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第168話 ガムド妻子と残念王子との再会

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 ガムド子爵の軍と合流した僕達は、峠に向け、出発した。ガムド子爵とは特に打ち合わせなどはしていないが、こちらに合わせて行動してくれるようだ。途中、陣を構えた場所に戻り、救護班のところでシェラを馬上の僕の背中に乗せ、歩けるものは歩かせ、無理なものは荷車や担いだりして、とにかく急ぐことにした。

 体力が著しく低下した者が多いため、進軍は遅いものであったが、大打撃を与えた王国軍からの追っ手の影すらも見えなかった。ライルは、一応ということで、僕達の後方数キロのところに斥候を放ち、王国軍の追撃に警戒することも忘れていなかった。峠まで行けば、ゆっくりと休息が取れるだろう。峠の地形は守りに適している。天然の要塞のようだ。クロスボウ隊の本領を発揮するためには、そういった地形が必要不可欠だ。

 王国との決戦をするならば、峠に砦を築きたいものだと思っていると、後方から馬でこちらに近付いてくる者がいた。敵の追撃が始まったのか!! と警戒したが、ガムド子爵だった。ガムド子爵は僕と並走する形に馬を並べた。

 「ロッシュ公。馬上での非礼をお許しください。今回の失敗は、全て私に帰属するものです。何なりと処罰を受けます。ですが、ひと目だけでも妻子に会わせていただけたら、もはや悔いはありません」

 ガムド子爵が王国軍を引きつけるという話のことか。たしかに、気になる。一度は王国軍は北に向かって進んだはず。それは、ガムド子爵が北で暴れだしたからだと推察できるが、それから公国軍がいる方に転進してきたのだ? それがなければ、僕達は敵の追撃もなく、峠に辿り着いていただろう。

 「ガムド子爵。今回の件については、責めるつもりはない。一度と言わず、妻子と自領に戻ってゆるりと語り合うが良い。元々、情報が少ない中で練った計画だ。どこで綻びが生じてもおかしくはなかったのだ。むしろ、今こうして、ガムド子爵と話ができているのだから、計画は成功と言えるではないか。だが、疑問を残しておくのは気持ちが悪いから、王国軍が北からこちらに転進した訳を教えてくれないか」

 ガムド子爵は、ありがとうございます、と馬上で頭を下げ、涙をこらえている様子だった。やはり、妻子に会えるのが嬉しいのだろう。領民のためとは言え、人質として手放したのだ。さぞかし、苦しんだことだろう。しばらくすると、ガムド子爵は、腕で目を擦り、顔を上げ、僕の方を向いた。

 「お恥ずかしいところをお見せしました。ロッシュ公の疑問はごもっともです。私が……」

 計画の段階では、王国の北側にいる諸侯達は、内心では自領の保護だけしかなく、恭順の姿勢を見せていたのは、王国への忠誠心から来たものではなかった。それについては、王国も承知をしていて、軍を派遣したり、内政官を送り込んだりして、疑いの目を向けていた。そこで、ガムド子爵は、北で暴れることで、自領の保護を条件として、公国側に寝返らせることを画策したのだ。最初は順調に推移しており、貴族は次々と公国側に寝返り始めていたのだ。しかし、王国軍が北に三万人という大軍を派兵したという情報が流れるや、寝返った貴族も裏切りを始め、王国側になびき始めた。

 寝返った諸侯の協力の下、北で暴れることが出来たガムド子爵の軍だが、急に活動が制限的になり、ついには、十分な成果を上げることが困難となり、撤退を余儀なくされた。その後、ガムド子爵の撤退が確認されると、王国軍は急に転身し、公国軍への追撃を開始した。ガムド子爵は、撤退をしたのだが、北の諸侯はガムド子爵の軍に一切手を出してくることはなく、むしろ、影で応援まで来る始末。北の諸侯は、いつでも有利な方に傾けられるようにだけする日和見なものばかりであった。無傷で戦場を脱したガムド子爵は、公国軍を救援するため、王国軍の後を追うように南進し、公国軍と協力し、王国軍を打ち破ったということだ。

 ガムド子爵の話を聞いて、情報の重要さと、北の諸侯への工作の必要性があると感じた。この二つの事が実現できれば、王国軍と対等に渡り合える日が来るかもしれない。そんなことを考えならが、峠に向かっていった。

 日が傾き始めた。峠に着いたら、野営の準備をしなければな。とにかく、日が落ちるまでには到着しなくては。焦る気持ちとは裏腹に、ゆっくりとすすむ軍。ようやく辿り着いたときには、すっかり日が沈み、辺りを闇が覆う。それでも、月明かりがあるため、野営の準備の支障はない。僕とガムド子爵、ミヤと眷族、シェラを連れて、ガムド子爵妻子の下に向かうことにした。すると、救援隊の隊長が現れて、僕達を案内してくれた。

 暗闇の中、薄暗い光がこもるテントの中に僕達が入ると、そこには女性と子供が立って、僕達を出迎えてくれた。どうやら、ガムド子爵妻子のようだ。その奥には、ガドートス第二王子が寝そべって、寝ているのが見えた。それを見て、僕達の苦労を考えると無性に腹が立ったが、とりあえず、妻子に挨拶をしなければ。

 「ガムド子爵の奥方でよろしいか? 僕はロッシュ。公国の主をしているものだ。今回の脱出でさぞ苦労をさせてしまっただろう。まだ、先は長いからな。今夜は存分に休んで、英気を養ってくれ。なにか、問題があればいつでも申し出てくれ。出来る範囲で善処しよう。僕からは以上だ。ガムド子爵、こっちに来たらどうだ?」

 何を遠慮しているのか、ガムド子爵はテントの入口付近で突っ立って、こちらに来ようとしないのだ。僕が声を掛けて、ようやくこちらに来たが、妻子に話しかけようとしない。すると、奥方の方から、あなた、とガムド子爵に声を掛けると、ガムド子爵が土下座をし始めた。何事かと思ったが、様子を見ることにしよう。

 「すまなかった!! おまえたちに苦労をかけてしまって、言葉もない。私をいかように責めてくれても構わない。ただ、一目、お前たちに会えて、私は十分だ。私に恨みがあるだろう。だから、領に戻らず、違う場所で暮らすといっても、責めはせぬ」

 そこまで、思い詰めていたのか。僕もミヤが王国に人質……はあり得ないか。絶対に暴れるもんな。エリスが、人質になったら、どう思うだろうか。やはり、ガムド子爵のように自責の念にとらわれてしまうのだろうか。考えていると、無性に怖くなってくるな。とりあえず、ミヤとシェラと手を繋いでおこう。二人は変な顔をしていたが、気にするもんか。手を握っていると、落ち着いてくるな。奥方が、土下座しているガムド子爵の肩に手を置いた。

 「あなた、私は何も気にしていませんよ。特に何をされたわけでもなく、娘も無事だったのです。それに、幽閉されている間、ずっと、貴方と再び会ったらなにをしようと考えていたんですよ。だから、そんな寂しいことを言わないで、また、三人で一緒に暮らしましょう。それに、聞きましたが、貴方はロッシュ公に仕えた身なのでしょう。だったら、影で支える者が必要となるでしょう。私があなたを全力で支えますから、一緒にがんばりましょう。それとも、他に女でも出来たのかしら?」

 最後のは、奥方の冗談なんだろうか。ガムド子爵は真に受けて、必死に否定しているが、逆に怪しくないか? 奥方も少し疑いの目に変わってきているが。とりあえず、ガムド子爵は奥方の言葉に感動して、男泣きをし、これからも一緒にいてくれ、と傍か見れば恥ずかしい言葉を真顔で言っていた。どうも、二人の世界がこのテントを支配しようとしているな。この雰囲気に当てられたのか、手を繋いでいる二人が妙にモゾモゾしだした。今はダメだぞ!!

 そんな和やかな雰囲気に水を差す輩が現れた。もちろん、ガドートスだ。むくっと、起き出してきて、こちらに近付いてきた。僕にも目もくれず、ミヤとシェラを舐め回すように見ていた。

 「騒々しいと思って、来てみたら、美女二人がいるなんて、さては、僕への献上品かな? 辺境伯も気が利くじゃないか。さぁ、二人共こっちに来るが良い。存分にかわいがってやるぞ」

 二人の顔は、明らかに不機嫌極まりない表情となっていた。これは良くない、というか第二王子の身に危険が及びそうだ。それにしても、第二王子の節操の無さというのは、一体どこから来るのだろうか? 

 「第二王子。この二人は僕の妻だ。手出し無用でお願いする」

 僕がそう言うと、ガドートスは鼻で笑い、だからどうした? と言わんばかりの態度だ。どうも、言うことを聞かないやつだ。少し痛めつけるのもありかもしれない。先の戦場から戻ったばかりなので、血の気が多くて仕方がない。すると、僕の思いを悟ったのか、ミヤが僕の肩に手を置き、ガドートスに話しかけた。

 「あなた、面白いことを言うのね。そういう強引なのは嫌いではないわ。でもね、私は弱い男は嫌いなの。だから、私に力勝負で勝ったら、好きにしていいわよ。なんだったら、シェラも付けてもいいわ。どうかしら? 自信がなかったら逃げてもいいのよ」

 ガドートスの顔が紅潮していた。おちょくられているのに癇癪を起こしてしまったようだ。こうなると、当然、ガドートスはミヤの挑戦に応じてくるんだろうな。あ、やっぱり応じるか。勝負は何をするんだ? とガドートスが聞くので、ミヤは考える仕草をして、腕相撲なんてどうかしら? と言うと、ガドートスは、大声でいいだろう、と応じた。

 「その細い腕で、男の僕に勝てるわけがない。負けて、辺境伯の前で悶える姿を見せつけてやるよ」

 なんという下衆なのだ、この男は。本当に王族なのか? とても信じられない。僕が、こんなに余裕なのは、当然、ミヤが負けるわけがないからだ。シェラも自分が景品となっているにも拘わらず、どこ吹く風。終始、呆れ顔を続けていた。腕相撲が開始された。瞬殺だった。開始と同時に、ガドートス王子の腕があってはならない方向に曲がってしまっている。

 ガドートスは、惨めに地面に転がり、もがき苦しんでいた。こんだけ、腕が変な方向に曲がっていれば、さぞかし痛いだろうな。ミヤが近づくと、ガドートスは恐れおののき、地面に這いつくばっていた。いい気味だ。とりあえず、死にはしないだろうし、反省してもらおうとしばらく放置した。皆も、ガドートスに対し、いい気分を持っていなかったので、誰も治療をしようとはしなかった。しばらくすると、ガドートス王子は気絶したので、僕は回復魔法をかけ、ベッドに放り込んだ。

 いい雰囲気だったのを壊され、とんだ再会となったが、ガムド夫妻はとても幸せそうだった。妻子はそのまあ、ガムド子爵のテントに移ることにし、ガドートスは男だけのテントで静かに眠ることになった。僕は、テントで戦いの興奮をそのままに、ミヤとシェラと共に夜を過ごした。寝不足には、マグ姉特製の薬でなんとか乗り切った。

 峠からは、王国からの追手はなく、順調に公国へ足を進めていくのだった。
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