ひみつは指で潰してしまえ

nuka

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三章

(5)大切な存在4

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「もう正真に近づくなって言うよ。もし向こうが承諾しなかったら、この件は父さんに報告するから。」
 早くしないと電話が切れてしまう。手短に伝えると、思い切り頭を叩かれた。

「バカ要一! 人の付き合いにでしゃばるなよ!」

 叩いたり怒鳴ったり、乱暴な態度は正真らしくない。その上、だんだんと顔色変わり、声を震わせだした。

「……やめてくれよ、ちょっと遊びに行っただけじゃん。それをわざわざ叔父さんに言うの? 叔父さんは心配しすぎる人だから大変だって、さっき要一も言ってたのに」

 要一は毅然と首を振った。

「心配されて同然だよ。そりゃ、年上の大人と遊ぶのは楽しいよな、俺にだって何となく分かるよ……正真が愛想よくしてれば相手が合わせてくれて、なんでも思い通りになるんだろ? でも、前にも言ったけどそんな奴にはきっと下心があるんだ、痛い目にあってからじゃ遅いよ。」

 要一の言ってることなんて、正真は聞いてなさそうだった。ただ必死で呼び出し音が鳴り続けるスマホを取り返そうとしている。

 子供のように一心に上を向き、こちらにバンザイしている姿がかわいく見えて、その伸び切った胴体を、要一はぐいと引き寄せて胸に抱き込んだ。

「なんだよ!」

 逃げようともがく正真を、聞いてくれと引き止めて言った。

「大丈夫だよ、これからは正真をもっと大切にする。俺がなんでも言うこと聞いてやるから、もう他の男とは付き合うな。」

 ──正真が飽きるまでバイオリンを弾いてやる。ドライブがしたいなら、少し待ってくれれば免許を取ってどこにでも連れて行ってやる。これからはできるだけ優しい言葉をかけるし、正真が満足できるように頑張るから…──

 これだけ言えば、きっと分かってくれると思った。しかし期待とは裏腹に、正真はこの真剣な告白を鼻で笑った。

「ウソばっか! 俺が勉強しないで遊ぶのがムカつくから、俺を見張るつもりなんだろ! せっかく許してやったのに、お前がそのつもりなら、俺こそお前の横暴を叔父さんに言うからな! 要一が俺をいじめてるって知ったら、どうなるか分かんないぞ!」
 
「そんな……」

 たしかに自分はひどいことを言ったけれど本気じゃなかった。正真も忘れると言ってくれたのに、こんな脅しに使うなんて。

 もし正真が正義感の強い父に訴えたら、絶対に自分は正真から引き離される。考えるだけで胸の動悸が止まない。

「違うよ! いじめたつもりなんてなかった!」

 声がかすれて自分でも半分も聞こえなかった。
 喉が痛い。また熱が上がってきたのか、上手く立っていられない。壁に手をつくと、正真が腕の中から逃げていった。

 揉めているうちに、高成からの電話も切れ、廊下は静まりかえった。
正真からの軽蔑の視線に耐えられず、要一はうなだれて謝った。

「ごめん……」

 正真は返事をしてくれなかった。要一からスマホを取り返すと、ため息だけを残して自分の部屋に戻っていく。

 このままじゃ部屋から閉めだされてしまう、そう思って、あわてて正真の背中を追った。

「待ってくれ、強引なことして悪かったよ……」

 予想通り、一度はドアを閉められた。
 でも廊下は寒いからと、すぐに考え直して要一も部屋に入れてくれた。

「正真、ごめん、本当にごめん。俺がどうかしてたよ」

 ほっとしたのもつかの間で、正真は「絶交だ」と子供っぽいことを言って、それきり口を利いてくれなくなった。

 何回呼んでもソファにふて寝して、要一のいる方と必ず反対を向く。せめて横に座ろうとしたら「あっちいけ!」とはねのけられてしまった。

「俺はここで寝るから、要一はベッドで寝ろ! それで朝になったらさっさと帰れ!」

「正真、」

 正真は要一の声から耳をふさぐポーズを取って、クッションの中に潜ってしまった。
 それきり、いくら呼んでも答えてくれない。

「正真、話を聞いてくれ。お願いだよ」

 呼びかけながら背中に触れると、正真は嫌がってびくびくと猫みたいに体を震わせた。それでも、このまま眠ってほしくなくて、正真を揺すり続けた。

「しつこい、やめろって……」

 やっと起きたと思ったら、今度はソファの隅っこに逃げていく。

 要一はすかさず正真の腕を引っ張った。そんなに乱暴にしたつもりはなかったけれど、正真は大声で怒りだし、叩いて応戦してきた。

「触んな、気持ち悪い!」

 単なる憎まれ口だと思いたかったけれど、言葉通り、正真の腕は鳥肌が立っていた。

「もうあっち行けってば! 要一なんて大嫌いだ!」

「なんだよその言い方……本当に正真は子供っぽいな」

 大嫌いなんて言われたら黙ってられず、思わず言い返したけれど、正真がぷいとそっぽを向いたので、またすぐに謝った。

「嫌いなんて言うなよ。ついさっきまで正真から俺の方にくっついて、俺のことが好きだって言ってくれたじゃないか……なぁ、そうだよな?」

 こっちを向いて、うんと言ってほしかったけど、正真はあいかわらずなんの返事もしてくれない。

「……なんとか言えよ」

 静けさが辛かった。
 でも要一の記憶に、絶対に間違いはないはずだ。

 眠る前、ベッドの中で手を繋ぎながら、正真は確かに要一に「好き」と言ってくれた。普段とは違う、甘い声だった。

『俺も正真のことが好きだよ! 本当に嬉しいよ。これからもずっと一緒にいよう』

 好きなんて言われたのは初めてだったから、ついそんな恥ずかしい言葉が口をついて出た。

 もちろん、これもご機嫌取りじゃないのか、本気にしていいのかと少しは疑った。

 でも目の前の正真は要一の言葉を喜んでいたし、要一が念押しのつもりで、もう一度「好きだよ」と言うと、しっかりとうなずいていた。

 でも、こんなんじゃ違うのかもしれない。 

 仲直りしてくれたら絶対に優しくするとこんなに誓ってるのに、正真は嫌悪感一杯の目をして、要一の手から逃げていく。

 もし自分の勘違いだったのなら、舞い上がってバカなことを色々言ってしまった。思い出すと死にたいくらい恥ずかしい。


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