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第315話 都の青写真

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 ワインの醸造作業を終わらせ、僕が農作業をしているとゴードンから元北部諸侯連合領の移住者についての定期報告がやってきた。元北部諸侯連合領には、数ヶ月前に25万人ほどの人が残っていたが順次移住が開始され、南部の街に大規模な居住区が作られ10万人の移動が始められた。

 残りの15万人については、都予定地に移住させる予定となっていた。建築の経験者で構成される第一陣が出発し、農業や畜産の経験者が第二陣として送られた。それから居住地が作られる度に第三陣、第四陣と次々と元北部諸侯連合領を出発したという報告まで受けている。

 恐らくこれが最後の報告となるだろう。ゴードンは書類に目を通しながら、僕に説明をしてくる。

 「元北部諸侯連合領の移住は無事完了したそうですな。それに元侯爵領の街並みを再現したそうですぞ」

 なんと、あの美しい街並みが。それは是非とも見てみたいものだな。それにしても街の設計もしていないのによくそこまで順調に進んだものだな。

 「なんでも元侯爵領の都市設計をした者がいたそうで。その者にルドベックさんが全権を与えて再現をさせてようです」

 それは思い切ったことをやったものだな。ただ、そうでもしない限り速やかに街並みを作り上げていくことなど難しいことだろうな。そうなると元北部諸侯領は空白地帯となるのか。王国でも大きな街並みであった地方が終わってしまったのか。歴史がある土地が無くなってしまうのはなんだか虚しいものだな。ふと、僕の行いが正しかったのか分からなくなってしまうな。

 「移住については承知した。ガムド達の動きについては?」

 「それについては移住者の完了と同時に各自、予定通りの持ち場に移動を開始するはずです。それについては未だ連絡は入っていませんが、もうじきやってくると思います」

 「そうか」

 公国の軍事については元北部諸侯連合の合計五万人が加入することによって大きく変わることになる。まず、五万人については一部の軍役を解消させている。労働力を確保することが目的なのだが、実際一万人が王国に奪われてしまった侯爵領で無理やり徴用された兵たちで軍役に消極的なものが多かった。そのため、軍役から離れてもらう手続きはさほど混乱もなかった。そのため、実質は四万人ほどの増員となる。もともと公国にいた兵のニ万人弱に合わせると、六万人弱の兵力となる。それらを三つの軍に分けることになっている。第一軍はライル将軍が、第二軍はグルドが、第三軍はガムドが率いることになっている。第一軍は南の地の砦を拠点として、第二軍は北の地の城郭都市を拠点に、そして第三軍はラエルの街の北に作られる予定の基地を拠点とする予定である。ただ、第三軍については予備軍としての機能を持たせ、新兵の訓練を主たる仕事となる。またガムドには村に常駐してもらい僕の軍部の補佐官として付いてもらう。

 僕は軍に素人だが、判断を迫られた時相談できる相手を側に置きたいという願いを言って実現したことだ。そのため、第三軍が出動する場合の指揮官はニード将軍ということになる。戦争に迫られない限り、ニードとイハサには新兵の訓練教官となってもらう。

 近々、フィリムを南の地の砦より呼び戻す予定だ。彼は元王国の剣術指南役とし剣聖と呼ばれていた男だが、軍幹部になることは頑なに拒んでおり、一介の教官としてならということで訓練指導をお願いしている。しかし、新兵訓練を第三軍に集中する関係で、フィリムの仕事がかなり減ることになる。もっとも熱狂的にフィリムの指導を仰ぐものもいるが、軍の強化にはさほど繋がっている様子もないので、僕の個人的な教官として呼ぶつもりだ。

 ミヤがずっと前から僕の個人的な戦闘能力を向上させたほうがいいと言っていたので、フィリムに指導をお願いしたのだ。意外にもフィリムはすんなりと応じてくれたので助かったが、自称弟子たちに恨まれそうだな。一層のこと、自称弟子たちを近衛兵という形で村に呼ぶか? とも考えたが、ミヤに反対された。

 「近衛兵なんて意味あるの? ロッシュには眷属達がいるのよ。この世界でこれほど頼もしい護衛はいないと思うんだけど」

 僕は何も言い返せずに、近衛兵の新設は自然と流れた。もっとも自警団がそれに近い仕事をしているから改めて作る必要性もないのだが。ちなみに自警団についても軍が再編されたことを受けて、整理されることになった。もともとは何でも屋的な性質の自警団だが、それは今も変わっていない。だって、犯罪が極端に少ないから。それでもないわけではないので必要性があるのだが、人数を整理する必要がある。

 話は少し変わるが、現状、公国は三つの地方に分かれている。城塞都市を中心とし、サノケッソの街までが北の地と言われ、街を中心とし、南の砦、ニ村までを南の地と言われ、村を中心とし、ラエルの街、新村、一村、三村、石炭採掘所、元オーレック領が東の地ということになっている。東の地がやや広い気もするが、石炭採掘所と元オーレック領は資源開発が中心となる場所になるため、東の地に編入されたのだ。しかし都が作られれば、再編され、都を中心とし、一村、三村が中心地と呼ばれることになるだろう。

 さて、自警団について。今は各町や村に駐在する形でいる独立した組織だ。犯罪率が低いので機能していない場所もある。そのため、人口や犯罪率を勘案して適切な人数にする必要性がある。それには自警団を公国内で一か所で管理をして、各地に派遣をするという方法が柔軟性があっていいだろう。ただ、人数が多すぎるのだ。一村だけでも二千人の人口に対して百人の自警団はおかしい。何でも屋としての性質は開拓時は大いに役に立つが一段落付いてしまうと用済みになってしまう。

 それを解消するために、純粋な防犯組織である自警団と何でも屋としての機能を分離する。自警団は各地に必要数が配備される。そして、何でも屋は幅広い分野の技術者で構成し、必要な場所に派遣をするという形にする。そうすることで、開発の速度は今より格段に早くなるだろう。

 ゴードンは静かに僕の考えを書類に書き込んでいく。これをたたき台にして、公国の組織を変えていくつもりだろう。

 「しかし、思い切ったものですな。軍についてはすでに話し合いが何度も行われ、理解はある程度されるでしょうが、自警団については皆、驚くでしょうな。しかし、私も必要性を感じておったところです。やはり、都に全ての機能を集約するのが望ましいでしょうか?」

 「そうだな。都は公国の中心部になる予定だからな。村のような端っこにあっては情報の伝わり方が違う。まずは都の中心地の設計を急ぐか」

 「それがよろしいと思います。ちなみにどのような都にする予定ですか?」

 今現在、元侯爵領の街並みは都中心地から西部に作られている。街道上の三村に向かう道が分岐しているところのやや東にその町並みが広がっている。すでに街並みが作られているというのは制約があるが。

 都の中心には城が築かれる予定だ。城の台地には石垣を用いて土盛りを行い、周りに堀を施す。城郭都市のように街中の物流を水運に頼るのが理想的だ。堀は四重五重と巡らしていく。東西南北に大通りを巡らし、外周と内周に円状の大通りを作る。城近くの中心街はレンガ造りを基本とする。火災対策だ。公国では木造建築物が主となっているが、都の中心街は人口が密集することを想定して火災対策は万全にしておきたい。

 郊外は田畑を出来る限り広げ、数軒をまとめた場所を何箇所も作っていく。そうすれば、畑までの距離が近くなり作業効率が大きく上がるだろう。物流の軸は三村に置き、西からやってくる都の物資は基本的には三村を通るようにし、東からの物資は改めて集積所を築く。

 「なるほど。想像が出来ないほど大きな都が出来上がりそうですな」

 「うむ。ただ、それだけではないぞ」

 都には上下水道を完備しようと思っている。現状では上水道というのは各町や村に整備されているが下水道はまだまだだ。それを都で初めて導入する予定だ」

 「上下水道ですか。それは素晴らしいですな。しかし、導入したら皆が住みたがるでしょうな」

 「それはありうるかもな。しかし、都の下水道は試験的な面も大きい。いろいろと失敗をすることも多いだろう。ここで問題を克服すれば、公国内に広めていくつもりだ。それを説明すれば、住み慣れた土地を離れるものは少ないだろう」

 「もっともですな。私は下水道があろうがなかろうが村に残るつもりですぞ。そういえば、ロッシュ村長は都に移られるので? 寂しくなりますな」

 「ふむ。それについては考えているところだ。僕も村から離れることは望んでいないのだ。しかし、公国という国がしっかりと機能するためにも、周りの国に侮られないためにも都の建設は必要なのだ。僕も少なくとも都に住んでいなければ、公国の中心という認識はされないだろう。それで僕は悩んでいるのだ」

 「左様ですか。しかし、ロッシュ村長が村に対してそれほどの愛着を持っていただけているとは。昔のロッシュ公ならば、と思ってしまいますな」

 たしかにな。僕が入り込む前の僕であれば、おそらく都に真っ先に向かいそうだな。そもそも、ここまで生き残っていたか分からないが。

 僕とゴードンはそれからも都建設について相談をして、別れることになった。都への引っ越しか。たしかに真剣に考えなければな。都建設はすでに始まっていて中止にすることは出来ない。どうしたものか。僕は別件でドワーフのギガンスのところに赴いていた。

 そして、何気ない会話をしていた時に都に引っ越しをしなければならないが村に残っていたいと言った。

 「ふむ。ロッシュが村から離れるのは困るの。儂の酒飲み仲間が減るのは悲しいわい。それにお主がいなくなると吸血鬼の奴らが酒を提供しなくなるかもしれんしな……」

 ギガンスは真剣な眼差しで考え事をしていた。僕の何気ない会話にここまで真剣になってくれるとは……本当に良い奴だな。しかし、無理な話だ。僕が分身でもしない限り、都と村に住むなどというのは。僕が何度も話しかけても、ギガンスがずっと無言で考え事をしていたので帰る支度をしていると、ギガンスがようやく顔を上げた。

 「やっと気づいたか。僕はそろそろ帰……」

 「出来るかもしれんぞ。いや、出来るようにする。儂に任せてくれ」

 どういうことだ? 一体どうするというのだ。

 「お主は覚えているか? ドワーフ族は長年かけて作り上げてきた移動扉のことを」

 ん? 確かにそんなものがあったな。ただ一度しか使えないと聞いていた気が。しかもその一度はこっちにやってくる時に使ったはずだったような。

 「そのとおりだ。あの扉はもう使い物にならん。だから作るんだ。本来は代々のドワーフの工匠が改良を加え続けなければならないが、最近はサボっていてな。ここ数百年は誰も改良を加えていない。だから作り方が分からんが……儂だって当代の工匠だ。必ず作ってやる。手伝ってくれるか?」

 そんなことができるのか。それが出来れば確かに問題は解決できる。朝に都に行って、夜に村に戻ってくるという事ができる。しかも、誰にも知られずにというのがいい。移動だけならフェンリルのハヤブサに乗れば、片道二時間弱で行き来することが出来る。通勤? は可能だが、主が行ったり来たりするのはあまり好ましい状況ではないだろうな。

 しかも全力で走るハヤブサを毎日見せられると何かあったのではないかと、毎日ヒヤヒヤさせてしまいそうだ。この作戦は時々しか使えない。やはり、ギガンスに移動扉の開発に成功してもらうしかないな。

 「もちろんだ。なんでも協力させてもらうぞ」

 「そう言ってくれると思ったわ。とりあえず、オリハルコンとミスリルを置いていってくれ」

 いきなり重い要求だが応えないわけにはいかないな。僕はカバンからまとまった量を工房のテーブルに置いた。この光景をスタシャが見たら、歯噛みして悔しがりそうだな。ちょっと想像して笑いそうになった。

 それから数カ月とかからずにギガンスは完成へと至った。しかし、それはまた後日に話したほうがいいだろう。
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