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王都編

126 閑話 料理人のテッド

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「上がったよぉ! 持っていってくれ!」

「若ぁ! 次の注文です!」

「おう!」

 活気溢れる厨房。

 次々と注文がやってくる。

 元から王都では繁盛店だったが、ますます繁盛したような気がする。

 それもロスティ様から頂いた『料理』スキルのおかげだ。

 このスキルで、料理に信じられないほどの磨きが掛かっている。

 しかし、あの晩……ロスティ様が作った料理には程遠い。

 あの境地に達するまでに後どれくらいの年月が……いや、一生を捧げても無理かもしれない。

 そう思ってしまうほどの料理だった。
 
 それでも、舌があの味を覚えている。

 何がなんでも、あの料理だけは再現してみせるぞ。

「おう。テッド。精が出るな」

「親父、そろそろ新作を考えてみないか? 実は思いついた料理があるんだ」

 その一言に親父がため息を付く。

「まったく……帰ってきたと思ったら、そんなに変わっちまうとはな。本当にいい出会いがあったんだな」

 いい出会い……ロスティ様との出会いは本当の偶然の連続だった。

 『料理』スキルを得るために、神から授かった『錬金術』を手放すことになったが、後悔はまったくない。

 これで神に見放されてもだ。

 一日一日が充実していて、王宮抱えという名誉ある仕事をしていても、この感覚を味わうことはなかった。

 店から最後の客が帰るのを見送る。

 これが日課だ。

 そして、新しい料理の研究をする時間だ。

 この時間が最高に楽しい。

 ところが、邪魔者がやってきた。

「邪魔するぜ」

 そう思うなら、来なければいいのに。

「何のようだ? メガス」

 メガスは幼馴染で、この店の跡継ぎになる予定だった男だ。

 我が最愛の妹……アイルの婚約者となろうとしていた男。

 そんな憎々しい男だ。

「おいおいおい。そんなに睨むなよ。お義兄さん」

「ふざけるな! お前の兄になった覚えなんかない! 今は料理の研究をしている最中なんだ。邪魔だから消えてくれ」

 メガスとは幼少の頃は本当に仲良しだった。

 メガスの家も代々料理屋だった。

 そして、幸運にもメガスは料理系スキルを取得していた。

 さらに両親から『料理人』スキルまで受け継いでいた。

 しかし、メガスはどこで足を踏み外したのか、悪の道に片足を突っ込んでしまった。

 そのせいで代々続けていた店を手放し、路頭に迷うことになった。

 そんな彼を両親が拾い、後継者に据えたのだ。

 だが、私が帰ってきたことによりメガスは元の生活に戻ってしまった。

「いいか? 俺は絶対に認めないからな。お前が俺より料理が上手いだと? ふざけたことをいいやがって。どこで手に入れたスキルか知らねぇが、料理の道はそんなに甘くねぇんだよ。絶対、お前を見返してやる。そして、この店は俺の物にしてやるからな」

 昔から言葉は汚かったが、どこか可愛げのあるやつだったのに……。

 完全にチンピラだ。

 だが、王宮抱えだった頃はもっと酷い客も多かった。

 なにせ、客の殆どは貴族様だ。

 こちらに難癖をつけるのは当たり前で、酷い要求を突きつけてくる貴族も多かった。

 それに比べれば……

 親父にもメガスがやってきたことを告げると苦笑いをするだけだった。

「気にしてもしょうがあるまい。もっともメガス君には悪いことをしてしまったかもしれないからな。なんとか、立ち直って欲しいものだ」

 親父なりにメガスを心配しているようだった。

 あんな奴、心配する必要なんてないだろうに。

 そんなときに通りを挟んで、向かいに大きな食堂が出来た。

 あれは……王都三本の指に入る老舗……なんだって、こんなところに店を?

 料理長は……メガス、だと!?

 親父はその話を聞いて、少しホッとしていた。

 しかし、これからどうなるんだ?

 看板の力というものは凄いな。

 この界隈では、うちの店が客を引っ張ってきていたが、ライバル店の出現により客足に変化が訪れた。

「親父。随分と客が持っていかれているな」

「うむ。さすがはメガス君だ。あの親父さんは本当に腕のいい料理人だった。きっとメガス君も……」

 ふと、メガスの言葉が頭をよぎった。

 メガスは本気でこの店を潰そうとしているのではないか?

 親父に言うと、客足が少し遠のいたくらいで潰されるわけがないと、高を括っていた。

 それからメガスの仕業としか思えないが、巧妙な嫌がらせが始まった。

 そのせいで客足は更に遠のいていく。

 なんとか、料理の味で客を引っ張ろうとしたが、悪い噂まで立ち、常連すら来店の頻度を減らしていった。

「親父。まずいんじゃないか?」

「うむぅ。まさか、こんな事態になるとは……料理の味だけを追求していれば、と思い30年やってきたが……」

 この店始まって以来の危機に立たされていた。

 このままでは店は本当に潰れしまう。

 そんな時に、嫌な奴がやってきた。

「よお。テッド。お困りのようだな」

「くっ……メガス。おまえのせいで!」

 メガスは鼻で笑うように、見下してくる。

「こっちはうまい飯を出しているだけだ。客が来ないのは、お前の腕が悪いせいだろ? 人のせいにするなよ!」

「……」

「まぁいい。今日はいい話を持ってきてやった」

 嫌な予感しかしない。

 メガスが提案してきたのは……料理勝負だった。

 負けたほうが店を撤退するというものだった。

 正直に言って、こちらに得がある話ではない……前だったら。

 今は、目の前の店が居なくなってくれればと願わない日はない。

 この勝負に勝てば……。

「おっと、勝てる気でいるな? だが、お前が負ければ……俺がこの店を継ぐぜ。そして……分かっているな? アイルちゃんは俺が貰うぜ」

 こんな奴に、妹をやれるか……。

 私にとっては店よりも妹の方が大事だ。

「ことわ……」

「引き受けよう」

「親父!」

「へへっ。じゃあ、日程は後で教えるぜ。じゃあな」

 メガスはいなくなり、親父と二人残った。

「どうして……」

「いいか? 料理人が料理対決を挑まれて、断るなんてするものじゃない。例え全てを失っても、危険があっても、常に自分の腕を信じ続けなければならない。テッドの腕は凄いと思うぞ。だから、自分を信じろ‼」

 料理人……そうだった。

 私は料理人だ。

 料理の神……ロスティ様から授かった『料理』スキル。

 これを手にして、負けるわけがない。

「ああ。分かった。やってやる」

「うむ。いい目だ。これを乗り越えたら、この店はお前が好き勝手にするがいい。あと一つ。お前に伝えておこう。実はアイルは……お前の実の妹ではないのだ」

「それって……」

 やる気は何百倍にも膨れ上がった。

 『料理』スキルがあらゆる技術を教えてくれた。

 そして、料理対決の当日……

 全ての料理の技術を駆使し、難しい命題をクリアしていった。

 まさに頂上決戦と言ってもいい、試合が続けられ……。

「勝者……テッド選手」

 私は恥ずかしげもなく叫んだ。

 私はテッド。

 十数年後、王都を代表する料理人となった。

 王宮から主席料理人になる話をもらったが断った。

 横には愛する妻がいる。

 ここからは絶対に離れるつもりはない。

 ロスティ様がお作りになった、あの料理をいつの日か再現するために私はひたすら料理道を邁進していく……。

 
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