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第9話 空白の時間

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驚愕に彩られた鉱山長の表情は戻る気配はなかった。

考えてみれば、マリーヌがいなくなって三年だ。

それが急に姿を表せば驚くのは当たり前か。

僕だって相当驚いたもんな……

「おまえがどうして、ここにいるんだ」

変な言い方だな。

村に来てはいけない理由? があるみたいだ。

それとも、来れない理由? 

なんにしても、鉱山長の表情はマリーヌの存在に喜んでいるような感じではなかった。

「この人は誰ですか? ロレンス様」
「ああ……」

「俺の顔を忘れたっていうのか!? あんなに酷いことをした俺を……」

どういうことだ? 

鉱山長は急に膝を折り、マリーヌに対して頭を何度も何度も下げていた。

その光景は、子供がいたずらしたことを親に謝っているようだった。

それほど、必死に謝っているように見えた。

「はぁ。謝られても困るんですけど。私はあなたを知りませんし、知りたいとも思いません。今はとにかく旅を急いで……」

彼女の考えはそうかもしれないが……

(マリーヌは知りたいかい? 僕は知りたい。マリーヌに何が起きたのか)

「鉱山長。頭を上げてください。そして、教えてください。マリーヌに何を……したんですか?」
「勘弁してくれ。言えねぇ。言えねぇよ」

大きな体を小さくして、震えるように謝り続ける鉱山長。

彼女は興味がないのに、明後日を向いている始末。

「鉱山長!! いい加減にしてくれ!! マリーヌはどうしていなくなった。どうして、急に姿を現した。どうして……マリーヌが刺されなければならなかったんだ。全て知っているんだろ? 教えてくれ!! 頼むから……教えてくれ。何も知らないのは嫌なんだ」

つい涙が溢れ、鉱山長の胸ぐらを掴んでいた。

鉱山長はその姿にあっけを取られていたが、すぐに視線を反らしてしまった。

「……」

鉱山長の口は硬く、なすすべを無くした僕は手を離し、後ろを振り向いた。

「さあ、行こうか」
「はい。ロレンス様と一緒に行けるなんて、私はとても嬉しいですよ。どこにまずは向かいましょうか?」

「……待て」

もはや諦めて立ち去ろうとしていたら、鉱山長が呼び止めてきた。

「話す気になったんですか?」
「いや、思い出してな……マリーヌはいつも……本当にいつもロレンスの話をしていた。そして、気にかけていた。マリーヌ……ロレンスと一緒になれて……良かったな」

彼女は首を傾げて、何を言われているのか分からず表情は一切変えなかった。

「怒っているだろうな。無理はない。怒られて当然のことをしたんだ。お前を三年間も牢獄に閉じ込めたのは、この俺だ……そして……最後にお前を殺したのも……俺だ」

何を……何を言っているんだ?

牢獄?

閉じ込めていた?

いなかった三年間……マリーヌは牢獄にいたっていうのか?

そんな……てっきり、他の街に移り住んでいたんだと。

マリーヌはそんな事は言っていないし、そんな顔を一つも見せなかった。

ずっと笑顔で……笑っていたんだ。

なんで、そんな事をされないといけないんだ。マリーヌが何を……何をしたっていうんだ。

「ロレンス。お前の気持ちは分かる。俺も……言える立場ではないが、やりたくなかった。だが、やらねば……村が終わっていたんだ。だから……」

「そんなの……そんなの、どうだって良いだろ!! なんで……マリーヌがそんな目に遭わないといけないんだよ。マリーヌは小さいときからずっと一人ぼっちだった。村の人たちからずっと嫌われていて……村長さんだけだった。マリーヌを見ていてくれたのは」

あまりの怒りと悲しみが襲い掛かってきて、立っていることも出来ずに座り込んでしまった。

「村長さんがいなくなってから、マリーヌはすぐに姿を消した。こんな村に未練はないだろう。きっと違う街に移動したんだ。そう思っていたんだ。それなのに……牢獄って……ひどすぎるよ。こんなのって……」

「済まない。俺は今回の出来事ですべて間違っていたことを知った。村にとって良かれと思ったことが、あいつらにとっては……どうでもいいことだったんだ。それなのに……俺はマリーヌを手に掛けた」

さっきから何を……マリーヌは生きていた。

襲撃が起きる前は、絶対にマリーヌだったんだ。

村を一緒に出ようって誘ってくれたんだ。

あれがマリーヌじゃない?

「マリーヌは死んでない。鉱山長は失敗したんだ」
「それは……ない。確実に殺したはずだ。邪魔してきた魔獣もろともな」

魔獣? 魔獣ってまさか……

「マリーヌはいつからか牢獄で魔獣を飼っていた。どこからか迷い込んだんだろう。誰もいない牢獄だったし、その魔獣がいればマリーヌは大人しかったからな」

「俺はマリーヌと魔獣を殺して……牢獄に火を放った。これで死なないはずがないんだ……そうだろ? マリーヌ。お前は一体、何者なんだ? やっぱり……魔族なのか?」

「マリーヌは……魔族なんかじゃない。お前たちはずっとマリーヌをそう呼んでいた。でも、僕は知っているんだ。マリーヌはとても心優しい人間なんだ。その言葉のせいで、マリーヌがどんなに苦しんでいたか」

怒りがこみ上げてくる。

でも分かったよ。

この村は……マリーヌの敵だ。

マリーヌを徹底的にイジメてきた。

酷い仕打ちをし、最後には命まで奪う。

この村は今日襲ってきた奴らと一緒だ。

「ロレンス……済まなかった。俺はマリーヌに取り返しのつかないことをしてしまった。本当に……」
「もういいよ。鉱山長。話は十分だ。聞きたくもない話を十分に聞かせてもらったよ。だから……僕は……」

右手を鉱山長に近づける。

この気持ち……尊敬してきた人に裏切られる気持ち……つらい……耐えられない。

憎しみが心を支配していく。

右手が鉱山長の頭に当たる。

「消えてくれ……」

……何も起きなかった。

鉱山長も何が起きているの変わらない様子だったが、言葉の通り、立ち上がり頭を下げて消えていった。

消滅しなかった。僕の右手で鉱山長は消せなかった。

それもそのはずだな。鉱山長には僕に対する敵意なんて無いんだから。

だけど、僕は本気で鉱山長を殺そうとしていたんだ……あの襲撃者のように。

立ち尽くす僕の横に彼女が立った。

「終わりましたか? なにやら興味深い話がいくつかありましたね」

今は何も話したくない。

今までずっと暮らしてきた村。

僕を育ててくれた村。

このまま一生を過ごそうと思っていた村。

それが一瞬で憎い村になってしまった。

もう二度と…・・この村には来ないだろう。

戻る場所はもうない。あとは先に進むだけだ。

「行こう……セフィトス」
「はい!!」

もはや後ろを振り向く必要はない。

ただ一箇所だけ立ち寄りたい場所があった。

「ここにはマリーヌはいませんよ?」
「いいんだ。そうだとしても、マリーヌはここで最後を迎えたんだ。ここで誓いを立てるんだ」

「誓い……ですか?」
「ああ。僕はマリーヌを取り戻すよ。セフィトス、君には悪いが、体は返してもらう。そのためには何だってする。マリーヌが帰って来て笑ってくれるんだったら……何だって……」

「くぅーん」
ワンちゃんが何度も体を擦りつけてくる。

「そうだな。お前の飼い主だもんな。会いたいよな。絶対に合わせてやるからな」

ワンちゃんを何度も撫でる。

「あのぉ。その誓い通りだと私はどうなるんでしょうか?」
「さあ?」

「いやいや。ちゃんと考えてくださいよ。私も大切にしてくださいよ。私とマリーヌが生き残る方法を。そうでないと、協力しませんよ!!」
「もちろんだよ。セフィトスの事は必ず僕が守るよ。絶対に……」
「えへへ」

セフィトスの体はマリーヌなんだ。

守るのは当たり前だろ?

(マリーヌ、見ていてくれ。君を救い出したら……改めて一緒に旅に出よう。その時に僕は君に伝えよう。僕の気持ちを……)
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