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複雑な家庭事情
第二十二話 怒りの矛先
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ロンの身支度はすぐに終わった。元々そんなに物を持ち歩かないタチである上に、暴徒に追われて大事な工具類もなくしてしまった。マリアに言われるがまま、着替えをすこしバックパックに詰め込んだくらいである。
「さあ、これをこうして背負うのよ。ここに腕を通して……」
保護者が手取り足取り教えてくれることもロンには新鮮で、慣れないことだった。貧民街では保護者は腕力をもって保護下の者を守る代わりに、保護下の弱き者は保護者の役に立つよう従わないといけなかった。仕事をして日銭を稼ぐ者がもっとも偉大で、その能力に欠ける者は追い出されても文句は言えなかったのである。
子供を作るのは労働力として歩けもしない幼児時代が早く終わるよう親は気を焼き、叩いて躾をすることもよくあった。その点ロンは保護者に恵まれていた。ロンの師匠であるメロスは、自由と探求心に満ちた人間で、自分を修理工として大成させたのがそれらの要素であることもわかっていた。ついでに、それらが暴力と強制で育まれるものではないことも知っていた。
ロンは同じ境遇の子供たちと比べると確かにのびのびと育った。しかし、その師匠の自由奔放さゆえに生活は困窮し、子供も早く腕を磨いて働くのが望ましいという価値観まで否定されることはなかった。ロンはむしろ、早く手に職をつけて師匠を助けることを目標にしていたくらいである。
「あの、わかりますから」
「そ、そう……?」
マリアの口調から悪意はないとわかるが、何もかも先回りして指示されるのは自分の技能に信頼がないからだ、という考えが拭えない。一方マリアはというと、拒絶されたように感じ孤独感を強めるのである。
一行は家を出た。そして貴族の乗り物である馬車に乗り、しばらくそれに揺られていた。代り映えのしないレンガ造りの家々はロンにとって異国風情だった。
郊外に来ると、少し治安が悪くなったのが馬車のなかのロンにも感じられた。揺られるだけで外を見ていたわけではないロンにはわからなかったが、そこはメロスとロンが襲撃にあったあの宿場に近かったのである。
「おい、中の人間を見せろ」
「な、なにを言うんですか」
国境でも区境でもないのに、国境警備の軍人でも真似たような口調の男が馬車に立ちはだかり、御者を尋問している。周辺の武器を持った労働者たちが、一瞬にして馬車を囲みこんだ。
「あっ、レオさま……」
御者の戸惑いをよそに、レオが馬車を降りる。そして扉を後ろ手に閉め、中は何人たりとも覗かせぬという気迫で立ち尽くした。
「レオ・モンブランだ。私になにか用か」
ピシリとアイロンがかけられしわ一つない正装に馬車の取り巻きは一瞬臆したようだが、それで引き下がりはしなかった。
「ガキがいるだろう。出せ」
「お前らに用がある子供などいない。道を開けなさい」
「ッせえ! 俺たちは化け物の腕を生み出したメロスっていう資産家の犬の子供に用があるんだよ!」
ロンの体が強張った。マリアはロンの顔を自分の胸に向かわせ、外から顔が割れないようにする。
「――フッ」
「何がおかしい!?」
いきり立った労働者たちがレオに突っかかる。しかし、レオは動じない。冷や汗をかいたのは、労働者たちの方だった。
「犬の鳴き声が貴殿らに聞こえたかね? 馬鹿も休み休み言うことだ」
レオは素早く扉を開け馬車のなかに滑り込み、「轢いてもよいから出せ!」と御者に怒鳴った。馬が鳴き馬車は砂煙を立てて急加速する。労働者たちは腰を抜かし、走り去る馬車を見送るしかなかった。
「さあ、これをこうして背負うのよ。ここに腕を通して……」
保護者が手取り足取り教えてくれることもロンには新鮮で、慣れないことだった。貧民街では保護者は腕力をもって保護下の者を守る代わりに、保護下の弱き者は保護者の役に立つよう従わないといけなかった。仕事をして日銭を稼ぐ者がもっとも偉大で、その能力に欠ける者は追い出されても文句は言えなかったのである。
子供を作るのは労働力として歩けもしない幼児時代が早く終わるよう親は気を焼き、叩いて躾をすることもよくあった。その点ロンは保護者に恵まれていた。ロンの師匠であるメロスは、自由と探求心に満ちた人間で、自分を修理工として大成させたのがそれらの要素であることもわかっていた。ついでに、それらが暴力と強制で育まれるものではないことも知っていた。
ロンは同じ境遇の子供たちと比べると確かにのびのびと育った。しかし、その師匠の自由奔放さゆえに生活は困窮し、子供も早く腕を磨いて働くのが望ましいという価値観まで否定されることはなかった。ロンはむしろ、早く手に職をつけて師匠を助けることを目標にしていたくらいである。
「あの、わかりますから」
「そ、そう……?」
マリアの口調から悪意はないとわかるが、何もかも先回りして指示されるのは自分の技能に信頼がないからだ、という考えが拭えない。一方マリアはというと、拒絶されたように感じ孤独感を強めるのである。
一行は家を出た。そして貴族の乗り物である馬車に乗り、しばらくそれに揺られていた。代り映えのしないレンガ造りの家々はロンにとって異国風情だった。
郊外に来ると、少し治安が悪くなったのが馬車のなかのロンにも感じられた。揺られるだけで外を見ていたわけではないロンにはわからなかったが、そこはメロスとロンが襲撃にあったあの宿場に近かったのである。
「おい、中の人間を見せろ」
「な、なにを言うんですか」
国境でも区境でもないのに、国境警備の軍人でも真似たような口調の男が馬車に立ちはだかり、御者を尋問している。周辺の武器を持った労働者たちが、一瞬にして馬車を囲みこんだ。
「あっ、レオさま……」
御者の戸惑いをよそに、レオが馬車を降りる。そして扉を後ろ手に閉め、中は何人たりとも覗かせぬという気迫で立ち尽くした。
「レオ・モンブランだ。私になにか用か」
ピシリとアイロンがかけられしわ一つない正装に馬車の取り巻きは一瞬臆したようだが、それで引き下がりはしなかった。
「ガキがいるだろう。出せ」
「お前らに用がある子供などいない。道を開けなさい」
「ッせえ! 俺たちは化け物の腕を生み出したメロスっていう資産家の犬の子供に用があるんだよ!」
ロンの体が強張った。マリアはロンの顔を自分の胸に向かわせ、外から顔が割れないようにする。
「――フッ」
「何がおかしい!?」
いきり立った労働者たちがレオに突っかかる。しかし、レオは動じない。冷や汗をかいたのは、労働者たちの方だった。
「犬の鳴き声が貴殿らに聞こえたかね? 馬鹿も休み休み言うことだ」
レオは素早く扉を開け馬車のなかに滑り込み、「轢いてもよいから出せ!」と御者に怒鳴った。馬が鳴き馬車は砂煙を立てて急加速する。労働者たちは腰を抜かし、走り去る馬車を見送るしかなかった。
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