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半年後・君は春の夢
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しおりを挟む九野は写真を持ちかえて、あらためて正真に見せつけた。
「犯人を捕まえるためには、本当のことを言ってもらわないといけません」
正真が嘘をついていると、言わんばかりだ。
「正真くんだって、知らない男に盗撮されて、その上病院まで追いかけて来たなんて、怖くてたまらないでしょう? それに、病院のみんなに見られたのも、辛かったですよね。
なら、僕のことが嫌いだからって意地を張らずに、素直に協力してくださいよ。僕だってこれでも、正真くんのことを心から心配しているんですよ」
散々脅しておいて、今さら変な猫なで声に鳥肌がたった。
「……本当に、この人は知らない人だから」
断言すると、九野は小さくため息をついて、写真をファイルの中に戻した。
「では他に、不審なことはありませんでしたか? 視線を感じることがあったとか、誰かにしつこく付きまとわれたとか」
「…………」
一つあった。今の今まですっかり忘れていたけれど、学校に行く満員電車の中で、初めて痴漢にあった。腰を押し付けられて硬直していたら、すぐに隣に立っていた友達が気づいて声をかけてくれて、それだけで済んだ。逃げていったのは気の弱そうな人だった。
「ううん……」
でも伝えようとは思わなかった。たまたま電車に乗り合わせただけの人に、こちらの素性が分かるはずがないから、この件とは無関係だろうし、男が痴漢にあったなんて誰にも言いたくない。
「なら最近急に親しくなったとか、近寄ってきた人は?」
これも否定した。「いないよ」
本当は、波瑠のことが思い浮かんでいた。先週出会ったばかりな上に、今日彼は病院にいたし、しょっちゅう遊びに誘ってきて、しつこい所もある。
でもだからといって、そんな姑息なことをする人物にも思えなかった。誘いだって、何度断っても、気を悪くしないでくれて、いい人だと思う。
「そうですかぁ。まったく手がかりがないとは困りました……」
九野が大袈裟に嘆き、メモを取ろうと開いていた手帳を勢いよく閉じた。しかしすぐにニッと歯茎を見せてくる。
「大丈夫です。それでも見つけてみせますよ。僕って、直感が一番の取り柄なんです。恥ずかしながら、この前も病院のお役に立ったんですよ」
そう言って眼鏡の奥の目を細めた。
そういえば、九野が目をつけた経理の職員を調べると、常習的な横領が見つかったという事件があった。
「いま、病院の防犯カメラも確認してもらってます。とは言えあまり期待は持てませんし、時間もかかりそうです。だから僕はまず、写真に写っている男性を捜したいと考えています」
心臓が破裂しそうになったが耐えた。大丈夫、しばらく高成と会わなければいいだけ。どれだけ勘が良くても、あの写真だけでは見つけようがない。
(……むしろ、九野さんが高成さんにこだわるのは好都合かもしれない。その間に、俺が隠し撮りの犯人を見つければいい……)
名案に思えた。犯人と上手く話を付けて、嫌がらせを終わらせることが出来れば、高成の件も証拠がないまま、うやむやに消えるはずだ。
「…………」
これしかない。正真は両手を強く握りしめた。絶対に、なんでもして、見つけてみせる。
「さて。──院長」
不意に九野が叔父に呼びかけ、正真も恐る恐る叔父の方を向いた。かすかに病院の消毒薬の匂いがする。
「この件は私に任せて、院長はそろそろ病院に戻ってください。経営会議がはじまります。大切な会議ですから、必ず出席してください」
「そうだね……」
ゆっくりと叔父が立ち上がった。
運転手のはずの九野は見送るだけで、正真の前を動かない。なぜ、と様子を窺っていると、その答えは九野が早口で叔父に伝達した。
「会議終了後は間髪いれず、学会参加のため空港へと出発となります。私の代わりに事務局の川瀬がご同行することになりました。ワシントン行きのチケットやパスポート、行程表なども全て彼に預けてあります」
「うん。私が戻るまで、正真のことは九野くんに預けるけど、何か進展があったらすぐ連絡をして。時差も気にしないでいいから」
「ええご心配なく」
横で正真は唇を噛んでいた。九野が自分についてくるなんて、行動を監視されるのと同じだ。九野から仲良くやりましょうとなだめられ、さらに苛立ちが募る。
「正真」
叔父が今日始めて話しかけてきた。表情が驚くほど暗い。
普段は冷静な叔父なのに、家族のこととなると、異様なほど心配する。大丈夫だからと逆らえば、別人のように怒りだすこともあるから、目を合わせながら、背中が緊張で強張った。
「今回のことは私の責任だよ。百合子が帰ってないことを知っていながら、正真をこの家に一人にしたのが良くなかった。今度こそ一緒に暮らそう」
必死で首を横に振る。
「し、心配かけてごめんなさい。でも俺、この家にいるほうが気楽なんだ。……大丈夫だよ、これからはもっと周りに気を付けるし、九野さんも頼るから……」
一緒に暮らそうと誘われるのは初めてではない。こどもの時から、自由奔放な母においてけぼりをくうたび、叔父の家に迎えられてきた。何度も、ここで暮らそうと言ってくれたが、そのたび断った。自分が邪魔者に思えて仕方なかったし、少しでも迷惑をかけないよう気を遣っていると、心が休まらない。
「だめだ! もう一人暮らしなんて絶対にさせられないよ!」
ふだん静かに話す叔父の大声を聞いたのは何年ぶりだろう。思わず身がすくんでしまった。
「向こうに行っても、なにも我慢しなくていい。美香にも要一にも、正真のことは自由にさせるように言っておくから、2人のことは気にせずに好きに過ごして。家にさえいてくれれば、それでいいんだ。ずっとそう言ってきただろう」
「……はい……」
実際は居候の正真がそんなこと出来るわけない。
だが今は全部飲み込んで、うなずくしかなかった。
「じゃあ、正真また来週。私が戻るまでは九野くんの言うことをよく聞くんだよ。家に着いたら、要一にも相談して力になってもらいなさい」
迎えの車がきて、叔父が病院に戻って行く。正真も九野に連れられて、家を出た。
お知らせ
本日エブリスタにて完結です☺️
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