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第316話 諜報機関設立

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 都の青写真が見えてきた頃、ガムドがようやく村にやってきた。二万人の兵士達はラエルの街の北部に基地を建設するためにニードを指揮官として向かったようだ。ラエルの街の北部は敵対勢力に接していないため、砦を必要としないため、彼らでもすぐに居住区を作ることが出来るだろう。

 もっともガムドに僕が基地づくりを手伝いに行くことを打診したが、断られてしまった。これも彼らの訓練と割り切っているようだ。僕は何も言えずに引き下がった。改めて、ガムドからの挨拶があった。

 「ロッシュ公。元北部諸侯連合領から全住民の移住を完了しました。また軍についても、ライル将軍、グルド将軍に引き継ぎをお願いしてまいりました。今回連れてきた二万人については、ほとんどが新兵と経歴が短い者です。ニード将軍とイハサ副官に訓練をお願いしているので、あの二人に任せておけば最強の軍隊にしてくれるでしょう」

 「ガムド。本当によくやってくれた。もっと多くの日数が掛かると思っていたが、ガムド達の尽力のおかげだな。ガムドにはこれから僕の側に付いてもらって、いろいろと助言を求めることもあるだろう。よろしく頼むぞ」

 「勿論でございます。ただ、その業務を遂行するに当たってひとつ組織を作っていただきたいのです」

 ほお。ガムドが頼んでくるとは珍しいこともあるものだな。一体、何が必要と何だ?

 「実は、情報を集める機関が欲しいのです。現状では私独自に調べているのですが、やはり限界があります。特に村は敵国である王国から最も遠く、情報の劣化が気になります。それゆえ、情報収集能力を強化して速やかに情報が伝達される仕組みが欲しいのです」

 なるほど。確かにそのような組織があれば村にいながら最前線に対して適切に指示が出来るというものか。

 「話はわかったが具体的にはどのような組織を作るつもりなのだ?」

 ガムドが言うには、各軍に配置されている斥候隊をガムドの直轄とするようだ。斥候隊からの情報は全て村で一元的に管理されて、作戦を決めた上で第一軍と第二軍へ指示を出すというものだ。そうすれば、敵勢力に対して適切な軍備と物資を提供し、自軍の損耗を最小限に抑えることが出来るというのだ。

 「なるほど。それはいい考えだ。その組織はガムド直下ということでいいのか?」

 ガムドは少し考えながら、答えた。

 「それは危険かもしれません。私が、というよりも一将軍に情報を全て管理する権限を与えるべきではないでしょう。情報はあくまでもロッシュ公直下の組織に集約するべきです。私が斥候部隊に対して指示を出し、その情報はロッシュ公の元に集まる。正確には私も情報を共有するので、情報を閲覧する権限は必要ですが」

 それならば、僕が公国にある情報全てを握ることが出来るということか。それは凄いことだ。それこそ危険な気が……。

 「ロッシュ公。何を言われるのですか? ロッシュ公はこの国では最高の権力者なのです。ロッシュ公以外、誰が扱えるのでしょうか」

 ……そうでした。どうも未だに公国の主である実感がつかめないでいる。いつかは、と思っているけど一生無理かもしれないな。とりあえず、現存の斥候隊を集約するところから始めると言ったところか。これについて、他の将軍たちの反応はどうなのだ?

 「これについては全将軍から了承を取り付けてあります。提案はニード将軍からでして。元北部諸侯では情報を侯爵家が統括することで、複数の軍が一つの軍として連携することが出来た経験からだそうです。ニード将軍の説明に対して、特に他の将軍からの異論は出ず、私からロッシュ公にお伝えするということになったのです」

 そうか。それならば安心だな。それにしてもそのような会議が行われていたのか。知らなかったな。僕がそう呟くと、どこからともなくハトリが現れて、しっかりと伝えましたよ、とちょっと怒っている感じで言われた。あれ? そうだっけ。記憶にないなぁ。

 「そういえば、忍びの里についての運用はどうするのがよいだろうか。現状では情報収集を主な仕事として与えている。先の組織が出来れば、競合してしまい無駄にはならないか?」

 「そうですな。忍びの里はロッシュ公と直接的な取引で仕事を請け負っていると伺っております。そうなると私の命令というのは出来ないでしょう。たしかに競合というのは考えられますが……情報の保証と言う意味で利用されては? 斥候の情報は不正確なものも多いでしょう。それらを排除するために忍びの里からの情報とすり合わせるというのは。勿論逆もしかりですが」

 ほう。それならば正確な情報を選りすぐることが出来るというわけか。それは素晴らしいな。誤った情報で大きな損害を受けるというのはよくあることだ。それを未然に防ぐことが出来るのは重要なことだ。もっとも、情報機関が出来たとしても、忍びの里とも切れないな。忍びの里には情報収集だけを頼んでいるわけではないからな。

 「それではガムド。情報機関を設立するための行動を開始してくれ」

 「了解しました!!」

 「ところでトニアとティアは元気にしているか?」

 トニアとティアはガムドの妻と娘だ。ティアには学校設立のために方々を見て回って、有力者から話を聞いたりしてもらっている。今ならば、拠点を三村に移しマリーヌの下で勉強をしている頃だろう。トニアはティアの世話をするために付いていっているのだ。

 「手紙を頂戴しており、息災であることだけ綴ってありました。一応、ルドベック殿にも二人の面倒をお願いしてありますが、私としてはそろそろ戻ってきてほしいのですが」
 
 そうだろうな。ガムドが元北部諸侯連合にいるからこそ、ティアは色々と出歩けていたが、ガムドが戻ればトニアが戻ってこなければならないだろう。確か、ラエルの街にはスータンが到着し教科書などの作成をやってくれているはずだ。スータンは元公爵領の出身で、高い学歴を有する者だ。ティアにもそろそろ戻ってきてもらったほうがいいだろうな。

 「そうだな。それについては僕の方から手紙を出しておこう。スータンが戻ってきたのだから学校設立も一気に進めなければならないしな」

 「ありがとうございます」

 ガムドはトニアが戻ってきてくれるのが相当嬉しいようで、顔が紅潮しているのがよく分かる。このような両親のもとで育つティアは本当に幸せ者だな。

 ガムドは諜報機関設立のために、各将軍との打ち合わせなどをするために各地に赴くことになった。僕はガムドがいなくなった執務室でゆっくりとしているとハトリが再び現れた。僕が呼んでもいないのに出てくるのは結構珍しいのだ。

 「ロッシュ殿。お時間よろしいでしょうか。長からの伝言をお伝えします」

 そんなことを言われるのは初めてではないだろうか? 基本的にはこちらから依頼を出し、その成果をこちらにもたらす。そのような関係ゆえ、忍びの里の長ゴモンからの伝言など聞いたことがない。

 「珍しいな。ゴモンはなんと言っているんだ?」

 「これは里を出る時に伝えられ、ある時が来たらロッシュ殿に話すようにと言われていたことです」

 「今が、ある時、なのか?」

 「はい。公国は日に日に成長を遂げ、そのうち情報を司る組織を作るかもしれぬと長は予言しておりました。その時、里の存在価値は薄れてしまうかもしれない」

 なるほど。ゴモンからすれば今日の話は既定路線だったわけか。しかし、存在価値はまったく薄れてはいないと思うのだが。さて、続きを聞こう。

 「そうなった時に、ロッシュ殿にはこう伝えよ、と。里は公国の傘下に入ることを希望する、と」

 ……ん? ハトリが何を言っているのか分からなかった。忍びの里は公国とは協力関係にあり、独立した領土を持っている。お互いに不可侵で、今の今まで良い関係を維持していたと僕は思っている。それが何故急に? 情報機関が出来たとしても僕は忍びの里を蔑ろにするつもりはないぞ。ハトリにそれ以上のことを聞いても、首を傾げるばかりだ。

 僕はオコトとミコトを呼び出した。こういう時は二人に話を聞いてみたほうがゴモンの真意に近づけるだろう。僕は二人にゴモンから伝言の話をして、僕の率直な気持ちを伝えた。するとオコトが少し考えてから答えてくれた。

 「おそらく里は公国から仕事が切れてしまうのが怖いのだと思います」

 「それについては僕も考えたぞ。しかし僕はそのつもりは一切ないのだ」

 「ゴモン殿はその先を見ているのかと。ロッシュ公の次の王、更に次の王。そのときに里に仕事を与えてくれるのかと」

 なるほど。それならば僕にはどうすることも出来ない問題だ。しかしそのような先の話ならば、今、傘下に入るなど考える必要もないのではないか?

 「今だからこそだと思います。ロッシュ公が王であり、未だ諜報機関は出来上がっておりません。今が一番、里の価値が高い時だと判断したのだと思います。里を存続させるために断腸の思いをなさったのでしょう」

 困ったものだな。僕としては忍びの里に傘下に収まってもらう気など一切ないのだ。しかし、忍びの里の意向を無視すればどのような禍根が残るか分からない。僕が悩んでいるとミコトが話に加わった。

 「一層のこと、傘下をお受けになられてはいかがでしょう。その上で、里に特殊な立場を与えては。独立した集団というものを公国内で確立すれば、一定の保護を与えたことにはならないでしょうか?」

 つまり……? 分からない。

 「里をロッシュ殿の個人的な組織にしてしまうのです。公国には属せず、個人の所有物とするのです。そうすれば他から排除されることもないでしょうし、諜報機関とは一線を画することになります。使い方はその時の王の気持ちしだいでしょうが、必要な場面は巡ってくるでしょう」

 なにやら意味深なことを言っているな。つまり公国内で密偵が必要になることがあるということか。それこそ諜報機関を握っている軍部に対してとか……考えられないが、これからの公国であれば何も起こらないという保証はないか。そのときになって、情報という武器がなければ闘えないか。

 僕は頷き、ハトリに一通の手紙を渡した。勿論、ゴモン宛だ。内容は里を公国の傘下にすることを拒絶するものだ。その上で、公国の主と直接的な契約関係とすること、里の領地は公国の主の直轄領とすること、里の領内に住む者全員に契約の効力が及ぶこと。傘下を認めてしまえば、里は公国の下についてしまう。それではダメだ。あくまでも個人的な契約に留め、ある程度の独立性を担保しなければ。契約内容は、今までと一緒だ。依頼に対して報酬を払い、対価をもらう。ただ、里は僕からの依頼しか受けられないこととなっている。後は細々と決めることがあるが、まずはゴモンの反応を伺うことにしよう。

 それから数日の後、ゴモンから返事がやってきて、了承した旨が書かれていた。これから特に変わることはないのだが、オコトとミコトの汚名が返上されることとなったくらいだ。これで二人が里に戻ることが出来ることになった。僕はきっと嬉しいことなのだろうと思って、二人に報告すると意外な反応だった。

 「特に会いたい人とかいないので、里には戻りませんよ」

 オコトはつまらなそうにそう答えた。ミコトは?

 「私も里に捨てられてから、全く未練なんてありませんから戻る気なんてありませんよ。そもそも村の食べ物に慣れてしまった私が里に戻れるとは思えません。ハトリもそうでしょ?」

 急に振られたハトリはしどろもどろだ。正直に言えばミコトの言う通りなのだが、忍びの里の人間としては認めるわけにはいかないのだろう。ずっと、あうあう言っていて、なんだか可愛そうだった。

 忍びの里……僕の物になってしまいました。
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