絶対にスパダリと結婚します~玉の輿を目指す営業男子の婚活BL~

nuka

文字の大きさ
上 下
6 / 51
本編

4

しおりを挟む

 外に出て眩しい夕日に目を細めた。せっかく新宿まで出てきて、これで帰るのはもったいない。むしろ、朝バタバタと書類を集めているときから、新宿に済んでる親友の家に寄ることに決めていた。

 新宿といっても相当な外れで、慣れるまでは何度も迷ったか。雑居ビルの隙間をぐんぐん進み、おばけが出るらしい恐怖のトンネルを通り抜け、カラスが一斉に飛び立っていった先に現れたのは、夕日を背景にツタの葉が生い茂るボロアパートだ。インターホンが壊れているのでかわりにドアを叩く。が、返事は待たない。

「入るぞーっ」

 俺がドアを開けると、部屋の奥で机に向かっていた男が振り向いた。大学時代の同級生・雨宮 誘(あまみや ゆう)。いつ見ても小汚い格好に無精髭で、せっかくの男前を台無しにしている。

「あれ、透くん。いらっしゃ~い」

 ヘラヘラした笑顔で俺を歓迎してくれた。

「用事で近くまで来たから寄ってみた」

「嬉しいな、ちょーど暇してたとこ」

「っていうか、誘はいつも暇だろ」

 靴を脱いで上がり込み、ぶら下げていたレジ袋をローテーブルに置いた。あー重たかった。コンビニで買ってきた品をざっと出して、ジュースとビールを持ってもう一度立ち上がる。床には一昨日一緒に遊んだゲームソフトやコントローラーがそのまま転がっていた。

 誘は大学卒業後に就職をせず、金が尽きたときだけ日払いのバイトをしてる呑気なフリーターで、大体いつもアパートにいるので、俺は好き放題に出入りさせてもらっている。たまには留守なこともあるけど、鍵はかかってないから、帰ってくるまで好きに過ごして待つのも好きだ。

 机に向かっている誘にビールを差し出て隣に座った。

「サンキュー」

 誘の趣味は、鉛筆一本で壮大な立体迷路を描くこと。

 円錐形の頂点から下に降りていく流れのようだが、立体は5つに輪切りされ、それぞれ別方向に回転がかけられているためかなり複雑だ。パソコンを使わずに頭の中だけでこんなことができるほどのハイスペックな頭脳を持ちながら、顔の良さと同じくとことん無駄遣いをしている。俺は誘の隣に座り、結婚相談所に登録してきたことを告げた。

 誘の手が止まる。いつ見ても眠たげな垂れ目を俺に向けた。

「……は? どーゆーこと?」

 眉間にシワを寄せた誘の前に、鶴矢さんからもらったばかりの結婚相談所のパンフレットを差し出した。

「ここのテレビがゲーム専用とはいえ、さすがに知らないわけないよな? 昨日から日本でも同性婚がスタートしたんで、俺もそうしようと思ってさ。結婚して仕事を辞めて、専業主夫になるっ」

 今朝のニュースによると、初日ですでに二万組以上の新婚さんが誕生したらしい。鶴矢さんいわく、俺のように同性婚がスタートしたのをきっかけに結婚へ意識が向いた人はとても多くて、これからしばらくは結婚ブームがつづくに違いないそうだ。俺の運命の人も、きっとどこかで俺を探してる。

「同性婚のことは知ってたけど、専門の結婚相談所があるとは知らんかった」

 ぺらぺらとパンフレットをめくる誘は、俺の恋愛対象が男なのは昔から知っている。何故なら誘は学生時代、俺に惚れられて告白されたから。そしてその場で俺をフった。今では無かったも同然になってる話だけど。

「はぁー」

 誘が呆れたような深いため息を吐いた。

「仕事辞めたいっていうのは散々聞いてたけど、そうくるか。今どき永久就職って……」

「ナイスアイディアだろ?」

「どこが~~? 今の仕事が嫌なら転職にしなよ、職探し俺も手伝うからさ」

「はぁ~~~!?」

 今度は俺の方から、盛大なため息を浴びせてやった。

 転職だって? ろくに働いたことのない奴がよくも軽々しく言ってくれる。そんなド正論なんか聞きたくない!

 誘にあげた缶ビールを奪い取り、一気にイッて空にしてやった。俺は酒に弱くて普段は全く飲まない。一回オエッとなったが、ギリギリ飲み込んで、一息つくとすぐに酔いが回ってきた。

「バカ誘!! 今まで俺の話の何を聞いてたんだよ!? 俺は職場を変えたいんじゃなくて、働くのを辞めたいの! 朝から満員電車に揺られて痴漢されて、やってもやっても振ってくる仕事に走り回って、毎日残業。サラリーマンなんか、もうウンザリなんだよぉっ!!」

「うんうん、うんうん、俺が悪かった。謝るから泣くなよ~」

「泣いてない!!」

 誘なら、出世にギラギラしてる他のやつらと違って、俺が仕事を辞めるのも、婚活するのも、「いいね」って応援してくれると思ってた。それなのに、正論吐いて俺をバカにするなんて、もう知らね。

「透くんこっち向いてよ」

 誘が手に取ったティッシュで俺の顔を拭こうとするが拒否する。

「透くん、透くんってば」

 うるせー無視無視。俺はもう絶対誘と口を聞かないと決めたんだから。

「透く~ん」

 誘が俺の背中に抱きついてきた。肉体労働で鍛えた身体はスゲー重たくて、体温がやたら高い。

「機嫌直して。俺だってお仕事が大変なの分かってるつもりだよ。透くん、就職してからずっと無理してるもんな。俺も心配してたんだ」

 答えない俺に、誘が顔を近づけてくる。スリスリすんな。長い髪がうざい。

「でもさ、仕事がキツイ、辛いって言いながら、透くんすごく頑張ってたじゃん。それがどうして急に結婚になるの。透くんのことだから、そこまで思い詰めた本当の理由があるんだろ? 俺に話してみなよ」

「………」

「透くんに最後に仕事の話を聞いたのは……イケメン同期にフラれたところだな。それまで色々話してくれてたのに、そっから一回も聞かなくなった。なんかあったのかな?」

「…………なんもね~よ」

 図星だが、ストーカーにされて、しかもイジめられてるなんて、格好悪くて絶対に言いたくない。

「いつもならすぐに立ち直って次に行くのにね。そんなに良い男だったの?」

「別に、違うし……」

「でも、傷心が癒えずに会社を辞めちゃいたいくらいなんでしょ? 会ってみたいな~」

 (違うっていってるじゃん!!)

 悔しくて叫びだしそうになった。

 俺はそんなに弱くない!!

 好きな人にフラれたくらい、それに上司や同僚から嫌われて、一人ぼっちになったくらいなら、我慢できた。だけど、ハブられているせいで重要な連絡が俺だけに回ってこなくて、それで俺の担当の顧客に多大な迷惑をかけてしまった。

 ──だから仕事を辞めたいというより、もう辞めるしかないんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

知りたくて

すずかけあおい
BL
央音のすべてを知りたくて手を取ったのに、知れば知るほどわからなくなっていく。二人でいるのに、独りぼっちのようだった。 よくわからない攻めを知りたい受けの話です。 〔攻め〕央音(おと) 〔受け〕貴暁(たかあき)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...