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第287話 元連合貴族の家族

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 街に来てから二日目の朝だ。今日から南の地の河川工事を行う予定だ。南の地は川が多く流れており、水に困ることは基本的にはない場所だ。もちろん、一つの河川に水田が集中すれば別だが、そのようにならないように工夫をすれば、最小限の河川工事で大きな水田地帯を形成することができる。

 朝からロドリスがやってきた。しかもライルも一緒だ。

 「ロッシュ公。久しぶりだな。昨夜にも来たかったが、ロドリスに止められてしまってな。一体、何をしていたんだ? まぁ、いいや。一緒に酒を飲みたいところだが、まずは仕事を片付けてしまおう。元連合貴族の家族の取扱についてだ。それと……」

 ライルが仕事と言って話してきた内容はどれも重要なものだった。まずは、元連合貴族の家族について。保護されてから、未だにロイド達との合流をさせていない。それは、ロイド達が未だに元連合の領地にいて、住民の移住の準備をさせているためだ。近い将来には移住が完了する予定だが、それまではこの場所に滞在してもらうことになっている。なんでも手紙だけは頻繁に交換しているようで、さほど不平不満はでていないようだ。

 元連合絡みが続く。次は元連合の兵士の処遇だ。王国に敗戦に責任として侯爵家から没収されていた兵士達約一万人が王国より脱走をし、砦に一応とどめ置かれている。未だ、扱いは敵国の兵士ということになっているため捕虜待遇となっている。しかし、それも早く解いてやらなければならない。彼らは、北部諸侯でも精鋭を誇る侯爵軍だった者たちなのだ。今、元侯爵領にいる二万人近い兵とは質の上では雲泥の開きがある。

 そして最後が、元連合の住民を受け入れるために準備をしなければならないということだ。僕としては、街を更に拡張することで10万人を受け入れさせようと思っている。もちろん、農地の管理上、村を多く形成することになるだろうが、それは大した問題ではない。問題は、資材の確保にある。これから、住民たちは春の作付けのために10万人分の建物を建設する事が難しいのだ。

 だから、早いうちに建設を進め、少しでも住居を作らなければならない。ただ、ここには物資の調達を任せられるものがいない。亜人達が移住してきた時はゴードンがその任に就いてくれたが、今回はその任を任せられるものがいない。ゴードンにサリルのような有能なものを紹介してもらえばよかったな。どうしたものか。

 「話は分かった。まずは、資材の調達を先に話をすすめよう。これだけはすぐには整わないからな。その前に、物流について誰か担当できるものはいないだろうか?」

 ライルとロドリスはお互いの顔を見て、首を傾げていた。

 「すまないが、物流に詳しいものについては分からないな。ゴードンさんがいればいいんだが」

 やはりそうか。とりあえず、発注だけはこちらで出来るだろうから頼むだけはやっておくか。僕はライルの言葉に頷き、街の拡張をすることで大人口を収容することを説明した。そして、必要な物資の量を計算して、発注をすることにした。これで、二週間程度である程度の資材は揃えることが出来るだろう。やはり、担当者が欲しいところだな。僕はゴードン宛に手紙を認め、すぐに送ってもらうようにロドリスに手渡した。

 「ライル。それで家族は今はどこにいるんだ?」

 「家族は街に滞在中だ。自由に歩かせているが大丈夫だよな?」

 「もちろんだ。元連合貴族の家族は我が公国の民だ。移動を制限するつもりはない。まずはその家族に会わせてもらおうか」

 ライルは頷いて、ロドリスと共に家族が寝泊まりしている一角に案内してもらった。僕が寝泊まりしている場所からさほど離れていない距離だ。建物は周りに比べれば立派な建物だ。一応は、連合は消滅してしまったが貴族の家族だった者たちだ。それなりの待遇を、とロドリスとライルが苦慮した結果なのだろう。話を聞くと、まわりに住民たちを説得するのに苦労したと少し愚痴を溢していた。

 僕は家族達が住んでいる建物の前に立ち、ライルに命じてできるだけ全員を一箇所に集めるように頼んだ。一応、僕がロッシュであることは告げずに公国の上役程度に説明してくれるように頼んだ。疑っているわけではないが、僕がロッシュであることを知れば本音を話しづらいと思っての措置だ。

 ライルは頷いて、数軒の建物をまわり、集合をかけてくれた。幸い、全員が在宅で皆の顔を見ることが出来た。連合の貴族は侯爵と伯爵を除けば、八人だ。その八人の家族には妻と見られる女性が十五人。息子が八人。娘が十人いた。子どもたちはまだ年端もいかない少年少女だったが、一人だけ目つきの鋭い15,6歳くらいの少年がいた。僕が目をつけたのは、ハトリと同じような年齢で友達にはちょうどいいのではと思ったからだ。

 「僕は皆の状況を確認するために来た。ここでの生活のことや今後のことについて相談できればと思っている」

 すると、ぐっと前にでてくる女性がいた。女性は壮年の女性できれいな見た目をしていた。若干疲れが見えるが。

 「私はロイド子爵夫人のカーリです。お見知りおきを。まずは、救出をお手伝いしていただいたことに礼を申し上げます。是非とも、辺境伯様にお伝えください」

 カーリの言葉にライルがやや棘がある言葉で、辺境伯ではないと何度言えば分かるんだ!! と声を荒げていた。

 「ほほっ。それは失礼を。それでは公国の主様にお礼を。まずは、私達の生活の改善を求めます。このような貧相な建物に住んでいるとわかれば、きっとロイド子爵が嘆き悲しむはずです。料理については申し分ありませんが、もう少しお酒を提供してください。あれでは少なすぎます。私達は貴族の端くれです。お酒は飲みたい時に飲めるようにしていただけないと」

 なかなか、カーリという女性は面白い女性だな。とてもロイドの妻とは思えないな。それにやたらとロイド子爵と強調するのはどうなのだ? 気持ちは分からなくはないが、連合は消滅したのだ。当然、子爵というのは王国から賜るもの。つまりはその爵位も消滅を意味するのだ。

 「カーリの話はよく分かった。今の内容については、皆も同じ意見でいいのか?」

 僕がまわりを見渡すと、あまりいい顔をしていなかった。どうやら、カーリが暴走気味になっているようだ。

 「カーリ。君の意見はどうやら皆の総意ではないようだ。しかし、それを邪険にするつもりはない。ある程度期待に添えられるようにこちらも努力しよう。その変わり、カーリにも努力をしてもらいたいことがある。まずは、ロイドの子爵号はすでにない。つまり、君はただのロイドの妻という肩書だ。それを受け止めて欲しい」

 僕がカーリの意見を受け止めていると言っている間は、カーリの表情は機嫌がいいように見えたが、子爵の話が出ると途端に苛立った表情となった。

 「それが信じられませんわ。王国でも、精強を誇る北部諸侯が新興の公国などに降伏するなど。きっと、何か裏があるはずですわ。私はロイド子爵の夫人カーリです。これだけはなにがあろうとも覆るものではないです!!」

 これはなかなか骨が折れるな。他の人の話も聞いたほうがいいだろう。

 「皆にも告げておく。北部諸侯が消滅し、爵位は全て消滅する。これからの働き次第で爵位以上の待遇を約束しよう。それはロイド達、元連合の貴族たちにも知らせてあることだ。そのために、彼らは寝食を惜しまずに公国の利益となる行動を取っている。それを理解できないものはいるか?」

 僕はカーリ以外に目を合わせ、皆が一様に首を振った。やはり、カーリの暴走が強いようだな。僕は頷き、話を続けた。

 「君たちにはここでの滞在を許している。それは、君たちがロイド達と合流することが彼らの仕事の遅延するおそれがあるためだ。決して、ここで豪勢な暮らしを与えるためのものではない。君たちの夫が、父親がそれ報いるだけの仕事をしているのだと、理解して欲しい」

 それだけを言うと、皆は頷いていた。しまった。つい説教地味たことを言ってしまった。これでは皆から話を聞けないではないか。すると、手を上げる女性の姿があった。

 「私は、ナックルの妻です。まずは、我々にこのような暮らしを与えてくれたことに感謝いたします。おそらく、カーリさんも深く感謝をしていると思います。それで、これから私達はどのようになっていくのでしょうか。夫からも頻繁に手紙を貰っているので、不安もありませんし、ここでの暮らしに不満はさほどありません。しかし、これだけは確認しておきたいのです。夫と共に暮らせるのでしょうか?」

 最もな質問だ。僕はナックルの妻と名乗った女性にこれからについて話すことにした。移住の日程や移住先、移住先での仕事などについて決まっている内容だけを話した。もちろん、個々人によってバラツキがあるため、かなり幅を持った話し方になってしまったが、不満が出ることはなかった。むしろ、家族と再開できることが確約されたことにホッとする者たちが多かった。

 すると少し静かになっていたカーリが声を荒げた。しかし、僕に向かってではない。ナックルの妻に対してだ。

 「ちょっと待ちなさいよ。手紙ってどういうこと? 私は一通も貰っていないわよ」

 どういうことだ? 僕は皆に確認すると、しっかりと手紙が行き渡っており輸送中の不手際があったわけではなさそうだ。すると、一人の少年が手を上げた。しかし、カーリがその少年を遮るように声をかけた。

 「ソローク、あなたが意見を述べていいような場所ではないわ。立場を弁えなさい」

 ほお。先程の少年か。なかなか見どころがありそうだから気にはなっていたのだ。どうやら、二人は親子のようだ。ということはロイドの息子か。確かに似ている気はするが、母親似なのだろう。彼が何を言うのか少し気になるところだ。僕はカーリを制止し、ソロークに発言の許可を与えた。

 「ありがとうございます。その前に確認したいことがあります。貴方様は、イルス公ではありませんか?」

 ほお。何を言い出すかと思ったら、僕のことを見抜いたと言うことか。ソロークの言葉で、場の空気が大きく変わったような気がした。とりあえず、ソロークに理由を聞いてみた。

 「はい。まずはライル将軍の態度です。明らかに目上の者への態度をしています。ライル将軍は公国でも上位に位置する方ですから、その方にとって目上となれば、公国の主に他なりません」

 僕はライルの方を見ると、少しにやけながら失敗したという表情を浮かべた。しかし、それだけでは確信出来ないのではないか? ソロークが公国に精通しているとは思えないし、ライルの上には他にいるかも知れないだろうに。

 「あとは、父上からの手紙にイルス公の風貌が書かれておりまして、それに合致したので確信致しました」

 あれ? ロイドからは手紙が届いていないのではないのか? ソロークがカーリに見せないようにしていたということか? すると、案の定、カーリはソロークに怒りを顕にして理由を問うていた。それに対して、ソロークは冷静だった。

 「最初は偶々、私が手紙を手にしたからでした。その内容は、僕にとっても衝撃的であり、興奮する内容でしたが、母上はこの現状を絶対に受け入れることは出来ないだろうと思い、見せるのをやめたのです。もちろん、父上にも手紙で相談し、了承を得ております。父上は直接会って、母上に説明すると。父上は母上の悩んでいる姿を見たくはなかったのです。それだけはご理解ください」

 なにやら複雑な話が展開されているではないか。カーリも何を考えているのか落ち着きを取り戻し始めていた。

 「そうですか。ロイドには全てお見通しだったわけですね。ロイドの気持ちに私は全く理解していなかったようですね」

 俯いていたカーリが僕の方を向き、大きく頭を下げた。

 「イルス公とは露知らず、失礼なことを申し上げました。罰は私のみでご容赦ください。何卒!!」

 「カーリ。頭を上げてくれ。僕は特に気にしていない。ソロークに言われるまで、僕は身分を隠していただろう。皆の率直な意見を聞くためとは言え、皆を欺いたことを詫びよう。済まなかった。罰など与えるつもりなど一切ない。それどころか、今の生活をもう少し改善しよう。しかし、何度も言うが、夫がそれに見合うだけのことをしているのだということを」

 「はい。本当にありがとうございます。ソローク、あとでロイドからの手紙を見せてくださいね」

 どうやら、解決したようだな。しかし、カーリの要望を聞いただけで終わったような気もするが。まぁ、いいか。皆の顔から少なからず不安が払拭されたようだしな。僕は、ソロークを呼び出し、この街にいる間の同行を命じた。なんとなく、彼には光るものがある気がする。いろいろと勉強させたら、面白い人物に育つかも知れない。

 僕達は家族達と別れ、砦に向かうことにした。元連合の兵士達の処遇を話し合うためだ。
 
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