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第72話 第一王子流浪 後半

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 進軍を開始して、数日が経った。おそらくイルス領にはもう入っているだろう。街らしい廃墟が見え始めた。あれは、ラエルの街だったか。イルス領の商業都市だったはず。王国でも、指折りの商業都市で、大量の物資と人がこの地に集まったと教えてもらったな。

 しかし、たどり着いたラエルの街には、人の影が一つもなく、畑は荒れ果て、まさに廃墟だった。それでもイルス領へ入って事への安堵感と雨風を凌げる建物があるおかげで、ゆっくりと休息を取ることが出来た。兵たちも疲労が顔に出ており、立っているのも、やっとと言った様子だった。私は、マッシュとともに村に向かうことにした。それ以外の者には、ラエルの街で待機することを命じた。

 参謀は、最後まで、攻めることを提言することを止めなかった。私は、彼に危険性を感じ、部下に命じて、廃墟の一室に隔離することにした。こうしておけば、彼の言葉に耳を傾けるものはいないだろう。1000名の兵を救うためには、私が村長を説得するしかない。私が失敗すれば、この者たちは……考えたくもなかった。

 私とマッシュは少しの休憩を取ってから、村に向かった。マッシュは、魔の森を通らずに迂回したほうがいいと進言したので、私は意見に従った。一度来ているのだ、彼の意見には従っておいたほうが良さそうだ。マッシュがもう間もなく村に到着しますと喜ばしいことを言ってくれた。私の体の疲労感が一気に吹き飛んだ。

 大河が見えるようになってきた時、その手前に、武装した一団が見えてきた。私達を発見したのか、赤髪の亜人が馬に乗って、こちらに近付いてきた。私は、逃げる準備をしたが、マッシュが馬に近付いていった。マッシュがなにやら亜人と話をしていた。こちらを指差しながら。すると、亜人が馬から降りて、マッシュと親しげにしだした。

 マッシュとともに、亜人がこちらに近付いてくる。私は身構えようとしたが、亜人の体格を見て、諦めた。亜人の体はよく鍛えられており、歴戦の猛者の風格を漂わせていた。このような配下がいれば、また状況は変わっていただろうに。

 赤髪の亜人は、私の前に立ちはだかった。マッシュは、私のことを亜人に紹介してくれた。しかし、亜人は、マッシュを制止し、本人から聞くと言って、私に向かって声をかけてきた。

 「オレは、村の自警団を指揮しているライルという。お前の名と目的を聞こう」

 「私は、 ルドベック=アウーディア。アウーディア王国の第一王子だ。村を訪れたのは、食料を支援して頂きたく参った。図々しい願いとは重々承知しているが、兵1000人が餓えて死にそうなのだ。なんとか、助けてくれないか」

 ライルは、自警団のトップと言ったな。この者に決定権があるとは思えなかったが、なんとかこの願いが村長に届いてほしいという一心の気持ちから、亜人に頭を下げて願い出た。これには、マッシュも驚いていたが、彼も私に続いて頭を下げだした。

 「オレに頭を下げられても困る。しかし、用件は了解した。この件については、一度村長に打診してみる。そこで待ってくれ」

 ライルは、自警団の一人を呼び出し、なにやら小声で伝言すると、その亜人は村の方にかけていった。そこで、しばし沈黙が流れた。私は、なるべく交渉材料になりそうなことを知るために、ライルに話しかけたが、悉く無視された。私がまだ味方と決まってない以上は、情報を漏らす気はないということか。小さな村と聞いていたが、兵の質は一流のようだ。

 私は、村の状況を少しでも理解しておこうとしたが、大河の向こうは覗くことは出来なかった。それでも、大河には大規模な堤防が築かれており、大量に水を張っている池のようなものがいくつか点在していた。それをマッシュに聞いたが、彼がこの村に来たときには、ただの沼地だったらしい。こんな大規模のものを一年足らずで作ってしまうとは、この村は何かあるとしか思えない。

 私は、自警団の方に目を向けた。ライルは私の側を離れる気はないようだ。他の団員は、こちらを常に警戒をしている。私が少しでも不穏な動きを見せたら、すぐに捕らえに来ることは容易に想像がついた。参謀は少人数だと思って、侮っていたが、彼らが敵に回った場合、こちらの軍の損害は大きかっただろう。むしろ、負ける気すらしてくる。それほどまでに、この自警団という組織は練度が高く、士気も旺盛に感じる。

 少しの時間だが、かなり長く感じる時を過ごした。村の方から、亜人と馬に乗った二人組が近付いてきた。徐々に見えてきた光景に、私は言葉を失った。亜人の他にいる人間二人。村長と思しき男と見知った女性がいたのだ。マーガレットがなぜ、ここに? 私の頭では理解が追いつかなかった。マーガレットは王都を脱出し、姿を消したと報告を受けていたが、まさか、ここに逃げていたとは……

 マーガレットは、馬を降りると、私の方に駆け寄り、ひしっと抱きしめてきた。小声で、よくぞ無事にいましたね、と優しく声をかけてくれた。私は、王都を抜け出して以来、初めて安心できる肉親と再会したことで、ふいに涙を出してしまった。いや、号泣してしまった。

 私は、ここがどこなのかを思い出し、すぐさま涙を拭き、容姿を改めた。その男に対峙するために。私は、男の顔を見ていると、懐かしい顔を思い出した。辺境伯の面影だ……この男は、まさか……

 「ロッシュなのか? 」

 その男は、少しビックリした表情をしていたが、すぐさま頷いた。マーガレットは声を出さずに肩で笑っていたのが、少し癪に障ったが。そうか、ロッシュがこの地を統治していたのか。なるほど。そうであるならば、頼みやすくもなった。ロッシュと私は従兄弟に当たる関係だ。私の伯母が辺境伯の妻となり、その子供がロッシュなのだ。

 私が一人で頷いていたのに、ロッシュは少し不思議そうな顔になっていたが、すぐに領主の顔になった。

 「知っての通り、僕はロッシュだ。村長をやっている。まずは、この村にいる際は身の安全は保証しよう。兵がラエルの街に駐留していることも承知した。食料支援についても、すでに準備を始めているから安心してほしい。貴方の要望はすべて応えよう。ここでは話が出来ないので、屋敷に来てもらおうか」

 私は意外だった。こうもすんなり、すべての要求が通ってしまうとは。少し肩透かしを食らってしまった。ロッシュに任せておけば、兵の食料の心配はしなくて済みそうだ。

 「私のことはルドベック……ルドと呼んでくれ。ロッシュとは従兄弟に当たる。気安く呼んでくれると嬉しい。それと、私の申し出を受けてくれて感謝するぞ」

 私達は、ロッシュと共に村の屋敷に向かうことにした。この村の存在は信じられなかった。堤防は対岸の方にも長く築かれており、その周りに広大な畑が広がり、村人は畑で麦踏みをしていた。村人には笑顔が絶えず、苦しい表情をしているものもいなかった。

 さらに村人の衣類が新しいのだ。ボロを来ているものもいなくはないが、みんな身ぎれいな格好をしている。農具も新品同様で、活き活きと作業をしていた。この村だけ、戦争前から時が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 それにしても、話には聞いていたが、亜人が多いな。少し不安がよぎった。兵の中には、人類史上主義のものが多数いる。兵と村人といざこざがないといいが……

 屋敷に行く途中、マーガレットと、今までのことを話した。その中で、一番驚いたのは、マーガレットがロッシュと婚約していたことだ。この状況を脱したら、祝ってやろう。

 屋敷に到着して、亜人の女性が案内役となり、応接室に通された。久々に見る、まともな部屋。柔らかいソファー。座ると、体が沈み、心地よい感覚に襲われ、眠りそうになったしまった。まだ、緊張感を解くときではない。同行しているマッシュも緊張……してないな。まるで、実家に帰ってきたような表情をしている。私ももう少し、リラックスしてもいいかもな。

 案内役の亜人がコーヒーを持ってきてくれた。ミルクも添えられており、一瞬、カップを持つ手が震えてしまった。こんな贅沢は久しいな。いや、コーヒーは贅沢なのか? もう分からなくなってきた。コーヒーを一口飲むと、止まらなかった。すぐにコップからコーヒーが消えた。なんて、旨いんだ。そして、懐かしいのだ。すぐに、二杯目のコーヒーが持ってこられた。先程は、感謝を述べなかったのは失態だった。亜人の女性に礼を言うと、笑顔で返事を返された。癒やされるな。

 応接室に、ロッシュが現れた。私は、すぐに起立しようとするが、それを制止された。私は、立つ機会を失い、座ったまま目礼をした。ロッシュの他にマーガレットと初老の男が共に入ってきた。

 「待たせたな。こっちはゴードンだ。村の相談役をさせている。さて、話をする前に、要望通り、ラエルの街に食料を送っておいたぞ。すごい量となったが、1000人では数日分にしかならない。本格的なものは、後日となることだけ了承してもらいたい」

 これほどの好意を嫌な顔をせずにしてくれるとは、本当に信じられなかった。私は、今までの苦しみを思い出し、涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。従兄弟とは言え、年下のロッシュの前で涙を見せるわけにはいかない。さっきは、油断して号泣してしまったが……
 
 気持ちを落ち着かせて、ロッシュに深々とお礼を言った。私は、これ以上、要求を言うのは心苦しかったが、この村に来たのも助力を願うため。その目的を果たさなくてはならない。私は、ロッシュに無理難題を押し付けた。さすがのロッシュは、嫌な顔はしなかったが、悩んでいた。

 「ルドの申し出は理解しているし、気持ちも分からなくはない。しかし、現状として、この村の出来るのは食料支援程度しかない。そこで提案なんだが、この村に移住する気はないか? もちろん、条件は付けさせてもらうが。どうだろうか?」

 私は、断られることを承知で言ったのだ。覚悟はしていたが、助力を断られたからには、もう王都に帰ることは永遠にないものと少なからず絶望した。ロッシュの提案に従い、この村に移住したほうがいいのかもしれない。私は、ロッシュの提案を受けるつもりだ。大した問題ではないだろうが、条件を聞いておこう。

 「条件というのは、二つ。労働をすることと他の種族と平等に扱われることだ。これは、この村にいる皆に課せられた条件だ」

 私は、その条件については問題ないと思ったが、部下に不平を漏らすものがいるだろう。

 「もし、条件を破ってしまった場合は?」

 「決まっている。罰を与えるか、村を出ていってもらうかだ」

 条件を守らなければ、死ぬしかないということか。しかし、それだけの価値はこの村にあるのは確かだ。これについては、兵の各々に判断させようと思った。移住の話は、これで終わった。この後、小さいが宴を開くと言うので参加させてもらった。主賓は私だったようだ。そこの食事は、王城で食べたものより見劣りはするものの、今の時代では贅沢の限りを尽くしていると言われても疑わないほどのものが並んでいた。私の腹は、恥ずかしながらも盛大に鳴ってしまった。

 ロッシュは、私の生存を祝して宴を開いてくれたらしい。私は、マナーなど気にせず、貪るように食事を摂った。酒もあると聞いて、遠慮なく頂いた。酒精は強いものの、香りが豊かな酒だった。こんなのは王城でも口に出来なかっただろう。なんて素晴らしい村なんだろう。

 私は、王弟派の戦争について、話をした。第二王子や第三王子、第一王女の話を。
 この悲惨極まりない状況をなんとか、私は打破しようとしたが無理だった。そして、私はここにいる。この一年で、諦めの気持ちが芽生え、絶望を感じ始めていた。口では、王都奪還を主張していたが、実は、私にはその気はなくなっていた。この村で一生を過ごすのも悪くないと思い始めていた。

 せっかく宴を開いてもらったが、暗い雰囲気になったままお開きとなった。私は、ラエルの街に戻ろうとしたが、マーガレットから屋敷に泊まっていくように言われた。ロッシュもそうした方がいいというので、私は、屋敷に泊まることにした。

 久しぶりのベッドの心地にすぐに眠りについた。朝方に目が覚めるのだが、それから大変な一日が始まるのだった。
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