上 下
44 / 142
冒険者編

44 ドブの中の真珠

しおりを挟む
 ドブ攫い……排水口などに溜まったヘドロを掻き出す作業だ。

 この辺りの事情は詳しくは知らないが、排水口なんて施設はどこにも見当たらない。

 しかし、あれだけのドブ攫いのクエストがあったんだ……なにか、臭うな……

 む? 本当に臭うぞ。

 地図を頼りに、右左と進むうちに大きな集落が姿を現した。

 サンゼロの街はもともとは鉱山の街。

 煤と灰、そして泥にまみれたような街。

 しかし、ここにある建物は……まるで王都にでもありそうな洗練されたものだった。

 各家には大きな庭があり、まるで犬でもいそうなほど、裕福な雰囲気がある……かつては。

 今は、庭と思われる場所は荒れ果て、草が生い茂る。

 建物は管理が行き届かないのか、ツルが壁一面に絡みついている。

 洗練された建物が並ぶ……廃墟だ。

 そして、目的のものがあった。

 排水溝だ。

 各家から延々と続く排水口。

 ただ、排水口の底は見えず、延々と見える真っ黒い道のようだ。

 ……急に帰りたくなった。

 踵を返して、もと来た道を戻ろうとした。

 臭い……

「もし……」

 見つかってしまった……。

「な、なんでしょ?」

「もしかして、ドブ攫いのクエストを受けてくださった方ですか?」

 ここで頷けば、ドブ攫いにまっしぐらだ。

「いやぁ。あははっ……ちょっと迷っちゃって……どうやら、ここではないようですね。それではぁ」

 そのまま、帰ろうとしたが、腕を掴まれた。

「逃さぬよ。おまえさんが握っている紙はなんだい? 私がギルドに提出したものだろ? ドブ攫いに来たんだろぉ?」

 ひいい。怖い。

 声からははっきりしなかったけど、近くで見て、はっきりと分かった。

 白髪まじりの婆さんだった。

 顔がものすごく怖い。怒ってる?

 それにしても、なんて力なんだ……。

「あれ? もしかして、ここでした? いやだな。逃げるだなんて……ドブ攫いでしょ? やりますよ。どこからやります?」

「おお、そりゃあ、助かるね」

 一転して、表情がにこやかなものに変わる。

「じゃあ、こっから始めてもらおうか……」

 …………

 終わった。

 夕方までかかってしまったが、なんとか終わらせることが出来たぞ。

 僕はやったんだ!!

 夕日に向かって、喜びの小躍りをしていると婆さんが姿を現した。

「さすが若い人だ。この調子で、あと一週間、頼むよ!!」

 ……? ????

「いやいやいや、何を言っているんですか? 今日一日の仕事だって、この紙に……あれ?」

 書いていないぞ。

 絶対に確認したはず……いや、待て。

 僕は新しいクエストを手に取ったな。

 それまでにボードに貼り付けられていたものは一日だけのもの。

 新しいやつも同じと思いこんでしまっていた。

「ほほほっ。じゃあ、頼みましたよ。一応、一日目のサインだけはしておくよ」

 呆然と立ち尽くす間に、婆さんはどことなく去っていった。

 宿に戻ると、ミーチャに徹底的に体を洗われた。

「臭いとかじゃないからね? なんというか……ほら、私だけ休んでいる形じゃない? だから、少しでもロスティの疲れが取れると良いなって思って……」

 体がひりひりするほど、タオルで擦られてしまった。

 痛くて、寝れない夜を過ごした……。

 それから一週間は、毎日ドブ攫い。

 もうね、凄いよ!!

 毎日やっているとね、ヘドロの良し悪しが分かってくるんだ。

 まぁ、いちいち説明はしないけど、一週間の予定が四日で終わらせることが出来た。

「やるね。あんた」

「お褒めに預かり光栄です。ローズさん」

 四日も通っていると、自然と仲が良くなるもんだ。

 この婆さんは、以前は教会支部で勤めていたらしく、老後の蓄えでこの地区の建物を住み移ったらしい。

 最初こそ、鉱山で賑わっていたサンゼロの街は住みやすかったらしいが、閉鉱が相次ぎ、だんだんと暮らしが難しくなっていったようだ。

 ドブ攫いだって、鉱山で働く人夫に頼んでいたのが、今はいない。

 そんなときにダンジョン騒ぎだ。

 ダンジョン求めて、人が集まり、ギルドが作られた。

「本当に助かったよ。ギルドがなかったら、私はここを引越ししないといけなかったからね。でも、私のような老人には行く宛もないからね」

 なんとなく寂しそうな顔をしていた。

「唯一の財産のスキルを売って、好きな場所にでも暮らそうとも思っていたんだよ」

 たしかにスキルを手放せば、まとまった金が入るだろう。

 そうすれば、好きなところに住むことは難しくないだろう。

「でもね。私のスキルはいわゆる……ゴミスキルってやつさ。教会でお目こぼしみたいな仕事を貰ってほそぼそと仕事をしていたんだけどね……この家だって、本当は借家なのさ」

 だんだんと寂しい話になってきたな。

 てっきり、洗練された建物に住んでいるから裕福な人かと思っていたんだけど、そんな事はなかったようだ。

 そういえば、『買い物』スキルも世間ではゴミスキルって言われているって、ミーチャに聞かされた時は驚いたもんだな。

 その時は有効性を肌で感じていたから、思い込むようなことはなかったけど……。

 一生付き合うとなると、どんな気持ちなんだろうか?

「ローズさんはどんな仕事を?」

「私はスキルの授受に関する仕事さ」

 んん? なんだか、気になる単語が出てきたぞ。

「神官長は全員『スキル授受』というスキルを持っているのは知っているね?」

 うん、全然知らない。

 けど、知っているふりをしておこう。

「私のスキルは神官長の保険として使えるって言うんで採用されたんだよ。まぁ、なんだかんだ働かせてもらったから文句はないけど……神官長を最後に一発殴りたかったもんだね」

 ローズさんと神官長の間に何があったか、ものすごく気になるが……。

 僕の関心はそこではない。

 『スキル授受』のスキルを持つ神官長の保険、そして、スキル授受に関する仕事……

 導き出される結論は……

「あの、聞くのはものすごく失礼だと思うんですけど……ローズさんのスキルって…・・?」

「ああ。別に隠す必要もないけどね。『スキル授与』ってやつさ。自分の持っているスキルを渡すだけの使い途がないものさ。本当にさ、神殿か、スキル屋で働けなかったら、無能者と何ら変わらないスキルさ」

「無能者なんて……」

「あんたに何が分かるっていうんだい!! 冒険者なんて、皆のあこがれじゃないか。それを出来るって言うことは、それなりのスキルを持っているんだろ? そんな人に私のような人間の気持ちが分かってたまるかい!!」

 何も言えなかった。

 たしかに今は『戦士』スキルなんて大層なものを持っている。

 最初から持っていれば、ローズさんの言うとおりなんだけど……。

「実は僕も無能者と蔑まれていた時があったんです。なんとか、スキルを買うことが出来て、立ち直ることが出来たんですけど……」

「本当かい? そんな人が実在するだなんて……まるでおとぎ話の主人公みたいだね……」

 ちょっと、何を言っているか分からなかったけど、ローズさんの機嫌は少しは直ったようだ。

 言って良いのかな?

 ダメかな?

「ローズさん。そのスキルを僕に譲ってもらえないでしょうか?」

 ローズさんの呆けた顔が凄く印象的だった。
 
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

処理中です...