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「ほら、翼、鏡見てみなさい」
お嬢様の用意した衣装を身に纏い、姿見の前に立つ。
僕は言葉を失わざるを得なかった。
僕の目の前にいるのは可憐な少女。
きめ細やかな肌にしっとりとした唇、細くてすらりとした手足。
確かに、これはどう見ても女の子だ。
「ふふっ。なあに、翼。まさか自分に見惚れているのかしら」
「い、いえ…。そういうわけでは」
思わず間延びした返事をしてしまう。正直、お嬢様の言う通り、自分に見惚れていた。鏡に映る僕がまるで僕ではないかの様な錯覚に陥っていた。
「くすっ、そういうことにしておいてあげる。でも、これなら女子学園でも通じると思わない?」
呆然としている僕に、お嬢様は学園のことの詳細を話してくれる。
「月城は全寮制で、二人部屋が原則。身分に関係なく、部屋が割り振られているわ」
「学園はエスカレーター式で、中学から通っている子と、高校からの入学になる子がいるの。といっても、クラス分けにそんなことは考慮されていない」
「まあ、普通の私立の学園とはちょっと違うけれど、基本的には一緒よ」
「中学からの子。内部生、なんて言われたりするけど。その子たちは所謂お金持ちの子たちが多いわ。ただ、普通のお金持ちっていうよりは、旧家名家の子だったり、私みたいに財閥の娘。元華族の子なんて子もいるわ」
「対して、高校からの子、は外部生なんて言われたりするけど、その子たちはごく普通の庶民よ。中にはある程度裕福な子もいるでしょうけど、基本的には使用人の皆さんのような暮らしとそう変わらないわ」
すごく丁寧に教えてくださるお嬢様。休日で学園が休みだからということもあって、僕のためにわざわざ戻ってきてくれたのだろう。
こんなにもお優しい人にお仕えできるのであれば、それも良い気がしてきた。…女装は嫌だけど。
「あ、それとね、翼の役職のことだけど。お世話係というのはちょっと違うわ。正確には従者兼指導係兼お婿さん候補、よ」
はい?
「わからない?将来の渚家を背負う者として、これからは私に様々な仕事が与えられるわ。あなたにはそれのサポートをしてもらう。どう?左遷じゃなくて栄転、でしょ?」
唖然とする僕にお嬢様が言う。
いや、お嬢様にお仕えする決心はつきそうだし、前の仕事の未練も吹っ切れそうになっていたからそれはもういいんだけど…。
って、そっちじゃなくてですね!?
従者は分かる。今までの役職からしても降格にはならない。お嬢様は次期当主候補筆頭だから、昇進とも言えるだろう。
指導係も、まだ分かる。何をするかは分からないけど。
問題は最後だ。
「お、お婿さんって、どういうことですか?」
恐る恐るお嬢様に尋ねる。
正直、知りたくないような気もするが、かといって無視することもできない。
「あら、その名の通りよ。お父様もお母様も、もちろん私も。みんな、あなたのことを評価しているわ。実務方面もだけど、それ以上にあなたの人格を、ね」
お嬢様とは、僕が幼い頃にとても仲良くしていただいていた記憶がある。
学校に通うようになってからも、御当主様や奥様には、『彩葉のことをよろしく』なんてことも言われていた。
見習いになってからはお嬢様と接する機会も減ったけれど、僕とお嬢様は幼馴染であり、兄妹のように育ってきた。
でも、まさか、お婿さん候補とは…。
えっ!?じゃあ、お嬢様って、僕のこと…。
「ま、私自身は翼に恋愛感情はないけれどね」
ニヤニヤしながらお嬢様が僕にウインクをする。
バ、バレてる…。
「お父様も不安なんでしょうね。あなたのような若くて優秀な人材が外へ出て行ったりしないか。翼にもっと世間を見て、自分のやりたいことを考えてほしい、なんて言ってるくせに」
お嬢様がクスクスと笑いながら続ける。
「(そっか、僕は雇い主である渚家にこんなにも愛されているんだ。)」
僕は渚家の皆様をお慕いしていて、皆様も僕のことを愛してくださっている。
これ以上の幸せはない。
なら、僕にできることはなんでもしたい。
そろそろ決心しないと。
「お嬢様」
意を決して、お嬢様に話しかける。
僕は、今からとんでもないお仕事を賜る。
多分、世界で一番無茶なお仕事だ。
それでも、お嬢様の、渚家のためになるなら、躊躇したくない。
「なあに?」
お嬢様は笑顔のままこちらを見る。
美しいその瞳に呑まれそうになる。
昔から、お嬢様の瞳が好きだった。
「僕、月城に行きます!」
ああ、言ってしまった。
でも、後悔はない。
また、お嬢様のすぐ側で、今度はお嬢様のお力になれる。
「ほんと!?やったわ!お父様!お父様ー!」
破顔したお嬢様は御当主様のもとへと駆けていった。
「(お嬢様、あんなに喜んで…。良かった、んだよね)」
なんて、心の中で呟きながら、改めて決心をする。
「お嬢様!廊下を走るのは駄目ですよ!」
「私が怒られるのが嫌なら、翼も一緒に走りなさい!」
「どういう理屈ですかぁ!」
なんてお小言を言いながらお嬢様の方へ駆けていく。
後で他の使用人の方々に怒られるんだろうなあ。
なんて思いながら、お嬢様を追いかける。
廊下で清掃をしているメイドさん達が微笑を浮かべながら僕たちに注意をする。
「くすっ。翼、主として初めての命令よ。お父様のお部屋まで競争ね!負けた方は今度一日メイドさんだから!」
お嬢様の用意した衣装を身に纏い、姿見の前に立つ。
僕は言葉を失わざるを得なかった。
僕の目の前にいるのは可憐な少女。
きめ細やかな肌にしっとりとした唇、細くてすらりとした手足。
確かに、これはどう見ても女の子だ。
「ふふっ。なあに、翼。まさか自分に見惚れているのかしら」
「い、いえ…。そういうわけでは」
思わず間延びした返事をしてしまう。正直、お嬢様の言う通り、自分に見惚れていた。鏡に映る僕がまるで僕ではないかの様な錯覚に陥っていた。
「くすっ、そういうことにしておいてあげる。でも、これなら女子学園でも通じると思わない?」
呆然としている僕に、お嬢様は学園のことの詳細を話してくれる。
「月城は全寮制で、二人部屋が原則。身分に関係なく、部屋が割り振られているわ」
「学園はエスカレーター式で、中学から通っている子と、高校からの入学になる子がいるの。といっても、クラス分けにそんなことは考慮されていない」
「まあ、普通の私立の学園とはちょっと違うけれど、基本的には一緒よ」
「中学からの子。内部生、なんて言われたりするけど。その子たちは所謂お金持ちの子たちが多いわ。ただ、普通のお金持ちっていうよりは、旧家名家の子だったり、私みたいに財閥の娘。元華族の子なんて子もいるわ」
「対して、高校からの子、は外部生なんて言われたりするけど、その子たちはごく普通の庶民よ。中にはある程度裕福な子もいるでしょうけど、基本的には使用人の皆さんのような暮らしとそう変わらないわ」
すごく丁寧に教えてくださるお嬢様。休日で学園が休みだからということもあって、僕のためにわざわざ戻ってきてくれたのだろう。
こんなにもお優しい人にお仕えできるのであれば、それも良い気がしてきた。…女装は嫌だけど。
「あ、それとね、翼の役職のことだけど。お世話係というのはちょっと違うわ。正確には従者兼指導係兼お婿さん候補、よ」
はい?
「わからない?将来の渚家を背負う者として、これからは私に様々な仕事が与えられるわ。あなたにはそれのサポートをしてもらう。どう?左遷じゃなくて栄転、でしょ?」
唖然とする僕にお嬢様が言う。
いや、お嬢様にお仕えする決心はつきそうだし、前の仕事の未練も吹っ切れそうになっていたからそれはもういいんだけど…。
って、そっちじゃなくてですね!?
従者は分かる。今までの役職からしても降格にはならない。お嬢様は次期当主候補筆頭だから、昇進とも言えるだろう。
指導係も、まだ分かる。何をするかは分からないけど。
問題は最後だ。
「お、お婿さんって、どういうことですか?」
恐る恐るお嬢様に尋ねる。
正直、知りたくないような気もするが、かといって無視することもできない。
「あら、その名の通りよ。お父様もお母様も、もちろん私も。みんな、あなたのことを評価しているわ。実務方面もだけど、それ以上にあなたの人格を、ね」
お嬢様とは、僕が幼い頃にとても仲良くしていただいていた記憶がある。
学校に通うようになってからも、御当主様や奥様には、『彩葉のことをよろしく』なんてことも言われていた。
見習いになってからはお嬢様と接する機会も減ったけれど、僕とお嬢様は幼馴染であり、兄妹のように育ってきた。
でも、まさか、お婿さん候補とは…。
えっ!?じゃあ、お嬢様って、僕のこと…。
「ま、私自身は翼に恋愛感情はないけれどね」
ニヤニヤしながらお嬢様が僕にウインクをする。
バ、バレてる…。
「お父様も不安なんでしょうね。あなたのような若くて優秀な人材が外へ出て行ったりしないか。翼にもっと世間を見て、自分のやりたいことを考えてほしい、なんて言ってるくせに」
お嬢様がクスクスと笑いながら続ける。
「(そっか、僕は雇い主である渚家にこんなにも愛されているんだ。)」
僕は渚家の皆様をお慕いしていて、皆様も僕のことを愛してくださっている。
これ以上の幸せはない。
なら、僕にできることはなんでもしたい。
そろそろ決心しないと。
「お嬢様」
意を決して、お嬢様に話しかける。
僕は、今からとんでもないお仕事を賜る。
多分、世界で一番無茶なお仕事だ。
それでも、お嬢様の、渚家のためになるなら、躊躇したくない。
「なあに?」
お嬢様は笑顔のままこちらを見る。
美しいその瞳に呑まれそうになる。
昔から、お嬢様の瞳が好きだった。
「僕、月城に行きます!」
ああ、言ってしまった。
でも、後悔はない。
また、お嬢様のすぐ側で、今度はお嬢様のお力になれる。
「ほんと!?やったわ!お父様!お父様ー!」
破顔したお嬢様は御当主様のもとへと駆けていった。
「(お嬢様、あんなに喜んで…。良かった、んだよね)」
なんて、心の中で呟きながら、改めて決心をする。
「お嬢様!廊下を走るのは駄目ですよ!」
「私が怒られるのが嫌なら、翼も一緒に走りなさい!」
「どういう理屈ですかぁ!」
なんてお小言を言いながらお嬢様の方へ駆けていく。
後で他の使用人の方々に怒られるんだろうなあ。
なんて思いながら、お嬢様を追いかける。
廊下で清掃をしているメイドさん達が微笑を浮かべながら僕たちに注意をする。
「くすっ。翼、主として初めての命令よ。お父様のお部屋まで競争ね!負けた方は今度一日メイドさんだから!」
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