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公国追放編
04 邂逅
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ミーチャ姫に声を掛けられ、僕は顔を上げた。いつまでも寝そべっているわけにはいかない。激痛が走るが、なんとか上体だけを起こすことが出来た。
「ミーチャ様。お久しぶりです」
満身創痍な体を見て、ミーチャの大きな黒い瞳がさらに大きく見開かれていた。
「まぁ、なんて姿をしているんですか。怪我を負っているではありませんか」
「いや、これは……剣術の修行でちょっと……」
ミーチャ様の前で無様な姿を見せてしまったことに後悔をしつつも、なんとか格好つけようと嘘をついてしまった。
「今、回復魔法を。私程度では大した効果はありませんが」
「助かります」
ミーチャ様は僕の傷口に手をかざし、呪文を詠唱するとにわかに手が光り始めた。直後に光りに包まれて傷口がポカポカと暖かくなり、傷が徐々に塞がっていった。
「ふう。これで大丈夫でしょう。それにしてもこれほどの怪我を負う修行とは。……本当に修行だったんですか?」
ミーチャ姫に訝しげに見られると、全てを見透かされているようで嘘を突き通す自信が無くなってしまう。
「実はタラス兄上とやり合いまして」
隠すことを諦め、正直に話すことにした。
「バカですか? スキル持ちと戦うなど。自殺行為のようなものですよ!!」
「それはミーチャ様であんまりです」
でも、ミーチャ様の言う通りだ。タラスを侮っていた自分のスキルへの認識の甘さが情けない。
「すみません……でも、こんなことが続いたら、ロスティの体がもちませんよ。これでもロスティのことを心配しているんですよ」
「フフッ。ミーチャ様は本当に心配症なんですね」
ミーチャ姫はなにかと僕に気遣ってくれる。嬉しいんだけど、男としてなんだか複雑な気分になるんだよね。
「な、なによ。笑うことないじゃないですか。私はあの時からずっとロスティをお慕いしているのですから。心配して当然ではないですか!!」
「また、その話ですか……」
何度目だろうか? ミーチャがあの時と語るのは、いつも同じ場面のことだ。
あれは僕がまだ八歳だった頃……年賀の挨拶をするために、両親と共にトルリア王宮に出向いたときの事だ
。貴族達が集まる会場で両親とはぐれてしまい、王宮の周りを探している時に池の畔に一人で寂しそうにしている少女を見つけた。
なんとなく少女が気になってしまった。近づくと少女はまるでお姫様のような豪奢なドレスに身を包んでいることが分かった。彼女はさぞかし身分の高い貴族の令嬢と思い、普段教えられている通りに丁寧に挨拶をしたんだ。
「失礼します。僕はナザール公国フェーイ=ティモ=ナザールが子ロスティ=スラーフ=ナザールとお申します。お嬢様。このような場所でどうなさいました?」
迷子になっている僕が言う台詞ではないとその時は気づかなかった。
少女は僕の存在にやっと気づいたようで、顔をこちらに向けた。どうやら泣いていたようで涙の跡が残っていた。
だけど僕が気になったのはそこではない。彼女の容姿だった。誰もが振り向くほどの美少女だったんだ。この大陸では珍しい褐色の肌。紫色の長い髪に黒い瞳だ。僕の胸はドキッとして、時が止まったような、そんな衝撃を受けたんだ。
でも、同時に父上から聞いたことがあることを思い出していた。褐色の肌は魔族の血が入っていると言われており、忌み嫌われる存在である。そして黒目もまた、不吉な色とされていることを。
ただ、子供だった僕にはそんなことを気にするはずがない。少女に自然とハンカチを差し出していた。
少女は何度もハンカチと僕の顔を行ったり来たりして、呆然とした表情を浮かべていた。
「私が怖くないの?」
か細く、繊細な声をした少女の最初の言葉がこれだ。印象的で忘れることが出来ない言葉だった。
「全然!!」
「そう。私の容姿を怖がらない人が王宮にいたなんて……ううん。ありがとうね」
ハンカチを受け取った時の少女の笑顔はとてもかわいかった。初めて人を好きになった瞬間だった、かもしれない。
すると後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、父上が呼んでるみたいです。行かないと。失礼します!!」
それから数年後、王家から婚約者が来ることが決まり、初めて顔見せをした。その時、あの池の畔にいた少女がミーチャ姫であることを知ったんだ。あれから随分と時間が経ったんだな。
……まだ痛みが残る体を起こし、屋敷に戻ることにした。ミーチャ姫が当たり前のように体を支えてくれる。彼女の肌のぬくもりを感じて、なにやら恥ずかしい気持ちになってしまう。
「一人で歩けるから……」
「いいえ。私がお手伝いをして差し上げます。将来の旦那様なんですから」
僕はさっきのタラスとの戦いを思い起こす。完膚なきまでに負けてしまった戦いを。ミーチャはあくまでも後継者となる者の婚約者だ。今はタラスがリードしているように思えてしまった。
「後継者が僕と決まったわけではないですよ。もしかしたら兄上がなるかも」
「いいえ。後継者はロスティよ。だって、私の旦那様はロスティしか考えられないもの」
真っ直ぐと答えるミーチャの姿は時折羨ましくもある。彼女はいつだって、自分に正直だし、僕に勇気をくれる。
「なんですか? その理屈は」
ミーチャはこれから一年間は公家預かりの身となった。婚約者は結婚式をする一年前に相手の家に預かりとなるのが風習となっている。もちろん貴族間だけのものだが、裕福な家でもその風習を取り入れているらしい。
これから毎日ミーチャに会えるのは嬉しい。だけど、同時にタラスと顔を合わせなければならないと思うと身の毛がよだつ。あの醜悪で性格で捻じ曲がったな面を見なければならないなんて……。
しかし、僕を甚振《いたぶ》るのは三日で飽きてしまったようで、顔を見せなくなった。
ただ、時々思い出したかのように殴りにやってくる。その時の暴力は、剣で執拗に叩きのめしてくる酷いものだった。。ミーチャの回復魔法がなかったら、僕の体は再起不能になっていただろう。
くそっ……最初に変な約束をしなければよかったな……。
「ミーチャ様。お久しぶりです」
満身創痍な体を見て、ミーチャの大きな黒い瞳がさらに大きく見開かれていた。
「まぁ、なんて姿をしているんですか。怪我を負っているではありませんか」
「いや、これは……剣術の修行でちょっと……」
ミーチャ様の前で無様な姿を見せてしまったことに後悔をしつつも、なんとか格好つけようと嘘をついてしまった。
「今、回復魔法を。私程度では大した効果はありませんが」
「助かります」
ミーチャ様は僕の傷口に手をかざし、呪文を詠唱するとにわかに手が光り始めた。直後に光りに包まれて傷口がポカポカと暖かくなり、傷が徐々に塞がっていった。
「ふう。これで大丈夫でしょう。それにしてもこれほどの怪我を負う修行とは。……本当に修行だったんですか?」
ミーチャ姫に訝しげに見られると、全てを見透かされているようで嘘を突き通す自信が無くなってしまう。
「実はタラス兄上とやり合いまして」
隠すことを諦め、正直に話すことにした。
「バカですか? スキル持ちと戦うなど。自殺行為のようなものですよ!!」
「それはミーチャ様であんまりです」
でも、ミーチャ様の言う通りだ。タラスを侮っていた自分のスキルへの認識の甘さが情けない。
「すみません……でも、こんなことが続いたら、ロスティの体がもちませんよ。これでもロスティのことを心配しているんですよ」
「フフッ。ミーチャ様は本当に心配症なんですね」
ミーチャ姫はなにかと僕に気遣ってくれる。嬉しいんだけど、男としてなんだか複雑な気分になるんだよね。
「な、なによ。笑うことないじゃないですか。私はあの時からずっとロスティをお慕いしているのですから。心配して当然ではないですか!!」
「また、その話ですか……」
何度目だろうか? ミーチャがあの時と語るのは、いつも同じ場面のことだ。
あれは僕がまだ八歳だった頃……年賀の挨拶をするために、両親と共にトルリア王宮に出向いたときの事だ
。貴族達が集まる会場で両親とはぐれてしまい、王宮の周りを探している時に池の畔に一人で寂しそうにしている少女を見つけた。
なんとなく少女が気になってしまった。近づくと少女はまるでお姫様のような豪奢なドレスに身を包んでいることが分かった。彼女はさぞかし身分の高い貴族の令嬢と思い、普段教えられている通りに丁寧に挨拶をしたんだ。
「失礼します。僕はナザール公国フェーイ=ティモ=ナザールが子ロスティ=スラーフ=ナザールとお申します。お嬢様。このような場所でどうなさいました?」
迷子になっている僕が言う台詞ではないとその時は気づかなかった。
少女は僕の存在にやっと気づいたようで、顔をこちらに向けた。どうやら泣いていたようで涙の跡が残っていた。
だけど僕が気になったのはそこではない。彼女の容姿だった。誰もが振り向くほどの美少女だったんだ。この大陸では珍しい褐色の肌。紫色の長い髪に黒い瞳だ。僕の胸はドキッとして、時が止まったような、そんな衝撃を受けたんだ。
でも、同時に父上から聞いたことがあることを思い出していた。褐色の肌は魔族の血が入っていると言われており、忌み嫌われる存在である。そして黒目もまた、不吉な色とされていることを。
ただ、子供だった僕にはそんなことを気にするはずがない。少女に自然とハンカチを差し出していた。
少女は何度もハンカチと僕の顔を行ったり来たりして、呆然とした表情を浮かべていた。
「私が怖くないの?」
か細く、繊細な声をした少女の最初の言葉がこれだ。印象的で忘れることが出来ない言葉だった。
「全然!!」
「そう。私の容姿を怖がらない人が王宮にいたなんて……ううん。ありがとうね」
ハンカチを受け取った時の少女の笑顔はとてもかわいかった。初めて人を好きになった瞬間だった、かもしれない。
すると後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、父上が呼んでるみたいです。行かないと。失礼します!!」
それから数年後、王家から婚約者が来ることが決まり、初めて顔見せをした。その時、あの池の畔にいた少女がミーチャ姫であることを知ったんだ。あれから随分と時間が経ったんだな。
……まだ痛みが残る体を起こし、屋敷に戻ることにした。ミーチャ姫が当たり前のように体を支えてくれる。彼女の肌のぬくもりを感じて、なにやら恥ずかしい気持ちになってしまう。
「一人で歩けるから……」
「いいえ。私がお手伝いをして差し上げます。将来の旦那様なんですから」
僕はさっきのタラスとの戦いを思い起こす。完膚なきまでに負けてしまった戦いを。ミーチャはあくまでも後継者となる者の婚約者だ。今はタラスがリードしているように思えてしまった。
「後継者が僕と決まったわけではないですよ。もしかしたら兄上がなるかも」
「いいえ。後継者はロスティよ。だって、私の旦那様はロスティしか考えられないもの」
真っ直ぐと答えるミーチャの姿は時折羨ましくもある。彼女はいつだって、自分に正直だし、僕に勇気をくれる。
「なんですか? その理屈は」
ミーチャはこれから一年間は公家預かりの身となった。婚約者は結婚式をする一年前に相手の家に預かりとなるのが風習となっている。もちろん貴族間だけのものだが、裕福な家でもその風習を取り入れているらしい。
これから毎日ミーチャに会えるのは嬉しい。だけど、同時にタラスと顔を合わせなければならないと思うと身の毛がよだつ。あの醜悪で性格で捻じ曲がったな面を見なければならないなんて……。
しかし、僕を甚振《いたぶ》るのは三日で飽きてしまったようで、顔を見せなくなった。
ただ、時々思い出したかのように殴りにやってくる。その時の暴力は、剣で執拗に叩きのめしてくる酷いものだった。。ミーチャの回復魔法がなかったら、僕の体は再起不能になっていただろう。
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