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第142話 王国からの侵略 第一次攻防戦⑥

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 ミヤの眷族達は一斉に声を上げ、敵陣目掛けて、一直線に向かっていった。続けと言ったが、足の速度が眷族とは比べ物にならないくらいに遅い。眷族達は、みるみる敵陣に接近し、敵を勢い良く吹き飛ばしている。街道の反対側に目をやると、フィリム爺が剣を抜いた姿で敵陣に駆け込んでいくのが見えた。敵陣にいるのは、二千人。しかも、王国騎士団で構成されている。こちらは五百人とちょっとだ。分が悪い賭けではあったが、想った以上に相手方は火薬玉に怯んでいる様子で、統率が上手く取れていない状態だ。

 僕も敵陣に近づき、僕が出来る攻撃は唯一つ。落とし穴だ。僕は、皆が襲撃しているところに増援が駆けつけないように、落とし穴を作り続けた。街道にはみるみる穴が掘られ、その穴に何人もの兵たちが落ちていく。深さも十分あるので、這い出ることも難しいだろう。

 ミヤ達の攻撃は凄いの一言だ。吸血鬼である彼女らの戦闘の能力は王国騎士団を完全に凌駕しており、彼女たちだけで制圧できてしまうのではないかと思われるくらい、圧倒していた。僕に近づいてくる王国騎士に対しても、眷族達が一撃で吹き飛ばしている。

 フィリム爺達は、最初は王国騎士団に対して優位に立っていたものの、騎士団が態勢を立て直し始めたことを受けて、劣勢に立たされ始めていたが、既にミヤ達が騎士団の半分を無力化していたおかげで、騎士団は100名程度を残して、撤退を開始した。その100名は、王弟がいるであろうカゴのような乗り物を厳重に守護していたが、それもミヤ達によって、次々と討ち取られ、カゴは丸裸になった。

 この間でも、増援部隊はこちらに戻ってくる気配は微塵もなかった。フィリム達にはそちらに警戒に当たってもらった。亜人達は僕の掘った穴のせいでこちらに進めないでいたので、しばらくは大丈夫だろう。僕とミヤ、その眷属達は、カゴを囲んだ。

 「王弟!! 僕は、ロッシュ公だ。すでに勝敗は決した。貴様が自慢だっただろう王国騎士団は潰走したぞ。すぐに出てこい!!」

 僕がカゴに向かって叫ぶも、中からは一切の返事がなかった。これは少し妙だぞ。僕は、吸血鬼にカゴの扉を開けさせた。すると、そこにいたのは、女性の亜人だった。手足が縛られ、顔にはアザがあり、カタカタと震えていた。すぐにカゴから出し、縛っていた縄を解き、回復魔法をかけた。傷はすっかりと癒え、きれいな素肌が現れた。

 「お前は何者だ? 王弟はどこへ行ったのだ⁉ さっさと答えろ!!」

 恐怖で震えている亜人は僕の質問に必死に応えようとするが、口がうまく動かないのか、言葉で出てこないようだ。すると、ミヤが、膝をおり、その亜人の手を握り、落ち着かせようと声をかけた。しばらくすると、亜人が少し落ち着いたようで、声を少しずつ出した。

 「あいつは、ここには、いません。ラエルの街を、攻撃、すると、言っていました。ここにいる、王国騎士団は、偽物。本物は、あいつと、一緒に、いる」

 あいつとは、王弟のことか? と確認すると、静かに頷いた。クソっ!! こちらの作戦がバレていたというのか。逆に僕とミヤ達、フィリム爺達がここで完全に足止めを食らってしまった。しかし、王弟たちはどうやって、街を攻撃するというのだ? この街道以外に方法はないはずだが。

 すると、フィリム爺がこちらにやってきて、抜け道の存在を教えてくれた。この辺りは、士官候補生達の訓練としてよく使われている場所なので、地理はかなり詳しいようだ。とりあえず、急ぎ街に戻らなければ。この街道は、亜人達で埋め尽くされているので通れない。となると、この場所に来た道を引き返すか、王弟たちを追うかに絞られてくるな。

 ミヤは、亜人達を蹴散らしながら行ったほうが早いと言っていたが、流石にそれは採用できない。僕が悩んでいると、フィリム爺がいい抜け道を知っているというのだ。かなり道は悪いが、最短で街に出られるようだ。かなり先に進んでいる王弟軍にも追いつけるかもしれないというので、僕はその道を進むことに決めた。

 僕達はすぐに出発することにした。先程回復した亜人を放置することになるが、仕方があるまい。だが、回復した者を見捨てるわけにはいかない。僕は鞄からひと粒の加工した宝石を取り出し、亜人に渡した。

 「もし、公国に住みたいというのであれば、この宝石を持って街に来るが良い。きっと、受け入れてくれるだろう。もっとも、公国があればだがな。そうでなければ、それを売って金か食料にすると良い。それでは、達者でな」

 僕達は、抜け道を目指し、森の中に駆け分けていった。走っている最中に、ミヤが僕の横に来て、疑わしい顔でこちらを見てきた。

 「さっきの亜人……美人だったわね。ロッシュ、あの亜人の肌を見て、少し心動いていたわよね。私、しっかりと見てたんだから。だから、宝石を渡したんでしょ? あの亜人、絶対、街にやってくるわよ。そんな気がするもの」

 僕は、助けた人を見殺しに出来ないと必死に抗議したが、返ってきたのは、ミヤの疑いの目だけだった。たしかに、あの亜人は美人だったけどさ。

 この抜け道は凄いな。獣道が可愛く見えるほどだ。この崖は何度目なんだ? この辺りは起伏の激しい地形ではなかったはずなのに。今、どこを走っているのか見当も付かない。森がひらければ、周りを見渡すことが出来るんだが、森、森、森だらけで、早く抜け出すことを祈るばかりだ。先頭を走っているフィリム爺は、迷う様子もなくひたすらに走っている。とても、老齢には見ない健脚だ。今度、その秘訣を教えてもらおう。将来、役に立つかもしれない。

 僕達の目の前がようやくひらけた。崖の上であるものの、眼前にはラエルの街があったのだ。しかも、まだ戦端が開かれていなかった。なんとか、間に合ったようだ。フィリム爺や兵たちは皆安堵した顔で、街を眺めていた。ただ、ゆっくりもしていられないのだ。僕達は崖を下り、すぐに街の中に入った。僕達の登場にルドやライルは驚いている様子だった。

 火薬玉を放って以降、情報が全く街に入ってこなくなり、未だに、王弟軍の亜人達は行動を止めた状態で、状況が読めなかったので動くことも出来なかったようだ。結果的にはそれは正しかったわけだ。街を空白にした状態にすれば、簡単に王弟軍に蹂躙されていたかもしれないのだから。

 ルドとライルの状況を説明し、今後の対策を話し合うことにした。問題は、時間的にどれくらい猶予があるか分からないということ、敵軍は殆どが正規兵で構成されていること、どのような攻撃が想定されるか分からないことだ。今回は完全にこちらの裏を欠かれた状態だ。なんとか、抜け道の存在によって、振り出しに戻った状態だが。結局、籠城戦を強いられる結果となってしまった。

 ただ、こちら側に有利なことがある。それは、僕達の存在だ。王弟側は奇襲部隊がまだ、戦場か、自分たちより後ろにいるという認識だろう。と言うことは、再度の奇襲は上手く行きやすいということだ。

 「ライル。再び、奇襲部隊を編成してくれないか。今回も僕が出る。今度は川の側だ。大量の水を掛けて、戦意をくじいてやるさ。ミヤもまた頼むぞ」

 ミヤも顔は呆れたような顔をしていたたが、了承してくれた。すると、ルドが僕も参加してもいいかと言ってきたのだ。

 「ロッシュ公。私も参加してもいいだろうか? 王弟軍で参謀の姿を見たのだ。あいつが、公国の情報を流したに違いない。あいつだけは私は許すわけにはいかないのだ」

 「よく生きていたな。僕もその参謀に痛い目に遭わせられたからな、一矢報いたい気持ちはよくわかる。しかし、あいつは魔法を使うぞ。ルドでは、太刀打ちできまい」

 「それは考えてある。クロスボウ隊を貸してもらえないか? 遠距離からの攻撃ならば、魔法も意味をなさないだろう。どうだろうか?」

 クロスボウ隊か。僕は守備のために、使おうと考えていたから奇襲で使うという発想はなかった。ただ、それは面白いかもしれないと思った。あとは、火薬玉を併用すれば……敵を撤退させるぐらいには出来るかもしれないな。

 「ライル。今度は、火薬玉を次々と発射するが良い。今回は出し惜しみは不要だ。この戦を見てきて、相手の命を奪うことに躊躇した者が負けるとようやく分かってきたのだ。それに、実際に火薬玉が炸裂するところを見たが、あれでは死者は出ないだろう。精々、大やけど程度だ。それならば、回復魔法でなんとでもなる。ルドは、火薬玉の炸裂後に、クロスボウによる斉射をするんだ。それでどうだ?」

 作戦がまとまったようだ。僕とミヤとその眷属が一班で、ルドとクロスボウ隊が二班となり、それぞれ行動することにした。目標は、一班は王弟、二班は参謀だ。最終目標は、王弟軍の戦意をなくし撤退させること。

 作戦決定後はすぐに行動を開始することになった。僕は、予備の魔法の鞄をルドに手渡した。これならば、矢が無尽蔵に入れることが出来る。作戦に支障が出るとすれば、矢の不足だろう。これで補えるだろう。ルドは、初めて見る魔法の鞄に驚いていたが、これで勝てると思ってくれたみたいで気合がかなり充実していた。
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