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第253話 初めての漁

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 僕とハトリが男の相談をしている時に、漁をする準備が始まったのだった。船は一旦停船をし、船に積み込まれていた漁網を何人もの漁師たちによって海に放り投げられた。僕はどのようなやり方で漁が行われるのかを聞いていなかったので、漁師たちの動きを興味深く見学していた。すると、横にチカカが立って、同じように漁師達の作業を見つめていた。

 「彼らの手際は随分と良くなりました。最初はもたついて網に引っかる者がほとんどでしたから。それでも、何度も訓練を重ねるうちに自然と上達して、今や、網を準備して投げ込むのにほとんど時間がかからないほどになりました。この船で網を引っ張れば、魚を獲ることが出来ましょう」

 そういって、チカカは船を再び発進させる号令を出した。船員たちは器用にマストに上っていき、帆を一杯に広げ始めた。帆は風を受け、ゆっくりと進み始める。網と繋いでいるであろうロープはするすると海に飲み込まれていく。更に進んでいき、ロープが飲み込まれていくのが止まった。すると、船に大きな負担がかかっているのか速力がやや低下したような感じを受けた。

 今回の漁の方法はいわゆる底引き網漁と言われるものだ。重りの付いた網を底に沈め、その網を船で引っ張るだけの簡単なものだ。底引きと言うだけあって海底にいる魚や甲殻類を根こそぎ漁獲する効率のいい方法だ。もちろん、問題がないわけでないが……。船は縦横無尽に突き進む。大きな円を描いたり、旋回しながら直角に移動したりしながら突き進んでいく。

 どれほどの時間を移動していただろうか。船は再び速度を落とし始めた。網を引き上げる時間だ。このときばかりは、船員も参加して全員でもって網を引っ張っていく。網だけでも相当な重量があるが、そこに様々な海産物が入っているのだ。人力だけでは相当大変な作業だろう。しかし、この船にはそれを克服するための道具があった。滑車だ。これがあれば、数倍の牽引力を得ることができる。僕も当然のことながら参戦する。

 皆が息を合わせながら、網を引いていく。一声毎に網が海底から引き上げられていく。ずるずると引っ張られたロープはとぐろを巻いて溜まっていく。まだ、網には届かないようだ。何度も掛け声をかけながら、ロープを引いていくとついに網が姿を見せた。すると、海鳥が集まってきて、網の周りに屯しだした。これは期待できそうだ。

 ついに、網が船上に揚げられた。網には大量の魚、魚、エビ、イカ、魚。とにかく大漁だ。僕が見知っている魚や甲殻類も大量にいた。僕は船員に指示をしながら、見知った魚達をより分けていく。分けられた海産物は空き箱に次々と放り込まれ、何十箱の空き箱が埋まっていった。残った魚などは海に放った。仕分けに随分と時間がかかってしまったため、いらない魚はかなり衰弱させてしまった。次からはもっと早くやれるいいんだが。

 僕達は初めての漁を経験し、大漁と言えるほどの魚を得ることが出来た。船上では、漁の興奮が覚めないのか大声で歓声を上げているものも少なくない。僕も声を上げたいほどに嬉しいのだ。僕は折角、新鮮な魚が目の前にあるのだからと思い、適当な魚を箱から取り出し、鞄から出した包丁で捌いてみせた。とてもうまいとは言えばないが、なんとか刺し身を作ってみた。

 僕が捌いているのが珍しいのか、船員たちは僕の周りにぞろぞろと集まりだしていた。僕は捌いた刺し身を一切れ、口に放り込んだ。生臭くなく、口の中に放り込んだ途端、魚の脂が口に広がり、絶妙な甘さと共に喉に流れ込んでいった。旨いっ!! 久しく忘れていた味だ。しかも、獲れたてものだ。僕は生涯でこれが初めての経験だった。醤油がないことが惜しまれるが、それでも少しの塩っ気だけで十分なご馳走になる。

 僕が旨そうにたべている姿をみて、黙っていられるものがいるだろうか。いや、いない!! といっても、僕に対して催促してくるものはいない。ただただ、欲しそうな顔を僕に向けてくるだけだ。そんな顔をされたら、僕だけ食べているというわけにはいかないだろ。僕は、すぐに捌いた魚と同じものを持ってくるように指示を出し、次々と捌いていった。船員たちも初めて食べる海の魚に感動しているのか、旨いという言葉があちこちから聞こえてくる。

 さすがにチカカは食べ慣れているのか、懐かしそうな顔を浮かべるだけで、はしゃいだりはしない。僕は大量に捌いたので、船室で飲んでいるミヤとシェラにも持っていくことにした。船室はまだ見ていないから、この機会に見学していくか。

 船室に入る扉を開けると、ずらっと個室が並び、そこが船員たちの部屋となっているようだ。この船は長期航海を想定しているかのような作りをしているのだな。だとしたら、もう少し近海の漁業に適した内装を考えて船を作ってもらわなくては。この個室はなくして、獲った魚の保管場所にしたほうがよっぽどいいだろう。

 おお、一際目立つ扉があるな。きっと船長室だろうか。開けようと思ったが残念ながら鍵がしまっていた。さて、一巡したが、食堂が見当たらないな。最初の開けてない扉がきっとそうだろう。僕は来た道を戻り、扉を開けると階段があり、降りていくと大きな食堂が広がっていた。船員は100名乗っているが、座席数はそれを大きく上まっている。一体、何のための空間なんだ? もう少し、狭い空間でも十分だろうに。

 その片隅で二人の美女が大きなコップで勢い良く酒を飲んでいた。僕が渡した樽もそろそろ空いてしまいそうな勢いだな。僕は二人に近づき、すっと山盛りの刺し身が乗った皿を差し出した。すると、二人が僕の顔を見て、目の前に出されたものが何なのか、すぐに悟ると素早く箸を使って食べ始めた。

 「これは美味しいものですね。旦那様。私、肉よりもこちらのほうが好きかも知れません。これは、村に帰っても食べられるものなのですか?」

 もちろんだとも。そのための冷凍車だ。僕が頷くと、シェラは喜んで食べ続けつつ、酒で流し込んでいた。ミヤも気に入っているように見え、箸を休めずに食べていた。

 「なかなか悪くないわね。私は魔界の魚のほうが好きだけど。たしか、魚はいろいろな料理方法があるはずよね。村に帰ったら、酒に合いそうなものを作ってちょうだいね。ロッシュなら、絶対に美味しいものが作れると思うわ」

 ミヤの催促は自然すぎて、断るという気持ちにならないのが不思議だ。これが魔王の娘だった証なのだろうか。でも、ミヤの言う通り、魚が手に入れば色々と料理が広がることは間違いない。僕も食べたいし、試してみたい料理もたくさんある。しかし、刺し身をつまみに飲む酒は美味しいだろうな。目の前で飲み食いする二人を見て、つい喉を鳴らしてしまう。すると、食堂に新たに二人加わってきた。マグ姉とシラーだ。漁が終われば、新村に戻るだけと聞いたらしく、海を見ながら酒を飲みに来たというのだ。マグ姉は雰囲気だけ楽しみに来たと言っていたが、我慢できるのだろうか?

 なんとも羨ましい。僕はマグ姉の好きな米の酒を出し、四人で楽しげに宴会が始まった。僕も参加したいなと思いながら、甲板に戻ることにした。甲板では未だに刺し身への欲求が高く、僕を待つ声が多かった。再び、大量の刺し身を拵え、僕は我慢できずに酒の樽を取り出した。しまった。チカカに相談もなしに出してしまった。

 しかし、チカカは怒るどころか、酒飲みに便乗してくる始末。乗組員のうち、船の操舵に関わるもの以外は宴会へと発展していった。つまみは刺し身しかないが、それでも不満を言うものは一人もいない。酒に強いものが多く、酔いつぶれるものもいないまま、新村の船着き場に到着した。

 先程まで楽しく飲んでいた船員たちも、自分たちの仕事が始まるや、すぐに気持ちを切り替え荷降ろしを始めていた。僕は食堂で飲んでいる四人を連れ出すことにした。しかし、この四人は飲み始めたら飽きるまで飲むことをやめないのだ。ちょっとは船員を見習ってほしいものだ。

 船室で横たわっているクレイを抱きかかえ、船着き場を踏みしめた。クレイは結局、寝ていただけだったな。無理やり連れ出しのは申し訳なかったと今更ながら思えてくる。クレイは、船着き場に足をつけると、すぐに本調子を取り戻したかのように自分の足で歩き始めた。クレイは、陸でしか暮らせなさそうだな。

 荷降ろしが終わり、船着き場にはチカカ船員一同たちが並び、参列者とと共に今回の初航海と漁を大いに祝った。参列者にも、新鮮な魚が振る舞われ、恐る恐る食べていた者も美味しいと分かると口いっぱいに放り込んでいた。それから、宴へと変わり、遅くまで飲むことになったのだった。結局、冷凍車のお披露目は出来なかったな。獲った魚については、クレイに頼み新村の者たちに配られることとなり、他の街や村には次回以降の漁で獲れた魚を運ぶことにした。冷凍車の存在はそのときにクレイに話したのみだ。

 僕達は、冷凍車に様々な種類の魚介を詰め込み、村へと戻っていくことにした。きっと、エリスは新しい料理が出来ると喜んでくれるだろうな。オコトが魚介をどういうふうに料理するかも今から楽しみだ。これがきっかけとなり、公国では魚介を食べる習慣が一気に広がったのだった。
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