14 / 24
新しい町
第十四話 無力
しおりを挟む
そそくさと出ていったマリアさんは、寝巻きのままのレオさんを連れて戻ってきた。震える僕の肩を支え、何が望みかと問うてくる。
「あの……あの人を助けて」
「あの人というのは、騒ぎの渦中にいる人物か? なぜ助けてほしいんだね?」
「あの人は……あの人は僕の師匠で」
「知り合いなのかい? それは早急に手を打たないと」
そういってレオさんは窓の外を見て少しだけ耳をすませた。そしてすぐに状況を理解したようだった。
「労働者たちの暴動が起きているようだ。君の師匠というのは工場経営をしていたりするのかい?」
「いいえ。師匠は貧しくて、修理屋をすることで日銭を稼いでいました」
「ならば労働者とは近い立ち位置じゃないか。恨まれる心当たりはあるかね?」
「わかりません……たださっき、機械が労働者の職を奪うって聞こえて」
レオは黙り込んだ。そして、マリアさんに僕のことを頼んだあと部屋を出ていった。マリアさんは慰めてくれた。レオさんなら、なんとかしてくれると。
……でも、レオさんはなかなか部屋に帰ってこなかった。騒ぎの声はどんどん大きくなり、そして、萎んでいく。その意味を考えると恐ろしくて、僕はマリアさんの胸にしがみつく。
「早く! 早く助けて! 師匠が、師匠が死んじゃう!」
もうマリアさんも大丈夫なんていう無責任な言葉を吐きはしない。ただ黙って僕の背中をさするだけだった。
なにもかも終わって、夜が完全に明けた。時間にすれば数時間だったのだろう。しかし僕にとっては数週間苦しみ、泣き続けた気分だった。立ち上がり、窓の外を見れば……オレンジ色の服を着た人の群れが遠くに見える。
僕は知ってる。乱闘や暴動が起きたあとに現れて、死体を処理する役所勤めの人たち。人死にが確かに出て、それは僕の師匠なのだ。
そんなときにレオさんが帰ってきた。僕よりも、マリアさんが怒っていた。脱力する僕に背を向けて、夫であるレオさんに詰め寄る。
「どうしてなにも出来なかったんです? 貴方それでもタエ・モンブランの子孫ですの?」
「すまん……兄上に、市長に暴動の鎮圧を要請した。だが、市長はそれを拒否された」
「どうして!」
レオさんが、キリキリと歯を食い縛った。僕を見て、僕のために言いにくそうな顔をした。しかし、僕に対する贖罪のつもりだろうか、レオさんははっきり言い切った。
「兄は、汚れた貧民どもの諍いごとに巻き込まれるのは御免被る、と言った! 坊やすまない。あんな兄に対して、私はあまりに無力だった」
レオさんは膝を折っておいおいと泣いた。僕に自分を恨めと言った。僕にはどう考えても、僕が恨むべきはレオさんの兄であると思えた。
「あの……あの人を助けて」
「あの人というのは、騒ぎの渦中にいる人物か? なぜ助けてほしいんだね?」
「あの人は……あの人は僕の師匠で」
「知り合いなのかい? それは早急に手を打たないと」
そういってレオさんは窓の外を見て少しだけ耳をすませた。そしてすぐに状況を理解したようだった。
「労働者たちの暴動が起きているようだ。君の師匠というのは工場経営をしていたりするのかい?」
「いいえ。師匠は貧しくて、修理屋をすることで日銭を稼いでいました」
「ならば労働者とは近い立ち位置じゃないか。恨まれる心当たりはあるかね?」
「わかりません……たださっき、機械が労働者の職を奪うって聞こえて」
レオは黙り込んだ。そして、マリアさんに僕のことを頼んだあと部屋を出ていった。マリアさんは慰めてくれた。レオさんなら、なんとかしてくれると。
……でも、レオさんはなかなか部屋に帰ってこなかった。騒ぎの声はどんどん大きくなり、そして、萎んでいく。その意味を考えると恐ろしくて、僕はマリアさんの胸にしがみつく。
「早く! 早く助けて! 師匠が、師匠が死んじゃう!」
もうマリアさんも大丈夫なんていう無責任な言葉を吐きはしない。ただ黙って僕の背中をさするだけだった。
なにもかも終わって、夜が完全に明けた。時間にすれば数時間だったのだろう。しかし僕にとっては数週間苦しみ、泣き続けた気分だった。立ち上がり、窓の外を見れば……オレンジ色の服を着た人の群れが遠くに見える。
僕は知ってる。乱闘や暴動が起きたあとに現れて、死体を処理する役所勤めの人たち。人死にが確かに出て、それは僕の師匠なのだ。
そんなときにレオさんが帰ってきた。僕よりも、マリアさんが怒っていた。脱力する僕に背を向けて、夫であるレオさんに詰め寄る。
「どうしてなにも出来なかったんです? 貴方それでもタエ・モンブランの子孫ですの?」
「すまん……兄上に、市長に暴動の鎮圧を要請した。だが、市長はそれを拒否された」
「どうして!」
レオさんが、キリキリと歯を食い縛った。僕を見て、僕のために言いにくそうな顔をした。しかし、僕に対する贖罪のつもりだろうか、レオさんははっきり言い切った。
「兄は、汚れた貧民どもの諍いごとに巻き込まれるのは御免被る、と言った! 坊やすまない。あんな兄に対して、私はあまりに無力だった」
レオさんは膝を折っておいおいと泣いた。僕に自分を恨めと言った。僕にはどう考えても、僕が恨むべきはレオさんの兄であると思えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる