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第296話 模擬戦最終日 複合戦

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 屋敷から砦までの道中が長く感じたが、ようやく到着した。相変わらず両軍の兵たちが僕達の乗っている馬車を歓迎してくれる。僕は馬車の中から兵たちの様子を見るに、やはり疲労の色が濃いように感じる。特にニード軍のほうが疲れているのが見て分かるほどだ。ただ、表情はやる気に満ちているので疲れの度合いだけで勝敗を決めることは難しそうだ。

 僕達が馬車から降りるとライルとニード、イハサが相変わらず膝を曲げて礼を尽くしてくる。三日目ともなると慣れてくるものだ。僕は三人に挨拶をすると、三人はすっと立ち上がった。三人共気合に満ち溢れた表情を浮かべ、早く始まることを期待しているようだ。特にライルはずっと拳を握ったままだ。

 「ライル、ニード、イハサ、そして兵士諸君。今日で模擬戦は最後となる。最後は知っての通り、広大な場所で行われることとなっている。君たちは僕に勝敗を想像させないほど素晴らしい動きを見せてくれた。今日もきっと素晴らしいものを観戦できることを楽しみにしているぞ。そうだな。負けた方には祭りの催し物に出てもらおうか。精々、皆の笑いものにならないように頑張ってくれ」

 僕の言葉に、三人は唖然とした顔をしていたが一層負けられない戦いとなったであろう。三人は僕に一礼をして兵を率いて予定の会場に向け進軍を開始した。今回の会場は、砦前の広場を利用する。二キロメートル四方の土地には平原や森林、崖などがあり起伏が激しい場所があるため戦い方は相当あるように思える。もっとも、僕には用兵の知識があるわけではないから、作戦を立てろと言われても難しいだろうな。

 僕達四人も砦の物見櫓に登ることにした。ここならば、十分に遠方まで望むことができる。ソロークも今かと拳を握りしめている。

 「ソローク。どうだ。なかなか面白くなりそうだろう。ニード将軍はソロークも馴染みが強いのだろ? 今回の戦いはどう見る?」

 「はい。私にとって、いや元北部諸侯の子供ならニード将軍は憧れの人でしたから、こんな近くでお会い出来るなんて夢のようです。きっと皆から嫉妬されてしまうでしょう。そんな将軍ですから負けることを想像することは難しいですが、ライル将軍はニード将軍から一本取っているので有能な将軍なのでしょう。そこを踏まえて考えると……すみません、分かりません。私ならと、作戦を考えたのですがすぐに破られてしまいそうで。両軍がどのように動くのか、今から楽しみでしようがありません」

 同感だな。しかし、ニードがこれほど子どもたちから人気があったとは不思議なものだな。まぁ、将軍が憧れの的となるということはそれだけ戦乱の時代が長かったことを顕しているのだろう。願わくば、平和的な職業のものが憧れになる世の中を作り上げたいものだな。

 どうやら両軍は開始の位置に着いたようだな。今回は自由な場所から始めていいということにしてある。より実戦に近づけるためだ。両軍はなるほど。ここならば手に取るように見ることが出来るが、両軍からは見れない位置にいるようだ。果たして、どのように動くことやら。僕は開始の合図を自警団に送った。

 大きな銅鑼が戦場に鳴り響く。ついに開始された。両軍は動く様子はないな。数名の斥候と思われる者が飛び出していくのが見えた。まずは相手の位置を把握するのか。先に見つけたほうがやはり有利になるだろうな。ちなみに、ライル軍は森林を背にして布陣をしている。森林戦で勝利収めることができたのでライル軍にとっては弱点ではなくなったということか。一方、ニード軍は砂地に布陣している。砂地は足が取られるため、砂地の中で行軍するのは不利になるだろう。そこにあえて布陣する意味はあるのだろうか?

 両者の斥候はなかなか相手を探すことが出来ないようだ。その中でライル軍斥候がせっせと崖を登り始めた。登りきることが出来たら戦場を一望できる場所に到達することが出来るだろう。するとライル軍がついに動き出した。真っ直ぐとニード軍の方に向かっていく。どうやって敵の位置を知ることが出来たのだ?

 崖の上の兵士はまだ降りていく様子はない。別の斥候から連絡がはいったのだろうか? 分からないな。一方ニード軍は未だ動きを止めたままだ。このままではライル軍が有利なように感じるが。ライル軍は真っ直ぐニード軍の方に向かっていたと思ったら、若干方角を変え砂地近くの高台の方に移動した。

 さて、どうなるんだ。ついに両軍に動きが開始された。高台に上がったライル軍が眼下に広がるニード軍めがけて一斉射撃を始めたのだ。空から矢が降ってくるのだ溜まったものではない。ニード軍は我先にといった様子で霧散してしまったのだ。ニード軍はライル軍の攻撃によって混乱して軍としてのまとまりが無くなってしまったようだ。これではライル軍の勝利を宣言するのは時間の問題だろう。

 ライル軍は射程外になるまでニード軍に執拗に一斉射撃を食らわせ、相当の被害を与えることが出来た。さらにライル軍は霧散したニード軍を追撃を加えるために高台から降りニードがいるであろう群れを追いかけ始めた。

 しかし、不思議なことがあるものだ。霧散したと思われるニード軍が各所でまとまりを見せ始めたのだ。しかも、明後日の方角に逃げ出したと思っていた者たちがライル軍の背後を付け回し始めた。未だにライル軍は後方にニード軍が迫っていることに気づいていない。ライル軍に負われているニード軍は徐々に逃げる足が遅くなり、すぐにでも追いつかれそうだ。もしや疲れが出てしまったのか?

 後方に兵がいてもニード本人が捕縛されれば負けとなる。

 しかし、ニード軍は急に反転をしライル軍に迫ったのだ。これにライル軍は動揺してしまい、多いに接近を許してしまった。それでもライル軍五千人に対して眼前にいるニード軍は千人足らず。とても対抗できるものではない。ライル軍はクロスボウによる接近戦の不利を悟り、すぐに抜剣による攻撃を加えようとした。それが判断のミスだった。後方より迫っていたニード軍の接近を許し、挟撃されてしまったのだ。

 ライル軍のクロスボウは接近戦では用をなさず、剣の戦いとなればニード軍に大いに軍配が上がる。ここではライル軍が大いに兵を消耗させられ、何とか虎口を脱することに成功した。ライル軍は半数を討たれ、なんとか軍の体を維持しているといった感じだ。ニード軍は軍を一つにまとめ、追撃を開始した。

 ここからが面白かった。ライル軍は高台に逃げ始めたのだ。複雑な地形をしているので確かにニード軍から逃げ切るには適している。しかし、この高台は逃げ道が少ない。一度包囲されてしまえば、ライル軍は終わりかも知れない。案の定、ニード軍は逃げた先を確認すると高台から逃げ出せる道を塞ぐべく動きを始めた。ここには六ケ所ほどの道が存在する。ただ、軍として使える道と言えば二本といったところか。

 ここでライル軍が勝つためにはニード軍の包囲が完成する前に各道を上ってくる各個を撃破する必要がある。しかも、ライル軍は先程の挟撃でおおいに消耗しているため全軍で各個に当たらなければ勝ち目は薄いし、各個撃破に時間をかければ、それだけニード軍が有利となる。

 ただ、ライル軍にはニード軍がどの道を使うかは分からず、先に上ってくる部隊を先に叩く必要がある。それを知ることが出来ないライル軍はかなり分が悪いと言わざるを得ない。当初ライル軍有利と思われたが、現状はニード軍が圧倒的に有利だ。

 ニード軍は各道に部隊を配置し、ついに移動を開始した。道の起伏や状態により部隊の動きにバラツキがある。さて、ライル軍はどう動くか。ここから見ると、南東の部隊が早く到達しそうだな。そう思っているとライル軍は迷いなく南東の部隊を襲撃しだしたのだ。しかも全軍で。南東の部隊は瞬く間に敗走を余儀なくされ、ライル軍は再び元の位置に戻っていったのだ。次に北西の部隊が到達しそうだ。それに対してもライル軍は北西に軍を進め、撃破していく。

 ライル軍には千里眼の持ち主でもいるのか? ニード軍はライル軍に的確に各個撃破されることに動揺しているのか、すぐに撤退を命じたようだ。高台に上っていた部隊が引き下がっていくのが見える。これを好機と思ったのかライル軍は全軍で高台を下り、ニード軍に突撃を開始した。

 ニード軍は分散してしまった部隊の結集に手間取り、ライル軍の攻撃に成す術もなく蹂躙されていく。ただライル軍は敗走するニード軍を追撃できない様子だった。ニード軍もただ蹂躙されていたわけではなく、抵抗を見せたため、ライル軍に少なくない損害を与えていたのだ。

 この時点で、両軍はそれぞれ千五百人程度まで減らされていた。両軍とも消耗が激しいため、動きがかなり鈍くなってきている。ニード軍はなんとかライル軍から逃げ、軍を森の中に隠すことにしたようだ。そこならばライル軍が発見することは困難であろう。そうなると奇襲を画策しているのだろうか。

 ライル軍は進軍を停止し、その場で待機をしている。休息をしているのだろうか? そう思っていると動きを始めた。真っ直ぐとニード軍に向け進めていく。ライル軍はどこで情報を仕入れているのだ? ライル軍千五百人のうち五百人が離脱を開始しだした。明後日の方角に向け進んでいたのだが、僕はライル軍本隊に注目していたため、別働隊を見失ってしまった。

 ライル軍が森に差し掛かりそうな頃、もう少しで奇襲には最適なタイミングと思っていたところで急にニード軍が飛び出してきた。少し早いような気もするが。しかも、軍としてのまとまりがないようなきがするな。ライル軍は飛び出してくるのが分かっていたかのようで、すぐに一斉射撃の構えを見せ、思う存分ニード軍に手痛い攻撃を加えた。

 ニード軍もこのままでは負けると思ったのか、がむしゃらにライル軍に突撃を仕掛けた。これでは作戦も何もあったものではない。混戦である。兵たちは次々と倒れ、ついにライルとニードの一騎打ちみたいな展開になっていた。といっても模擬刀など使わない。殴り合いだ。

 ……これは、模擬戦としてはどうなんだろうか。両者とも必死になっているのが分かる。そのせいで、周りにいる兵たちも二人の殴り合いを観戦するために手を止め囃し立てている始末だ。これはもうダメだ。僕は自警団に終了の合図をしてもらった。大ドラが二度鳴り、模擬戦は終わりとなった。

 それでも両者の殴り合いが終わる気配がなかったので、僕はシラーに止めるように命令した。シラーは瞬く間に戦場を駆け、両者を蹴り飛ばしているのが見えた。どうやら二人とも気を失ったようだな。

 ついに模擬戦が終わった。結果としては引き分けと言っていいだろう。両者とも知恵をよく振り絞り、良い戦いを演じてくれた。最後はとてもひどいものだったが。とりあえず、オリバには最後の部分は語らないようにお願いをした。さすがに後世にこのような話が残れば、二人とも恥ずかしくて憤死してしまうかも知れないからな。

 ライルとニードという大の大人が華奢なシラーに引きづられているのを見ながら、僕は物見櫓を降りていった。
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