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第313話 水車
しおりを挟む 「お前たち、ここで何している?」
汚いマントを覆い、髭を生やした大柄な男がこちらに話しかけていた。僕が話そうとしたが、ガムドの部下が先に返事をした。どうやら、僕の身元をあまり表に出さないほうが良いだろうという判断のようだ。ガムドの部下の返事は至って簡単なものだった。それはそうだ。ガムドの命令でこの森に来ているのである。探索するのに、誰に遠慮がいるというのか。部下が、この森に住む難民の調査を行っている、と告げた。
すると、大柄な男は頭まですっぽりとかぶっていたマントのフードを外したのだ。そこには、大柄な男で髭面にも拘わらず、上品そうな顔をした初老の姿があった。話しかけられた時は、眼光の鋭さがあったが、今はとても近寄りがたいが鋭さが幾分和らいだ感じだ。
「やっときやがったか。いつまでも来ないから、餓えて死んでしまうところだったぞ」
言葉からは想像できないが、いかにも嬉しそうにした表情で言うので調子が狂ってしまう。言葉の端々からは、この難民の代表者のような印象を受けたが、とにかく話を聞かなければ。
「ここでの食事はどうなっているんだ? 冬で食料も限りがあると思うのだが」
「ん? ああ、ガムドの部下か? 随分と若いのに、こんな危険な森に入ろうと思ったもんだな。ここは、不思議と食料が年中採れるんだ。といっても、皆を賄えるほどじゃないがな。だから、獣を狩ったりしてなんと餓えを凌いでいるって感じだ。まぁ、外の世界に比べたら、ここは天国みたいな場所だからな。皆、居付いてしまったんだ」
ほお。やはり、冬でも食料が採れるというのは本当のようだな。しかし、気になるな。危険な森って何のことだ? 確か、この森では木材を伐採するために多くの人が出入りしているはずだ。そうだとしたら、ガムドが何かしら知っていてもおかしくはない。しかし、ガムドはそんな話は言っていなかった気がするが。
「危険な森とはどういう意味だ? 僕は初めて聞いた話だ」
「それはそうだろうな。オレも初めて知ったんだからな。この森から木を伐採しているのは知っているな。そこは、森の外縁の部分だ。ここみたいな深い場所まで来ることはなかったからな、知ることは出来なかったんだろうよ。危険な森っていうのはな、驚くほど巨大な獣が現われるのよ。大の大人が何人束になっても勝てないやつがな」
そんな獣がいるのか。だとすれば、素直に考えると、その場所を避ければ良いのではないのだろうか? 何も、危険な獣の側にいる必要がないではないか。
「もっともだな。だがな、獣が出るところにしか食料がないんだよ。それに、その周辺は冬に拘わらず暖かさがあるが、そこから離れると冬の寒さになっちまう。危険とは分かっていても離れられない理由があるんだよ。お前さんは身なりからすると育ちが良さそうだから、分かるまいよ」
たしかに、僕には分からないだろうな。この世界に来て、本当の餓えというものを経験したことがないからな。だけど、人が太刀打ちできないような獣の側で暮さない方法くらいなら僕には分かっているつもりだ。この初老の話を聞いている限りでは、この現状を打破する気もなく、諦めているような気すらしてくる。この森は、公国の領地内だ。ここに暮らす者たちを救うのもの、僕の役目だと思っている。
「僕には分からないかも知れないが、ここから抜け出すための方法なら知っているつもりだ。貴方は公国という存在をご存知か?」
「大きなことを言う小僧だな。だが、オレは嫌いじゃないな。公国なら知っているぞ。だったら、何だと言うんだ? 公国がここにいる全員を救ってくれるというのか? いいか? ここにいる者共は絶望の中にいる。それでも、食料があるこの森だけが奴らの希望なのだ。それを奪うようなことをすれば、どのような行動を取るか分かったものではない。だから、いい加減なことを言うつもりなら、止めておいたほうが良い」
そうか。この人は僕が公国の主であることを知らないんだった。それなら、疑うのは仕方がないことだ。しかし、この初老の言い方は少し違和感を感じるな。まるで、ここにいる難民をそっとしておきたいみたいな言い方だ。この初老が難民の一人であったならば、少しの可能性に縋るものではないだろうか? 僕が、そのことを聞き出そうとしたところで、こちらに向かってきた男が現れた。息を切らせ、急いできたことが伺える。
どうやら、初老の男に用があったようでなにやら小声で何かを話しているのが見え、初老の男が目を見開き、悔しそうな顔を滲ませていた。初老が頷くと、報告してきた男は再び森の中に去っていった。報告してきた者の動きは難民の中にいて良いものではない。訓練を重ねてきた兵士のようにしか見えなかった。初老の男がこちらを向き、無念そうな顔でこちらを見てきた。
「また、被害者が出たようだ。かなりの重傷でもう助かるまい。しかし、この報告があったからと言って、皆はこの地を去るつもりはないだろう。この地には一万人の人がいる。これだけ人数をガムドは救うことは出来まい。ここのことを伝え、ガムドに難民を見捨てるように伝えてくれぬか?」
僕にはこの初老の態度に怒りを覚え始めていた。ここの難民は、確かに助ける義理も義務もないだろう。しかし、助かるかも知れない命を見捨てるなど、到底見過ごすわけにはいかない。これは、僕が回復魔法が使えるから思っているのではない。元子爵領の領都サノケッソの街まで行けない距離ではないのだ。助けを呼ぶなり、治療をしてもらうなり方法はあるはずなのだ。
「お前は間違っているぞ。とにかく、重傷を負ったもののもとに案内しろ」
僕の態度が豹変したことに、初老の男は訝しげに見ながら、お前は何者だ? と声を低くして質問してきた。僕は、隠す必要はないと思い、自分の身分を言うと初老の男がなぜか、笑っていた。
「こっちだ。付いてきてくれ」
初老の男は僕達に背を向け、歩き始めた。この男の所作や先ほどの報告者の動きで、何かあると思い、警戒しながら後に付いていくことにした。僕達が後をついていくと、なるほどと思った。この時期の季節は冬のはずだ。しかし、その場所は春を思わせるような暖かさが広がり、森が生き生きとして、採れなかったのだろうか、木の高いところだけに大きな果実がなっているのが見えた。
これならば、獣がいたとしても、と思ってしまうかも知れないな。僕達が難民たちが居住する空間に到着すると、そこには大人から子供まで多くの人で溢れかえっていた。食料が乏しいため、皆、痩せてはいたが何とか日々の暮らしを続けられるほどには体力があるようだ。狩りに行くのだろうか、男たちは弓矢を背に抱えている。僕が想像したより、ずっと豊かな暮らしをしているように感じてしまった。
僕が周りの景色に見入っていると、初老の男が大きな声で、こっちだ!! と言って、一軒の掘っ立て小屋に案内してきた。僕達が中にはいると、鉄の臭いが一気に鼻に襲いかかってきた。そこには血だまりがあり、なんとか止血しようと蔓で患部を縛ったりしているが功を奏していていないようだ。襲われた男の片足がないのだから。
僕が初老の男を見ると、諦めたような表情をして、まだ死んでもいないのに手を合わせようとさえしていた。僕は、すぐに重傷人の元に近寄り、シェラに手伝ってもらおうと思って、声を掛けた。しかし、シェラは上の空で、僕の呼びかけに空返事をするばかりだった。僕は、大声でシェラに呼びかけると、ようやく現実に戻ったのか、すぐに駆け寄ってきてくれて、二人で回復魔法を使い、治療を施していった。
回復魔法では欠損した足を復元することは出来なかった。正確には出来るのだが、再生させる部位が大きいほど膨大な魔力と時間を必要とするため、今回は諦めることにした。それでも、足以外の部分の傷は完治し、血液が不足している以外は、問題ない状態にまですることが出来た。
僕が患者の容態を確認した後にマグ姉から預かっている体力回復薬を飲ませると、患者は静かに眠りについた。後は、食事さえしっかりと摂れれば、日常生活に支障はなくなるだろう。僕が患者から目を離し、初老の男に顔を向けると、目の前に初老の顔があったのだ。
「本当にありがとう。こいつは、オレの部下なんだ。この地の獣を討伐するために連れてきたんだが……本当に助かった!!」
ん? 連れてきたとはどういうことだ。やはり、この男は、難民ではないのだな。僕が初老の顔をじっと見つめるとやっと初老の男は正体を明かした。なんと、ガムドの伯父グルド本人だったのだ。
なぜ、グルドはこの森にいたのだろうか。
汚いマントを覆い、髭を生やした大柄な男がこちらに話しかけていた。僕が話そうとしたが、ガムドの部下が先に返事をした。どうやら、僕の身元をあまり表に出さないほうが良いだろうという判断のようだ。ガムドの部下の返事は至って簡単なものだった。それはそうだ。ガムドの命令でこの森に来ているのである。探索するのに、誰に遠慮がいるというのか。部下が、この森に住む難民の調査を行っている、と告げた。
すると、大柄な男は頭まですっぽりとかぶっていたマントのフードを外したのだ。そこには、大柄な男で髭面にも拘わらず、上品そうな顔をした初老の姿があった。話しかけられた時は、眼光の鋭さがあったが、今はとても近寄りがたいが鋭さが幾分和らいだ感じだ。
「やっときやがったか。いつまでも来ないから、餓えて死んでしまうところだったぞ」
言葉からは想像できないが、いかにも嬉しそうにした表情で言うので調子が狂ってしまう。言葉の端々からは、この難民の代表者のような印象を受けたが、とにかく話を聞かなければ。
「ここでの食事はどうなっているんだ? 冬で食料も限りがあると思うのだが」
「ん? ああ、ガムドの部下か? 随分と若いのに、こんな危険な森に入ろうと思ったもんだな。ここは、不思議と食料が年中採れるんだ。といっても、皆を賄えるほどじゃないがな。だから、獣を狩ったりしてなんと餓えを凌いでいるって感じだ。まぁ、外の世界に比べたら、ここは天国みたいな場所だからな。皆、居付いてしまったんだ」
ほお。やはり、冬でも食料が採れるというのは本当のようだな。しかし、気になるな。危険な森って何のことだ? 確か、この森では木材を伐採するために多くの人が出入りしているはずだ。そうだとしたら、ガムドが何かしら知っていてもおかしくはない。しかし、ガムドはそんな話は言っていなかった気がするが。
「危険な森とはどういう意味だ? 僕は初めて聞いた話だ」
「それはそうだろうな。オレも初めて知ったんだからな。この森から木を伐採しているのは知っているな。そこは、森の外縁の部分だ。ここみたいな深い場所まで来ることはなかったからな、知ることは出来なかったんだろうよ。危険な森っていうのはな、驚くほど巨大な獣が現われるのよ。大の大人が何人束になっても勝てないやつがな」
そんな獣がいるのか。だとすれば、素直に考えると、その場所を避ければ良いのではないのだろうか? 何も、危険な獣の側にいる必要がないではないか。
「もっともだな。だがな、獣が出るところにしか食料がないんだよ。それに、その周辺は冬に拘わらず暖かさがあるが、そこから離れると冬の寒さになっちまう。危険とは分かっていても離れられない理由があるんだよ。お前さんは身なりからすると育ちが良さそうだから、分かるまいよ」
たしかに、僕には分からないだろうな。この世界に来て、本当の餓えというものを経験したことがないからな。だけど、人が太刀打ちできないような獣の側で暮さない方法くらいなら僕には分かっているつもりだ。この初老の話を聞いている限りでは、この現状を打破する気もなく、諦めているような気すらしてくる。この森は、公国の領地内だ。ここに暮らす者たちを救うのもの、僕の役目だと思っている。
「僕には分からないかも知れないが、ここから抜け出すための方法なら知っているつもりだ。貴方は公国という存在をご存知か?」
「大きなことを言う小僧だな。だが、オレは嫌いじゃないな。公国なら知っているぞ。だったら、何だと言うんだ? 公国がここにいる全員を救ってくれるというのか? いいか? ここにいる者共は絶望の中にいる。それでも、食料があるこの森だけが奴らの希望なのだ。それを奪うようなことをすれば、どのような行動を取るか分かったものではない。だから、いい加減なことを言うつもりなら、止めておいたほうが良い」
そうか。この人は僕が公国の主であることを知らないんだった。それなら、疑うのは仕方がないことだ。しかし、この初老の言い方は少し違和感を感じるな。まるで、ここにいる難民をそっとしておきたいみたいな言い方だ。この初老が難民の一人であったならば、少しの可能性に縋るものではないだろうか? 僕が、そのことを聞き出そうとしたところで、こちらに向かってきた男が現れた。息を切らせ、急いできたことが伺える。
どうやら、初老の男に用があったようでなにやら小声で何かを話しているのが見え、初老の男が目を見開き、悔しそうな顔を滲ませていた。初老が頷くと、報告してきた男は再び森の中に去っていった。報告してきた者の動きは難民の中にいて良いものではない。訓練を重ねてきた兵士のようにしか見えなかった。初老の男がこちらを向き、無念そうな顔でこちらを見てきた。
「また、被害者が出たようだ。かなりの重傷でもう助かるまい。しかし、この報告があったからと言って、皆はこの地を去るつもりはないだろう。この地には一万人の人がいる。これだけ人数をガムドは救うことは出来まい。ここのことを伝え、ガムドに難民を見捨てるように伝えてくれぬか?」
僕にはこの初老の態度に怒りを覚え始めていた。ここの難民は、確かに助ける義理も義務もないだろう。しかし、助かるかも知れない命を見捨てるなど、到底見過ごすわけにはいかない。これは、僕が回復魔法が使えるから思っているのではない。元子爵領の領都サノケッソの街まで行けない距離ではないのだ。助けを呼ぶなり、治療をしてもらうなり方法はあるはずなのだ。
「お前は間違っているぞ。とにかく、重傷を負ったもののもとに案内しろ」
僕の態度が豹変したことに、初老の男は訝しげに見ながら、お前は何者だ? と声を低くして質問してきた。僕は、隠す必要はないと思い、自分の身分を言うと初老の男がなぜか、笑っていた。
「こっちだ。付いてきてくれ」
初老の男は僕達に背を向け、歩き始めた。この男の所作や先ほどの報告者の動きで、何かあると思い、警戒しながら後に付いていくことにした。僕達が後をついていくと、なるほどと思った。この時期の季節は冬のはずだ。しかし、その場所は春を思わせるような暖かさが広がり、森が生き生きとして、採れなかったのだろうか、木の高いところだけに大きな果実がなっているのが見えた。
これならば、獣がいたとしても、と思ってしまうかも知れないな。僕達が難民たちが居住する空間に到着すると、そこには大人から子供まで多くの人で溢れかえっていた。食料が乏しいため、皆、痩せてはいたが何とか日々の暮らしを続けられるほどには体力があるようだ。狩りに行くのだろうか、男たちは弓矢を背に抱えている。僕が想像したより、ずっと豊かな暮らしをしているように感じてしまった。
僕が周りの景色に見入っていると、初老の男が大きな声で、こっちだ!! と言って、一軒の掘っ立て小屋に案内してきた。僕達が中にはいると、鉄の臭いが一気に鼻に襲いかかってきた。そこには血だまりがあり、なんとか止血しようと蔓で患部を縛ったりしているが功を奏していていないようだ。襲われた男の片足がないのだから。
僕が初老の男を見ると、諦めたような表情をして、まだ死んでもいないのに手を合わせようとさえしていた。僕は、すぐに重傷人の元に近寄り、シェラに手伝ってもらおうと思って、声を掛けた。しかし、シェラは上の空で、僕の呼びかけに空返事をするばかりだった。僕は、大声でシェラに呼びかけると、ようやく現実に戻ったのか、すぐに駆け寄ってきてくれて、二人で回復魔法を使い、治療を施していった。
回復魔法では欠損した足を復元することは出来なかった。正確には出来るのだが、再生させる部位が大きいほど膨大な魔力と時間を必要とするため、今回は諦めることにした。それでも、足以外の部分の傷は完治し、血液が不足している以外は、問題ない状態にまですることが出来た。
僕が患者の容態を確認した後にマグ姉から預かっている体力回復薬を飲ませると、患者は静かに眠りについた。後は、食事さえしっかりと摂れれば、日常生活に支障はなくなるだろう。僕が患者から目を離し、初老の男に顔を向けると、目の前に初老の顔があったのだ。
「本当にありがとう。こいつは、オレの部下なんだ。この地の獣を討伐するために連れてきたんだが……本当に助かった!!」
ん? 連れてきたとはどういうことだ。やはり、この男は、難民ではないのだな。僕が初老の顔をじっと見つめるとやっと初老の男は正体を明かした。なんと、ガムドの伯父グルド本人だったのだ。
なぜ、グルドはこの森にいたのだろうか。
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