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第295話 オリバ

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 朝からオリバが不穏な言葉をつぶやいていた。一線? 一線ってどの一線だ? などと現実逃避をしている場合ではない。こういう時は冷静に昨日の事を思い出すんだ……ダメだ。思い出せない。なぜ、あそこまで飲んでしまったんだ。模擬戦があまりにも予想打にしていない展開に興奮してしまったせいか。それとも目の前にシラーとオリバという美人がいたせいか。

 そうだ、シラーだ。シラーならば覚えていることだろう。僕は未だベッドの上で寝ているシラーを起こした。

 「ロッシュ様。おはようございます。昨日は珍しくお酒を召し上がっていましたね。寝室に戻ってからも盛り上がりは収まりませんでしたからね。オリバさんも一緒になって楽しんで。いい夜でしたね」

 なんてことだ。オリバに手を出してしまっていたというのか。酔っていたとは言え、許されないことをしてしまった。僕はオリバに謝罪することを決意した。オリバはなにやら布団で体を包むように下を俯いていた。きっと、落ち込んでいるのだろうな。

 「オリバ……」

 僕が謝罪しようとしたら、オリバが笑いを耐えられない様子で吹き出して始めたのだ。一体、どういうことだ?

 「ロッシュ様。そんな顔をしないでください。まさか、信じてしまわれるとは思ってもいませんでしたよ」

 まだ分からないな。僕はシラーの方を向いた。

 「ええ。寝室に戻ってからもオリバさんと共にお酒を飲み続けていたんですよ。祭りの会場でもたくさん飲んでいらっしゃったので心配していたんですけど、それからロッシュ様は倒れるように眠ってしまわれて」

 ……よかった。どうやら、僕はオリバの悪ふざけに随分と翻弄されてしまったようだ。まさか、オリバがそのような趣味があるとは意外だったが、おかげで酒酔いが一気に覚めたぞ。さっきからずっとオリバが笑っているのが気になる。すると、急に真面目な表情に変わった。

 「ロッシュ様は本当に変わった貴族様だと思います。私達のような一介の吟遊詩人に手を出したところで気にするような方など聞いたことがありませんから。とりあえず、からかったことは謝罪させてください。申しわけありませんでした」

 「まぁ、これからは、ほどほどにしてくれ。朝から変な汗はかきたくないからな」

 「それは大変ですね。それでは私が汗を流すのをお手伝いしてあげましょうか?」

 「まだ、からかっているのか?」
 
 「……これは本心ですよ」

 オリバの言葉はよく聞こえないな。まぁいいか。僕はその辺りの服を手に取り、出掛ける支度をした。今日は模擬戦の最終日、複合戦が行われる。複合戦は森林と平原が合わさった地形で場所はかなり広く取ってある。そのため実戦により近いため将軍の力量が大きく問われることになる。両軍は今のところ一勝一敗で実力は拮抗しているように見える。

 しかも、一日目と二日目は予想をひっくり返すものだったため、今日の模擬戦の結果を予想しながら、出発することにした。僕達が出発する前に屋敷の前でソロークが緊張した面持ちで待っていた。どうやら、屋敷の呼び鈴を鳴らすのが忍びないと思って僕達が出てくるのをずっと前から待っていたようなのだ。そんなこと、気にしなくて良いと思うが。

 「イルス公。おはようございます。今日は模擬戦観戦をしっかりと目に焼き付け、勉強させていただきます」

 ソロークの緊張した顔を見ていると、行楽気分で模擬戦を見に行こうとしている自分が恥ずかしくなってくるではないか。とりあえず、気を取り直してゴードンの事を聞いた。

 「ゴードン先生はすでに祭りの会場に赴いています。最終日くらいは羽目を外してもいいでしょう、と言って朝早くから向かわれました」

 ふむ。ゴードンには今日だけは祭りを堪能しろと言ったが羽目をはずしてもいいと言ったつもりはないのだが。といってもゴードンが乱れるということはないだろう。きっと……。

 僕はソロークを馬車に誘い、オリバとシラーと共に砦に向かうことにした。車中でもソロークの緊張した面持ちが直ることはなかった。すると、ソロークがオリバの頭巾を疑問に思ってさり気なく聞いていた。オリバは特に気にする様子もなく、スルスルと頭巾を外した。やはり美しいな。ソロークも口を開いて驚いている。分かる、分かるぞ。

 オリバは一度見せたと思うとすぐに頭巾を付けた。残念だが、それが信念らしいからな。ソロークは何を思ったのか急に小声でオリバに聞き出した。少しおどおどした様子だ。

 「オリバさんとおっしゃいましたね。変なことを聞きますが、フェンシ団というのはご存じないですか?」

 フェンシ団? 聞いたこともないな。オリバに何か関係するものなのだろうか。僕はオリバの顔を見ると、眼光が今までに見たことないほど鋭くソロークを見つめていた。

 「なぜ、私にそのようなことを聞くのですか? 私の外見ですか?」

 「その通りです。癖のある栗色の髪、浅黒い肌、そしてその青みがかった瞳です。私が教えてもらったフェンシ団の頭領の外見そのものなのです。関係ないとは思いますが、聞かずに入られませんでした」

 「仮に私がフェンシ団の関係者だとしたらどうしますか?」

 「本来であれば、国に報告しなければならないでしょう。しかし、ここは王国ではないし、私も王国民ではない。仮にオリバさんがフェンシ団の関係者だとしても何もする気もありません。それにここに公国の主がいるわけですから判断はイルス公に委ねますよ」

 何やら二人で僕の知らない話が展開している。フェンシ団というのが一体何なのだ? 僕はソロークに説明を求めた。

 ソロークの説明によると、フェンシ団というのは王国を震撼させた暗殺集団の代表的な存在のようだ。有名な暗殺集団というのはそれなりにあるそうだがフェンシ団は別格だ。なんでも先々代の王が不審な死を遂げたのもフェンシ団が関与しているという噂が出るほどだ。フェンシ団には特徴があり、その構成員がまさにオリバのような外見をした者たちだというのだ。意図的にそのような外見にしているのか、それともそういう種族なのか、全くわからないことだらけのようだ。

 なるほど。これでようやく話が見えてきたな。さて、オリバの反応が気になるところだ。ソロークの話を聞いている僕をオリバはじっと見つめていた。僕の反応が気になっているのだろうか?

 「オリバ。僕は君がフェンシ団に関与しているか否かはあまり興味はない。危険人物という話ならば、僕は君を信じている。そもそも君にその気があれば僕はここに立っていないだろうし、シラーが気を許すことはないだろう。まぁ、フェンシ団というのに個人的に興味は尽きないけどな」

 「そのように言われたのであれば、隠し立てする必要もなさそうですね。ただ、私が何故頭巾をかぶっているのか。その正体については秘密に願いたいのです。我々が受けてきた屈辱を再び仲間に受けさせたくないのです」

 そういうと、オリバは話し始めた。オリバはフェンシ団とは直接的には関係ないようだ。外見がフェンシ団の特徴と合致する理由は、フェンシ団の頭領の血を引いているからのようだ。当時フェンシ団は暗殺業を生業とした集団だった。暗殺業と言うと聞こえは悪いが目標の人物以外は殺さないという矜持を持つ集団だった。しかし、大戦が始まるとフェンシ団の考えが変わってしまった。急に略奪をする山賊のようになってしまった。彼らの根城に近い村々は彼らに襲われ占領されてしまった。彼らを捕まえるべき王国は大戦のため、治安に兵を向けることが出来ず占領された村々はフェンシ団に逆らうことが出来なかった。

 その間に出来た子供がオリバだ。オリバは占領された村に住んでいた長の娘とフェンシ団の団長との間の子だ。フェンシ団は占領時こそひどい扱いをしていたが、従順となった村人に危害を加えるということはなくなっていった。そのため、オリバの幼少期はそれなりにいい暮らしをすることが出来ていた。

 その時間もさほど長くはなかった。オリバが10歳になる頃にフェンシ団は村々から姿を消した。フェンシ団を失った村々は途方にくれるところだったが、フェンシ団が残していった大量の食料が村人の命を繋いでくれていた。彼がなぜ村を占領し、そして大量の食料を置き去りにしたのか。オリバはそれを調べるために、フェンシ団を探すために旅をしようとした。

 しかし、オリバの外見は常に周りに注目を引く。そのため外見を隠す頭巾をかぶっても不思議ではない吟遊詩人というものになったようだ。前に女であることを隠すためと言っていたが、外見のことに触れたくなかったのだろうか。しかし、旅を続けてもフェンシ団の影も形も見つかっていないようだ。ちなみにオリバと共に行動していた吟遊詩人は皆オリバと同じ村の出身者でフェンシ団の団員の血を受け継いでいるため外見はオリバに似ているそうだ。

 そうだったのか。不思議なフェンシ団の話は興味深い話だ。オリバの生い立ちを聞くことが出来、親近感がすごく湧いたような気がする。彼女の話を聞いていたソロークは話が終わるとすぐに謝罪をしていた。

 「いいんです。私にとってはフェンシ団は悪いものではありません。むしろ、フェンシ団に入りたいとさえ思っておりましたから。ソロークさんに関係者かと言われた時はすこしは嬉しかったんですよ。王国にとっては不謹慎かも知れませんが。それでも、もう旅は終わりにしてもいいかも知れません。仲間たちもそろそろ落ち着いて家庭を持ってもいいと思っているのです」

 そうだろうな。宛もない旅をするのは酷なことだろうな。僕がオリバに同情していると、オリバがこちらを見つめてきた。

 「ロッシュ様。私達はこの外見故に頭巾も外せずに普通に生活をするのも難しいのです。その解決に是非ともお手伝いしていただきたいのです」

 「勿論だ。オリバ達は公国のため。僕に出来ることであれば、何だって協力させてもらおう」

 「話は変わりますが、ロッシュ様は私の事をどう思っていらっしゃいますか? まだ出会ってから間もないので、このようなことを聞くのは大変無礼であることは承知していますが」

 どういう意味で聞いているかよく分からなかったが、今の率直な気持ちを伝えることにした。よく考えたら、すごく恥ずかしいことをしているのではないだろうか。

 「オリバは素敵な女性だと思うぞ。外見を気にしているようだが、僕にとっては美しく見える。出来ることならば、オリバとはしばらく共にしたいと思っている」

 「それはずっと共にしてもいいということでしょうか?」

 そんなのは当り前ではないか。オリバのような女性を遠ざけたい男などいないだろう。僕は頷くと、オリバは心底安心したかのような表情を浮かべた。

 「その言葉を聞いて安心しました。イルス公の事の言葉は公国では何よりも重いものと伺っております。その言葉を私はずっと忘れることはありません」

 ん? 随分と回りくどいことを言うな。しかも、僕のことをイルス公なんて言い直して。僕は自分の思ったことを口にしただけだ。そんなに難しく考えたつもりはないが……ちょっと待て。僕はシラーの顔を見ると、首をしきりに横に振っていた。僕の考えでは取り返しのつかないことをしてしまったかも。

 「ロッシュ様の願いに応じて、私は永遠に側にいたいと思います。私とロッシュ様の関係を公国民が知れば、我々の仲間も外見で差別されることも無くなることでしょう。本当にありがとうございます」

 だめだ。話しについていけない。つまりどういうことだ? すると、シラーがオリバに言葉をかけた。

 「オリバさん。私はまだロッシュ様の家族では新参です。それでもオリバさんが家族の一員になることを全力で応援しますね。きっと、オリバさんの魅力が伝わればエリスさん達も納得してくれるでしょう。ただ、最大の障害は……」

 二人が何の話を言っているのか分からなかったが、一つだけ分かったことがある。オリバが僕の家族になることを僕が承認してしまったということだ。今からでも白紙にすることは簡単だが、オリバの嬉しそうな顔を見ていると僕が我慢すれば済む話だと思ってしまった。

 まさか砦に向かう途中でこのような話になってしまうとは。少し混乱気味で模擬戦を冷静に観戦できるか不安だ……。
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