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第117話 公国
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案内された部屋に入ると、久しぶりに見るルドがそこにはいた。書類と格闘しているようで、なかなか目をこっちに送ってこなかった。ゴーダが僕が来たことを告げると、勢い良く顔を上げ、しばらく見つめ合う時間が続いた。
「ロッシュ。よく無事で帰ってきたな。そうか。君が帰ってきてくれたおかげだったのか。今朝から畑の様子が一気に変わっていったんだよ。何かの前触れかと思ったが、そうかそうか。この街を見たかい? 一時的に住民を寝泊まりさせるつもりだったんだが、住民がどんどん増えていって、街になってしまったよ。一応、僕がこの街の代表みたいなことをしているが、ロッシュが戻ってきたら、こんな役目はおさらばだ。さ、この椅子に座ってくれ」
ルドは僕を引っ張り、椅子に無理やり座らせた。それと同時に部屋のドアが開けられた。そこには、健康そうな小麦色の肌になったマリーヌがお茶を抱えて立っていた。僕の方に向かってきて、お茶を差し出してきて、ご無沙汰していますと上品にお辞儀をしてきた。僕も久しぶり、と返すとニコっと笑い、部屋の隅の方に移動した。
「さて、ロッシュ。まずはこの街についてどうするか考えなくてはな。とりあえず、僕の考えを聞いて欲しい」
ルドが言うには、この街を防衛の拠点にするのが良いというのだ。そのために、壁を建設し、住居部と外縁部とに分け、畑は外縁部に集約させるというのだ。そのため、この街に住む一万人はこのままこの町の住民とし、村からの食料と街で生産する食料で生活をさせるというのだ。どうやら、調査をしていく中で感じたことは、周辺がかなり危険な状況になってきているということだ。北では、教団が暗躍し、亜人をかなりの規模で奴隷として使役しているといい。西方では、王都周辺が騒がしくなってきているという。こちらにいつ危険が及ぶかわからない状況なので、防衛拠点を設ける必要性があるというのだ。
「話は分かった。ルドの言い分はもっともだ。僕も地形などを考えると、この街を防衛の拠点にすれば、村への被害は皆無となるだろう。しかし、この街の住民はそれで納得するのか? 見ず知らずの土地で、自分の命を危険にさらしてまで守る義理はないだろう。そんな者たちを防衛の要にしても良いものだろうか。僕にはその辺りがよく分からないから、すぐに賛成することは出来ないぞ」
「もっともだな。だが、考えてみてくれ。私も村には少しの縁があったくらいで守る義理はないだろう。しかし、私は、今、村を守ろうと必死になっている。それはな、皆も同じ気持ちなのだ。なぜだか分かるか? 命を救われたからだ。この地獄のような世界で、希望を与えてくれたのだ。そして、私達に明るい未来を見させてくれた。それこそが、私が村を守る義理だ。私は皆も同じ気持ちだと思うからこそ、この案を考えたのだ」
すると、ゴーダやライルがルドの意見に大いに賛成して、マリーヌも小さな声だが賛成の声を上げた。僕は、考えたが結論は出なかった。それでも、信頼する者達がそれが最善と思うのであれば、賛成しようと最後はそう思った。
「ルドの案でやってみるか。やってみて、ダメだったらやり直せば良い。そうだろ?」
皆は僕の意見に同意してくれた。
「じゃあ、ロッシュの敬称を変えるところから始めないとな」
ん? 何を言い出すんだ? 村長の何が悪いんだ?
「村長では、侮りを受ける可能性があるんだよ。尊称は大切だ。私だって、第一王子という尊称があればこそ兵は従ってくれたが、一介の貴族ではこうはいかなかっただろう。尊称というのは、あるだけで力を持つことが出来る。それが大きな尊称であれば尚良い。もちろん、中身が伴わなければならないが。だから、これから命をとして守ろうとする対象のトップが村長では、あまり良くないんだ。だから変える。ロッシュには悪いけど、これは決定事項だ」
そういって、ゴーダたちとあれこれと尊称を考え始めた。なんだか、物凄く楽しそうにやっているな。僕は会話に参加しても訳が分からなかったので、同じく参加していないライルとと主に郊外の畑を見に行くことにした。中心地から郊外までは距離はあったが馬だったのですぐに行くことが出来た。なるほど。以前に比べるとかなり土が落ち着いている。サラサラの土質がしっとりとした土質に変わっている。これなら、問題なく農業を続けていける。石の採掘がこんな形で効果として現れると嬉しさが込み上げてくるな。すると、後ろから農夫と思われる男が声を掛けてきた。
「良い土になったでしょ? 今朝から急に変わっていったんですわ。ビックリしたけど、これで農業を続けられるって一安心してるんだわ」
「僕も安心している。農業をする上で、土は命だ。土が死ねば、農業も死ぬ。僕はすっかりそのことを忘れていたよ」
「何言ってるんだ? あんた達は移住希望者なんだろ? この街は最高だぞ。餓えをしなくて済みし。薬もあって、仕事も与えてくれる。本当に昔に戻ったような気持ちですわ。なんだったら、ゴーダ様のところに案内しようか?」
僕達に親切にしてくれる農夫の言葉を丁寧に断り、僕達はルドのところに戻っていった。短い期間だと言うのに、住民たちは随分と土地に慣れてくれているようだな。住民たちになるべく危害が及ばないように、防衛策を多く施し、物的被害に抑えるような方法を考えなくてならないな。短い期間とはいえ、やはり僕にとっては村人と同じなのだ。ルドのいる小屋に戻ると、ルドたちが僕を見て、ニヤリと笑っていた。ちょっと不気味だ。
「決まったぞ。まず、領地だが、村とラエルの街とその周辺とすることにする。これは、イルス領の元々の領土だが、一応確認の意味を込めてな。名称だが、王家の下に付くのは嫌だからな、独立国とすることにした。ただ、新たな尊称を用いると知名度が低いので、住民を集めるのに苦労する。だから、イルス辺境伯というの残した。そこで、辺境伯領を改め、イルス公国とする。ロッシュは、村長からロッシュ公と呼ばれることになるのだ」
ロッシュ公……なんだか、くすぐったいような感覚に襲われたが、ルド達は至って真面目だ。僕や村の為を思ってこそだと思い、僕は頷き、了承した。
「僕はこれからはロッシュ公として振る舞うことにしよう。ただし、村以外では、ということにしてくれ。僕はやはり村長で有り続けたいと思っている。だから、村の中では、これからも村長と呼ばれたいんだ。それくらいはいいだろ?」
ルド達は、僕のお願いを笑って従ってくれた。村人からは今後も村長と呼ばれることに僕は安堵した。どうも、公と呼ばれることに抵抗を感じてしまう。まだ、慣れないせいなのかな? とりあえず、この条件で、公布を出すことにした。町の住民達は大いに驚いていたが、反対を言うものはいなかった。むしろ、注目はロッシュ公とは誰だというところに集まった。
次の日、ルドを通して、集会を開くことにした。ただ、この街には一万人も収容するだけの広場がなかったため、自治会員だけを集めることにした。自治会員とは、街をブロックに分け、そのブロックごとに代表者を決め、その代表者のことだ。ルドからの命令を住民に伝えたり、仕事の割り振りを決めたりと重要な役割をしている。ブロックは40~50人程度で構成されているので、自治会員は約200人近くいる。
広場に集まってくれた自治会員を前に、ルドが先に挨拶をした。
「集まってくれて感謝する。今回は、重要な事を伝えるために集まってもらった。公布された内容に目を通してもらったと思うが、改めて、紹介する。こちらにいるのが、我等が主君のロッシュ=イルス公だ。この地から餓えを取り除いた救世主様だ。皆が食べている物、着ている物、住んでいる所、すべてがロッシュ公より与えられたものだ。我等は、この地に住み、生を享受するために、この地を守るために命を賭さねばならない。そのことを皆に伝えたく集まってもらった。もちろん、強制するつもりはない。この地を守る気がないというのなら、立ち去ってもらいたい」
自治会員達はルドの言葉に静まり返ってしまった。戸惑っているという感じだろうか。僕が進み出て、話をすることにした。
「初めて見る者も多いだろう。僕は、ロッシュだ。ルド、ルドベックの言うことは半分は正しいが、半分はそうではない。正しいのは僕がこの地の領主であるということだ。先代の父上よりこの地を受け継いだ。しかし、衣食住を与えたのは僕ではない。きっかけはそうであっても、すべては皆が汗水を垂らして、作り上げてきたものだ。それを全て僕の功績にするつもりはない。それをまずは分かってもらいたい。その上で、皆には、この地を守るために協力をしてほしいのだ。僕は皆を使い捨てにするつもりはないが、命をかけて守ってもらわなければならないことも出てくるだろう。その時、この地に自分の命を掛ける必要のないと思うものがいれば、立ち去ってくれて構わない。僕は、皆の命を最優先にしたいと考えている」
ここまで話していると、自治会員達はざわざわをしだしていた。それはそうだろう。衣食住をもらっておきながら、何の代償も要求してないように聞こえるからな。ルドも僕の袖を引っ張って、何を言っているんだって小さな声で抗議してきた。僕は無視して話を続けた。
「それでもこの地に命をかけ守ってくれるというのなら、僕は皆にお願いしよう。この地を守ってくれと。この地を僕だけのものではない。皆で築き、発展させ、守っていく、そんな地にしたいのだ。そのうえで、餓えを克服し、子孫を繁栄させていきたいと願っている。それまで、皆の力を是非僕に貸して欲しい。よろしく頼む」
僕は、本当の気持ちを皆にぶつけ、反応を見ることにした。統治者としてはダメだと思うが、僕はそんな器じゃない。日本では一村人で一農家に過ぎない爺だったのだ。転生し、若い体を手に入れ、領主の息子として生まれ変わったとしても本質は何も変わらない。僕には農業をするしか能がないのだ。それでもこの地を守ってくれる人はどうしても必要になってくる。そんな人に、僕は頭を下げ頼むしかないではないか。
一人の自治会員が前に出てきた。さっき、畑であった農夫だ。
「さっき、ロッシュ公は土は命だと言っていたな。私はこんなに農家に寄り添った考えをしてくれる領主に会ったことがない。いつも、領主は土を踏みつけ蔑ろにするやつばっかりだった。そんな領主が私の主君となってくれるならこれ程嬉しいことはない。私は、この地を命をかけて守ってみせますぞ。それに、これほどの恩を受けて、出ていく薄情者などいるわけがないでしょう」
そういうと、他の自治会員達も挙って、農夫に賛同をし始める。僕は全員が賛同するのを見届けて、つい涙が出てきてしまった。この地のために、自分の命を犠牲にすることを厭わないとする者達がこれ程いるとは。僕は、この地をもっと発展させ、敵が攻撃を仕掛けてこれない程にすることを強く思った。
集会が終わり、僕達は、ルドの小屋に戻った。そろそろ日もくれる、村に戻ったほうが良いだろう。僕はルドに帰ることを告げようとすると、ルドは興奮して僕の腕を掴んだ。
「流石だな。ロッシュ。ああも住民を説得してしまうなんて。私は常に高圧的な接し方をしていうのだと痛感させられたよ。反省せねばならないな。これで、この街を防衛拠点とすることに反対を言うものはいないだろう。早速、防衛拠点の相談を始めよう。壁の設置場所を今後のことも考えていかなければな。川にも堤防を設置したほうが良いだろうな。水田と言ったか、あれもぜひ導入したいな。あとは……。考えることが山のようだ。今夜は徹夜を覚悟したほうが良いな」
そういって、有無を言わさず僕を席に座らせ、会議を勝手に始めだした。マリーヌも呆れた様子で、一旦部屋の外に出て、コーヒーも持って戻っていた。もう何年も連れ添った夫婦みたいになっているんだなと二人を見て感じた。とりあえず、村の方に使いを出して、今夜は帰らないことを伝えなければ。皆が心配してしまうだろう。
「ロッシュ。よく無事で帰ってきたな。そうか。君が帰ってきてくれたおかげだったのか。今朝から畑の様子が一気に変わっていったんだよ。何かの前触れかと思ったが、そうかそうか。この街を見たかい? 一時的に住民を寝泊まりさせるつもりだったんだが、住民がどんどん増えていって、街になってしまったよ。一応、僕がこの街の代表みたいなことをしているが、ロッシュが戻ってきたら、こんな役目はおさらばだ。さ、この椅子に座ってくれ」
ルドは僕を引っ張り、椅子に無理やり座らせた。それと同時に部屋のドアが開けられた。そこには、健康そうな小麦色の肌になったマリーヌがお茶を抱えて立っていた。僕の方に向かってきて、お茶を差し出してきて、ご無沙汰していますと上品にお辞儀をしてきた。僕も久しぶり、と返すとニコっと笑い、部屋の隅の方に移動した。
「さて、ロッシュ。まずはこの街についてどうするか考えなくてはな。とりあえず、僕の考えを聞いて欲しい」
ルドが言うには、この街を防衛の拠点にするのが良いというのだ。そのために、壁を建設し、住居部と外縁部とに分け、畑は外縁部に集約させるというのだ。そのため、この街に住む一万人はこのままこの町の住民とし、村からの食料と街で生産する食料で生活をさせるというのだ。どうやら、調査をしていく中で感じたことは、周辺がかなり危険な状況になってきているということだ。北では、教団が暗躍し、亜人をかなりの規模で奴隷として使役しているといい。西方では、王都周辺が騒がしくなってきているという。こちらにいつ危険が及ぶかわからない状況なので、防衛拠点を設ける必要性があるというのだ。
「話は分かった。ルドの言い分はもっともだ。僕も地形などを考えると、この街を防衛の拠点にすれば、村への被害は皆無となるだろう。しかし、この街の住民はそれで納得するのか? 見ず知らずの土地で、自分の命を危険にさらしてまで守る義理はないだろう。そんな者たちを防衛の要にしても良いものだろうか。僕にはその辺りがよく分からないから、すぐに賛成することは出来ないぞ」
「もっともだな。だが、考えてみてくれ。私も村には少しの縁があったくらいで守る義理はないだろう。しかし、私は、今、村を守ろうと必死になっている。それはな、皆も同じ気持ちなのだ。なぜだか分かるか? 命を救われたからだ。この地獄のような世界で、希望を与えてくれたのだ。そして、私達に明るい未来を見させてくれた。それこそが、私が村を守る義理だ。私は皆も同じ気持ちだと思うからこそ、この案を考えたのだ」
すると、ゴーダやライルがルドの意見に大いに賛成して、マリーヌも小さな声だが賛成の声を上げた。僕は、考えたが結論は出なかった。それでも、信頼する者達がそれが最善と思うのであれば、賛成しようと最後はそう思った。
「ルドの案でやってみるか。やってみて、ダメだったらやり直せば良い。そうだろ?」
皆は僕の意見に同意してくれた。
「じゃあ、ロッシュの敬称を変えるところから始めないとな」
ん? 何を言い出すんだ? 村長の何が悪いんだ?
「村長では、侮りを受ける可能性があるんだよ。尊称は大切だ。私だって、第一王子という尊称があればこそ兵は従ってくれたが、一介の貴族ではこうはいかなかっただろう。尊称というのは、あるだけで力を持つことが出来る。それが大きな尊称であれば尚良い。もちろん、中身が伴わなければならないが。だから、これから命をとして守ろうとする対象のトップが村長では、あまり良くないんだ。だから変える。ロッシュには悪いけど、これは決定事項だ」
そういって、ゴーダたちとあれこれと尊称を考え始めた。なんだか、物凄く楽しそうにやっているな。僕は会話に参加しても訳が分からなかったので、同じく参加していないライルとと主に郊外の畑を見に行くことにした。中心地から郊外までは距離はあったが馬だったのですぐに行くことが出来た。なるほど。以前に比べるとかなり土が落ち着いている。サラサラの土質がしっとりとした土質に変わっている。これなら、問題なく農業を続けていける。石の採掘がこんな形で効果として現れると嬉しさが込み上げてくるな。すると、後ろから農夫と思われる男が声を掛けてきた。
「良い土になったでしょ? 今朝から急に変わっていったんですわ。ビックリしたけど、これで農業を続けられるって一安心してるんだわ」
「僕も安心している。農業をする上で、土は命だ。土が死ねば、農業も死ぬ。僕はすっかりそのことを忘れていたよ」
「何言ってるんだ? あんた達は移住希望者なんだろ? この街は最高だぞ。餓えをしなくて済みし。薬もあって、仕事も与えてくれる。本当に昔に戻ったような気持ちですわ。なんだったら、ゴーダ様のところに案内しようか?」
僕達に親切にしてくれる農夫の言葉を丁寧に断り、僕達はルドのところに戻っていった。短い期間だと言うのに、住民たちは随分と土地に慣れてくれているようだな。住民たちになるべく危害が及ばないように、防衛策を多く施し、物的被害に抑えるような方法を考えなくてならないな。短い期間とはいえ、やはり僕にとっては村人と同じなのだ。ルドのいる小屋に戻ると、ルドたちが僕を見て、ニヤリと笑っていた。ちょっと不気味だ。
「決まったぞ。まず、領地だが、村とラエルの街とその周辺とすることにする。これは、イルス領の元々の領土だが、一応確認の意味を込めてな。名称だが、王家の下に付くのは嫌だからな、独立国とすることにした。ただ、新たな尊称を用いると知名度が低いので、住民を集めるのに苦労する。だから、イルス辺境伯というの残した。そこで、辺境伯領を改め、イルス公国とする。ロッシュは、村長からロッシュ公と呼ばれることになるのだ」
ロッシュ公……なんだか、くすぐったいような感覚に襲われたが、ルド達は至って真面目だ。僕や村の為を思ってこそだと思い、僕は頷き、了承した。
「僕はこれからはロッシュ公として振る舞うことにしよう。ただし、村以外では、ということにしてくれ。僕はやはり村長で有り続けたいと思っている。だから、村の中では、これからも村長と呼ばれたいんだ。それくらいはいいだろ?」
ルド達は、僕のお願いを笑って従ってくれた。村人からは今後も村長と呼ばれることに僕は安堵した。どうも、公と呼ばれることに抵抗を感じてしまう。まだ、慣れないせいなのかな? とりあえず、この条件で、公布を出すことにした。町の住民達は大いに驚いていたが、反対を言うものはいなかった。むしろ、注目はロッシュ公とは誰だというところに集まった。
次の日、ルドを通して、集会を開くことにした。ただ、この街には一万人も収容するだけの広場がなかったため、自治会員だけを集めることにした。自治会員とは、街をブロックに分け、そのブロックごとに代表者を決め、その代表者のことだ。ルドからの命令を住民に伝えたり、仕事の割り振りを決めたりと重要な役割をしている。ブロックは40~50人程度で構成されているので、自治会員は約200人近くいる。
広場に集まってくれた自治会員を前に、ルドが先に挨拶をした。
「集まってくれて感謝する。今回は、重要な事を伝えるために集まってもらった。公布された内容に目を通してもらったと思うが、改めて、紹介する。こちらにいるのが、我等が主君のロッシュ=イルス公だ。この地から餓えを取り除いた救世主様だ。皆が食べている物、着ている物、住んでいる所、すべてがロッシュ公より与えられたものだ。我等は、この地に住み、生を享受するために、この地を守るために命を賭さねばならない。そのことを皆に伝えたく集まってもらった。もちろん、強制するつもりはない。この地を守る気がないというのなら、立ち去ってもらいたい」
自治会員達はルドの言葉に静まり返ってしまった。戸惑っているという感じだろうか。僕が進み出て、話をすることにした。
「初めて見る者も多いだろう。僕は、ロッシュだ。ルド、ルドベックの言うことは半分は正しいが、半分はそうではない。正しいのは僕がこの地の領主であるということだ。先代の父上よりこの地を受け継いだ。しかし、衣食住を与えたのは僕ではない。きっかけはそうであっても、すべては皆が汗水を垂らして、作り上げてきたものだ。それを全て僕の功績にするつもりはない。それをまずは分かってもらいたい。その上で、皆には、この地を守るために協力をしてほしいのだ。僕は皆を使い捨てにするつもりはないが、命をかけて守ってもらわなければならないことも出てくるだろう。その時、この地に自分の命を掛ける必要のないと思うものがいれば、立ち去ってくれて構わない。僕は、皆の命を最優先にしたいと考えている」
ここまで話していると、自治会員達はざわざわをしだしていた。それはそうだろう。衣食住をもらっておきながら、何の代償も要求してないように聞こえるからな。ルドも僕の袖を引っ張って、何を言っているんだって小さな声で抗議してきた。僕は無視して話を続けた。
「それでもこの地に命をかけ守ってくれるというのなら、僕は皆にお願いしよう。この地を守ってくれと。この地を僕だけのものではない。皆で築き、発展させ、守っていく、そんな地にしたいのだ。そのうえで、餓えを克服し、子孫を繁栄させていきたいと願っている。それまで、皆の力を是非僕に貸して欲しい。よろしく頼む」
僕は、本当の気持ちを皆にぶつけ、反応を見ることにした。統治者としてはダメだと思うが、僕はそんな器じゃない。日本では一村人で一農家に過ぎない爺だったのだ。転生し、若い体を手に入れ、領主の息子として生まれ変わったとしても本質は何も変わらない。僕には農業をするしか能がないのだ。それでもこの地を守ってくれる人はどうしても必要になってくる。そんな人に、僕は頭を下げ頼むしかないではないか。
一人の自治会員が前に出てきた。さっき、畑であった農夫だ。
「さっき、ロッシュ公は土は命だと言っていたな。私はこんなに農家に寄り添った考えをしてくれる領主に会ったことがない。いつも、領主は土を踏みつけ蔑ろにするやつばっかりだった。そんな領主が私の主君となってくれるならこれ程嬉しいことはない。私は、この地を命をかけて守ってみせますぞ。それに、これほどの恩を受けて、出ていく薄情者などいるわけがないでしょう」
そういうと、他の自治会員達も挙って、農夫に賛同をし始める。僕は全員が賛同するのを見届けて、つい涙が出てきてしまった。この地のために、自分の命を犠牲にすることを厭わないとする者達がこれ程いるとは。僕は、この地をもっと発展させ、敵が攻撃を仕掛けてこれない程にすることを強く思った。
集会が終わり、僕達は、ルドの小屋に戻った。そろそろ日もくれる、村に戻ったほうが良いだろう。僕はルドに帰ることを告げようとすると、ルドは興奮して僕の腕を掴んだ。
「流石だな。ロッシュ。ああも住民を説得してしまうなんて。私は常に高圧的な接し方をしていうのだと痛感させられたよ。反省せねばならないな。これで、この街を防衛拠点とすることに反対を言うものはいないだろう。早速、防衛拠点の相談を始めよう。壁の設置場所を今後のことも考えていかなければな。川にも堤防を設置したほうが良いだろうな。水田と言ったか、あれもぜひ導入したいな。あとは……。考えることが山のようだ。今夜は徹夜を覚悟したほうが良いな」
そういって、有無を言わさず僕を席に座らせ、会議を勝手に始めだした。マリーヌも呆れた様子で、一旦部屋の外に出て、コーヒーも持って戻っていた。もう何年も連れ添った夫婦みたいになっているんだなと二人を見て感じた。とりあえず、村の方に使いを出して、今夜は帰らないことを伝えなければ。皆が心配してしまうだろう。
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