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新スキル編

29 転機

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 無一文を脱し、運、八割、『買い物』スキル、二割のおかげで、大金を手にすることが出来た。

 生地の安定供給を実現しそうになり、この商売が軌道に乗ることが出来そうだ。

 着実に復讐を遂げるための、資金力。

 この調子で進めば、その素地も遅からず作れるだろう。

「ミーチャ、行ってくるね」

 いつものように宿を飛び出して、八百屋や生地屋などを回りながら、お買い得品を探し、トワール商会のライアン店長に買い取りをお願いした。

「ロスティさん。今日は旦那様が戻っておられますよ」

 旦那様? ふと誰のことか分からなかったが、あの爺さんのことか!!

 一月以上、会えずにいたので、ずっとお礼を言えず、モヤモヤした気持ちを抱えていた。

「是非、会わせてください。あの方のおかげで、ここまでやってこれたんです。お礼を」

「分かりました。では、品物はここに置いておいてください。私が責任を持って管理しておきますから。旦那様は奥にて待っておりますから、ロスティさんはそちらに向かってください」

「分かりました。お願いします」

 そういって、僕は店の奥に向かっていった。

 場所が分からなかったが、前に見た少年……たしかポポといったかな、が案内してくれた。

 『会長室』と書かれた部屋が目的地のようだ。

 中は部屋の名称ほど立派なものではなかった。

 僕もそれなり豪華な部屋というものを目にしてきたが、世辞でもそんなことは言えない程だ。

 簡素な作りで、まるで事務所のような雰囲気だ。

 その真ん中のソファーに見知った爺さんが座っていた。

「フォフォフォ。久しぶりじゃの」

「お久しぶりです。ずっとお礼を言いたかったので、お会い出来て良かったです。改めて、本当にありがとうございます!!」

「よいよい。儂達も少なからず利益があると報告を受けておる。だから、そんなに畏まらなくても良い。それよりも、儂はお主に謝罪をしなくてはならないことがあるのじゃ」

 さっきまで笑顔だった爺さんの顔が急に真面目な……少し威厳に満ちた、威圧感を感じる様な表情に変わった。

 なんだか嫌な予感がする。

 正直、順調な今を壊すようなことがありそうで、聞くのが怖い。

「な、なんです?」

「実はの、お主のことが商業ギルドにバレてしまったのじゃ。いや、正確には、バレそうになっておる。これは儂達のミスによるものなんじゃが……」

 商業ギルドにバレる?

 そんなことを言われてもピンとこないな。

 確か、商売をするにはギルドの許可が必要。ここまでは知っている。

 つまり、僕はそれを無視して商売をしていることになっている。

「ふむ。イマイチ分かっておらんようじゃな。よいか? お主は商業ギルドを無視して、商売をしていた。ここまでは分かるな?」

 そこまでは分かっている。

 言う通り、ギルドで許可状がもらえなかったから、黙って商いをしていた。

「商業ギルドは商業のすべてを司る場所じゃ。そこを無視して、商売をすれば犯罪になるのじゃ。良くて罰金、悪ければ牢屋行きか、国外追放まであるの」

 初めて聞く話に、額に汗が浮き上がってくる。

「ちょ、ちょっと!! それ、すごくマズイじゃないですか!!」

「うむ。非常にマズイな。それでな、お主には済まないとお思っているが、ほとぼりが覚めるまで、ボリの街を去ったほうが良いと考えておる」

 つまり、出て行けと?

「それは僕が邪魔になったからですか?」

「そうではない。この話はボリの商業ギルド内に留まっておるのじゃ。しかも、半信半疑といった状態で確信にはなっておらん。儂達はこれ以上のボロを出すつもりはないが、お主が捕まってしまうと、かばうことも難しくなるのじゃ。だったら、この街から姿を消すのが一番じゃ。ボリのギルドもそこまで深追いはして来ないじゃろ」

 頭が真っ白になった。

 やっとこれからというところだったのに。

 ボリの街にも知り合いが増えて、商売を軌道に乗ってきたと言うのに。

 どうしていいか分からず、考えが堂々巡りする。

「わかったじゃろ? 今の商業ギルドのあり方が。どれほど歪かなのかを。どんなに才覚があっても、何年もの修行か、『商人』スキルがなければ商いができないというのはおかしな話じゃ。儂もお主にはもっと商いをしてもらいたかったが……残念じゃ」

「いいえ……」

 それしか言葉が出なかった。

 この爺さんのおかげで、今、それなりの暮らし……いや、未来を見ることが出来るんだ。

 そんな恩人に何かを言えるわけがない。

 言った瞬間、僕はただの節操無しとなってしまう。

 そうなると残された選択肢はあまりなさそうだ。

 とにかくボリの街をでなければならない。

 商業ギルドに捕まれば、トワール商会にも迷惑がかかってしまう。

 別の街で商売をすることになるけど……。

「僕が他の街でに行っても、トワール商会と商売が出来るでしょうか?」
 
 はっきり言って、トワール商会がいなければ、僕のやり方の商売なんて上手くいくものではない。

「お主の不安はもっともじゃな。正直、難しいかもしれんの。トワール商会の支店は何店舗かあるが、今回の一件で商業ギルドに当分は睨まれることになるじゃろう」
 
 トワール商会が難しいとなると……。

「誰か紹介をしてくれないでしょうか?」

「ふむ。お主が許可状を持っていれば、いくらでも紹介は出来るのじゃがな。しかし、危険を冒してまでもお主のために商いを手伝う者もおらんじゃろ。ギルドに反感を持っている者は多いが、表立ってする者もおらんからな」

 なんてことだ……。折角得た、知識や経験が全て無駄になってしまうということか……。

 商人の道が完全に塞がれてしまったら、どうすればいいんだ……。

 いや、待てよ。『商人」スキルはどうだろうか? 

 今の手持ちなら買えるかも知れない。

 しかし、爺さんはいい顔はしなかった。

「それはどうかの? 『商人』スキルは需要の高いスキルじゃ。それに商人の家系は代々相続の対象になるじゃろうから、なかなか市場に出てこないのじゃ。前に破産した商人が手放した『商人』スキルがあったが、価格は5億トルグ。しかも、十年前の話じゃ」

 その情報に愕然としてしまう。

 どこかで修行をしない限り、商人には絶対になれないんじゃないか。

 そうなると新たなスキルを得て、仕事を変えるしかないのか……。

 時間的に余裕があるわけではないのに……。

「分かりました。他にスキルを探して、違う仕事を見つけようと思います」

「本当にそれでいいのじゃな?」

「はい。手元にはまとまったお金もありますから、それなりのスキルが手に入ると思いますから」

「……」

 爺さんが急に無言になり、何かを閃いたよう表情になった。

「いい考えがあるが、聞かぬか?」

 爺さんのそんな一言に、頷けないほど、僕に度胸はない。

 なんとか縋り付く思いで、力強く頷いた。
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