上 下
216 / 408

第215話 視察の旅 その19  モナスとの交渉

しおりを挟む
 「それはもちろん、牛に決まっているじゃないか!!」

 モナスの一言は僕に衝撃を与えた。やはり、ここには牛がいるのか!! 僕の心の中の諦めかけていた希望の炎が再燃するのを感じざるを得なかった。僕が興奮している様を見て、純朴そうな顔をしたモナスがくすっと笑った。

 「やはり親子なんだな。父から聞いた話だけど、辺境伯は牛肉をかなり好んで食べていたみたいだな。人前は避けてたみたいだから、お忍びでよくこの地に来て、食べて帰っていたものだよ。いつも帰り際に大金を置いて帰るんだ。それがすごく印象的でよく覚えているよ」

 そうだったのか。父上がこの地に来ていたなんて、初めて知ることだな。牛好きというのも聞いたことがない。僕も産まれてから食べた記憶がないよな? しかし、牛肉とは人前を避けて食べなければならないものなのか?

 「私はそうは思わないけど、一度王宮に献上したことがあったんだが、その時の反応は酷いものだったらしい。なんでも、牛は不浄な生き物なんだとか。よくわからないけど、口に入れられることはなかったみたい。だけど、辺境伯だけは気に入ってくれたみたいよ。そういう意味では変わった人だったわね」

 牛にそんな印象があったなんて。意外だ。もしかして、ゴードン達も僕の前だから牛の話を合わせてくれたが、実は牛なんて見たくもなかったのかな? モナスの話を聞くと、そんなことを考えてしまうな。とりあえず、頭を切り替えて、モナスとの交渉をしなければ。ここに牛がいることは分かったが、目的は牛ではない。その飼育の技術者だ。なんとか、公国に招待したいものだが。

 「モナス。君に頼みがあるんだ」

 僕がそう言うと、モナスは分かっているという顔をして頷いてきた。

 「牛の飼育が出来るやつが欲しいって話だろ? それを応じるのも吝かではないけど、まずは公国という場所について教えてくれないか。それから判断したっていいだろ?」

 これは失態をしてしまったぞ。モナスの言う通りだ。向こうとしても、初めて聞く公国に疑念を抱くのはやむを得ないことだ。ただ、ここでは満足に話すこともできないだろう。ゆっくりと出来る場所に移動したほうがいいな。それには野営地に行ったほうがいいだろう。僕がモナスを誘うと、快く応じてくれた。しかし、倒れている男たちが気がかりだ。僕は、男たちに回復魔法を使って意識を回復させた。

 「お、おい。一体、何をしたんだ? まさか、魔法か? ロッシュはすごいやつなんだな」

 なんというか、すごく新鮮な感想だ。僕はただ、ありがとうと返すだけしかできなかった。男たちは意識を取り戻して、僕に襲いかかろうとしたが、シラーが軽く体を押さえ込んだだけで男は動けなくなった。その間にモナスが説得をしてくれていた。男たちは、未だに納得していない様子だったが、とりあえずはこちらに敵意を向けることはなくなった。

 皆を連れて、野営地を向かうと少し騒がしくなっていた。どうやら、僕の戻りが遅かったからみたいだ。自警団達が野営地から出てきて、知らない一行を見て、すぐに戦闘態勢を取り出した。モナスが連れている男たちも警戒の色を浮かべたが、僕が双方を止め、モナス達に危害を加えることを許さないと告げると、自警団はすぐに武器を収め、道を作るように左右に並び始めた。

 僕達はその間を進み、野営地の大きめのテントに入ることにした。ここは自警団の休憩所として使われている場所だ。そのため、飲み物が揃っているので長居するには丁度いい場所なのだ。サリルも呼び出し、モナスとの会談を始めることにした。

 僕はサリルに対して、モナスの紹介をして、公国の実情について簡単に説明するように命じた。すると、サリルはモナスに対して、自己紹介を始めて、説明が始まった。

 「私は、この一行では物流責任者代理を務めていますサリルと申します。ロッシュ公より公国の実情を、と仰せつかっておりますが、どのようなことを知りたいのでしょうか。答えられる範囲で全てお答えいたします」

 たしかにそうだ。公国と行っても村とラエルの街だけの小さな領土ではない。実情なんて説明していたら一日で説明するのは難しいだろうな。モナスはじっと僕の方を見てから、サリルの方を向いた。

 「簡単なことです。ロッシュは、牛の飼育が出来る者を欲しいと言っているが、どういう待遇なのかを知りたいのだ。それと何人まで受け入れが出来るんだ?」

 「お答えいたします。が、その前に、ロッシュ公と呼んで頂けませんか? 公国の主に対して、呼び捨ては不敬だと思うのですが」

 「モナス。サリルの言うことは気にするな。まだ、公国の民ではないのだ。その者に呼び名を強制するつもりはない。サリルも余計なことを言うな」

 僕の言葉にモナスはコクッと頷くだけだった。

 「大変失礼を致しました。話を続けさせてもらいます。待遇については、牛の飼育をして頂けるのでしたら、衣食住の提供を保証いたします。公国では基本的に労働に対して、衣食住を提供することになっていますから。もちろん、医療も受けられますし、休暇もありますよ。受け入れの上限については、今すぐとなると一万人が限度ですが、今年という時間があれば、十万人でも可能です」

 そのことを聞いて、モナスは目を輝かせていた。

 「怪しく思ってしまうくらい、すごい待遇だな。これなら村の奴らも文句は出まい。それにしても、一万とか十万人とかすこし風呂敷をでかくしすぎなんじゃないか? 別に私の前だからって、見栄を貼る必要はないんだぞ」

 「見栄などではありません。先日も五万人の移住者を受け入れたばかりですから。そのため、余力がなく一万人と申しましたが、春から秋にかけて作物の収穫が進めば、十万人でも受け入れは可能となります。それほど、公国は豊かですばらしいところなのです。そんな国を築かれたロッシュ公は、まさに当代の救世主と呼ばれるにふさわしいお方。私はこの方にお仕えできたことがどれほど嬉しいか……」

 なにやら話が大きく逸れ始めてきたので、僕はサリルの話を遮った。

 「サリルの言う待遇は間違いない。それは僕が保証しよう。それで、飼育の技術者を公国に呼びたいのだが、どうだろうか?」

 「その条件なら受けさせてもらいたいな。そこで相談なんだが」

 モナスの相談というのは、この地域、オーレック騎士爵領の住民全員の移住を認めてくれないか、ということだった。やはり、この地で暮らすのは困難で、しかも牛の餌となる牧草が育たなくなってきているというのだ。ここにも荒廃の波が押し寄せていたんだな。今は、牧草が確保できる場所に移動してなんとかやっているみたいだが、将来の保証もない以上、皆で移住することが望ましいと考えたことらしい。

 僕は頷き、働くことを条件にすると、子供以外なら、と応じてくれた。人数は五百人程度みたいだ。人数としては多くはないが、その代わり、牛が二千頭ほどいるらしい。これも公国の管理下に入れても構わないといってくれた。これはすごい宝を手に入れてしまったな。僕はつい表情を緩めてしまった。

 モナスとの会談によって、オーレック領の住民がすべて公国に属することとなった。それに伴い、このオーレック領も公国に含まれることとなった。モナスが言うには、オーレック領は面積だけなら王国でも上位に入るほどだが、その殆どは山に覆われており、人が住める場所と言えば、この盆地だけだと言う。その他の場所は未開の地で人が立ち入るのは困難を極めるらしい。今、モナス達が拠点にしている場所も人が住むのには適しているとは言えないが、牧草がそこしか栽培することが難しいので仕方なく住んでいるみたいだ。

 僕はその場所が少し気になっていたのだ。アウーディア石の恩恵がなくなった場所は、荒廃が徐々に進行していく。進行は場所によって様々だが、この場所がこれほど荒廃していて、然程離れていない場所だけ荒廃から免れているというは考えにくい。そうなると、考えられる可能性はアウーディア石の存在だ。もちろん、確実とは言えないが、探して見る価値はありそうだな。

 モナスは領民の説得するために、住んでいる場所に赴くと言うので、僕達も一緒に行くことにした。僕達も行った方が説得力が増すだろうと思ってのことだが、石の探索も当然行うつもりだ。見つかるといいが。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

処理中です...