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三章
(4)大切な存在3
しおりを挟む眠る正真の口は無防備にぽかんと開いて、深い寝息を立てている。
色々世話をやいてくれたけれど、本当はとても疲れていたんだと知ったら、もう揺り起こすことは出来なかった。
「──要一、大丈夫? ご飯は食べられる?」
正真に声をかけられて目覚めたらまたびっしょりと濡れていた。
いくら熱があっても、こんなに汗をかくなんておかしいんじゃないかと戸惑う。
正真が体温計を持ってきて、ピピピと電子音がなるやいなや、ひったくるようにして取り上げられた。
「うわ……やっぱり熱が高いなぁ……」
正真はずっと前に起きていたようで、テーブルの上に手作りらしいお粥と薬を運んできた。
「食べられそうならどうぞ」
「わざわざお粥なんてつくってくれたんだ。ありがとう食べるよ」
「……無理してない? 残したっていいからね」
不安そうな正真の横で、要一はスプーンを取ってゆっくり食べ始めた。無理をしてるつもりはなかった。正真が側にいてくれるとなぜか調子がいい。
反対に、洗い物なんかでほんの少しの間正真がいなくなるだけで、途端に体が重くなり吐き気がした。甘えている、と自分が嫌になる。
少しして薬が効いたらしく、熱が下がってきた。もういつもとほとんど変わらないと告げると正真は少し疑いながらも喜んでくれた。
食後はお互い手早くシャワーを浴びてきて、一台しかないドライヤーを取り合いながら髪を乾かし合った。
要一の真っ直ぐな黒髪は簡単に乾くけれど、正真の髪は柔らかくて細くて、気をつけないとすぐ絡まる。だからできるだけ丁寧に乾かしてやったのに、正真は喜ぶどころか暑いと文句を言ってベランダに逃げていった。
夜風を楽しむ正真を窓ガラス越しに見ていると、要一のすぐ横で正真のスマホが鳴りだした。発信者は“高成”。──思わず息を呑んだ。
「…………」
ベランダまで着信音は届いていないようで、正真は相変わらず、体を手すりに預けてのんびりと空を見上げている。
わざわざ教えてやる義理はない。
正真と目があっても、要一は何事もないフリをしてやりすごした。
しかし“高成”もなかなか諦めなかった。
耳障りな電子音がなり続け、やっと止まったかと思ってもまだ留守電モードで、何かメッセージを延々と録音している。
「そんなに寒くないし、要一もおいでよ。気持ちいいよ」
電話が完全に切れてすぐに正真が窓から顔を出した。
ベランダに出ると正真の言う通り涼しい風が肌に心地よかった。おかげで不快な苛立ちがスッと抜けていく。
「星も見えるよ。今日はずっと晴れてたから空が良く澄んでるんだ」
「梅雨ももう終わりだな……すぐに暑くなりそう」
夏物の買い物に誘おうかと思って正真の方を見ると、正真も要一を見ていた。上目遣いに嫌な予感がしていると、またさっきみたいにくっついてくる。
「そうだ。もうすぐ夏休みだよ。気分転換に旅行に行きたいな、ねぇ二人でどこか行こうよ」
「……なら軽井沢の別荘は? 涼しいから勉強もはかどるだろうし」
体を引きながら答えると正真は不満そうにむくれた。
「えー、いつもと同じところなんて、そんなの旅行とは言わないよ。来年は受験で、きっとどこにも行けないんだから、もっと遠くがいい……。なあ、沖縄とかどう? きれいな海とカラフルな魚が見たいなぁ。ねっ」
ね、ね、と繰り返されて、要一は仕方なくうなずいた。
「そっか……いいよ、行こう。父さんに頼んでおく」
「本当? ありがとう! 楽しみだね!」
「うん……」
(遊ぶのなんて我慢して、今は勉強するときなのに、なんで正真は分からないんだ……)
いつもならそう言って叱っていた。けれど今そんなことを言ったら、正真は高成に頼む気がして、うなずくしかなかった。
「あれ、俺の電話なってるかも?」
正真に言われて耳を澄ますと、さっき聞いたばかりの着信音が、部屋の中から聞こえていた。
正真が窓を開けて、ベランダから部屋に戻っていく。
スマホの画面を一瞥すると、慌てた様子で廊下に出ていった。
また高成が電話をかけてきたに違いない。いてもたってもいられず、要一も正真を追いかけて廊下に出た。
正真は母の百合子の部屋に入っていった。要一もそっとドアに手を掛ける。他人の部屋に許可なく立ち入ることへの躊躇いよりも、正真のことを知りたい、部屋に一人になりたくないという、切実さのほうが圧倒的に勝っていた。
中は脱ぎ散らかした服や枯れた花の残骸で足のふみ場もなく、化粧品の匂いが充満していた。
むせそうになるのをぐっと我慢して、正真をさがす。
目が回りそうだった。
海外文学がぐちゃぐちゃに詰めこまれた本棚が視界を遮るように立ち尽くし、壁には様々な絵画がところ狭しと飾られている。
百合子が文学や芸術を好むことは要一も知っていたが、これほどとは思っていなかった。
鬱蒼とした森みたいな部屋の隅っこで、正真は小さく座り込み、電話の相手に相槌をうっていた。
「──高成って人? なんだって?」
声をかけると、背中を震わせて振り向いた。
「えっと……ちょっとおしゃべりしてるだけ……。すぐ戻るから部屋で待っててよ」
「電話代われよ。話したいんだ」
「だめだめ、なに言ってんの」
正真は作り笑いをして、スマホをズボンのポケットに隠した。立ち上がり、要一に腕を回して外に連れ出そうとする。
「この部屋は要一は苦手だろ? 早く出よう」
それはその通りで、強烈な香水の匂いに酔いかけていた。
廊下に出てすぐ、また着信音が鳴り出した。正真が焦った顔をする。
「正真、」
苛立ちを抑え、できるだけ優しく正真の肩を抱いた。要一から触れる事は滅多にないからか、正真がびっくりした顔をして見上げてくる。
「電話にでて俺に代わってくれ。心配しなくてもちゃんと礼儀正しくするよ。正真がご迷惑おかけしましたって挨拶するだけ」
言うことを聞くと思ったのに、正真は眉をつり上げてめいっぱいの反抗をしてきた。
「迷惑なんてかけてない。それに要一は俺の保護者じゃない、挨拶なんて変だよ」
「そんなこというなよ、今まで散々面倒みてきただろ、俺に任せていればいいんだよ」
正真のポケットに手を入れてスマホを抜き取ると正真は血相をかえて取り返そうとした。だけど要一の方がずっと背が高いから、腕を上げてしまえば正真には届かない。
正真はピョンピョン飛んだあと、悔しそうに怒鳴った。
「バカ要一! 何を言う気だか知らないけど鼻で笑われて終わりだよ!」
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