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第161話 新村開拓 その3

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 新村は、一月くらいの間で、随分と村らしくなってきていた。居住区には掘っ立て小屋が並び、井戸が点々と設置されていた。この辺りは、河川が近いこともあって、地下水がかなり高いようで、高台にある居住区でも数メートルも掘れば、水が出てくるような場所だった。そうなると畑の方も地下水が高いと考えておいたほうが良いだろうな。地下水が高いと起こる問題点は、排水性の低下だ。そこで改善策として、畑の地下に水の通り道を作ってあげて、強制的に排水する方法だ。いわゆる暗渠というものだ。

 麦の種が撒かれているところを避けつつ、何箇所か土魔法で幅の狭い穴を縦方向に開け、地下水の高さを調査することになった。農業の勉強をしたいという亜人がいたので、彼らを連れて、調査を始めた。河川に近いほど、地下水が高いことが分かってきたので、畑に溜まった水が河川に流れる様に空いている畑に暗渠を設置する工事を進めていった。水の通り道には、腐りにくい籾殻を使うことにした。これで数年は使えるだろう。

 来年の麦を収穫したら、水はけの悪そうな場所から徐々に工事を進めていこう。今回の工事に参加した亜人達に、麦の収穫までに暗渠の設置の優先順位を決めてもらうことにした。何事も経験が必要だ。僕の魔法は、なるべく必要に迫られた場合以外は使わないほうがいいとおもっている。公国はこれからも大きくなっていった時、農業の技術者をこの地で育て、各地に派遣をしていくというのが、もっとも理想なんだと思う。その一歩として、ここにいる亜人達を育てようと思ったのだ。僕が、クレイやルド、ゴードンの前で考えを言うと、ルドが疑問に思ったようだ。

 「否定するつもりはないが、そうであれば、村の者たちを派遣すれば良いのではないか? あの者達は、何年も農業をしているのだから、十分に人に教えられるだろう。わざわざ、この新村で人材を育てる必要はないとおもうが」

 僕は頷き、村と新村の違いを言うことにした。

 「ルドの言うのはもっともだと思う。村にいる者達は、農作業だけを見れば、信じられないほど上達したと思っている。とくに、鎌さばきなどは、熟練の域だ。しかしな、村は恵まれすぎている。洪水の心配もなく、土地も豊かだ。水もあり、排水性も申し分ない。このような場所が、果たして王国内でもあるのだろうか。むしろ、新村のような農業にあまり適さない土地が広がっている場所がほとんどなのではないか。だからこそ、この地で培われた農業技術こそが必要なのだと思っているのだ」

 「考えてみると、まさにロッシュ村長の言うとおりで、全く考えもしませんでしたな。どうでしょう。農業の学校を作ってみては。新村は人口は多くいます。勉強したいという若者も多いでしょう。農作業に支障がない程度に、学校を開くというのは」

 学校か。それはいい考えだな。僕も学校は考えていたが、僕が考えていたのは、子供が算術や文字を習うためのものだ。そのためにマリーヌに本を書いてもらっていたのだ。農業の学校か。それならば、すぐに作っても良さそうだな。

 「いい考えだ。是非、開校に向けて準備を進めよう。場所は、居住区の近くでいいだろう。ゴードンは募集だけを掛けておいてくれ。クレイには、校舎の建設を任せよう。ルドには、街で募集を掛けてみてくれ。興味を持って参加してくれる者がいるかもしれない」

 皆が了承をして、ゴードンが誰が教えるのです、と聞いてきたので、当然、僕がやるに決まっている。僕のやる気に満ちた表情を見たせいか、ゴードンは止めさせようとした表情を一転、諦めの表情に変わった。皆も諦めの顔をなっているのが、一見して分かった。ただ、これだけは譲れないのだ。自分の農業の知識をこの世界に伝えることが使命だと思っているからだ。

 農業学校の設立が進んでいく中で、平行的に、漁業の設備を設置することを進めていった。当面は、海岸線で地引き網漁をする予定だ。そのためにも、筏程度で構わないので船が必要となってくる。しかし、クレイ達の出身であるレントーク王国は海がないため、船を作る技術を有するものが一人もいないのだ。そのため、船造りが思いの外難航してしまった。僕も船の知識がないので、とりあえず、筏を作ってみると言った有様だ。これでは、漁業による食料の確保が困難となるだろう。期待していただけに何とか物にしたいものだが。

 ゴードンやルドにも相談したのだが、良い解決方法が見いだせないまま、時間だけが過ぎていった。すると、冬が訪れようとしていた時期に、数十人の集団がラエルの街にたどり着いたという報告が来た。実は、最近では集団が来ることは珍しいことではないのだ。公国というか、イルス辺境伯領と王国との戦という話題は、王国内では知らない者がいないほど、広がっており、公国近辺の村々から村ごと移転してくるというが度々起きていた。ただ新村開拓にすべての人員を注いでいる状態だったため、対応できる人がいないため、すぐに受け入れをするということは出来ず、少し待ってもらっている状態だった。

 そのため、街から少し離れたところに、移民希望者の村が出来そうな雰囲気が漂っていた。とりあえず、移住予定者も準公国民として扱うことを決め、餓えや病気の者に対して、できるだけの物資の補給や医療の提供を行っている。

 そんな中、変わった集団がラエルの街へとやってきた。四十人程度の小さな人間の集団だ。その集団が、僕とどうしても会いたいという話だった。それ自体は大して珍しくはなかったのだが、聞き取りを行った者が言うには、その集団は造船と操船を扱える集団だというのだ。僕はすぐにその者たちと会うことにした。まさに、新村にとって最も必要な人達だ。こんな偶然があるんだろうか。

 その集団とは壁の中にある会議室で会うことになった。会議室では、僕の他にルドとゴードンがテーブルに着き、反対側には、その集団の代表と思われる40歳位の優男風の男と荒くれ者を従えてそうな女性が二人が着いていた。集団の残りは、街の外で待機しているようだ。ゴードンがまずは話を進めた。

 「はじめまして。私はゴードンと申します。今回の進行役と思ってください。隣にいらっしゃるは、ロッシュ公であります。今回は、ロッシュ公が気楽にとおっしゃっていますから、いつもどおりで結構です。まずは、自己紹介をお願いします」

 まず、話し始めたのは優男風の男からだった。

 「オレは、西のカーズ村から来たテドという。村では船大工として棟梁を務めていた。今回は、俺達の話を聞いてくれて助かった。それに、貴重な食料ももらってしまって、ガキもいたから本当に助かった。隣りにいるのは俺の嫁でチカカだ。先代を継いで船頭を任せられている。風のうわさで、船大工を探しているという話を聞いたんで、こっちに来たんだ。ところが、来てみると受け入れは出来ないと言われてな。しかたなく、ロッシュ公に直談判をしようと思ったんだ」

 「それは失礼をしました。何分、公国内では移住者に対応できる人がいないものですから、待っていてもらうという状態でして。テドさんのおっしゃるとおり、公国では新たに村を作っておりまして、漁業を主要な産業にしようと思っております。ただ、お恥ずかしながら、船の知識を有するものがおりませんので、肝心の船が手に入りませんでした。テドさんのような方がいらっしゃったのは僥倖です」

 「そう言ってもらえると有り難い。是非、この公国で仕事をさせてもらいたい。こんな世界になっちまって、俺達の仕事がなくなっちまってな。陸に上がって、農業ばかりやってたんだが、それに不満を持って、どんどん職人が離れて行っちまったんだ。昔は、200人はいたんだが、残ったのは30人しか残らなかっただ。それで噂を聞いて、飛びついたってわけだ。オレ達が公国で船大工をしているって噂を流してくれれば、きっと、離れた職人も戻っきてくれると思うぜ」

 話がだいたいまとまりかけてきたので、僕はテドに色々と質問することにした。特にどのような船を作っていたかというところだ。話を聞いている限り、テドの奥さんのチカカは、漁師という感じではない。海賊……ではなく、物資の輸送をする船を取り仕切っているという感じだ。僕達が欲しいのは漁師だ。その辺りは大丈夫なのだろうか。

 「俺達が作っていた船は大型の帆船が多かったな。主に物資を運ぶためのものだ。だが、船大工が減ったせいで、精々小型の帆船が精一杯だな。皆が戻ってくれればいいんだが。チカカは、操船が専門だ。漁業と言っても、操船をする奴がいなかったら、船を動かせないと思うんだが」

 おお、テドは大型の船が作れるのか。それは相当技術がないと作れないだろう。想像以上の者達が公国に来てくれたものだ。ただ、大型の船など、今の公国では宝の持ち腐れだ。テドを見ると、大型の船が作れないことがかなり悔しそうなのを見て、テドは職人として十分に信用に足ると思えた。まぁ、僕としては小型の帆船で十分だ。今は、近場の海で漁師の経験を積ませることが大事だ。いつかは、有力な漁場を求めて、遠出をすることもしていきたいな。

 僕が想像した船とは若干考えが違うようだ。僕は小舟を手でコキコキ漕ぐだけのものだと思ったが、帆船となると勝手が違うようだ。風を読み、帆を扱うのは素人では難しいようだ。これは、色々と勉強できそうだな。チカカに、住民に操船の教授をお願いすると快諾してくれた。ただ、ものすごく厳しそうだな。

 新村に新たな住人が加わった。カーズ村から来た職人集団。これで、漁業が始められるだろう。
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