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第203話 視察の旅 その7

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 街付近で不穏な動きをしている者たちがいるというロドリスからの情報を受けて、僕は至急ライルを呼び出すことにしたのだ。ライルは、呼び出してからすぐに駆けつけてくれたのだろう。一時間もしないうちにやってきた。僕はロドリスにライルに報告するように促し、ライルの判断を聞くことにした。

 「ライル様。昨日より、街の農地確保のため、郊外に出ていましたら、こちらを伺う人影があったの報告を受けております。こちらに危害を加える様子もなく、こちらを伺っているだけなので、目撃した者が、不審者に近づくと一目散に森の方に逃げ帰ったという言うのです。森の中に人が居ても、然程珍しくはなく、危険性も低いと判断して報告を控えておりました。しかし、その目撃情報は北の街道付近に集中しているため、、明日、北の街道を通って、元子爵領に出向くロッシュ公に目撃情報のことを伝えたのです。不審者の報告が遅くなり申し訳ありませんでした。考えて見れば、ロッシュ公よりも前にライル様の耳に入れるべきでしたと反省しております」

 ライルは難しそうな顔をして、ロドリスを見ていたが何も言うことはなく、僕の方を振り向いた。

 「ロドリスの話では、不審者という情報しかない以上、情報を集めることに徹底したいと思う。確かに森に人が居ても不思議ではないが、一応はここは公国と王国の境界線上だ。もしかしたら、王国の手先が侵入しているとも限らない。ロッシュ公には、明日の出発を見送ってもらいたいと思うのだが」

 やはりライルも万全を期する考えか。それがいいだろう。僕も不審者を放置することは容認できない。こちらに害意があるにしろないにいろ、相手の素性を知っておく必要はあるだろう。しかし、どのような方法で相手のことを探るつもりなのだ?

 「それだが。相手の規模が分からないが、最悪のことを考えて王国の手先かなんかだとすると、数人から数十人と言ったところだろう。その相手に、こちらが斥候を出しても、うまく躱されてしまう可能性は十分にある。だから、オレは砦の兵力の大半を率いて、街の周辺の森を偵察に行こうと思っている。逃げ場をなくし、追い詰めるつもりだ」

 軍を動かすとなると、最悪、戦に発展してしまう可能性があるな。しかし、不審者が王国の偵察を任務とする場合、情報を持ち帰らせるわけにはいかないし、不審者がいる状態を長く保つべきではない。正直に言って、新たな住民は公国に対して信頼をまだ持っていないと思う。そういう状態では、不安要素は最大の敵になる。やはり、ライルの言う通り、即断即決で一気に相手を追い詰めたほうがいいのかもしれない。

 「僕はライルの意見に賛成だ。どうせなら、砦を空にしてでも一気に相手を追い詰めよう。当然、僕も出る。ハヤブサに乗っていれば、どのような者でも逃げ切れるものではないからな。それにミヤもいるしな」

 僕が部屋の片隅でシェラと酒を飲んでるミヤに顔を向けると、任せなさい!! と言わんばかりに胸を張っている。酔っているが、危険な時は頼りになるのがミヤだ。問題ないだろう。シェラは……お留守番かな。怪我人が出るかもしれないから、救護の方を担当してもらおう。これは、当日言えばいいだろう。

 僕はライルに明日の作戦について、聞くことにした。ライルは、この周辺の地図を取り出し、説明をし出した。現在、砦にいる兵力をすべて集めると、約三千人ほどになるようだ。本来は五千人ほど常駐しているのだが、二千人は演習に出ているため、今回の作戦には参加させられないようだ。三千の兵はクロスボウ隊として組織し、基本的には遠距離からの狙撃を主力とする。

 不審者が王国の者だと仮定すると、王国への逃げ道は砦を築いている関係で北の街道しか残されていない。まだ、この近辺から脱出していないとすれば、北の街道を先に押さえてから、森に向けて何かをしていくのが良いというのだ。確かに、そうすれば、相手は逃げ道を封じられた形になるのだから、南に逃げてくるしかないな。そこを南に布陣している別働隊で、捕獲または攻撃をするという作戦だ。そのため、三千を二つの部隊に分け、北と南に配備するようだ。

 僕は、その作戦で行くことを宣言し、僕とミヤ、それにロドリスを北の本隊と行動を共にすることで話はまとまった。僕達は、不審者について最悪の展開を想定して行動することにしているが、実際の所、王国の手先である可能性はかなり低い。むしろ、ロドリスたちのように町や村を捨てた亜人の方が高いのだ。そのため、顔の広いロドリスを同行させ、相手を識別してもらう必要があるのだ。

 「ロドリス。済まないが、明日の作戦に力を貸してもらいたい。ただ、身を安全を確保したいから、前に連れてきた若い二人を護衛として同行してもらってくれ」

 ロドリスは、自分の報告が遅れてしまったせいで対応が遅くなったことを反省しているのだろうか。少し気落ちしたような表情で僕の頼みに対して、静かに頷いたのだった。

 僕達は明日の作戦の最終的な確認だけを済まし、解散となった。僕は、明日の作戦に支障が出ては困るので、ミヤとシェラには酒を止めさせ、二人を連れて無理やりベッドに放り込んだのだった。当然、そんなことをしてタダで済むわけではなかったが、今夜は手短にと、納得してもらうのに苦労した。

 次の日の朝、僕とミヤとシェラ、それにロドリスと若い亜人二人と共に砦に向かうことにした。ライルの方からはすでに準備を整っているという報告と共に馬車で出迎えにやってきてくれた。僕はハヤブサに乗り込み、ミヤとシェラ、ロドリス達が馬車に乗り込んだ。三十分もすれば砦に到着する。まだ、移築はしていないのでライルの作った砦はそのまま残っている。僕達はその砦に入った。シェラは急造された救護班に所属させ、砦で待機してもらうことにした。嫌がるかと思っていたが、暖かい室内のほうがいい、といって喜んでいた。……まぁ、いいか。

 本隊を指揮するのは当然、ライルだ。別働隊はと言うと、大戦の時から共に行動していたというジェムという者だ。風体は、狼の亜人で見える所全てに傷がある歴戦の猛者と言った感じだ。ジェムが僕に挨拶に来たのだが、風体の割には気さくな感じで、ギャップに少し混乱してしまった。気を取り直して、僕は頼むぞ、と一言声を掛けた。

 僕達とロドリス達は本隊についていくだけだ。もちろん、馬車は使えないため、徒歩になってしまうが。僕がハヤブサに乗っていることにミヤが文句を言ってきたので、仕方なく、僕も徒歩組になってしまった。ミヤとしては、ハヤブサの背中に乗りたかったみたいだが、どうしてもハヤブサが僕以外を背中に乗せたくないと駄々をこねたので、ミヤがへそを曲げてしまって、騒ぎ立てたのだ。

 三千の兵は一路北の街道を目指して進んでいく。途中で、別働隊は南に転進し、待機することになっている。本隊は、北の街道をひたすら進んでいく。その間に、不審者らしいものの影は全く見られなかった。遠目にだが、街の建物が見えて、せっせと働く者たちの影が見えたような気がして、嬉しい気持ちになった。周りを見渡せば、天気もよく、季節の割には日差しが強く、過ごしやすい陽気だ。こんな日は、エリス達を連れて外で食事をしたいものだな、と考え事をしていると、急に本隊が止まった。

 作戦では、止まる場所はもっと先だったはずだ。なにかあったのか? すると、馬に乗っていたライルがこちらに近付いてきた。目は真剣そのものだったので、何かあったのかもしれないな。

 「ロッシュ公。不審者の影を見つけることが出来た。今は、まだ距離があるから、北に少し迂回をして作戦通り南に追い詰めようと思う。だから、少し駆け足になるが大丈夫か?」

 僕は大丈夫だ、と頷き、ライルはロドリスたちにも確認すると、ロドリスたちも同様に頷いていた。そこから、僕達は駆け足気味で北を目指し、不審者の北側に位置する場所に到達すると、一気に南下を始めた。ついに、不審者達と衝突することになる。相手が攻撃を仕掛けてくれば、当然、こちらも反撃をしなければならない。戦が始まってしまうかもしれないのだ。
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