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第301話 フェンシ団の顛末

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 祭りが終わった翌朝。僕が寝ているベッドにはいつものようにシラーが静かに寝息を立てている。ただ、いつもと違いもう一人、僕の大切な人になった女性も静かに寝ているのだった。僕は二人を起こさないように寝室を離れ食堂に向かった。食堂には、いつものように朝食の支度がされているのだった。よく考えたら、誰が準備しているのか分からないな。ちょっと不用心か? などと考えながらパンを食べることにした。ふむ……旨いな。

 最近の小麦の質は前に比べると格段に良くなっている。ゴードンの報告では収量も順調に伸びており、今年の収穫も大いに期待できるというのだ。そういえば、僕には品種改良という魔法があるがシェラが言うには勝手に品質が上昇するようになっていると言っていたな。きっと、その恩恵を受けているため品質が上昇しているのだろう。なんと、素晴らしい魔法だ。

 ただ、作物というのは環境を整えてやるだけで品質を向上させることができる。何も種の掛け合わせばかりではないのだ。それと品種改良の魔法とはどういう関係になるのだろうか? 本来の向上分に上乗せされているのか、向上分が魔法としてすり替わっているのか。何にしても品質が向上しているのは良いことだ。

 用意された食事を食べていると、二人が寝ぼけ眼で食堂にやってきた。僕がいないことに気づいて飛び起きた……ということはなさそうだ。至って普通に席に着き、用意された食事を食べている。オリバもそれに倣っているのか、何年も一緒に生活しているような感覚になってしまう。僕はこれからの予定を話すことにした。とその前にオリバに聞いておかなければ。

 「オリバはこれからどうするつもりだ? 僕達はしばらくは街にいるつもりだが、村に戻る時は一緒に来てくれるんだろ?」

 「そうですね。村で一緒に暮らすというのは悪くないですね。今まで旅暮らしだったので、一か所に留まるというのが新鮮で少し楽しみです。ですが、私もこの辺りで活動する際に拠点を作ってあるので、そこを整理してからということになりそうです。おそらく、ロッシュ様がこちらに滞在中には片付くと思います」

 「そうか。ならば整理をしてくるといい。ただ、オリバはすでに僕の婚約者という立場なのだ。だから自警団を付けさせてもらうぞ。それが僕から離れる条件だ」

 「ふふっ。そのような扱いを受けたのは初めてのことで嬉しくなりますね。分かりました。是非とも私を守るように言いつけてくださいね。それと私の仲間についてですが……」

 とオリバがいいかけた時に屋敷に来訪を伝えるベルが鳴った。すると玄関の方から何やら声がしたかと思ったら、こちらにズカズカとした足音が聞こえた。複数人か? と考えているとこちらを覗き込む顔があった。

 「おはよう。ルド。随分と早い来訪だな」

 「そう言うな。昨晩は、てっきり私を待っているかと思ったら屋敷に引き揚げてしまったと言うではないか。仕方がなく、ゴードンさんのところでお世話になってしまったよ。しかし、彼のところに泊まったのは失敗だったよ。なにせ、祭りの余韻が残っていたのか、ひたすら酒に付き合わされてしまった。きっと今頃、頭を抱えている頃だろうな」

 ゴードンのそんな姿を想像して、つい笑ってしまった。しかし、大人数といった感じだったが。マリーヌも一緒なのかな?

 「ええ。いますよ。昨夜はすっかり置いてけぼりを食らってしまいましたからね。今日はちゃんと主人の相手をしてあげてくださいね。すごく楽しみにしていたんですから」

 「おい、そんなことをここで言うんじゃない!!」

 なんとも仲睦まじい二人だ。僕が仲良さげな二人を見ていると、ルドが後ろを振り向いた。

 「来訪者は私達だけではないぞ。私が無理を言って通してもらったが、構わないだろ?」

 そういって、顔を出してきたのは浅黒い肌を持つ女性が五人だった。ん? 誰だ? 僕が一瞬、考えているとオリバが先に五人に声を掛けていた。

 「皆、来てくれたのね。それに頭巾も外して来たのね。何か、嫌な思いはしなかった?」

 そういうと、五人の女性は互いに顔を見せ合い、笑っていた。そして、そのうちの一人が和やかな顔で答えた。

 「私達もアジトから出る時は怖かったけど、実際に街を歩いてみたら……私達を怖がる人なんていなかったの。しかも、普通に挨拶だってしてくれたのよ。すごく嬉しかったわ。それもオリバ姉さんが私達のために犠牲になってくれたから。本当にごめんなさい」

 そういうと五人が一斉に頭を下げた。オリバは少し困惑したような表情を浮かべていたが、僕の方を向いて変なことを聞いてきた。

 「ロッシュ様。私の事を愛してくれていますか?」

 そんな単刀直入に聞かれたのは生まれて初めてのことで慌ててしまったが、僕は正直な気持ちとして、愛しているよ、と返した。するとオリバはニコっと笑ってから、五人の方に再び目線を向けた。

 「私は犠牲になったなんて思っていないわ。もちろん、最初は皆のことを考え手の行動だったかも知れないけど、ロッシュ様と共に行動するうちに私は惹かれていったの。それに聞いたでしょ? ロッシュ様も私のことを大切にしてくれているの。だから、皆が謝ることはないわ。それに玉の輿なのよ。幸せすぎるくらいよ」

 いい話だなと思っていたが、最後はちょっと露骨すぎないか? もっともそのおかげで五人の表情から後ろめたさがとれ、すっかり笑った顔になっていた。これもオリバなりの優しさなのかも知れないな。しかし、それを聞いていなかったとばかりにルドが突っかかってきた。

 「ロッシュ。また、嫁を増やしたのか? よくやるな。私はマリーヌだけで精一杯だ」

 そういうとマリーヌが、精一杯とはどういうことよ、と言いながらルドを糾弾し始めた。藪を突いて蛇を出してしまったようだな。そういうのはもっと上手くやるものだぞ、ルド。夫婦げんかをしながらも、ルドは僕に話しかけてきた。

 「オリバさんは、フェンシ団の関係者なのか? その外見からすれば、そのように思うものもいるだろう」

 僕はオリバの了解を取って、ルドにオリバの生まれについて話をした。やはり、初めて聞く話のようで、ルドは興味深げに耳を傾けていた。

 「そんなことがあったのか。なるほどな。それならば私からも教えておいたほうがいいだろう。フェンシ団のその後を……」

 ルドの言葉にオリバ達がじっとしていられる訳がない。それを知るためにずっと旅をしていたのだから。ルドに詰めかけるように近づいていこうとしたので、僕がそれを制止させた。そして、ルドに話しの続きをお願いした。

 ルドの話はあまり聞きたいと思うものではなかった。実はルドとフェンシ団は一時期共に行動をしていたというのだ。それは、王弟と王権を巡って争いが起きている時だった。当時、ルドは方々から援軍をかき集めていた。それに呼応してきたのがフェンシ団だった。王弟を権力の座につかせるわけにはいかないというのがフェンシ団がルドに協力する理由だったようだ。ルドも最強の暗殺集団と聞いて、共に行動をするようになった。しかし、フェンシ団は暗殺という能力をなぜか封印するかのような行動しかしなかったのだ。そのため、大した戦力にもならずにフェンシ団は王弟軍に蹂躙され全滅をしたようだ。彼らが何故、暗殺という能力を使わなかったのか、ルドには今まで分からないと言っていた。

 ルドの話には続きがあった。ルドは何度かフェンシ団の頭領と話すことがあったみたいだ。基本は軍の行動についてだったみたいだが、何の拍子か分からないが、急に過去の話をしていたというのだ。フェンシ団はずっと王家から依頼を受け、暗殺家業というのをやっていた。しかし、大戦が始まると王家からの依頼が全く来なくなった。それで仕方なく、山賊まがいのことをして村々を襲ったのだと言う。もちろん、その時は部下を食わしていくために仕方なくやったのだと言う。

 頭領も含め、村の人にはひどいことも散々やった。しかし、その惨状を見て我に戻ったのだという。自分たちのしていることは一体何なのだ、と。暗殺集団として矜持を持ちづづけていたのに、今や卑しい山賊に成り下がってしまっている。そのことを気づいたときから、頭領は考えを改めたようだ。その直後に、頭領に女の子が生まれたのだという。それから、頭領は子供のために、そして村を襲った償いのために村を守ることを決意した。

 しかし、それも長続きするものではなかった。戦争が終わり、これから復興をしていくという最中、深刻な食糧不足になってしまったのだ。フェンシ団は大所帯だ。このままでは皆が共倒れをしてしまう。そのためフェンシ団は村を抜け出し王都に向かうことを決意した。食料支援を求めるためだ。

 しかし、団長が見たのは王都での戦争の兆しだった。なんとか調べていくうちに王弟には貴族だけしか救わないというのが分かり、ルドに味方をしたそうだ。

 ルドの話は、おそらくオリバ達が知りたかったことを十分に語ってくれたような気がする。僕はなんとなくだが、暗殺ということをやめたフェンシ団の頭領の気持ちが分かる気がする。おそらく、頭領は暗殺というのに誇りを持っていたんだと思う。しかし、その誇りを自らの行動で貶めてしまったのだろう。それゆえ、暗殺を封印したような気がする。もちろん、本人に聞いたわけではないから正解しているか分からないが、フェンシ団という王国でも名の通った集団を率いるだけの頭領だけに筋はしっかりと通す人だったのでは思う。

 ルドの話を聞いてから、オリバ達の動きが止まってしまっている。どのような表情なのかも僕には分からない。それでも、なんとなく安堵したような表情を浮かべている気がする。

 「オリバ。ルドの話は聞きたくなかったであろう。しかし、フェンシ団というのは強い集団だと聞いている。もしかしたら生き残りがいるかも知れないぞ。その行方は公国で調査隊を作って調べてみようと思う」

 「ロッシュ様。私はやっと父の気持ちが分かったような気がします。多分、生き残りはいないでしょう。フェンシ団は全ての精算をするために戦場で命を散らしたのだと思います。でも、お気持ちだけは……ありがとうございます」

 そういうとオリバは泣き崩れて、僕に抱きついてきた。何度も父、父と声に出していた。これがオリバなりの別れの仕方なのだろう。僕はそっと彼女の背中をさすって、泣き止むまでそれを続けた。しばらくすると、オリバは涙を拭ってスッキリしたような表情をしていた。

 「これで心置きなく村に向かうことが出来ます。皆についてはこれから相談して決めたいと思います。その前にアジトの整理です。早速、行ってきますね。数日で戻ってくると思います」

 そういうと足早に荷物をまとめて屋敷を出ていってしまった。当然、五人の女性達も一緒だ。僕はすぐに自警団に跡を追うように命令し、しっかりと護衛するように頼んだ。とんだ朝になってしまったな。すると、ルドがぼそっと呟いた。

 「ロッシュ。とんだ朝になってしまったな。私は話してしまっても良かったのだろうかと悩んでしまうよ」

 「ルドには感謝している。オリバ達はルドの話を聞いて、吹っ切ることが出来たことだろう。きっとオリバ達も感謝している」

 「だといいんだが」
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