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第143話 王国からの侵略 第一次攻防戦⑦

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 作戦開始だ。フィリム爺達は守備隊に回ってもらい、少しの時間だが休息を取ってもらうことにした。ライルには、火薬玉を30分に一発の等間隔で射ってもらうことにした。これは、味方が被弾しないようにするための保険だ。向こうが、こちらが等間隔で射っていることに気づく前に勝負を決めなければならない。

 すぐに行動に移った。先程の街道とは違い、今回はこちらの庭で戦をするのだ。地形は完全に頭に入っているので、敵の行動を予想することが簡単になる。僕とミヤ達は、敵の進路に待機することし、すぐに移動が出来る場所に身を潜めることにした。ルド達は、壁寄りで少し高台になっている位置に配置している。敵からは見づらく、攻撃を仕掛けにくい場所だ。遠距離攻撃をするのに、あれほど最適な場所も滅多にないだろう。

 ここからは意外と早く決着がついた。王弟軍と思われる群れが森の方から抜けてくるのが見えた。随分とゆっくりとした足取りだが、整然としており、なるほど正規兵だと思わせるものだった。今回は、王弟の姿を見ることが出来た。太った体を揺らしながら馬に乗っているのが見えたのだ。遠目だが、いかにも醜悪そうな面構えだ。とても、マグ姉やルドと血が繋がっているとは思えなかった。こんな戦の最中だと言うのに、後ろに数名の美女を侍らせているところが、いかにも下衆に感じる。ただ、そう思って、ふと僕の後ろを見ると、美女だらけの吸血鬼がいたのを見て、ちょっと落ち込んでしまった。

 戦場の予定地に到達すると、火薬玉がすぐさま炸裂した。本日二度目の炸裂。しかも、今回は敵陣のど真ん中に命中するという奇跡が起きた。火薬玉は、遠くを狙うというのは然程難しくはないのだが、的に命中させるとなると話が変わってくる。バリスタの命中精度は試作機だけあって、かなり低いというのもあるが、敵が動いていることも合わさって、命中する確率は数十発に一発位の割合だろう。それが、一発で当ててしまったのだ。

 これによる効果は絶大で、さっきまで整然と歩いていた軍隊が蜘蛛の子を散らすように方方に散り始めたのだ。そのおかげで、王弟の周囲は手薄になり、絶好の奇襲のチャンスが訪れたのだ。僕達はすかさず、王弟に向かって突き進んだ。敵陣の騎士団も僕達に応戦する形で次々と襲い掛かってくる。しかし、火薬玉の影響か、力が入り辛いようで、僕の力でも簡単に相手の剣を飛ばすことが出来るのだ。

 大勢の騎士団が入り乱れるように僕達の前に立ちはだかり、ミヤ達にその度に吹き飛ばされていく。その光景を見ていた王弟は、全ての部下たちを置き去りにして、馬で疾走して、戦場を離脱していった。僕は王弟の後ろ姿を見ながら、目の前の王国騎士を無力化していった。

 王弟が戦場を脱出した事を知った王国騎士団は、負傷している仲間を担ぎ、撤退を開始しはじめた。増援部隊は、王弟軍より先に進軍していたため、後方が撤退を開始したことを全く知らないまま、壁に至ろうとしていた。その時、さらにもう一発の火薬玉が増援部隊近くで炸裂した。

 僕達は、増援部隊の後方に迫るために近づくと、クロスボウ隊により、多くの兵が打ち倒されている光景を目の当たりにした。増援部隊はすっかりと士気を落としてしまっていた。それを見たのか、守備隊も壁から出て、増援部隊を包囲し、退路を断ってしまった。追い詰められた者は何をするか分からない。これには、僕はマズイのではないかと思ったが、増援部隊を指揮していた子爵がまっ先に白旗を上げ、降伏してきたのだ。

 増援部隊の面々は、武器を手放し、座り込んでしまった。よく見ると、兵たちの顔はやつれ、十分な食料を食べていないことが見て取れた。武器も手入れされている感じがなく、なまくらになっているようなものまであった。こんな状態でよく戦場に出てこれたものだな。

 僕は、ライルに指示をし、増援部隊の武器を回収し、縄で拘束することにした。増援部隊の人数は、減ったとは言え、二千人近く入る。こっちの倍近い人数だ。武器を捨てているとは言え、警戒しなければならない。縄で縛られることに、抵抗するものはいなかったようで、全員を拘束するの大して時間を要さなかった。

 すると、ルドとクロスボウ隊がこちらに戻ってくるのが見え、負傷を負った一人の男を引きずっていたのだ。近づくに連れ、その男が参謀であることが分かると、僕はルドに笑みを浮かべた。やっと、こいつを捕まえることが出きたのだ。男は、項垂れており、気を失っているようだった。

 「ロッシュ公。ようやく終わりました。これほどの勝利をつかむとは想像も出来ませんでしたが、最良の終わり方でした。参謀の処分については、ロッシュ公にお任せします。それで、子爵達の処分はどうなさるんでしょうか?」

 処分。嫌な言葉だ。考えたくもない。また、エルフの里に送り届けるか? 流石にこの人数では、リリも困るだろうな。ちょっと、リリの困る顔を見たくはあるが。それはともかく、子爵とやらとまずは話をしなければならないな。ルドにも同行を頼み、自警団の団員に子爵以下、貴族たちを壁の中の一室に案内するように命令した。

 僕は、ライルを呼び出し、誰にも聞こえないように、頼みごとをした後、増援部隊の監視を任せ、僕とルドは、怪我人を見舞うために治療院に向かうことにした。壁の中の一室に入ると、シェラが僕に抱きついてきた。かなり心配してくれたみたいだ。マグ姉も一緒にいたみたいで、シェラの肩を叩き、僕の安全を喜んでくれている。僕は、二人を強く抱きしめたあと、怪我人を見舞うことにした。

 しかし、怪我人を収容する場所に出向いたが、そこには誰もいなかったのだ。あれ? 場所、間違えたかな? もう一度、シェラのところに行って、怪我人について聞いた。

 「旦那様。ここには怪我人はいませんよ。私が回復魔法をかけて、マーガレットさんが薬を飲ませたら、皆さん、すぐに戦場に戻っていきましたから。もっとも、大怪我を負った人なんていませんでしたよ」

 これだけの戦で、怪我人がほぼいない? そんなことありえるのか? まぁ、良しとするか。ただ、これから増援部隊に治療が必要なものがいることだろう。とりあえず、治療院の解散をせずに、シェラとマグ姉にはここに残ってもらうことにした。

 僕とルドは、子爵達がいるであろう部屋に向かい、入ってみると、そこには自警団の団員の他に一人の男しかいなかった。子爵だ。僕は、不思議に思った。増援部隊は、たしか複数の貴族で構成されていたはず。なぜ、残ったのが子爵のみなのだ? ルドも不思議そうにしていた。

 「貴殿が子爵か。僕はイルス公国のロッシュ=イルスだ。この国の主をさせてもらっている。こっちにいるのは、説明は不要だろうが、我が国に使えているルドベックだ。まずは、貴殿しかいない理由を聞かせてもらおうか」

 僕の説明を聞いて、子爵は大きな驚きの表情をしていた。それもそうだろう。第一王子が、辺境伯の部下になっているのだから。なかなか答えようとしない子爵に対して、ルドが催促した。

 「失礼いたしました。状況を飲み込むのに少し手間取りました。私は、ガムド子爵と申します。まずは、私達の降伏を認めていただき感謝します。今回は、宣戦布告もなくロッシュ公の領土に踏み入りましたので、王法に従えば、我等に正当性はありませんでしたから。ロッシュ公の質問にお答えいたします。私以外の貴族は、抜け道を通って、ロッシュ公の領土に攻め入る前に逃げたからに他なりません」

 逃げた? 圧倒的に有利な状況でか? 全く分からないな。逃げる理由なんてあったのか?

 「それもそうでしょうが、原因は、あの炸裂した火の玉です。私達は、あの場所から離れていましたが、あの閃光を見た瞬間、軍はかなり動揺しました。あれが何らかの兵器だという憶測が軍を駆け巡り、気付けば自分可愛さの連中は抜け道を出ると一目散に逃げていきましたよ」

 火薬玉がそれほどの効果をもたらしてくれたのか。本当にこの戦に勝てたのは火薬玉のおかげと言っても過言ではないだろうな。鍛冶工房のカーゴと……スタシャには感謝しなければな。

 子爵からの話はまだ続く。
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