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第260話 北の街に到着

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 僕達は温泉街から一気に北の街サノケッソに向かった。途中の湖も気になるところだったが、王国軍の動きが早まりそうなので急がなくてはならない。忍びの里の長老の話では北部諸侯達が王国軍によって攻撃を加えられる可能性が出てきたのだ。本来であれば、内輪もめと思って静観し、わざわざ介入する必要性はない。

 しかし、公国と王国は現状交戦状態だ。北部諸侯達の領土は公国と王国に挟まれた場所にあり、北部諸侯の領土を王国に掌握されるのだけは避けたい事態なのだ。ただ、北部諸侯達の意志が不明瞭な状態なので、どのような介入が望ましいかを判断する材料が乏しい。僕は、それを相談するためにもガムド達がいるサノケッソの街に急がねばならない。温泉街からサノケッソの街までは30キローメルほどの距離だ。ハヤブサやミヤ達の足で一時間もあれば到着できる距離だ。

 僕達が街に到着すると、街の衛兵がすぐに飛び出してきた。さすがに前回のようなに僕を不審者扱いするという状況はなく、すぐに街の責任者であるサリルに連絡が向かった。僕達は街に入り、ゆっくりとサリルの屋敷へと向かっていった。街の景色は至って平和で、住民たちに飢えている様子もなく、子どもたちも元気に走り回っている。いつもの街の景色以外に特に変化は見られなかった。未だに、王国軍の情報は伝わっていないようだな。

 僕達が街を見ながら歩いていると、遠くのほうから声が聞こえてきた。

 「ロッ~シュ~公~~~!!!!!!」

 なんとも間延びした情けない声が聞こえてきた。前方から走ってくる一団が見えてきた。どうやらサリルのようだ。とても街の責任者とは思えない軽々しい態度だ。住民の手前もある。あまり良くない状況だな。サリルが僕にしがみつくように足に抱きついてきた。

 「お会いしとうございました。ロッシュ公。この日を一日千秋の思いで待っておりました。今回はこの私に会いにやってきてくださったのですか?」

 そんなわけがないだろうに。どうして、こんな勘違いが生まれるんだろうか? サリルは本当に優秀な男だ。ゴードンも認めるほどに。しかし、どこか変わっているのだ。これが秀才たらしめるものなのだろうか? よく分からない。僕はサリルを一旦、落ち着かせ屋敷に案内するように命令をした。明らかに周りがざわめいている。ミヤとシラーもドン引きだ。とにかく、ここから離れたい。

 「畏まりました!! 最高のおもてなしをさせていただきます」

 そういって、サリルは僕達を置いて先に屋敷に戻っていってしまった。サリルが連れてきた一団も困ったような様子をして、僕に丁寧に挨拶をして屋敷に案内してくれた。サリルの屋敷は、以前ガムドが使っていた屋敷をそのまま使っている。僕も何度も泊まっているから、勝手は十分に理解している。しばらくはここに滞在することになるだろう。以前、僕が私室として使っていた部屋に向かった。しかし、そこはサリルの私室になっていた。

 サリルにはもっと大きな私室が用意されているだろうに。どうして来客用の部屋を私室にしているだろうか。訳がわからない。僕が空いてそうな部屋を探し荷物を置いて、食堂に向かった。ミヤとシラーは一応は別室にしてある。なぜかって? 夜間の仕事に支障が出るからだ。サリルはすでに食堂で待機していて、僕達をもてなす準備を始めていた。

 「サリル。ガムドたちは今どこにいるんだ?」

 なにやらサリルが落ち込み始めたぞ。

 「ロッシュ公はガムドさん達が目当てだったのですね……」

 話が進まない……。サリルに聞き出すと、ガムドたちは砦を築くためにここに寝泊まりはせず、元グルド領にずっと滞在しているようだ。そんなことだったら、僕もグルド領で荷物を解けばよかったか。まぁ、一回様子を見に行ってみなければな。サリルには食事が終わったら、共にガムド達の元に向かうことを伝えた。やはり、サリルは優秀な男だ。先程までふざけていたが、僕の顔を見て状況が違うことを察してくれてようだ。

 食事を済ませ、僕達はすぐにガムドたちがいる元グルド領に向かった。ここからグルド領まではどれくらいあるのだろうか? サリルがいうには40キロメートルほどの距離があるようだ。砦とそれを支える街の関係からしたら少し遠いな。砦は戦場となる場所だ。なるべく邪魔になるようなものは置きたくない。そのため物資を多く保管せずに、近くの街に保管するほうがいいのだ。

 僕は道中、新たな街の建設を考えながら用地を探しつつ歩いていた。この辺りもようやく春の気配が出てきたのか、以前来た時は雪深くてとても歩けるような状況ではなかったが、街道の雪はすっかりなくなり脇の大地の雪もかなり減っていた。そろそろ雪解け水の危険性が増してくる頃だろう。今、氾濫が発生すると春の作付けに大きな影響が出かねないな。

 大きな河川に架かる橋を渡りながら、周囲にもたらす被害を想像しながら元グルド領に到着した。そこはグルド領の唯一の街で、いわば領都と呼ばれる場所だ。しかし、どうみても寂れた村にしか見えない。ここが、王国屈指の将軍グルドの居住地とは思えないものだった。しかし、そこは腐っても領都だ。見張りには屈強な兵士が配置され、僕達のことをすぐに発見し、報告に向かった。やはり、住民の殆どが兵士であるから動きも機敏だ。

 すぐに中に通された。僕は村の中を見て驚いた。外から見た印象とは一変したからだ。昔ながらの雰囲気を残し、方々で鶏が放し飼いにされ牛が飼葉を食べているのだ。当り前の光景だが、この世界では異様に移る景色になる。おそらく、グルドが大戦前から変わらず領地を治めていたからだろう。どこも領主がいなくなったり、逃げ出したところはすべて荒廃しているからな。村とてその例外ではなかったのだ。

 僕達はその村で大きな屋敷に着くと、グルドとガムド二人が出迎えにやってきた。

 「ロッシュ公。お早い到着ですな。私も先日到着したばかりで、お恥ずかしながら未だに砦建設に着手できておりません」

 僕は頷き、まずは中に入ることを促した。僕の様子が少し違うことはグルドでも簡単に気づき、外部に情報が漏れにくい部屋に案内された。僕達は用意された椅子に腰掛けると、グルドが真っ先に僕に質問してきた。

 「で、一体何があったんだ? ロッシュ公の様子から察するに王国軍についてか? オレもガムドから聞いたときは驚いたが、それから何か変化があったのか?」

 僕は忍びの里で入手した情報を伝え、これから起こりうるであろう事を伝えた。王国の目的は公国の北部ではなく、王国内の北部諸侯たちを潰すためにあることを。

 「そうか。ついに北部諸侯達に目をつけたってわけか。オレとしては、同士討ちをしてくれるんだからこれ程嬉しいことはないが、ロッシュ公はそう考えていないんだろ?」

 その通りだ。僕は北部諸侯達の領土を王国軍に対しての緩衝地帯として機能させたいことを伝えた。このことに一番に賛成をしてくれたのはサリルだった。

 「それは素晴らしい考えです。それが実現できれば、北部は王国軍の脅威に晒されることは減り、安定した開発を進めることが出来るでしょう」

 それこそが最大の利点だ。さらに、国力を消耗することなく、北部諸侯達との交戦が長期化すれば、王国軍の戦力を削っていくことができる。僕はサリルの方を向き、頷いた。サリルが物凄く嬉しそうな顔をしたが、すぐに目をガムドの方に向けた。サリルの目がなんだか怖いのだ。

 「私もそれについて異論を言うつもりはありません。しかし、北部諸侯達が簡単に公国の意図するように動いてくれるでしょうか? そもそも問題の根源は北部諸侯達の態度です。王国に対して忠誠を誓うことなく食料だけを得て、また公国にも甘い顔をしている。そのような者たちだからこそ、王国は攻め滅ぼそうとしているのでしょう」

 そうなれば、北部諸侯達は王国に恭順をして鉾をこちらに向けてくる可能性は高い。そう、このまま静観を決めていれば、おそらくガムドが言うように北部諸侯達は公国を攻めてくるだろう。それしか生き残る道はないのだから。だからこそ、僕は北部諸侯達に第三の道を提示してやらねばならない。

 「僕は、北部諸侯達に王国からの独立をしてもらおうと考えている。そのための支援を公国が全力で応援するつもりだ。そのため、王国軍が北部諸侯に攻撃を仕掛けてきた場合、援軍を派遣するつもりだ。ここで静観していては取り返しのつかない事態に発展してしまうだろう。皆もそのつもりで挑んでくれ」

 僕の言葉は再び公国と王国の戦争をすることを宣言したようなものだ。会議室の中は静寂に包まれていた。
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