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第217話 視察の旅 その21 奇病

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 「う、牛達が急に苦しみだして、死にそうになっているんだ。どうにかしてくれ!!」

 その一言で空気は一変した。村人達は、その報告にやってものに細かく話を聞くために椅子に座らせようとしたが、報告に来た若者は、その悠長な態度に不満げな表情を浮かべながら、すぐに現場に来るように急かし始めた。これには、村人達も只事ではないとわかったのか、モナスに中座する許可を取ることもなく、そそくさと部屋を後にした。

 僕達も行ってみるか。僕が腰を上げると、サリルがすっと僕の前に立ち、立ち上がるのを阻んできた。僕が少し苛立ちながらも訳を聞いた。

 「いけません、ロッシュ公。牛が倒れたということはなんらかの病気が考えられます。もし、未知のもので、それがロッシュ公の体を穢すようなことがあれば一大事。まずは、私達が様子を見てまいりますから、安全を確認してから行かれるのがよろしいと思います。どうか、思いとどまっていただけないでしょうか」

 サリルが何を言っているのか分からなかった。僕は、病気を恐れたりはしない。回復魔法があるからだ。だが、普通はサリルの考えが正しいのかも知れないと思い、僕が常識から外れていることを思い知らされてしまった。といっても、一刻も早く牛を治してあげなければ。せっかく、公国に来てくれるかも知れない牛なのだから。

 「サリル。心配してくれるのは有り難いが、僕は大丈夫だ。それよりも牛のほうが心配だ。僕はすぐに向かって治療をしてやりたいと思っている。だから、僕の目の前からどいてくれないだろうか?」

 サリルは僕の言葉には基本的は逆らったことがない。今回もそうだ。僕が大丈夫だと言うと、盲目的にそうだと信じ込んでしまう印象がある。すぐに横にズレ、僕が部屋を出ると、それに従うように後からついてくるのだ。シェラ、自警団、それにモナスも一緒に現場となっている場所に向かった。

 その場所は、一見して分かった。人が群がっているからだ。僕は人だかりをかき分け、牛舎の前に立った。その時見た光景は、村人が取り乱すのもうなずけるほど凄惨なものだ。牛達が横たわり、痙攣を起こし、呼吸がかなり荒くなっている。なんら手を施さなければ、牛の命は危ういだろう。そんな牛が牛舎全体に広がっており、百頭はいる感じだ。僕は、周りにいる村人に治療が出来るものはいるかと聞くと、首を横に振るばかりだった。

 これでは原因が分からないな。とりあえず、回復魔法を使って様子を見るしかないな。体力だけは回復できないので、後は、の生命力頼みとなってしまう。僕は、一番手前にいる牛に手を当て、原因を探ることにした。そうすると、内臓に大きな損傷をしている感じがあったので、それが原因だろうと思い、回復魔法をかけた。

 すると、牛の容態は回復していき、呼吸がかなり安定した。立ち上がることは出来なさそうだが、誰の目から見ても回復していると分かる状態のため、周りで様子を見ていた村人達から歓声が上がった。といっても、僕が何者なのか、誰も知らなかったので、歓声は一瞬で止み、僕を伺うような視線に変わっていった。そんな雰囲気を察したのか、モナスが僕のことを説明しだしたのだ。といっても、僕は手を休めるわけにはいかない。シェラにも回復魔法を使ってもらうように頼み、次々と牛舎の牛達を治療していった。

 その甲斐もあって、全ての牛の容態が安定させることができた。全ての牛の内臓が損傷しているという不思議な事が起きていたがその原因を突き止めることはつい出来なかった。それでも回復魔法が有効であってよかったと僕は胸をなでおろした。

 しかも、牛の治療に成功しただけではなく、村人達の僕への信頼を得る事ができる出来事となったのだ。僕達は再び、モナスの屋敷に集まり、話の続きをすることになった。そこでは、村人達が移住について賛成するというものだった。

 「ロッシュ様のおかげ、牛達は救われました。牛達は、儂らにとっては唯一の残された財産だったのです。それを救ってくれたのです。貴方様を疑うようなマネは今後一切しないことをここで誓います。領民のことをよろしく頼みます」

 そういうと、村人達は頭を下げてきた。モナスも続けて頭を下げてきた。僕は、頭を上げるように頼み、よろしく頼む、と言った。それからは、先程の宴会の続きが始まったのだった。ただ、雰囲気はガラリと変わり、皆陽気に振る舞い、それは楽しい宴会となった。

 翌日、屋敷で泊まった僕達に再び嫌な報告が入ってきたのだった。次は他の場所の牛が倒れ始めたらしく、しかも、昨日治療した牛達も容態が悪化しだしてきているというのだ。昨日は、しっかりと回復魔法をかけたはず。なぜ、悪化するのだ?

 僕達はとりあえず、昨日治療した牛舎に向かった。たしかに、苦しそうにしている牛達がそこにはあった。僕は早速、牛たちの状態を探ると、再び内蔵が損傷しているではないか。つまり、内臓を損傷する何かが牛の体内に残っているということだな。どうするべきだ……そうだ。浄化魔法が使えないか? これならば不純物や毒を取り除くことが出来ると言っていたな。考えるよりも行動だ。

 僕は、牛に浄化魔法をかけ、近くのスペースに不純物を移動するように指定すると、小さい粉のようなものが出てきた。とりあえず、これで体内はきれいになったはずだ。あとは損傷した内蔵を治療する。これで牛は大丈夫なはずだ。僕とシェラが手分けをして、僕が浄化魔法を、シェラが回復魔法をかけ、次々と牛を治療していった。牛舎全部の牛が終わる頃には、不純物がこんもりと盛り上がるほど出てきていた。

 どうやら、この不純物はなんかの金属のようだな。となると、牛達は金属が体に入って内蔵を損傷してしまったということか。なるほど。回復魔法だけでは治療できないわけだ。なぜ、金属が牛の体に入ったか、という原因究明は後にして、倒れた牛の治療を始めた。倒れていない牛にも治療が必要であることがわかり、結局、オーレック領にいる牛全ての治療を行うことになってしまった。

 ここに、全部の牛から取れた金属の山があった。考えられるとしたら、口からの摂取しかない。水と牧草。そのどちらかに原因があるはずだ。僕は、牛に与えている水飲み場に行って、浄化魔法をかけてみた。もし、原因が見ずにあるとすれば、浄化魔法で同じ金属が出てくるはずだ。

 その予想は的中したのだ。水飲み場から大量の金属が出てきたのだった。これを飲んだことで牛に障害が出てしまったのか。待てよ。ということは、ここに住んでいる住民たちは大丈夫なのか? モナスに聞くと、住民たちの飲水は山の沢から汲んでくるようで、この水飲み場の水は使っていないそうだ。一応は安心できるだろう。

 しかし、浄化したとは言え、このまま飲み続けるのは牛にとって良いものではないだろうな。そうなると、急いで移住を進めたほうがいいだろう。モナスに頼み、再び会議の場を設けることにした。

 「急に集まってもらって申し訳ない。牛たちが倒れた原因が分かったぞ。飲水に金属が混入されていて、それが体内に蓄積して、内臓に損傷を与えていたようだ。これは領内にいるすべての牛から出てきたから間違いないだろう。一応は飲水から金属を取り除くことが出来たが、予断は許されないだろうな」

 僕が言いたいことは、ここにいる全てが理解できたようだ。このまま、ここを拠点としていれば再び牛たちの健康を壊してしまう可能性があるということだ。そうなる前に、拠点を移さなければならない。僕がその点について、村人達に尋ねると、意外にもモナスに一任するという言葉を使って、モナスに全てを託してしまった。

 そんな言葉を聞いてモナスは緊張した面持ちとなったが、最初から公国への移住を決めていたので、決断は早かった。

 「ロッシュ公。オーレック領は、公国への参入を望みます。どうかお受けください」

 「分かった。オーレック領の民達はこれからは公国の民となる。必ずや良い暮らしになることを約束しよう。その代わり、皆と一丸となり公国を盛り立てて欲しい。よろしく頼むぞ」

 これで、オーレック領は公国に加わることになった。モナスは僕の部下ということになり、オーレック騎士爵はこれで消滅することになる。モナスは騎士爵がなくなることは悲しいが、領民と共に暮らせるから幸せです、と言っていた。僕には、爵位に対する思いというものが分からないが、モナスの少し悲しい顔を見て、騎士爵としてやろうとしていたことを少しでも実現してやろうと思った。

 僕は、ゴードン宛の手紙をモナスに託し、北の街道を南下して街に入ることを命じた。

 「その手紙を街のゴードンに渡してくれ。そうすれば、住民の受け入れがすぐに始まることだろう。僕達は再び北上を開始しようと思っているから、数人の自警団を付ける。その者たちに付いていけば、街にはたどり着けるだろう。準備ができ次第、すぐに出発してくれ」

 僕がそういうとモナスは、承知しました、ロッシュ公、とちょっとくすぐったい言い方をしてきたのがオーレック領で最後に見た彼女の表情だった。

 僕とシェラは村外れにある自警団の野営地へと向かった。次の目的地に向かうためだ。すると、途中でシラーが現れた。実は、僕はシラーにこの村周辺の事を調べていてもらったのだ。シラーに頼むことは一点だけだ。鉱山だ。

 「ロッシュ様。ここは素晴らしい鉱脈がありそうです。私の鼻が麻痺しそうなくらいいい匂いが漂っています。しかも、ロッシュ様の目当てのものもあると思われます。いかがしますか? 今回は鉱山を発掘するための準備をしていませんから、おすすめしませんが」

 たしかに、準備不足のまま、採掘をはじめて、不慮の事態に対処できないのでは話にならないな。今回は、アウーディア石があるかも知れないということだけを知れただけでも十分な成果だろう。しかも、ここは公国の一部になったのだ。いつでも採掘に赴くことが出来る。その前に、この地に開拓する人を派遣しなければならないな。鉱山開発の重要拠点とするといいだろう。

 僕達は、オーレック領を後にし、一路北へ向かって進むことにした。
 
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