上 下
70 / 408

第69話 第一王子来訪と騒動①

しおりを挟む
 スタシャが屋敷を去ってしばらく経った頃。畑では、村人総出で麦踏みが行われており、今年は、面積が拡大したこともあって時間がかかっているようだ。ただ、今年は雪が少ないようで、作業は滞り無く順調に進んでいた。

 朝食を食べ終わり、執務室にて仕事をしていると、危急の用があると言う者が現れた。その者が言うには、ラエルの街に1000人ほどの軍勢が駐留を始めているという。その者は、最近、レイヤのもとで修行を始めた者で、ラエルの街の資材を村に運搬する途中で、軍勢を発見したそうだ。

 僕は、すぐにゴードンとライルを呼び出すようにエリスに頼んだ。エリスは事の重大性を感じ、すぐに行動に移してくれた。もしかしたら、戦になるかもしれない。そのためにも、薬の用意が必要だ。それに武器も必要となるだろう。マグ姉と鍛冶工房のカーゴも呼び出すことにした。失態だ。こんな近くまで軍勢の接近を許すことになるとは。これを乗り越えられたら……いや、まずは、乗り越えることだけを考えよう。

 ゴードンとライルが、急いでやってきた。先程の者を呼び出し、同じように報告をさせた。二人共、問題の大きさに驚いていた。まずは、情報収集をする必要がある。ライルには、すぐに自警団で斥候をしてもらうことを頼んだ。ゴードンには、戦争に備えて、食料を用意してもらうことにした。

 ラエルの街に駐留した軍は、すぐには動かないだろう。どこの軍勢かはわからないが、こちらに接触をしてくるはずだ。向こうだって、戦争を望んでいないだろうと思う。希望的観測であることは分かっているが、この村の戦力を考えると、こちらが劣勢である以上、攻められれば終わりだ。

 待たせていたマグ姉に、僕の口から状況を説明して、戦争が起きるかもしれないことを告げ、傷薬を大量に作ってもらうことにした。マグ姉は、すぐに行動に移った。しばらくしてから、カーゴがやってきた。

 最近、カーゴの腕はますます上がり、自警団用の武器の製造も始めていた。そのため、武器の在庫は相当あるということだ。それでも、心許ないので、武器の製造を急ぎでやってもらうことにした。それと、武器の在庫を屋敷に運び込んでもらうことにした。工房は、ラエルの街から見れば反対側だ。必要となった時に、間に合わなくなる可能性がある。

 カーゴも屋敷を飛び出すように出ていった。これで現状やれることはやった。あとは、ライルの報告を待つだけだ。ライルの状況次第で、村人を避難もしくは、戦闘に参加してもらう事になるだろう。

 僕は、屋敷で待機することにした。報告は、数時間後には届けられるだろう。ついに、戦争に巻き込まれてしまうのか。エリスは心配した顔で僕の側にずっといてくれた。そのおかげで、僕は落ち着くことが出来た。

 「エリス。ライルからの報告はまだかかるだろう。食事を摂って、待っていよう。すまないが、用意してくれないか」

 エリスは、すぐに食事を用意してくれたので、早い昼食を取ることにした。マグ姉も誘ったが、薬作りが忙しいと断られた。まるで、僕だけ緊張感がないみたいだ。エリスとの食事は無言が続いた。

 「エリス。この戦いは、避けては通れないものだ。遅かれ早かれ訪れたものだ。ただ、もう少し、準備をする時間が欲しかったが、そればかりは仕方がない。僕は、この村を全力で守るよ。せっかく、ここまで発展させることが出来たんだ。たかが1000人程度、なんとかなるさ。だから、エリスは安心してくれ。僕は、必ずエリスのことを守るよ」

 エリスは、頬が赤くなり、小さな声で、はい、と返事をした。ゆっくりと食事をした後に、コーヒーを飲んでいると、自警団の一人が報告に戻ってきた。

 早かったな。あと数時間はかかると思っていたが。

 団員は、川の近くで、軍勢の交渉役と遭遇した。交渉役は、第一王子と名乗る者とマッシュだった。第一王子の真否は不明だが、マッシュは顔がやつれていたものの本人であると確認された。向こうの要求は、食料支援とラエルの街の駐留を許可してもらうこと。という報告がもたらされた。

 やはり、向こうは交渉をしに来たか。1000人の軍勢と言えど、餓えには勝てない。長期戦となれば、不利になるのは食料が少ない方だ。しかし、マッシュとは懐かしい者の名前が出てきたな。去年の冬に、第一王子救援のための軍を出すよう、依頼に来た王国騎士団の青年だ。たしか、救援部隊が王都に到達した際、第一王子を探すため、部隊から離れたと聞いていたが。第一王子が本物だとしたら、合流できたのだな。そうすると、此処の情報を漏らしたのはマッシュということか。第一王子が本物かどうか知っているのは、この村では一人だけだ。

 すぐにマグ姉を呼び出した。忙しそうにしていたマグ姉は呼び出しにすごく不満そうだった。僕は、なだめつつ、報告をかいつまんで説明した。

 「そういうわけだ。第一王子の顔を知っているのはマグ姉しかいない。一緒に来てくれないか。第一王子の真否がわからない以上は、村に入れるわけにはいかないんだ」

 第一王子と聞いたマグ姉は、非常に驚いた顔をしていた。死んだものとばかり思っていたようだ。

 「わかったわ。私なら、間違いなくルドベックの顔を分かるわ。私の弟だからね」

 僕達は、すぐに出発することにした。団員が乗っていた馬に乗り、川に向かった。馬上では、マグ姉は僕にしっかりと抱きついていた。こんなに密着する必要はないんだけどな。すごくいい匂いがする。気持ちをそらすために、第一王子について聞くことにした。

 「ルドベックは、私と同じ歳の18歳よ。私とルドベックは双子の兄弟なの。私が姉で、ルドベックが弟よ。だから、ロッシュとは従兄弟になるのよ。見た目は、私と似ていると思うわ。嫌だけどね」

 思いがけない情報だった。僕に、もう一人親族がいるかもしれないのか。

 僕達が川に近づくと、自警団が見えてきた。そこには、自警団とは違う者が二人いた。第一王子とマッシュか……。僕達は馬から降りると、マグ姉が第一王子に向かって走り出し、抱きついた。あの反応を見る限りでは、彼は本物の第一王子らしいな。急に、第一王子は泣き出し始め、気持ちがいいほど号泣していた。僕は、彼が泣き止むのを待つことにした。第一王子は落ち着いたらしく、居住まいを正し、僕と対峙した。

 「……ロッシュなのか?」

 僕の名前を知っているのか? マグ姉を見ると、少し笑っている。そうか、僕は第一王子と幼少期に会っているのか。それにしても、なぜ、僕は覚えていないのだろうか?

 「知っての通り、僕はロッシュだ。村長をやっている。まずは、この村にいる際は身の安全は保証しよう。兵がラエルの街に駐留していることも承知した。食料支援についても、すでに準備を始めているから安心してほしい。貴方の要望はすべて応えよう。ここでは話が出来ないので、屋敷に来てもらおうか」

 第一王子は、驚いた表情をしていた。僕としては、戦争だけは回避したかった。第一王子の様子から察するに相当の餓えを経験しているはず。このまま、餓えを放置すれば、第一王子の判断無く兵は行動に移すかもしれない。第一王子には、最大限の便宜をするほうがいいだろう。食料支援の食料は、ゴードンに頼んである食料を融通すればいいだろう。

 「私のことはルドベック……ルドと呼んでくれ。ロッシュとは従兄弟に当たる。気安く呼んでくれると嬉しい。それと、私の申し出を受けてくれて感謝するぞ」

 僕達は屋敷に戻ることにした。自警団には、ラエルの街の情報収集を密にするようにだけ伝えた。あとは、ライルがうまくやってくれるだろう。マグ姉とルドは、仲良く話をしている。久しぶりに再会したのだ。積もる話もあるだろう。時々、ルドのビックリした声が上がっていたが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

異世界で農業をやろうとしたら雪山に放り出されました。

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたサラリーマンが異世界でスローライフ。 女神からアイテム貰って意気揚々と行った先はまさかの雪山でした。 ※当分主人公以外人は出てきません。3か月は確実に出てきません。 修行パートや縛りゲーが好きな方向けです。湿度や温度管理、土のphや連作、肥料までは加味しません。 雪山設定なので害虫も病気もありません。遺伝子組み換えなんかも出てきません。完璧にご都合主義です。魔法チート有りで本格的な農業ではありません。 更新も不定期になります。 ※小説家になろうと同じ内容を公開してます。 週末にまとめて更新致します。

転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。 俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない! 魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~

夢幻の翼
ファンタジー
 典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。  男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。  それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。  一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。  持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。

処理中です...