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新しい町
第十六話 昏睡
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微睡のなかを長い時間漂っている気分がする。今目覚めたのか、それともずっと前から目覚めていたのか、判別がつかない。いや、どこまでも続く青の地平はこの世のものではないだろう。そういう意味では僕は目覚めてはいない。
これは夢なのか、それとも彼岸なのか、ぼんやり考える。僕の片親は東洋人だったということを聞いたことがあり、東洋では死ぬことをこちら側から河を越えたあちら側に行くと捉えるらしいと物知りな師匠に教えてもらった。だが、それ以上のことは師匠も知らなかった。
河を渡れば死後の世界ーーそこには師匠もいるのだろうか? そこでは生前の記憶が保持できるのだろうか? 僕は僕のままで、師匠に会って謝りたい。みすみす死なせてしまった罪を償いたい。けれど、無知な僕は河の渡り方を知らないのだ。
どこまでも続く青が、人間の鼓動のように波打った。僕は、河のなかで溺れてでもいるのだろうか?
ドクン……
奇妙な波紋は僕の精神を不穏にさせる。どこかに重大な忘れ物をしているという気にさせるのだ。まるで、お前には河を渡る権利はないと糾弾されているような感覚だった。
ドクン…………
「僕にどうしろっていうんだ!」
非難してくるような波に僕は逆恨みする。叫べども叫べども、口から出た叫びは泡にしかならない。
「僕は……僕はもう、生きていたくなんてないんだ。わかってくれよ! ……ん?」
心臓を掴まれるような違和感を覚えたその瞬間、僕を背中から突き刺すような痛みが貫いた。
「ーーーーーーーーッあぁあああああぁ」
腹が、胸が、四肢が、焼けるように痛い。遠く水面だけに留まっていた波紋が水中深くの僕を揺らし、ドクンドクンと耳障りな音をたてた。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ、死なせてーーーーッ」
波は僕を包み込み、緩やかに水面に浮上する。それは師匠のいない世界に還ること、僕にはなぜかそう感じられた。僕は手足をバタつかせ、必死に沈もうとする。しかしその行為は浮上の助けになっているようだった。
僕の願いは虚しく届かず、青の地平は破られた。僕はヒィィと息を吸い込み、そしてひどく咽せた。そして体は相変わらず痛かった。
「……………………ぅあ」
痛みがひどくうまく声が出せない。そして視界は暗く、なにも見えなかった。
そんなとき、感覚の薄い足元になにか水滴が落ちた。痛む体を酷使し僕は少しだけ上半身をうかせる。
「マリアさ、ん」
マリアさんが、さながら祈りを捧げる修道女のように跪き、僕のあらわになった足に顔を埋めている。そして足には包帯が巻かれているようだった。
おかしい、足を傷つけた覚えはないのだが……
僕の覚醒はここで途切れた。
これは夢なのか、それとも彼岸なのか、ぼんやり考える。僕の片親は東洋人だったということを聞いたことがあり、東洋では死ぬことをこちら側から河を越えたあちら側に行くと捉えるらしいと物知りな師匠に教えてもらった。だが、それ以上のことは師匠も知らなかった。
河を渡れば死後の世界ーーそこには師匠もいるのだろうか? そこでは生前の記憶が保持できるのだろうか? 僕は僕のままで、師匠に会って謝りたい。みすみす死なせてしまった罪を償いたい。けれど、無知な僕は河の渡り方を知らないのだ。
どこまでも続く青が、人間の鼓動のように波打った。僕は、河のなかで溺れてでもいるのだろうか?
ドクン……
奇妙な波紋は僕の精神を不穏にさせる。どこかに重大な忘れ物をしているという気にさせるのだ。まるで、お前には河を渡る権利はないと糾弾されているような感覚だった。
ドクン…………
「僕にどうしろっていうんだ!」
非難してくるような波に僕は逆恨みする。叫べども叫べども、口から出た叫びは泡にしかならない。
「僕は……僕はもう、生きていたくなんてないんだ。わかってくれよ! ……ん?」
心臓を掴まれるような違和感を覚えたその瞬間、僕を背中から突き刺すような痛みが貫いた。
「ーーーーーーーーッあぁあああああぁ」
腹が、胸が、四肢が、焼けるように痛い。遠く水面だけに留まっていた波紋が水中深くの僕を揺らし、ドクンドクンと耳障りな音をたてた。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ、死なせてーーーーッ」
波は僕を包み込み、緩やかに水面に浮上する。それは師匠のいない世界に還ること、僕にはなぜかそう感じられた。僕は手足をバタつかせ、必死に沈もうとする。しかしその行為は浮上の助けになっているようだった。
僕の願いは虚しく届かず、青の地平は破られた。僕はヒィィと息を吸い込み、そしてひどく咽せた。そして体は相変わらず痛かった。
「……………………ぅあ」
痛みがひどくうまく声が出せない。そして視界は暗く、なにも見えなかった。
そんなとき、感覚の薄い足元になにか水滴が落ちた。痛む体を酷使し僕は少しだけ上半身をうかせる。
「マリアさ、ん」
マリアさんが、さながら祈りを捧げる修道女のように跪き、僕のあらわになった足に顔を埋めている。そして足には包帯が巻かれているようだった。
おかしい、足を傷つけた覚えはないのだが……
僕の覚醒はここで途切れた。
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