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第221話 視察の旅 その25 ガムドの失態

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 僕は、昨晩のことはあまり覚えていない。ガムドが一人で大酒を飲んでいて、急に僕に絡むように酒を飲まされてしまったせいで記憶が曖昧になってしまったのだ。途中から、息子と呼ばれていた気がするが、覚えていないほうがいい記憶ってあるよね。僕が一晩明かしたのは大きめな客間だった。一応、シェラとシラーにもそれぞれ部屋を宛てがわれていたみたいだが、朝方になって僕の部屋に戻ってベッドに無理やり潜り込んできたのだ。どうやら、それまで飲んでいたみたいで、昼までは起きなさそうだ。

 僕を起こしに来たメイドにシェラとシラーが裸で寝ているものだから、いろいろと勘違いをされてしまったが、なんとか誤解を解き朝食に案内してもらった。テーブルにはすでにガムド夫婦とティア、そしてサリルが着席して、僕の到着を待っていたようだ。僕が席に着くと、ガムドが席から立ち上がり辛そうな表情を浮かべながら、謝罪をしてきた。

 「ロッシュ公。昨夜は申し訳ありませんでした。あとでトニアに聞いて肝を冷やしました。つい、娘がロッシュ公のもとに行ってしまうと思い、浮かれてしまいました。馬鹿な親だと思っていただければ嬉しいのですが」

 「僕は何も気にしていないから謝罪は無用だ。ティアはまだまだ若いからな。僕はティアの意見を尊重して、遇してやるつもりだ。すぐにどうこうという事はないから、心配しなくてもいいぞ。当面は、ティアには人脈を作ってもらうことと勉強をしてもらうつもりだからな」

 「そう言って頂けただけでも、娘は幸せでしょう。よろしくお願いします」

 僕とガムドの話を聞いていたティアは、自分が話の主役だと思い、とても自信に溢れた表情でパンを口に入れていた。そのことをトニアに叱られていた。トニアは嫁入り前の子に最後の躾と思っているかも知れないがティアは村に勉強に行く程度にしか思っていないのだから、温度差がかなり激しい。トニアの厳しさにティアが少し面食らっている様子が少し面白い。

 僕もティアに見習って、食事を取ることにしよう。朝食も美味しそうなものが並んでいる。特に生野菜があるところがいい。普通、冬場に生野菜は手に入らないものだ。しかし、これはどうだろうか。歯ごたえもいいし、臭みもない。ガムドに話を聞くと、冬の直前に穫れたものを雪の中で保存したらしい。これもか。雪で保存するというのはこれ程素晴らしいものなのか。僕が舌鼓を打っていると、ガムドは真面目な顔をして僕に相談があるといってきたのだ。

 食後、僕とガムド、サリルとで執務室に入り、先程のガムドの相談を聞くことになるのだが、その前にサリルが僕とティアの関係について整理したいと申し出てくれたのだ。もしかしたら、勘違いを上手く解く方法を考えてくれたのか? 期待しながら、話を聞くことにした。

 「ロッシュ公とティア様についてですが、ご結婚はティア様が成人をなされてからでよろしいですか?」

 もうダメだ。その話は既定路線なのね。ガムドも目を閉じ、腕を組みながら当然だと言わんばかりに強く頷いている。

 「後は住居についてですが、ご結婚前に相手と同居とあっては外聞がよろしくありませんので、他に住居をお探し致します。一層のこと、村にガムド邸を作られてはいかがですか? そうすれば、この屋敷のものを何人か派遣されればティア様の生活も良くなるかと思いますが」

 ガムドの目が見開き、その手があったかと言わんばかりに賛同している。サリルは、僕に同意を求めてきたので、僕も頷いた。サリルの案は素晴らしいものだ。ティアは婚約のことを知らない。その間に他に興味が持たせ、婚約どころではない、という状態に持っていければいいのだ。

 「サリルの案でいこう。ガムドの家はこちらで手配しよう。この屋敷ほどの物は作ってやれないが、工夫をして良い屋敷にすることだけは約束しよう。おいおいガムドもこちらに出向くことにもなろうからな」

 ガムドは感謝を表すように深く頭を下げていた。僕も頷き、本題に移ることにしよう。ガムドの相談だ。

 「これで私の肩の荷が一つ降りましたが、この相談は、もっと大きな肩の荷なのです」

 そういう切り出しから話は始まった。ガムドの今はなき父親の弟、つまりガムドの伯父に当たる人だが、その人に関する話のようだ。伯父の名前は、グルド。ガムドの父親は将軍で、グルドは常に将軍の右腕として、手腕を奮っていた。戦場では、万夫不当と言われ、いくつもの戦場で常に一等の働きをするほどの武将であったらしい。その功で、将軍は自らの領土を割譲し、家を興させたほどだ。将軍が亡くなった先の大戦においても、将軍の部下を引き連れ、幾多の戦場に参加し、大きな武勲をあげていたが、王国がグルドに嘘の情報を教え、窮地に陥ってしまった。それでも、グルドの働きによって、兵の消耗を最小限に押さえ、自領に帰還することが出来た。

 それ以降、何ら王国から音沙汰がなかったが、王弟が実権を握ると、それほどの武将を放置しておくのが惜しくなったのか、すぐに招集の令状を何度も送られてきたようだ。それに対して、グルドは応じることは一切なかった。それほどまで徹底して王国を憎んでおり、ルドベック王子が救援要請が来た時に、グルドがそれに応じようとした。その時にガムドに食料と兵の無心をしてきたみたいだが、ガムド領は戦が出来るほどの体力が残っていないため拒絶したそうだ。それによって、ガムドとグルドの間に確執が生じ、今まで連絡を取っていなかったらしい。

 ところが、ガムド子爵領が公国に参入したことをどこかで聞いたのか、グルドも公国に参入し、王国に一泡吹かせたいから紹介しろ、と連絡が来たみたいなのだ。グルドは公国を利用して、私怨を果たそうとしているに過ぎないため、ガムドとしては気乗りしないのだが、グルドの戦闘能力は公国にとって必要となるかも知れないと考え、相談をしてきたそうだ。最後に、グルドは隠しているが、相当食料に窮しているようで、村から融通してくれた食料を渡していたことを白状し、謝罪をしてきたのだった。

 最後の話を聞いて、サリルはテーブルを叩き、猛抗議をする勢いでガムドを糾弾しようとしていたので、僕はそれを止めさせた。今まで、音信不通で急に現れた親族が食料に窮していれば、それに手を差し伸べるのは人情というものだ。たしかに、ガムドの行為は許されるべきものではないが、ガムドの気持ちはよく分かるつもりだ。なんとかして、ガムドの罪をなくしてやれないものだろうか。

 「ガムド。話は分かった。まずは、サリルを落ち着かせねばならないな。僕はグルドの参入に応じることにしよう。だから、グルドが公国への参入の意志を表明したときから、グルドは公国民となった。公国民が窮状に喘いでいるのに見過ごすことは公国民にあってはならぬこと。ガムドの行為は許されることではなかったが、緊急性を要すること故、不問とすることにする。むしろ、褒められる行為だ。よくやったぞ。ガムド」

 サリルは何かいいたげな表情をしていたが、僕が不問と言っている以上、強く言う気はないのだろう。僕の決断はこのことを三人だけの秘密にしろという命令が多く含まれているのである。サリルにはそれが不満なのだろうな。ガムドは問われるべき罪が無くなったことに、ただただ感謝をしていた。

 さて、問題はここからである。グルドの参入を本当に認めるべきかどうかだ。僕としては参入の意志がある以上は認めてもいいとは思っているが、まずは会ってみないことにはどうしようもないということか。僕はガムドにグルドとの面会の場を作るように指示を出し、その場は解散となった。

 グルドとの面会が始まる前に情報を整理しておこう。グルドの領土は、ガムド子爵領の一部を割譲されたものだ。位置は、領都より北の街道を西に進んだ場所にあり、大河と子爵領に挟まれた場所である。人口は五千人ほどの街が一つあり、人口の殆どが軍人という特徴がある。軍人と言っても、半農半軍といった感じで、有事の際に槍を手にする集団である。しかし、その兵の強さは尋常ではない。王国最強と言われる王国騎士団でさえ、グルド直下の軍とは戦いたがらないという噂が流れるほどだ。

 そんな国が公国に参入を申し出ているのである。グルドとは一体どんな人物なのだろう。
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