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機械師ロン
第七話 拒絶
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宿が近づくにつれ、二人の期待は不安に侵食されていった。陽は傾き、今から一夜をここで過ごそうと宿泊客が訪れる時間帯だ。にもかかわらず、宿の中からそそくさと少女二人が出てきては『営業中』であることを示す黄色い旗をしまう。それに戸惑う連泊の客と思しき男性は、ペコペコ頭をさげて招き入れるのだ。
「誰か、要人でも泊まってるんですか」
「……さあ?」
安宿に要人とは、身をやつす(低い身分を装って着るものの布の質を落としたりすること)にもほどがある。
「硬い床に一枚の薄っぺらい敷布団で客を寝かす宿に泊まりたい輩なんていねぇ」
豪華な暮らしに慣れた人間なら尚更だとメロスは続けた。眉間に深くシワが刻まれ、足はとまる。何かが、おかしい。彼の脳内で虫の知らせが鳴った。
「ーー伏せろ!」
「えっ!?」
突然の怒声に身体が硬直してしまったロンを、メロスは大きな背で庇うようにしてしゃがませる。宿の方向から鋭い軌道の投石があり、メロスの背に明確に着弾した。
メロスの肩に首元を守られながら、ロンは確かに宿の方向を見ていた。侵入者を拒み宿泊者の脱走を拒むべく打ち付けられていることが多い安宿の二階の窓枠がいとも簡単に外れ……いや、何者かの手によって宿の内部から外され、そこから顔を見せないままに地面と並行に振り抜かれる華奢な腕が見えた。その数秒後、メロスの身体が硬直した。
「師匠!」
「叫ぶな、ロン。あの宿は知り合いの経営だ。なにか勘違いをされているだけだ。あっちはなんでか知らねぇが気が立っている。刺激になるような声をあげるべきではない」
ゆっくり、ゆっくり、自分の背中も痛かろうにメロスは愛弟子の背を撫でる。それでいて、自分たちに向けられた憎悪が『勘違い』の類ではないことも自らの背で感じ取っていた。
「この感覚……久々だな」
「師匠? 何か言いましたか」
涙目になってメロスに縋り付くロンを、メロスはあえて引き剥がす。そして肩を持ち、ロンの眼をしかと見据えて言った。
「俺は……お前の師匠はちょっくら誤解を解きに行ってくる。お前は、しばらくはどこかに身を隠せ。そうだな……あの裏山にでも逃げ込めばいい。熊がいるからと町の人間は近寄らないが、なんてことはない、あそこの熊は短小種のルコンしかいない。いいか、ルコンという熊はお前とちょうど同じくらいの体長で、草食性だ。だからお前を襲うことはない」
「師匠? どうして僕だけ逃がすんですか? 師匠は口が立たないんですから僕を連れて行かないと」
メロスはこのときばかりは、自分の偏屈さを呪った。
「もしかして……師匠! 僕を置いてーー」
「お別れだ! 元気にやれよ、ロン!」
メロスの背後に、何本もの軌道を描いて石や花瓶、金属塊が近づいてくる。それらはやけにスローモーションで、そしてメロスは直立不動だった。
金属塊らしき固体の形状と色、そして花瓶からこぼれでる液体の粘性と色……カモフラージュのために投げられている多くの石のなかで、その二つだけが、異質だった。
「も、もしかして」
「やっと気づいたか、馬鹿弟子め」
不敵に微笑んだメロスは、爆風からただロンだけを守る位置に仁王立ちし続けた。ロンは爆風が過ぎたあと、肉の焼ける臭いを嗅いだ。
怖い……怖いよ…………
それからの数日間の記憶は、ロンにあまり残っていない。
「誰か、要人でも泊まってるんですか」
「……さあ?」
安宿に要人とは、身をやつす(低い身分を装って着るものの布の質を落としたりすること)にもほどがある。
「硬い床に一枚の薄っぺらい敷布団で客を寝かす宿に泊まりたい輩なんていねぇ」
豪華な暮らしに慣れた人間なら尚更だとメロスは続けた。眉間に深くシワが刻まれ、足はとまる。何かが、おかしい。彼の脳内で虫の知らせが鳴った。
「ーー伏せろ!」
「えっ!?」
突然の怒声に身体が硬直してしまったロンを、メロスは大きな背で庇うようにしてしゃがませる。宿の方向から鋭い軌道の投石があり、メロスの背に明確に着弾した。
メロスの肩に首元を守られながら、ロンは確かに宿の方向を見ていた。侵入者を拒み宿泊者の脱走を拒むべく打ち付けられていることが多い安宿の二階の窓枠がいとも簡単に外れ……いや、何者かの手によって宿の内部から外され、そこから顔を見せないままに地面と並行に振り抜かれる華奢な腕が見えた。その数秒後、メロスの身体が硬直した。
「師匠!」
「叫ぶな、ロン。あの宿は知り合いの経営だ。なにか勘違いをされているだけだ。あっちはなんでか知らねぇが気が立っている。刺激になるような声をあげるべきではない」
ゆっくり、ゆっくり、自分の背中も痛かろうにメロスは愛弟子の背を撫でる。それでいて、自分たちに向けられた憎悪が『勘違い』の類ではないことも自らの背で感じ取っていた。
「この感覚……久々だな」
「師匠? 何か言いましたか」
涙目になってメロスに縋り付くロンを、メロスはあえて引き剥がす。そして肩を持ち、ロンの眼をしかと見据えて言った。
「俺は……お前の師匠はちょっくら誤解を解きに行ってくる。お前は、しばらくはどこかに身を隠せ。そうだな……あの裏山にでも逃げ込めばいい。熊がいるからと町の人間は近寄らないが、なんてことはない、あそこの熊は短小種のルコンしかいない。いいか、ルコンという熊はお前とちょうど同じくらいの体長で、草食性だ。だからお前を襲うことはない」
「師匠? どうして僕だけ逃がすんですか? 師匠は口が立たないんですから僕を連れて行かないと」
メロスはこのときばかりは、自分の偏屈さを呪った。
「もしかして……師匠! 僕を置いてーー」
「お別れだ! 元気にやれよ、ロン!」
メロスの背後に、何本もの軌道を描いて石や花瓶、金属塊が近づいてくる。それらはやけにスローモーションで、そしてメロスは直立不動だった。
金属塊らしき固体の形状と色、そして花瓶からこぼれでる液体の粘性と色……カモフラージュのために投げられている多くの石のなかで、その二つだけが、異質だった。
「も、もしかして」
「やっと気づいたか、馬鹿弟子め」
不敵に微笑んだメロスは、爆風からただロンだけを守る位置に仁王立ちし続けた。ロンは爆風が過ぎたあと、肉の焼ける臭いを嗅いだ。
怖い……怖いよ…………
それからの数日間の記憶は、ロンにあまり残っていない。
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