ひみつは指で潰してしまえ

nuka

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半年後・君は春の夢

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◇波瑠視点
 
 昨日、正真くんから電話がきた。要一くんが熱を出したから、明日は遊びに行けないそうだ。
 この2週間、波瑠は正真くんに言われたことを守って、受験勉強の邪魔にならないように、メッセージを一度も送らず静かにして待っていたのに、ちっとも報われなかった。

 もちろん波瑠だって、簡単には引き下がらず、そんなのは嫌だとはっきり伝えた。

「熱が出たくらいでそんなに心配してあげるなんて優しいね。でも俺だってずっと楽しみにしてたんだから、そんな事言わないで会ってよ。ほんのちょっとでいいんだ、なんとか時間を作れないかな。会ってくれるならどこにでもロードバイクを引っ張っていくから」

 でも正真くんは困った声を上げるだけでちっとも考え直してくれなかった。

「約束破ってごめん。埋め合わせは必ずするから……」

「……なんで? もしかして要一くんが正真くんに遊びに行くなって言ってるの?」

 要一くんのことだから、正真くんが自分に構ってくれずに出かけてしまうのが気に入らなくて引き止めているんでしょ。そう言ったら、正真くんが少しだけ怒ってしまった。

「そんなんじゃない。要一は俺のことを心配しすぎて具合が悪くなっちゃったんだ。俺のせいなんだから、責任取って面倒見たいんだ」

「へぇ? 俺には要一くんがそんなに心配してるようには見えなかったけど……」

 心配どころか、傷ついている正真くんに文句をぶつけるだけだったじゃないか。何も協力しようとせず、「正真は勉強してろ」ってそればっかり。正真くんが全然言い返さないから、聞いている波瑠のほうが悔しくなった。

 正真くんが苦笑いする。

「だよね。俺も全然気づいてなかったよ」

「なんかあったの」と聞こうとして、ふと先週のことを思い出した。検査のために波瑠が入院していた時、いつも要一くんが案内係の一人としてロビーに立っていた。

 最初はお互いに知らん顔していたけど、一日に何度も顔を合わせるので、そのたびシカトするのも馬鹿らしくなってきて、挨拶くらいはするようになった。

「お疲れ様。立ちっぱなしで足ダルくない? 毎日ロビーに立ってるのは要一くんなりのファンサービスとか? 病院の跡継ぎも楽じゃないね」

 要一くんは相変わらずツンとして、「春休みだから手伝ってるだけ」「正真は塾の春季講習に行ってる」くらいしか話してくれなかったけど。

「波瑠さんうちに入院してたの」

 驚いた様子で聞き返されたのには笑って誤魔化した。

「あれって、正真くんのためだったの?」

「うん……嫌がらせの件、じつは相手はまだ納得してないんだ……。それで俺、また嫌がらせされるんじゃないかって不安で、要一に愚痴りまくっちゃって。それで仕方なく、一日中見張ってくれたんだと思う……」

「……へぇ。そうだったんだ」

 事情を知る前から、要一くんの油断のない端正な立ち姿は印象に残っていた。悔しいからカッコイイとは思わないようにしてたけど、知ってしまった今はもう、あのときの要一くんは王子様を護衛する誠実なナイトだったと思わずにはいられない。

 波瑠には堂々として見えた要一だが、嫌がらせの件以来、病院内の正真くんの立場が悪くなっていくのに焦っていたそうだ。それで正真くんの隠し撮り写真を面白がって回した職員を躍起になって探し、昨日その中心人物とやりあって院内にちょっとした騒ぎを起こした。高熱はその直後。積もりに積もった心労が一気にきたらしい。

 要一くんには悪いけど、波瑠はそこで吹き出してしまった。

「要一くん、正真くんにはなんでもしてやってるって自分でも言ってたけど、まじでそんなに必死で守ってたとは思わなかった」

「うん……。喜んじゃいけないけど、ちょっと感動しちゃった……」

 正真くんの声がウルウルしてる。おかげで「要一くんを見直した」という言葉までは引っ込んだ。まぁ。要一くんが正真くんに意地悪なだけじゃなかったと知れて安心した、くらいでいいだろう。


「……分かったよ。残念だけどそういうことなら仕方ないよね」

 約束のキャンセルは了解して、でもロードバイクは予定通り明日に引き取って欲しいと告げた。理由を曖昧にぼかしたら、正真くんが気まずそうにした。

「ああ違うよ。怒ってるわけでも、意地悪するつもりでもないんだ。ただ事情が変わってもう預かれない。ごめんね」

 正真くんは、それなら待ち合わせはそのままで、知り合いに頼んで受け取ってもらうと言った。もう明日のことだけど、都合がつくあてがあるらしい。

「なんでも頼める人がいるから」

 やっぱり可愛い子はみんなが放っておかないんだな。要一くん以外にもまだいっぱい正真くんに近づこうとしているヤツがいるんだと悔しく思っていたら、あのおっさん彼氏の、名前が出てきて思いっきりむせた。電話の向こうで正真くんがものすごく心配してくれている。

(要一くん……騙されてるよ……。ぜんぜん別れてないじゃん……)


『正真くんのことで心配なことがあるんだよ。へんな男の人と付き合っているみたい』

 初対面の日にそう告げた時、要一くんは明らかな動揺を見せたものの「勘違いだ」と波瑠を全く相手にしてくれなかった。でも入院中、退屈しのぎに嫌がらせの犯人を推理してみせたらうまく引っかかって、「でも正真はその相手ともう別れたから心配ない」と言った。

 それ以上詳しいことはなにも教えてくれなかったが、「正真も反省していることだから忘れてやろうと思ってる」その言葉を聞いて、波瑠も本当に別れたんだと喜んだというのに。


(ま……いいか……教えてやる義理もないし)

 少し悩んだが、黙っておくことに決めた。現状を見るに、知らせたところで要一くんに正真くんと彼氏を別れさせることはできなさそうだし、ショックで体調が悪化したら正真くんの迷惑になる。

 それに、いまので迷いがふっきれた。こんなに正真くんに尽くしている要一くんでさえこの扱い。正真くんに近づくには、ものすごい覚悟と体力がいりそうだ。

 ずっと体調が悪くて、最近は腹まで痛いと思っていたら、検査で2つ腫瘍が見つかった。普通なら手術で取り除くそうだが、心臓に持病がある波瑠の体にはかなり無理があって、内科での薬物療法を勧められた。でもそれだと、時間がかかる分、治療費もより高額になる。治療中は大学には通えないのにそれでも東京に残るなんてわがままは、両親の負担を考えると絶対に言えない。
 波瑠の頭は、死ぬかも知れない病気よりも、「帰りたくない」のほうが優勢で、正真くんがいる東京に残るために、ぎりぎりまで治療を待ってみるのも考えていた。

 でもやっぱり、一度退却しよう。正真くんを相手にするならこんな体じゃ全然持たない。

「──正真くん、受験が終わったあとデートする約束だけは絶対守ってね」

 波瑠がいうと正真くんは「絶対」と3回ぐらい繰り返した。次破ったらチューするからと言っても男らしく、いいよ!の即答だ。

「オッケー。じゃあそれまで俺は引っ込んでることにする。来年の春になったら会いにいくからね。受験も大事だけどさ、元気でいて」

 名残惜しいけど、次を楽しみにしてる。

「じゃあまた」


END
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