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第280話 寄り道 温泉街

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 僕はのんびりとした馬車の旅をしていた。村に帰るまでの短いものだが、実に楽しい。ミヤは、いつもの気性の荒さが抜けたように穏やかな表情で荷車の中から外を眺めていた。シェラは、いつもなら馬車に乗っている最中は酒で盛り上がっているのだが、ミヤに遠慮してか静かに寝ていた。シラーは、ミヤの横で過保護にマッサージなどをしていた。

 僕は馭者をしている。自警団がやろうとしたが、僕が無理を言ってやらせてもらっているのだ。よく考えたら馭者というのはやったことがない。なんとなく、この牧歌的な乗り物に憧れがあったのだ。乗馬の練習もこっそりとやっていたから簡単だと思っていたが、なかなか難しい。借りた馬車が大きなものしかなく、二頭曳きしか残っていなかったのだ。僕の操縦が下手くそなせいで、馬同士がなんどもぶつかってしまった。その度にミヤの小言が出てくるかと思っていたが、一度も出てこなかった。

 ミヤの変わりようがすごいな。しばらく馬車を走らせていくと、湖に向かう分岐点が見えてきた。ちょっと、休むことにしよう。ようやく操縦にも慣れてきて、馬もこちらに不満そうな顔を向けなくなってきたのだが、僕のお尻が痛くなってきたのだ。馭者が一日中この硬い椅子に座って、操縦しているのを当り前のように見てきたが、これからはもうちょっと労ってやろう。いや、その前にクッション性の高い椅子を作ろう。

 あいかわらず悠然と湖面が揺れていた。しびれていたお尻を擦りながら、僕は馭者席から降り、ミヤに手を貸しながら、馬車から降ろした。こうやって、おしとやかなミヤを見ていると、どこかの姫のようですごく新鮮な感じがある。しかも、手を貸した時ミヤが一言。

 「ありがとうございます」

 誰!? いつもは当然とばかりの顔をするのに。一体、ミヤの体の中でどんな変化があったというのだ。もしかしたら、何か病気かも知れない。浄化魔法でもかけてみるか? 毒や呪いなら治るはずだ。まずは、シェラにでも相談してみるか。それもとシラーか。ダメだ、落ち着け。まずは深呼吸だ……よし、落ち着いたぞ。

 もうちょっと様子を見てみよう。僕はミヤのために石で椅子を用意した。それに座ったミヤは遠くを見つめるように真っ直ぐと正面を見ていた。僕はミヤの側に座り、話をすることにした。

 「ミヤ。何か無理をしていないか? いつもと様子が違うようだけど」

 ミヤはじっと真っ直ぐ見つめたまま、答えがなかなか返ってこなかった。ようやく、返ってきた。

 「お酒が飲みたい……」

 やはり、ミヤらしいな。酒の禁断症状でおかしなことになっていたのか。なんか、可哀想になってくるな。といっても身籠っている体に酒は良くない。ミヤもそれが分かっているから我慢しているのだろう。僕はふと思いついたことがある。僕の持っているもので何とか作れるかも知れない。

 僕は鞄から白い塊を取り出し、それを鍋に移し、砂糖と塩、水を入れてひと煮立ち。湖の水で粗熱を取って、コップに移してミヤに差し出した。ミヤはその匂いを嗅いでから、一口飲んだ。どうやら気に入ったようで、一気に飲み干した。もう一杯、コップに入れてやるとまた一気に飲み干した。

 「これ、何よ!? お酒の味がするのに、全然酔わないわ」

 「それは甘酒っていう飲み物だ。米の酒を作った時にできる酒粕から作っているものなんだ。酒の風味が残っているから、酒が飲めない時でも雰囲気だけでも味わうことが出来るだろ? 魔酒でも似たようなものが作れればいいんだけど」

 ミヤはこちらを勢い良く向き、興奮した様子だ。ようやく、いつものミヤに戻ったような気がする。しかし、おしとやかなミヤも可愛くて、見ていたかったけど。心配になるから、やっぱりいつも通りがいいな。

 「魔酒でもできるの!? 早く作ってちょうだい。でも、とりあえず、甘酒を大量に作っておいてね。飲みたい時に飲みたいものね」

 僕は、湖のほとりで甘酒を大量生産する羽目となった。酒粕は何かに使えると思って鞄に入れていたが、まさかこのタイミングで使うことになるとは。完成した大量の甘酒を入れておく容器がなかったので、よく洗浄した米の酒が入っていた樽に入れることにした。これだけであれば、村まで持つだろう……きっと。

 いつものミヤに戻ってからは、馬をぶつけようものならすぐに抗議が飛んできた。僕は苦笑いしながら、温泉街に向かっていった。温泉街に到着すると、驚きの光景が広がっていた。なんと、ミヤの眷属たちがずっと滞在していたようで何人もの姿を見つけることが出来た。ただ、それだけなら問題ないのだが、なぜか、全裸なのだ。僕はミヤに顔を向け、なぜ全裸なのだ? と聞いた。

 「何言っているの? ロッシュ。ここはお風呂に入るところなんだから、裸は当り前じゃない。といっても、あの子達には説教をしないといけないわね」

 うんうん。そうだね。裸は入浴中だけにしような。

 「あの子達、トマトの世話はどうしたのよ!! シラー、ちょっと説教してきなさい」

 トマト……えっ!? トマト? そっちか。僕は説教に向かうシラーを呼び止め、説教する内容を変えるように指示した。僕が行ってもいいけど、全裸の彼女たちを前にして理性を抑えておける自信がない。シラーに頼み、とにかく服を着てもらうことにした。ミヤは最後まで不満そうに、服なんて風呂に入る度に着替えるなんて邪魔なのに、とぶつぶつ文句を言っていた。これだけは譲る気はないぞ。

 僕は、ミヤ達を別荘に案内して責任者の元に向かった。責任者はなぜか手傷を負っていたのだ。僕はとりあえず、回復魔法を使って傷を治した。

 「申し訳ありません。ロッシュ公にこのような形でご迷惑をおかけしてガムド様に面目が立ちません。実は……」

 どうやら、責任者は裸で出歩く眷属達に注意をして服を着るように促したが、なかなか言うことを聞いてくれなかったみたいだ。まさか、そのときに手傷を負わされたのか? だとしたら、眷属には罰を与えなくては……しかし、どうやら話の続きがあったようだ。そんな日が続くと、責任者も健全な男子だ。理性が耐えきれなくなり、覗きという強硬手段をしてしまったのだ。

 彼女たちはのほほんとしていても、戦闘においては世界でも屈指の集団だ。覗きをすぐに発見され、制裁を受けたようだ。まぁ、彼女たちが本気だったら、この程度で済むはずはない。相当手加減されたのだろう。まぁ、どっちもどっちなような気がするが、彼女たちの産まれたばかりの姿が見れたのだ。安いものだろう。

 僕は責任者の肩に手を当てて、同情だけしておいた。あんなのを見せられて、しばらく理性を押さえ込んだ責任者を褒め称えた。でも、覗きはしっかりと諌めたぞ。さて、僕も別荘に戻って、温泉に浸かるかな。北の街では温泉施設はどころか、温かい湯に浸かるというのが難しい。そのせいで、風呂に慣れた僕には非常につらい日々だった。今日は、心ゆくまで浸かるぞ。

 僕は別荘に入り、ミヤ達の姿を探したが、見当たらなかった。どうやら、温泉に入りに行ったようだ。僕も行くか……脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂に向かった。湯気が眼前を覆い、周りの様子が見れない。体を洗おうと、浴槽に近づくと、そこにはミヤの眷属たちが裸で正座させられていた。まだ、外は寒い。彼女たちが震えているのがすぐに分かるのだ。

 でも、なんでここにいるんだ? というか、彼女たちが服を着てくれたおかげで理性を保つことが出来たのに、再び裸を見ることになるとは。なるべく見ないように、体を洗って、風呂に浸かった。

 「おおっ」

 つい、口に出してしまう不思議な声。その時、風が吹き眼前の湯気が流れていった。ここは山々を望むことができる絶景なのだ。ようやく、ミヤとシェラを発見することが出来た。シラーは湯に浸かりながら、眷属達を説教していた。だめだ、眷属達をつい見てしまう。まずいな……

 僕は彼女たちに背中を向けながら、ミヤ達に近づいていった

 「なんで、ここに眷属たちがいるんだ?」

 「だって、温泉に入りたかったし。ここでやれば、説教も出来るし一石二鳥じゃない。あの子達もきっと反省してくれるはずよ」

 いやいやいや。そんな理由で僕が入っている時に眷属を入れることないだろう。僕がミヤに抗議していると、シェラが近寄ってきて、僕に体を寄せてきた。

 「そんなに興奮しなくてもいいじゃないですか。旦那様。今日は、みんなで楽しみましょうよ。久しぶりの温泉で旦那様も舞い上がっているのでしょ?」

 ミヤがなぜか、シェラの提案を面白がって眷属達を風呂の中に呼び寄せ始めた。眷属達は冷え切った体を温めるために一斉に入ってきた。この風呂は広く作られているが、これだけの人数だとちょっと窮屈だな。シェラは僕の体を押してきて、風呂のど真ん中に移動していった。

 「さあ、楽しみましょう」

 僕は温泉で心ゆくまで皆と素晴らしい一時を過ごした。どうして、こうなってしまったんだ……。部屋に戻ってからも、宴会が始まって、乱痴気騒ぎは収まる気配はなかった。結局、二泊することになり眷属と共に村に戻ることにした。責任者が眷属を連れて行ってくれることにものすごく感謝していた。
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