならば両手でも片手でもよく、片手の四本の指を突き出す。うん、僕のやり方では六のようだ。こんなところで常識が通じないとは。

 僕が悲壮な顔をしていると、キュスリーが何を勘違いしたのか設計図を急いで丸め部屋を出ていこうとする。僕が呼び止めると、急に謝罪をしてきた。

 「すぐに四十メートルで設計を組み直します」

 「いや、いい。その設計でやろう。僕も遠慮がちに四十メートルと言ったが六十メートルの城を見てみたいのだ。ミコトもそう思うか?」

 「勿論ですよ。おそらくこの世界で一番大きな建物ですから」

 キュスリーがミコトの言葉にぴくっと反応した。

 「一番大きな建物……そうか、そうだ。その通りだ。ぜひやりましょう、ロッシュ公!!」

 だからやると言っているのに。

 城の設計が出来上がると、街作りの作業に移らなければならない。僕はゴードンを呼び出し、キュスリーから必要な資材量を告げてもらうことにした。さすがに居城とも言える大きさだ。資材量も半端ではない。特に長く堅い木材を必要とするため、簡単に用意することは難しいだろう。と思っていたがゴードンはすんなりと了承してくれた。

 「ゴードン。これほどの木材を調達する目途があるのか?」

 「勿論でございます。このような場合に備えて、常にめぼしい木材はリストにしてありますから。新村とサノケッソの街より取り寄せれば、すぐにご用意できます。石材については、ロッシュ村長におまかせしても?」

 さすがはゴードンだ。抜け目がないな。

 「石材についてはこちらで調達しよう。都建設地から北には幸い岩山がそびえている。切り出しは土魔法が使える僕とシラーがやろう。加工は風魔法が使えるルードに任せようと思っている。運搬はそちらで用意してくれ。数頭だが魔牛も用意しよう。数頭もいれば運搬もかなり捗るだろう」

 「そうしていただけると助かりましょう。それでは早速、調達の相談をしてまいります」

 そういってゴードンは屋敷を離れた。それから入れ替わるように物流の責任者のリックがやってきた。

 「ロッシュ公。突然の訪問で申しわけありません。実は都建設と言う話を伺ってお願いにあがりました」

 リックが言うには、都に物流の本部を作りたいというのだ。未だに都の機能を有していないから当分先にでもいいのでは言ったのだ。

 「いえ、ロッシュ公のなさることは必ず実現します。そのときに物流本部を作っても、機能させるのに時間がかかります。それでは物流が滞ってしまう恐れがありますから。それほど都ができることは物流の流れを一変させてしまうことなのです。ですから、一足早く本部の設置を許可していただきたいのです」

 そういうことであれば仕方がないか。僕は許可を与え、一応希望の場所を聞くことにした。僕は地図を広げて、少し説明をするとリックはすぐに指差した。街道と城壁がぶつかる場所に東の関所というのがある。東の関所よりやや西に倉庫街が作られる予定でその近くを指差した。なるほど、街道上で倉庫街が近く、水路の側か。ここならば都内外の物流を監督するのに最も適していそうだな。僕はその場所に物流本部を建設することの許可を与えることにした。

 リックは感謝をしながら、屋敷を後にした。リックのような都に建物を構えたいものも多いだろうな。都の区割りが終わったら、移住者の希望者を募り、建物の振り分けをした方が良いかもしれないな。そんなことを考えながら、シラーとルードに出発する準備を整えるように頼んだ。二人は久しぶりに遠出すると知って大喜びだ。

 僕はエリス達にも城の話をして、完成すればそこに住むことになることを告げると様々な反応だった。やはり村への執着があるのだ。僕とてそれは同じだ。まだ確実な話ではないが、ギガンスが移動扉を作っていることを教えると、皆の態度は一変した。

 どうやら城に住むというのに興味はあったようだな。村と離れて暮らすというのが移動扉によって解消されるのであれば、問題はないようだ。ただ一人、城暮らしに暗い顔をしたのがマグ姉だ。マグ姉は城内しか出歩くことを許されない幼少時代を過ごしている。それを思い出したのだろう。

 「マグ姉。都はきっと面白くなる。街並みも綺麗だろうし、毎日散歩するのもいいだろうな」

 「そうね」

 そういってマグ姉は明るい表情になった。
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