もう一つの空

春瀬由衣

文字の大きさ
上 下
16 / 24
新しい町

第十六話 昏睡

しおりを挟む
 微睡まどろみのなかを長い時間漂っている気分がする。今目覚めたのか、それともずっと前から目覚めていたのか、判別がつかない。いや、どこまでも続く青の地平はこの世のものではないだろう。そういう意味では僕は目覚めてはいない。

 これは夢なのか、それとも彼岸なのか、ぼんやり考える。僕の片親は東洋人だったということを聞いたことがあり、東洋では死ぬことをから河を越えたに行くと捉えるらしいと物知りな師匠に教えてもらった。だが、それ以上のことは師匠も知らなかった。

 河を渡れば死後の世界ーーそこには師匠もいるのだろうか? そこでは生前の記憶が保持できるのだろうか? 僕は僕のままで、師匠に会って謝りたい。みすみす死なせてしまった罪を償いたい。けれど、無知な僕は河の渡り方を知らないのだ。

 どこまでも続く青が、人間の鼓動のように波打った。僕は、河のなかで溺れてでもいるのだろうか?

 ドクン……

 奇妙な波紋は僕の精神を不穏にさせる。どこかに重大な忘れ物をしているという気にさせるのだ。まるで、お前には河を渡る権利はないと糾弾されているような感覚だった。

 ドクン…………

「僕にどうしろっていうんだ!」

 非難してくるような波に僕は逆恨みする。叫べども叫べども、口から出た叫びは泡にしかならない。

「僕は……僕はもう、生きていたくなんてないんだ。わかってくれよ! ……ん?」

 心臓を掴まれるような違和感を覚えたその瞬間、僕を背中から突き刺すような痛みが貫いた。

「ーーーーーーーーッあぁあああああぁ」

 腹が、胸が、四肢が、焼けるように痛い。遠く水面だけに留まっていた波紋が水中深くの僕を揺らし、ドクンドクンと耳障りな音をたてた。

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ、死なせてーーーーッ」

 波は僕を包み込み、緩やかに水面に浮上する。それは師匠のいない世界に還ること、僕にはなぜかそう感じられた。僕は手足をバタつかせ、必死に沈もうとする。しかしその行為は浮上の助けになっているようだった。

 僕の願いは虚しく届かず、青の地平は。僕はヒィィと息を吸い込み、そしてひどく咽せた。そして体は相変わらず痛かった。

「……………………ぅあ」

 痛みがひどくうまく声が出せない。そして視界は暗く、なにも見えなかった。

 そんなとき、感覚の薄い足元になにか水滴が落ちた。痛む体を酷使し僕は少しだけ上半身をうかせる。

「マリアさ、ん」

 マリアさんが、さながら祈りを捧げる修道女のように跪き、僕のあらわになった足に顔を埋めている。そして足には包帯が巻かれているようだった。

 おかしい、足を傷つけた覚えはないのだが……

 僕の覚醒はここで途切れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...