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第304話 船旅

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 三村から出る船に乗って、初めて新村に向かうことになった。二村の南にある大きな半島を回り込むように向かっていく。半島は山が連なっているような地形になっているため、どこまでいっても人が住めるような平地が見当たらなかった。それでも南端に行けば、すこしは開けている様に見えた。ここに漁業の拠点を作れば、賑わいを見せてくれそうな気もするが。まぁ今すぐという話にはならないだろう。

 船に乗っているのは、僕の他にシラーとオリバ、それにオリバの故郷からやってきた五百人が同乗している。彼らは船に乗るのが初めてのようで、各々の身を寄せ合ってひと塊になった状態でいた。オリバも少しは動揺していたが、すぐに慣れた様子で船内のあちこちを探検していた。といってもこの船は荷物を運搬するために作られた船のため、船室を多少備えた程度で全てが荷室となっている。見るべき場所も少ないだろう。

 オリバは一通り船を回ってきてから僕のもとに戻ってきた。

 「船を拝見してきました。公国の素晴らしさを大いに感じることが出来ましたよ」

 「ん? そうか? 大して見る場所もなくて面白くもなかっただろう。食堂があれば皆で食事を思ったのだが、まぁ数時間で着くんだ。陸に上がったら食事でもしよう」

 「いいえ。素晴らしいです。実は王国にある船に興味本位で忍び込んだことがあるのです。その中は装飾品に彩られていて、その時はとても素晴らしいものと感じましたが、この船を見て思ったのです。実用性を全く考えられていないものだったんだなって。この船は荷物を運ぶという点でこれ以上のない船です。そこが公国の強みのように感じられました。ああ、なんだか新しい歌ができそうです。それにしても、ロッシュ様は本当に食事のことを気にかけていらっしゃるのですね。なんだか、この国だけは別世界のようですね」

 ふむ。そういうものか。確かになんでも無骨でも実用性を重視するのが癖になっている。装飾品など考えたこともない。ただ、城のときもそうだが僕には装飾品で彩るような物を作る必要性が出てきているのではないかと思う。そればかりでは問題はあるが、公国民の暮らしを豊かにするためにも無駄なものが必要な時期に来ているのかも知れないと感じる。

 「装飾品がないのは、ただ僕にその教養がないに過ぎないのだ。船大工のテドにも実用性ばかり押し付けて、もしかしたら装飾に凝ったものを作りたいのかも知れないな」

 「ロッシュ様のような謙虚な方は見たことがありませんよ。人に聞かれると頼りないと思われるかも知れませんから止めたほうがいいかも知れませんね。でも、そういう素直なところが好きになりそうです」

 急に何を言い出すんだか。オリバとそれからも色々と話をしていると、船は新村の船着き場へと到着した。船員たちは積んでいた樽に入った海水を海に捨て始めた。その労働の大変さを横目に僕達は新村の土を踏みしめた。五百人の者たちは恐る恐るといった様子だ。未だに、公国に入ってきているという恐怖は拭えないのかも知れないな。

 公国というのが王国ではどのように伝わっているのか。それはハトリの報告でよく知っている。なんでも第一王子ルドベック王子と第二王女マーガレット王女を拉致しているという事になっているのだ。確かに二人共こちらで元気よく暮らしているが、追い出した王国がよくそのようなことを言えるな、とため息が漏れるほどだ。更には……言葉には言い表せないほどひどい国と吹聴されている。

 オリバの故郷は王国の外れと言っても、風に乗って噂の一つか二つは聞いたことがあるだろう。それゆえ、公国に対して不安を感じるのは無理からぬことだ。一応は故郷出身者のオリバが僕と婚約関係にあるから少しは安心材料となるが、完全に不安を拭うというものではない。ただ、こればかりは公国という国を知ってもらい、順応してもらうしか方法はないのだ。

 新村に到着すると、すぐにクレイがお出迎えにやってきてくれた。前もって、僕がこの船に乗ることを伝えてあったのだ。クレイが僕のもとに近づいてきて、ぎゅっと手を握ってきた。

 「ロッシュ様。ついに航路を開通させることが出来ましたね。これで新村は大きく発展することは間違いありません。村民も大いに喜び、開発を今まで以上に張り切っております。ロッシュ様には感謝の言いようもありません」

 クレイもすっかり新村の責任者という顔になってしまったな。ただ、クレイも婚約者なのだ。僕に目を向けてくれてもいいと思うのだが……。

 「あれ? ロッシュ様もそのような顔をするんですね。おかりなさい、ロッシュ様。無事なお帰りで嬉しく思います。ここでは何ですから、場所を移動しましょう。ただ、その前にこの方はどなたですか? それと後ろにいる方々も?」

 僕の横でこれみよがしに腕を絡みつけてくるオリバの姿をクレイは咎めるような目線を向け、品定めをしているようだ。なんとなく、オリバと僕の関係には感づいているようだ。

 「紹介が遅くなった。彼女はオリバ。吟遊詩人をやっているのだ。話せば長くなるが、結論から言えば婚約者となったのだ。つまりクレイと同じ境遇というわけだ。そして、後ろにいるのがオリバの故郷に暮らしていた者たちだ。オリバを頼りに公国に帰属してきたのだ。僕は彼らを公国の民として認め、村にて靴の製造をしてもらうために招待したものだ」

 クレイはオリバが婚約者だと聞いたときから、僕の後半の話は耳に入っていなかったようでさらに眼光を鋭く上から下まで見定めていた。

 「オリバさんと言いましたね。私はクレイと申します。新村の責任者を任せられております。まずは、皆様を新村に歓迎いたします」

 上々の挨拶だ。クレイの態度から喧嘩腰から始まるのではないかとヒヤヒヤしたが、とても友好的で素晴らしい挨拶だ。やや言葉に棘があるような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。オリバは僕の腕に絡ませていた腕を解き、クレイに対峙する形となった。

 「ありがとうございます。ただ、ロッシュ様がいるんですからクレイさんに歓迎されなくても問題はありませんが」

 何!? オリバのほうが喧嘩腰だと。なぜ、そのようなことを言うんだ。クレイもなにやら顔が引きつっているではないか。

 「た、たしかにその通りですね。余計なことを言ってしまったようです。先に言っておきますが、村に行ったらそのような態度は慎まれたほうが良いと思います。村にはエリスさんやマーガレットさんを筆頭にロッシュ様の奥様がいらっしゃいますか。ロッシュ様に婚約者と認められたとしても、奥様たちに認められなければなりません。その辺りをよくよく考えになったほうが良いと思います」

 気付かなかった。そんなに我が家の妻達は婚約者に対してシビアな物を要求していたのか。さすがのオリバも動じているか? オリバの横顔を覗くと、どこ吹く風といわんばかりに涼しい顔をしていた。

 「ご忠告感謝しますね。確かに言葉づいかなどを改めたほうがいいかも知れませんね。だけど、そのために自分を偽るつもりはありません。私のありのままを見せて、受け入れてもらうしかありません。ロッシュ様には庇護を求めましたが、奥様たちに謙るつもりは毛頭ありませんから」

 僕はこれ以上、クレイの引きつった顔を見たくはない。

 「二人共そこまでにしなさい。クレイは善意で皆を歓迎すると行っているのだ。オリバも素直に受け取れ。そして、エリス達はそこまで性悪ではない。一途に僕の身を案じてのことだ。オリバが僕に危害を加えないと知れば、それだけで受け入れてくれるだろう。クレイもエリス達に何を思っているか分からないが、そこまで深く考える必要性はないぞ」

 そういうと二人は僕に頭を下げ謝罪をしてきた。それでもクレイとオリバはお互いに謝罪をすることはなかった。出会ったときからこの調子では思いやられるな。しかし、ある意味では似たもの同士なのかも知れない。そういう二人は何かをきっかけに仲を良くするものだ。気長に待ってもいいだろう。

 僕達はクレイの案内で大きめな建物に向かうことにした。その間、クレイとオリバは牽制をしながら僕の両腕に互いに絡みついていた。置いてけぼりをされたシラーは僕の両腕が塞がっているとみるや後ろからしがみついて来たりして歩きにくいことこの上なかった。とはいえ、なんとなしに幸せな気分を味わえたので、三人を止めるようなことは遂にはできなかった。

 建物では食事の用意がされていたが、五百人については想定外だったために急遽下拵えが始まり、厨房はさらながら戦場のようになっていた。屋内に設置されている厨房でも足りず、屋外で煮炊きの準備を行わていた。その間に話をするべく、静かな別室へと向かった。そこには急いでやってきたテドも加わり、新村の今後について話し合いをすることになった。

 新村にある造船所の機能を三村に移設する話が出てくるとクレイが猛反発してきた。当然だな。造船所の存在は新村にとっては大きなものだ。しかし、三村に設置したほうが公国にとっては理に適っている。それを説明するが、クレイはすぐに理解を示すには至らなかった。あとは、テドの意見を聞こう。結局はテドの仕事がしやすい方が良いに決まっているのだ。

 「ロッシュ公のお話はよく分かりました。たしかに三村の方が造船所の立地としてはいいのかも知れません。しかし、私は新村での仕事を続けさせてもらいたいと思っています。ここに造船所を構えてから、問題もありましたがクレイさんや新村の皆が助けてくれました。その恩をまだ返し終わってないので、それまでは、と思っています。それにそれだけじゃないんです。ここで採れる木材は船造りの適してるんです。手付かずの森が多いおかげで竜骨となる巨木が大量にあります。それにぎっちりと身が詰まってる。これほどの木材は早々手に入るものではないですから」

 テドの意見は多分に個人的な部分が強いようにも見受けられたが、僕にとっては好きな考え方だ。それに後半は実に理に適った理由だ。この理由があれば、皆を説得も出来るだろう。あとは……。

 「テド。話は分かった。造船所はしばらくここを拠点としてもらおう。しかし、物流が整ってくれば木材は理由にならなくなる。運べば済む話だからな。だから、将来的には三村に拠点を移してもらわなければならない。その確証がほしいのだが」

 「分かっています。いずれは移動しなければならないでしょう。今は職人を育成中で数年で独り立ちさせられるものも出てくるでしょう。そのときにその者にこの造船所を任せ、拠点を移動するっていうのはどうでしょうか? どちらにしろ職人が不足している現状では、移動しても大して役には立てないでしょうから」

 「それだけ聞ければ十分だ。クレイも数年後に移動することを念頭に街作りに励んでくれ」

 「残念ですが、仕方ありませんね。造船に変わる何かを新村で作らなければならないでしょう。数年の猶予がもらえたと思ってがんばります」

 うむ。クレイの引き締まった表情が輝いて見える。しかし、クレイはいつまで新村の開発に携わっているつもりなのだろうか? 一度、真剣に話し合ったほうが良さそうだ。婚約者だと言うのに、ずっと遠隔地に住んでいるというのはいかがなものかと思うぞ。それともクレイにも移動の手段として魔獣を渡すか? いや、魔石が貴重だから躊躇してしまうな。僕も結論を出さなくてはな。

 それから食事の用意が出来たという連絡が入り、大人数で食事を楽しむことにした。五百人は久々に食べるまともな食事に我を忘れて食べていた。僕達は食事を終わらせると、村へと出発することになった。不要だといったのだが、クレイは無理やり護衛を付けてきた。クレイの心配性にも困ったものだな。

 五百人の人たちの健康状態を心配していたが、なんとか村には辿り着くことができそうだ。ゆっくりとした速度で進むこと七時間。ついに村の入り口に差し掛かることが出来た。雪解けの水が河川に大量に流れ、その水にはきっと山の栄養がたっぷりと含まれていることだろう。その水が田畑に恵みをもたらしてくれる。

 オリバやオリバの故郷の者たちは一同、村の景色に驚き懐かしさを感じるものもいるらしく、涙を流すものもいた。僕も久々に戻った村に期待を震わせながら屋敷へと向かっていった。
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